211 / 293
第九章
208話 19年間
しおりを挟む元の姿に戻る薬を飲んで、今は、元の赤い目赤い髪、オオカミの耳なんてないヴァントリアの姿になっている。
すると、すぐに兵士の目に止まったらしく、簡単に捕まってしまった。いや、まあ、捕まるのが目的だし逃げる必要なんてないんだけど。追いかけられたら逃げたくなるし、少しだけ走って逃げた。
兵士はまずビレストに連絡を入れているようだ。それを待っていると、突然右肩にぽんと手を置かれて。
「見~つけた」
「ひぎょええええええええええ!?」
背後から突然声を掛けられ、悲鳴を上げる。
振り返ると、ダンデシュリンガーの顔が間近にあった。
「ダ、ダンデシュリンガー」
「王宮へ帰るよ、ヴァントリア・オルテイル」
「王宮へ行く前にサイオンと話したいんだ。会わせてくれ」
ダンデシュリンガーから何かが切れた音がする。――瞬間、ダンデシュリンガーに襟首を掴まれ、壁に押さえ付けられる。
「なんでオレがお前の命令なんか!」
ヴァントリア相手だからってキレすぎだろ。怖いけど、大人しく従うわけにはいかない、俺はサイオンに会わなきゃならない。
メルカデォを止める。きっと多くの人が苦しみ、助けを求めている。大勢の人が、助けを……。
黒いモノが、ざわざわと、身体の中に入り込んで来るような感覚がする。脳裏に威厳のある声が響く。自然と、その声と自分の声が重なった。
「お前は騎士だ。そして俺は王族だ。聞こえなかったのか、サイオンに会わせろと言っている」
キッとダンデシュリンガー目を吊り上げると、「ダンデシュリンガー!」と後方から声がして振り向く。姿を現したのは、エルデだった。
「ヴァントリア様……! ダンデシュリンガー、何故見つかったと連絡しなかった!」
エルデは俺を捕まえようとするが、その前に彼へ向き直って言った。
「王宮へ戻る前にサイオンと会わせろ」
「い、一体どういうことですか?」
「お前達は俺を捕まえにきたんだよな、ならもうその任務も終わった筈だ」
ダンデシュリンガーが「なっ!!」と声を上げる。
「エルデ、命令だ」
エルデの目を見て言うと、エルデはギクッとする。
「なんでエルデちゃんがお前の命令に従わなくちゃならないんだ!」
ダンデシュリンガーがそう言うと、エルデがダンデシュリンガーを睨んだ。
「ダンデシュリンガー、口を慎め。この方は第五王子、ヴァントリア・オルテイル様だぞ」
そうだ、エルデとダンデシュリンガーにメルカデォの現状を知らせた方がいいんじゃないか? 俺はこの兵士に連れてって貰えばいいし。
いかにもモブな兵士をジロジロと見ていると、エルデが不思議そうに「あ、あの」と声を掛けて来る。
「お前達は今から39層のメルカデォの会場に行ってくれ、俺はそこの兵士に案内してもらう」
「逃げる気じゃ――」
「――勝てない」
「さっきまでの迫力はどこに……」
迫力?
エルデはこほんと咳払いをして向き直り、「申し訳ありませんが行くことはできません」と言う。
「どうしてだ」
「メルカデォはあまり好きになれません」
「ふざけているのか」
怒っていることが伝わったのか、エルデは冷や汗を流し硬直している。
ダンデシュリンガーが「はあっ?」と身を乗り出し睨みつけて来る。
「何故好きじゃないのか、答えられるんだろうな」
「獣人や亜人だからと闘わせて楽しむことなどできません」
「……なんで!」
そう声を上げると、ダンデシュリンガーが軽蔑するように言った。
「俺達はお前とは違うんだ」
「確かに、そうだ」
俺が俯くと、エルデが肩を支える。
「ヴァントリア様?」
それを見て、ダンデシュリンガーはピク、と眉を寄せる。
「エルデ。ちゃんと見てこい」
「だから、エルデちゃんはあんなもの見る価値もないって言って――」
「――見てこいッ!!」
そう怒鳴ると、エルデの肩が跳ねる。
「見る価値もないだと、ふざけるな……」
「貴様、どれだけ腐った性根を――」
「答えろッエルデ、ダンデシュリンガー! 闘った後はどうなる、闘いはどうやったら終わる! どうやったら歓声が湧く!! メルカデォの中では何が起きている!」
「だから、闘って……! …………」
ダンデシュリンガーが口をつぐむと、エルデが答える。
「死ぬまで戦い続ける……死んだら、終わりということですか」
「ダンデシュリンガー、歓声が湧くのはどんな時か答えられるか」
「…………」
ダンデシュリンガーは反抗的な目で見て来る。
「答えろッ!!」
「戦士が傷を負った時」
「それを見る価値もないとお前は言うのか」
「当たり前だ!! 見て気分のいいものじゃない!!」
「だから見て見ぬ振りをするというのか!!」
「なっ……!!」
ダンデシュリンガーは口をあんぐりと開けて、何かを言おうとして押し黙る。
「エルデ、ダンデシュリンガー、メルカデォの中では何が起きている」
「……殺し合い、です」
エルデがそう答えると、ダンデシュリンガーは拳を握るだけで黙りこんでいる。
「そうだと言いたいところだが、そうじゃない」
「え」
エルデが驚きの声を上げる。俺はそれを聞き、記憶を思い出しながら言った。
「お前達の想像している以上のことがあの中で起きている。いや、これは他の人にも言ったが、メルカデォだけじゃない、この階層全体でも、他の階層でも、止めなければならないことが起こっているんだ。今日のメルカデォでも歓声を得るために、裏で動いている奴らがいる。メルカデォの内部でだ。奴らがしていることを、見てこい。そしてそれを見たあと、何か思うことがあったなら、止める手伝いをしてほしい」
ダンデシュリンガーが驚愕した様子で「止めるだと!?」と叫ぶ。
「止めるんだッ!! お前達の掲げる正義がどんなものかは知らないが、亜人や獣人を闘わせることを楽しむことができないから見ない、なんてことはやめろ。ちゃんと見ろ!! 現状を把握しろッ!! 見る価値がないと決めつけるな、そんなものはない!! お前達は酷いことが目の前で起こっても、それに適当な理由をつけて見て見ぬ振りをしているだけだ!!」
