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第八章
203話 さっきまでまったくいなかったのに
しおりを挟む『ディスゲル兄様が、奴隷達を助けようとしてくれてたこと。本当に嬉しい。本当に……』
どこか弟の面影がある赤い髪と赤い瞳の少女は、そう言って微笑んだ。
また兄様と呼ばれてしまったけど……あの笑顔はちょっと可愛かった。
そう思って口元を押さえていると、ドオオオオンッ―――と頭上から破壊音が落ちて来て、ガラガラと天井だっただろう瓦礫が降ってくる。
「な、なにごとだ!?」
大広間に繋がる4本の道から、ディスゲルの部下達が走ってきて、彼の元に集まる。
「大変です、ヴァントリア様がこの地下にいるとシスト様から連絡があったらしく!」
「はあ!? なんでヴァントリアがここにいるんだよ! シストの奴間違っているんじゃないか?」
「それが、情報によるとシスト様とヴァントリア様は主従契約を結んだらしく――」
「――げ、アイツついにやったのか。マジきしょい。昔からアイツはヴァントリアヴァントリアって。なんでヴァントリアなんかに……ってあれ? アイツらは?」
いつの間にいなくなったんだ。可愛いとか考えている隙に出口へ向かったのか? いや、出口教えてないしまだ地下にいるかも。
「―――アイツらって、誰ですか?」
「うおああああああ!?」
背後から突然声がして、身体が跳ね上がる。この感じは知っている。
「ダ、ダンデシュリンガー?」
「あれ、ディスゲル様? なんでこんなところに」
「あーえっと、冒険……見学的な……」
「ヴァントリア様を見ませんでしたか? 多分今は女性の姿ですけど」
「は?」
は?
は?
.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+
「ダンデシュリンガーの気配を感じた?」
「ああ、天井をぶち破って来たのは多分そいつだ」
だとしたらなかなかピンチだったなのか。ジノがいなかったらどうなっていたか。
ジノは走りながら奥の二股に分かれた道を見回す。
「一体どこが出口なんだ、迷路みたいだ。面倒だ」
ジノはそう言って立ち止まり、真上の天井を眺める。
「そこにいろ」
俺を遠くへ押しのけてから、ジノは地面を蹴り上げ跳躍し、力の籠った一蹴りで真上の天井を破壊する。
降り立ったジノはこちらにやって来て、俺をお姫様抱っこした。バランス悪くない? あ、今は女の子だった、いや女の子同士だった?
そう思っていると、ジノにギロリと睨まれる。やっぱりお前はエスパーだったか!
ジノが天井に飛び上がった際に、一つの声が背中にかけられた。
「待て、ヴァントリア……!!」
ディスゲル兄様はダンデシュリンガーを撒いてやって来ていたようだった。
血相を変えて自分の名前を呼んでいたが、返事は出来ずにジノと共に地上へ逃げた。
.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+
「ヴァントリア……。なんでアイツが奴隷を……。一体何を企んでるんだ……!」
拳を震わせ、地面を睨みつける。キッと地上と繋がった穴を睨み上げると、背後から声が掛けられた。
「やはりあの人がヴァントリア様ですか」
「ダ、ダンデシュリンガー! 急に後ろから現れるのはやめてくれ」
「いやここまで来る間もずっと後ろにいましたけど」
それはそれで怖い。
「あいつがヴァントリアであるかは、正直分からない、お前が女性だと言ったから、もしかしたらと思ってね」
「シスト様が身体の変化を察知したんです、おそらく一緒にいるテイガイア・ゾブドという博士によって魔法を使わずして身体を変えた。どんな姿になっているかは分かりませんが、身体の作りだけで判断してはいけません」
「なぜあの博士が……かなり腕のある人だと聞いていたが」
「さあ。オレにもなぜあの人が人を惹きつけるのか、理解できません」
目元に影を落とし、憎々しく言い放つダンデシュリンガーから濁ったオーラが溢れ出て、思わず距離を取る。
「ヴァントリア……」
あいつのして来たことをオレは止められたことがない。注意はして来たつもりだが、あいつはシスト兄さんに注意されたって奴隷を迫害することをやめなかっただろう。
だが今回は必ず。
オレが必ず。
お前を止めてみせる。
.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+
一方その頃。俺達は待ち合わせの場所についていた。
