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第十章

216話 デタラメな世界

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 目を覚ますと、そこは真っ白な世界だった。
 半円盤のような階段と、複数の大きな柱、そして半円状の土台があり、瓦礫が無重力に浮かぶ。しかし自分の足は土台にきちんと立っている。重力があるのかないのかさっぱりで、訳の分からない世界だった。

「どこだここは……なんなんだ。あいつの仕業か? いや、あいつがこんな大規模な魔法が使えるはずない」

 半壊し半分となったらしい場所まで向かってみると、土台が空中に浮かんでいることに気がついた。そこには果てのない、境目のない白い空と地面があった。
 空中に浮かぶ巨大な瓦礫達は上下にゆっくりと移動し続ける。飛び乗ることはできそうだが、何かがありそうにもないのでそれは行わない。
 出口を探したが、半円盤のような階段の上にある、大きな赤い門くらいしか目につかない。門の向こう側は半壊した瓦礫が広がっているだけだが、それ以外出口らしいものはなかった。
 警戒もせず潜ってみると、まだ床があると言うのに落ちるような感覚がして、成す術もなく意識が引っ張られる。

「なんなんだこのデタラメな世界は!余はまだ夢を見ているのか!」

 着いた先は、また白い世界。
 だが、その場所は見慣れた世界であった。
 第二層、かつての王宮。アウラ。白い木が特徴的な中庭だ。それを囲むように円状に廊下が続き、更に枝分かれして中庭から反対側の奥の部屋達へ繋がる。

「クソ餓鬼、もう少しキビキビ歩け」
「はい……」
「……っ!」

 そんな声が聞こえて、木の裏に身を隠す。
 様子を伺うと、ヴァントリアと、見たこともない檳榔子黒の髪、全身黒で覆われた衣の青年が廊下を歩いていた。取り憑かれそうになるくらい美しく、飲み込まれそうになるくらい恐ろしく冷たい真っ青な瞳。その目を見ただけで、全身に圧力が掛かるような感覚に合い、悪寒が駆け巡っていく。見るだけで悍ましい映像を何度も流されるような、精神が崩壊していきそうな、そんな感覚に陥る。
 ヴァントリアの様子はおかしい。まるで魂が抜けたかのようにそいつに手を引かれるまま着いていく。まるで、父上に連れられていた時のようだ。
 後をつけていけば、父上の時より、もっと酷い光景を見せられた。
 この世界に余は干渉できないらしい、扉をすり抜けることができた。
 青年が去れば、今度は彼と似た姿と威圧感を持つ小さな子供が現れた。彼は複数人の男とヴァントリアを強姦し、拷問していた。
 その時だった。扉が開く音がして、余もそちらを見る。ヴァントリアが手を伸ばし、助けを求めるが――その白い瞳を持つ存在は、それを無視して踵を返した。
 ヴァントリアは絶望した表情を浮かべる。
 信じられないことだが、ヴァントリアは小さな子供をアゼンヒルト、青年をゼクシィルと呼んだ。
 しかし、あの圧倒的な威圧感と、身体が竦む感覚は、彼らが本物であることを証明していた。

「これは、ヴァントリアの記憶か……?」

 二人はヴァントリアに、強姦だけでなく暴力も振るった。拷問よりもっと酷い光景だった。傷口は呪いと言う未知の力で塞ぎ、何度もヴァントリアを傷付けた。
 ああ。気持ちが悪い。
 ヴァントリアが気持ちが悪いのか?
 いや、違う。違ったのだ。
 ヴァントリアは、気持ち悪くなどなかったのだ。
 そう気付いた時には、ヴァントリアの前から二人は姿を消し、ヴァントリアは召使いには無視され、キョウダイ達にも無視され、父上に強姦、拷問される。
 そして、ヴァントリアの記憶の中の余に、虐められる。

「よせ」

 余はただ、寂しくて……苦しくて!

「よせ、ヴァントリアが気持ち悪い訳じゃないのだ!」

 世界が暗転し、別の世界へとやってくる。
 ゼクシィルと、アゼンヒルトがヴァントリアの両側に立ち、左右に引っ張りあっている。ヴァントリアを奪い合っているようだ。

「よ、よせ、泣いているじゃないか! よせ。やめろ。気持ち悪いんだ貴様らは!!」

 そう叫んだ次の瞬間――目の前を、赤い血飛沫と赤い糸を引く赤い塊が舞った。
 ヴァントリアは引き裂かれて、内臓が辺りに飛び散った。
 脳裏に、先ほど聞いたばかりのヴァントリアの声が響く。

『俺は半分だから』

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッ!!」

 地面に崩れ落ち、ヴァントリアに手を伸ばして泣き叫んだ。
 まるで己も過去に連れて行かれた子供のように泣きじゃくった。
 そんな余の隣で、涙を流す小さな子供がいた。ヴァントリアを殺した張本人、アゼンヒルトである。

「貴様らの、せいだ、そいつが死んだのは貴様らのせいだろ! 何泣いてるんだ! 殺した後に泣くなんて! 余は泣かなかったぞ! このイカレ野郎共! 余の弟から離れろ!」

 ゼクシィルは半分を持って去って行き、残った半分はどうやらアゼンヒルトが貰うようだった。アゼンヒルトが黒いモヤを出して、それが半分のヴァントリアを包み込んでいく。

「やめろ、やめろ!」

 それが何かは分からないが、嫌な予感がした。
 内臓も血管も、血液も、半分になった身体も黒いモヤで作られ、みるみるうちに修復され、元通りになる。肌に浮かんでいた黒い紋様も消え、ヴァントリアはゆっくりと目を覚ます。
 アゼンヒルトを見て、怖がって逃げようとするヴァントリアを、アゼンヒルトは捕まえ、「怖いことは忘れるんだ」と呟いた。
 アゼンヒルトの言葉は呪いとなると本で読んだことがある、それが本当ならヴァントリアは今の出来事を忘れたのだろうか。
 それでも強姦、拷問されてきたヴァントリアは彼を怖がる。そんなヴァントリアに、「全部ゼクシィルがやったんだ」と、アゼンヒルトは告げた。

 世界は縦に揺れ崩壊していく。

 余は過去の世界が終わりを告げているのだと気が付いた。
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