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第九章

208話 19年間

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 元の姿に戻る薬を飲んで、今は、元の赤い目赤い髪、オオカミの耳なんてないヴァントリアの姿になっている。
 すると、すぐに兵士の目に止まったらしく、簡単に捕まってしまった。いや、まあ、捕まるのが目的だし逃げる必要なんてないんだけど。追いかけられたら逃げたくなるし、少しだけ走って逃げた。
 兵士はまずビレストに連絡を入れているようだ。それを待っていると、突然右肩にぽんと手を置かれて。

「見~つけた」
「ひぎょええええええええええ!?」

 背後から突然声を掛けられ、悲鳴を上げる。
 振り返ると、ダンデシュリンガーの顔が間近にあった。

「ダ、ダンデシュリンガー」
「王宮へ帰るよ、ヴァントリア・オルテイル」
「王宮へ行く前にサイオンと話したいんだ。会わせてくれ」

 ダンデシュリンガーから何かが切れた音がする。――瞬間、ダンデシュリンガーに襟首を掴まれ、壁に押さえ付けられる。

「なんでオレがお前の命令なんか!」

 ヴァントリア相手だからってキレすぎだろ。怖いけど、大人しく従うわけにはいかない、俺はサイオンに会わなきゃならない。
 メルカデォを止める。きっと多くの人が苦しみ、助けを求めている。大勢の人が、助けを……。
 黒いモノが、ざわざわと、身体の中に入り込んで来るような感覚がする。脳裏に威厳のある声が響く。自然と、その声と自分の声が重なった。

「お前は騎士だ。そして俺は王族だ。聞こえなかったのか、サイオンに会わせろと言っている」

 キッとダンデシュリンガー目を吊り上げると、「ダンデシュリンガー!」と後方から声がして振り向く。姿を現したのは、エルデだった。

「ヴァントリア様……! ダンデシュリンガー、何故見つかったと連絡しなかった!」

 エルデは俺を捕まえようとするが、その前に彼へ向き直って言った。

「王宮へ戻る前にサイオンと会わせろ」
「い、一体どういうことですか?」
「お前達は俺を捕まえにきたんだよな、ならもうその任務も終わった筈だ」

 ダンデシュリンガーが「なっ!!」と声を上げる。

「エルデ、命令だ」

 エルデの目を見て言うと、エルデはギクッとする。

「なんでエルデちゃんがお前の命令に従わなくちゃならないんだ!」

 ダンデシュリンガーがそう言うと、エルデがダンデシュリンガーを睨んだ。

「ダンデシュリンガー、口を慎め。この方は第五王子、ヴァントリア・オルテイル様だぞ」

 そうだ、エルデとダンデシュリンガーにメルカデォの現状を知らせた方がいいんじゃないか? 俺はこの兵士に連れてって貰えばいいし。
 いかにもモブな兵士をジロジロと見ていると、エルデが不思議そうに「あ、あの」と声を掛けて来る。

「お前達は今から39層のメルカデォの会場に行ってくれ、俺はそこの兵士に案内してもらう」
「逃げる気じゃ――」
「――勝てない」
「さっきまでの迫力はどこに……」

 迫力?

 エルデはこほんと咳払いをして向き直り、「申し訳ありませんが行くことはできません」と言う。

「どうしてだ」
「メルカデォはあまり好きになれません」
「ふざけているのか」

 怒っていることが伝わったのか、エルデは冷や汗を流し硬直している。
 ダンデシュリンガーが「はあっ?」と身を乗り出し睨みつけて来る。

「何故好きじゃないのか、答えられるんだろうな」
「獣人や亜人だからと闘わせて楽しむことなどできません」
「……なんで!」

 そう声を上げると、ダンデシュリンガーが軽蔑するように言った。

「俺達はお前とは違うんだ」
「確かに、そうだ」

 俺が俯くと、エルデが肩を支える。

「ヴァントリア様?」

 それを見て、ダンデシュリンガーはピク、と眉を寄せる。

「エルデ。ちゃんと見てこい」
「だから、エルデちゃんはあんなもの見る価値もないって言って――」
「――見てこいッ!!」

 そう怒鳴ると、エルデの肩が跳ねる。

「見る価値もないだと、ふざけるな……」
「貴様、どれだけ腐った性根を――」
「答えろッエルデ、ダンデシュリンガー! 闘った後はどうなる、闘いはどうやったら終わる! どうやったら歓声が湧く!! メルカデォの中では何が起きている!」
「だから、闘って……! …………」