待ち合わせの場所は空き家だ。ゲームでは各層に家を買うことができる。インテリアなどは決まっているが、改装をしてレベルアップをしていくことができて以外と楽しい。ウォルズ、ヒュウヲウンなどのプレイするキャラクターのレベルが高くなってきたら、家のレベルアップに転換する人もいた。攻略した後は何したって自由だからな……。
ディスゲル兄様と入った家もおそらく空き家の一つだろう。ディスゲル兄様が奴隷解放軍と関係を持っているだなんて知らなかった。いや、奴隷解放軍は兄様が立ち上げたのか? 詳しく聞くべきだったかもしれない。ヴァントリアが奴隷解放軍に興味を持つ筈がないと思っているだろうしバレることはなかっただろう。
ウォルズとラルフ、テイガイアとイルエラも空き家にやって来る。薬を飲んで元の姿に戻り、みんなで向かい合い頷き合うと、ウォルズが楽しそうな声で言った。
「よし、一緒に美味しいご飯を食べよう!」
「恥ずかしいから掘り返すなよ」
「じゃあ合流できたことだし、さっそく出口へ向かおうか!」
玄関から出ようとした時だった。
外から、カツン、カツンと、誰かの足音が近づいてくる。
「なんでここがわかったんだ」
ウォルズがそう呟き、俺は申し訳なくなる。
「もしかしたらシストの主従契約かも……」
「なるほど、シストが指示してるってことか。厄介だな、主従契約……」
「早く出よう」
「外の様子は?」
ウォルズにそう問われ、身を隠しながら複数の窓の外を覗くと、家の周りはビレストや兵士達にぐるりと囲まれていた。
「さっきまで全くいなかったのに」
俺が言うと、イルエラが皆に向かって言う。
「つけられたか?」
皆首を振り、俺も首を振った。
「そんなはずは……」
バンッと一階の扉が開かれる音がして、ドタドタと複数人の足音が入ってくる。逃げるように後方の階段へ向かうが、囲んできた敵達に剣を突きつけられてしまう。階段の前にはつけたが、身動きが取れない。
その奥もビレストが整列し、開けられたその道を歩んでくる者がいた。
「やっと見つけたぞ」
そう言って歩んでくるのは、プラチナブロンドの短髪、釣り上がった眉毛、厳しい顔つきの男。
サイオン・オルテイルだ。
「サ、サイオン兄様……!?」
イルエラが、それを聞いて呟くように尋ねる。
「何番目の兄だ?」
「長男だ」
テイガイアが答え、俺とウォルズに振り向く。
「どうしますか、バン様、ウォルズさん」
サイオンは兵士に道を開けさせ、少し距離を縮めると立ち止まる。それ以上近づこうとはしなかった。
「ウォルズ・サハニア・イノスオーラ。覚えているか、余のことを」
「…………いやまったく」
嘘つけ。あのゲームでもそれなりの人気があったサイオン・オルテイルを覚えていない筈がないだろ。ウォルズを睨み付けていれば、「かわいい」と呟く。まったくお前はそればっかりだな。
「ウォルズ・サハニア・イノスオーラ。余は貴殿を忘れたことなど一度もない」
めちゃめちゃウォルズに話しかけてくるな。
サイオンは掲げるように手首の王族の証を俺達に見せる。
「余は自分の王族の証が持ち出された時の為に追跡できるよう魔法をかけていたのだ。別の層に逃げられれば追うことはできないが、同じ層にいるなら方向を絞られる。そしてこれは近づけば近づくほどはっきりと居場所を突き止めることができる。シストからのヴァントリアの位置情報と、余が貴殿を追跡した結果、2人は同じ方向に向かっていることが分かった。貴殿らがここにたどり着く前に、周辺に兵士を配置した。皆身を潜めて待ち伏せていたのだ」
ウォルズは自分の付けている腕輪を見ながら、小さく呟く。
「ひええ、知らなかった」
ゲームじゃウォルズが奪った王族の証はシストの指輪くらいだもんな……。
「逃しはしない。ウォルズ・サハニア・イノスオーラ」
サイオンはウォルズへ手を差し伸べてそう言う。それに対してウォルズは、はぁ~っと深い溜息を吐く
「俺、サイウォル地雷なんだよね。接点ないのになんで人気なのか分かんないし、まずウォルズは受けじゃない。絶対ヴァントリアを抱く為だけに生まれてきてる」
んなわけあるか。
「だから悪いけど逃げる!」
ウォルズが剣の柄に手を当てた。俺達に振り返って目配せをする。ウォルズが鞘から剣の柄を少し引けば、そこから光が溢れ出すのが分かった。慌てて目を瞑れば、瞼の裏は赤く染められる。
目は閉じているが、眩しいと言うことだけは理解した。
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