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第九章
210話 すまない
しおりを挟むディスゲル兄様に尋ねられ、答える。今は話を聞いてくれる、出来るだけたくさん伝えたい。
「……兄様達はこの階層に来てから人間の数が、少ないとは思いませんでしたか」
「は?」
「路地裏が綺麗なんです。厳戒態勢になった各階層――しかも一つ下の階層にビレストやサイオン兄様が来ていると知れば、掃除したくなるのも無理はない。俺達がこの40層に逃げてくれば、今みたいに兵士が大勢やってくる」
「路地裏が綺麗……王族や上層部の騎士団が来るんだから、ゴミを掃除したくなることは、普通のことなんじゃ」
「ゴミじゃない、人間の子供達の頭だ」
「……は?」
「な、何を言ってるんだ……アンタ。人間の子供達の頭?」
「ゴロゴロ転がってるんだ。兵士がそれを回収して、34層オトキンの研究所へ持っていく。」
「な、何を言って……」
「身体は巨大なミキサーにかけられる。頭は脳みそが美味いらしくて、ミキサーにかけたら勿体ないんだってさ。食べるだけじゃない、使い道が多いんだ。余った頭だけで生きられるように改造することもある。頭だけで生きてるんだから、当然意思はある。頭は38層グエスの調教所へ連れていかれて、亜人達のストレス発散に使われる。泣いている子供たちに暴力を振るうのはもちろん、サッカーボールの代わりにしたり、好みの子は自分の部屋で世話をする人もいる。自分の世話をさせたり……まあこっちの世話は下の世話だけど……」
「………………ヴァントリア、その、それは……お前の妄想だ。悩んでるのは分かってる、けど」
ディスゲル兄様は信じられないと言わんばかりに目を見開き、首を振ってそう言う。
「兄様……大人達はどうなってると思う?」
「え?」
「亜人は元々人間より力が強いから亜人一人でも人間の大人を捕まえられるんだ。集団で行動するグループもある。……捕まった大人達は、生きたまま皮をはがれて捌かれるんだ。そして市場に売られる。人の肉だと知らずに買う人もいれば、知っていて買う人もいるんだ。あとから自分が食べていたものが人の肉だと知っても、それを買いに来るんだ。……肉屋さんの裏に行ってみるといい。俺の妄想なら、人間が吊るされている姿を見なくて済むから」
ごくり、とエルデが唾を飲む。ディスゲル兄様は考えながら言う。
「……し、しかし、子供が攫われる事件がもし頭の話と関係していたとしても、亜人の子供も攫われているんだぞ」
「亜人の子供を拐うのは研究者達のためだ。と言うより、研究所で働いている人達のためだよ。研究所で働く人達は酷いものを見てきてるから、研究者達と同じような思考に変わってしまう。亜人達もだ、調教所なんて言うんだから、洗脳だってしてる。おかしくなってくるんだろう。彼らじゃないから、どんなことを考えてそんなことをしているかは分からないけど。……亜人の子供や、亜人の奴隷なんかの死体はミキサーにかけられて餌にされるんだ。その餌は別の実験体に食べさせられる。メルカデォで出た死体のほとんどが餌にされているだろう」
「…………ヴァントリア」
すらすらと答えているから、信じてくれる気になったらしい.真剣な眼差しを向けて来る。
「……兄様。人間達をこの階層から逃がすことは出来ないかな。俺、人間の女の子を見かけたんだ、さっきまで薬で変身していたから、多分獣人だと思ったんだ、すぐに逃げていったよ。もし人だと思ってても、逃げたかもしれない。この階層だけの問題じゃないんだ、止めなくちゃいけないことは沢山ある。……俺は今ひとりぼっちじゃない、仲間もいる。でも俺達だけじゃ救えないんだ、たくさんの人の力がいるんだ。お願いだ、力を貸してくれ」
「……助けてやりたいけど、オレは……………………」
そうだった、これだけの兵士がいる前で、奴隷解放軍に協力していると知られるのは困るだろう。まず上層部に同じ意見を持てる人を集めてから、活動を発表するべきだ。今の状態で知られれば上から圧力がかかり、あの手この手で邪魔をされる。活動は中止せざるを得なくなる。
ディスゲル兄様は黙り込んで俺のことをじっと見つめる。
「……いや、分かった。オレも王宮にこの話を持ち帰って話してみるよ。……サイオンと話したいならオレもついていく。オレがいけば縛る必要はないだろ」
「に、兄様……」
無茶を言っているのに。
嬉しくてつい口角を上げてしまうと、支えていた身体を反転させられて抱きしめられる。
「ヴァントリア、すまない」
「え……」
「オレはオマエの話を聞いてやらなかった。兄様達がオマエを嫌っているからと言って、無視をするなんて本当に子供だったと思う。オレはオマエが奴隷達を買っては痛め付けていたから、最低なヤツだと思っていた。嫌っていたんだ。だが、あれはオマエなりの奴隷達を救う方法だったんだろう?」
「……でも傷付けた。きっとトラウマになってる。どんな理由があるにせよ、痛いのも、身体を触られるのもとても怖いことだ。……いつかまた、やってくるんじゃないかと、まだ、見張られているんじゃないかと、思ってしまうんだ」
あの青い瞳が、ずっとこちらを見ているように感じる。ほんの少し彼らのことを思い出すだけで、彼らの氷のような体温が蘇る。恐ろしい記憶が脳裏を占める。
「…………まるで経験したことがあるかのような言い方だな?」
「え、あ、いや! だから……」
今なら、聞いてくれる……か? でも、相手はアゼンヒルトとゼクシィルだ、いくら兄様達でも敵うか分からない。危険な目に合わせる訳には行かない。
「詳しくは言えないけど…………い、いろいろ、あったから、さ」
「最上級階ではオマエがシルワール様に強姦されていたと言う噂が出回っている」
エルデとダンデシュリンガーが目を見開く。
「本当なんじゃないのか?」
「…………覚えてないんだ。その頃のことは、思い出したくないんだ」
「……ヴァントリア」
「シルワール様は、違うと、思う。……確かに、シル、ワール様の、死体を……使っていたらしいけど、シルワール様の意思じゃ、ないと思うから」
「え?」
…………冷たい。冷たい手が身体中を這い回る感覚がする。まるで生気が吸い取らるみたいな寒気がする。思い出してはダメだ。……思い出したら、耐えきれなくなる。思い出すならせめて、ヒオゥネがいる時じゃないと。
……でも、ヒオゥネは実験をしているそっち側のなんだ。敵なんだ。……ヒオゥネは、ダメだ。
「……ヴァントリア」
ハッとして、震えていたことに気がつく。
「あ、その。でも……サイオンに話しても、止めることは出来ないんですよね、今は一刻も早くメルカデォを止めたいんです。おそらくメルカデォの中では実験も行われてる。俺の仲間も止めるために動いてはくれる思うんですけど……あ、そっか。動きやすくするために兵を引かせないと……いや、兵士に見せた方がいいのかな。そしたらみんな止めるために動いてくれたり……」
「おそらく動かない……エルデやダンデシュリンガーの声でも無理だろう、サイオンがいるからな。奴は通信で常に状況を把握しようとする。あいつがダメだと言えば動かないだろう」
「じゃあやっぱり兄様には話して分かってもらうしかないんですね」
「ついでにシストにも連絡しよう。サイオンとオレとヴァントリアで説得する。サイオンは無理でも、王様なら即決定権があるからな」
「そう言えば俺も勝手に王族に戻された」
「勝手って……」
ディスゲル兄様は呆れ返る。まあ普通は王族に戻りたいと思うんだろうけど、俺は嫌だからな。
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