 ダンデシュリンガーが口をつぐむと、エルデが答える。

「死ぬまで戦い続ける……死んだら、終わりということですか」
「ダンデシュリンガー、歓声が湧くのはどんな時か答えられるか」
「…………」

 ダンデシュリンガーは反抗的な目で見て来る。

「答えろッ!!」
「戦士が傷を負った時」
「それを見る価値もないとお前は言うのか」
「当たり前だ!! 見て気分のいいものじゃない!!」
「だから見て見ぬ振りをするというのか!!」
「なっ……!!」

 ダンデシュリンガーは口をあんぐりと開けて、何かを言おうとして押し黙る。

「エルデ、ダンデシュリンガー、メルカデォの中では何が起きている」
「……殺し合い、です」

 エルデがそう答えると、ダンデシュリンガーは拳を握るだけで黙りこんでいる。

「そうだと言いたいところだが、そうじゃない」
「え」

 エルデが驚きの声を上げる。俺はそれを聞き、記憶を思い出しながら言った。

「お前達の想像している以上のことがあの中で起きている。いや、これは他の人にも言ったが、メルカデォだけじゃない、この階層全体でも、他の階層でも、止めなければならないことが起こっているんだ。今日のメルカデォでも歓声を得るために、裏で動いている奴らがいる。メルカデォの内部でだ。奴らがしていることを、見てこい。そしてそれを見たあと、何か思うことがあったなら、止める手伝いをしてほしい」

 ダンデシュリンガーが驚愕した様子で「止めるだと!?」と叫ぶ。

「止めるんだッ!! お前達の掲げる正義がどんなものかは知らないが、亜人や獣人を闘わせることを楽しむことができないから見ない、なんてことはやめろ。ちゃんと見ろ!! 現状を把握しろッ!! 見る価値がないと決めつけるな、そんなものはない!! お前達は酷いことが目の前で起こっても、それに適当な理由をつけて見て見ぬ振りをしているだけだ!!」
「…………っ!!」
「でもメルカデォは王族も関係しているらしい、金を払っているんだ、客には貴族が多い」
「らしい?」

 エルデが首を傾げる。

「聞いた話だ、その人は次のメルカデォに出ることが決まっている。小さな妹がいる、両親はメルカデォに出されて死亡した。……今は省いたが、もっと酷い話だ。……メルカデォの中を見れないと言うのなら、せめて町の人に話を聞いて回れ」

 記憶を思い出すのに集中し、背後に迫っている人物に気づかなかった。

「それから……」

 ビレストの二人は慌てて頭を下げるが、俺の目にそれは止まらない。

「何か、嫌な感じがするんだ、この階層。何か、忘れている気がする」

 ダンデシュリンガーとエルデの目に映ったのは白いコートを着た男だった。

「路地裏……」

 思い出そうとした記憶の断片に、情報がどんどん流れ込んで来る。ざわざわと誰かの話し声が聞こえて来て、思わず頭を抱えて地面に座り込む。

「路地裏、亜人、人間、子供……っ、火葬場、……ハァ、ハァ、……餌っ」
「ヴァントリア様!」

 黒いざわざわしたモノ達に下へ引っ張られるような感じがして、倒れそうになる。エルデが飛び出し、受け止めようとするが――その前に、誰かに身体を支えられた。

「ディスゲル様!」

 嘘だ、嘘だろ。何なんだこの記憶は、何なんだ、何なんだ。こんなの、どうやって知ったんだ、ヴァントリア。

「だめだ……よせ。やめろ、連れて行くな」
「何を言って」

 後ろから誰かの声がする。いや、今はそんなことより。この声を止めないと。
 やめろ、もっと、ゆっくり。
 情報量が多すぎる、これは過去の記憶……違う、俺は今19歳だぞ、19年間、王宮や檻の中に閉じ込められていたんだ、抜け出していたにしても、これだけの量は多すぎる。

「…………たすけ、たすけて」

 壊れる……ざわざわと、身体の中に、這い上がってくる。

「たすけ、たすけ」
「ヴァントリア……オマエがここで何をされたかは知らないが、オマエに構っている暇はない! 41層にいた奴隷達をどこへやった! 死体すら見つからなかった、一体何をしたんだ!」

 41層、奴隷……?
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