「…………っ!!」
「でもメルカデォは王族も関係しているらしい、金を払っているんだ、客には貴族が多い」
「らしい?」
エルデが首を傾げる。
「聞いた話だ、その人は次のメルカデォに出ることが決まっている。小さな妹がいる、両親はメルカデォに出されて死亡した。……今は省いたが、もっと酷い話だ。……メルカデォの中を見れないと言うのなら、せめて町の人に話を聞いて回れ」
記憶を思い出すのに集中し、背後に迫っている人物に気づかなかった。
「それから……」
ビレストの二人は慌てて頭を下げるが、俺の目にそれは止まらない。
「何か、嫌な感じがするんだ、この階層。何か、忘れている気がする」
ダンデシュリンガーとエルデの目に映ったのは白いコートを着た男だった。
「路地裏……」
思い出そうとした記憶の断片に、情報がどんどん流れ込んで来る。ざわざわと誰かの話し声が聞こえて来て、思わず頭を抱えて地面に座り込む。
「路地裏、亜人、人間、子供……っ、火葬場、……ハァ、ハァ、……餌っ」
「ヴァントリア様!」
黒いざわざわしたモノ達に下へ引っ張られるような感じがして、倒れそうになる。エルデが飛び出し、受け止めようとするが――その前に、誰かに身体を支えられた。
「ディスゲル様!」
嘘だ、嘘だろ。何なんだこの記憶は、何なんだ、何なんだ。こんなの、どうやって知ったんだ、ヴァントリア。
「だめだ……よせ。やめろ、連れて行くな」
「何を言って」
後ろから誰かの声がする。いや、今はそんなことより。この声を止めないと。
やめろ、もっと、ゆっくり。
情報量が多すぎる、これは過去の記憶……違う、俺は今19歳だぞ、19年間、王宮や檻の中に閉じ込められていたんだ、抜け出していたにしても、これだけの量は多すぎる。
「…………たすけ、たすけて」
壊れる……ざわざわと、身体の中に、這い上がってくる。
「たすけ、たすけ」
「ヴァントリア……オマエがここで何をされたかは知らないが、オマエに構っている暇はない! 41層にいた奴隷達をどこへやった! 死体すら見つからなかった、一体何をしたんだ!」
41層、奴隷……?
10
お気に入りに追加
1,929
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
【完結】だから俺は主人公じゃない!
美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。
しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!?
でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。
そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。
主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱!
だから、…俺は主人公じゃないんだってば!
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される
秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】
哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年
\ファイ!/
■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ)
■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約
力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。
【詳しいあらすじ】
魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。
優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。
オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。
しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
聖女召喚!……って俺、男〜しかも兵士なんだけど?
バナナ男さん
BL
主人公の現在暮らす世界は化け物に蹂躙された地獄の様な世界であった。
嘘か誠かむかしむかしのお話、世界中を黒い雲が覆い赤い雨が降って生物を化け物に変えたのだとか。
そんな世界で兵士として暮らす大樹は突然見知らぬ場所に召喚され「 世界を救って下さい、聖女様 」と言われるが、俺男〜しかも兵士なんだけど??
異世界の王子様( 最初結構なクズ、後に溺愛、執着 )✕ 強化された平凡兵士( ノンケ、チート )
途中少々無理やり的な表現ありなので注意して下さいませm(。≧Д≦。)m
名前はどうか気にしないで下さい・・
僕のお兄様がヤンデレなんて聞いてない
ふわりんしず。
BL
『僕…攻略対象者の弟だ』
気付いた時には犯されていました。
あなたはこの世界を攻略
▷する
しない
hotランキング
8/17→63位!!!から48位獲得!!
8/18→41位!!→33位から28位!
8/19→26位
人気ランキング
8/17→157位!!!から141位獲得しました!
8/18→127位!!!から117位獲得
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる