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第八章

198話 モグラの掘った穴

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 こちとら詰みに詰みすぎて心臓が止まりそうになっていると言うのに、ダンデシュリンガーは俺との距離を詰めてくる。頼むこれ以上詰めないでくれ!

「お嬢さん、用が済んだ後でよろしいので、一緒に食事をしませんか?」
「い、いえ。結構ですっ。踊り子の皆と食べる約束をしてるので……」

 完全には振り返らず、顔を俯けて答えれば――肩を掴まれ身体を反転させられてしまう。さらに背中を壁に押さえ付けられ、長い指に顎を捉えられて顔を上げさせられる。

「そう言わずに」

 至近距離で甘ぁいフェイスが甘く微笑んで、甘ったるぅい声がして、あっまあまに蕩けさせられる。

 ふおお、ふお、本物だ……やばい、本物だぞ! ウォルズ! ウォルズ! 教えてやりたい、叫びたい、ダンデシュリンガーがいる、ダンデシュリンガーがいるよウォルズううう!

 ジノがダンデシュリンガーを俺から引き剥がし、再び俺を背中に隠す。

「離れろ。急いでるって言ってるだろ、やることがいっぱいあるンだ。これからすぐに食事を済ませねえといけねえし、荷馬車が人混みで通れなくて、手で運んでるらしい出演者さんを手伝うのと――ああ、そうだ新しい衣装も取りに行かねえと……それからすぐに帰って座席にいるお客さんの相手もしねえといけねえ」

 こう言う時の為に自前に考えていた〝この忙しい時に話し掛けて気やがって〟設定が役に立った。ジノはペラペラと上手に嘘をつく。

「忙しい上に休憩時間も短いンだ。――つまり、お前とチンたら食事してる暇はねえんだよ! そんなにコイツが気になるなら舞台の上を見るだけにしておけ、お前らみたいなのを舞台の下でいちいち相手していられるか!!」
「ジ、ジノ相手はお客さんなんだし……その言葉遣いは――」

 ジノの怒っている演技――本当にキレているようにも見えるが――に便乗してやれば、ジノに睨み付けられる。黙れと言われている気がする。

 「急いでる」ともう一度ジノと一緒に道の方へ逃れようとした瞬間、凄まじい勢いで何かが目の前を通り過ぎる。

 髪を掠めていったソレが危険だと察したのか、反射的に腰が引けて直撃を防ぐことが出来たのだ。ドン――ッと言う破裂音が、右耳の鼓膜を震わせた後、通り過ぎようとしていたモノが停止して、その正体がダンデシュリンガーの腕であると分かる。

 なんか左側から冷え切った空気が流れて来ている気がする……。

 恐る恐るそちらに顔を向ければ、ダンデシュリンガーが微笑んでいるだけである。

 そう、俺はなぜか、ダンデシュリンガーに壁ドンされていた。

 ――すぐ横で、ガラガラと壁の一部が音を立てて崩れていく。

 こ、これが壁ドン……なんて言ってる場合じゃない、て言うか壁が破壊されてマジでドンじゃないか。ドンのレベルが高過ぎるんだけど。そもそも質が違い過ぎるんだけど。普通なら乙女の胸がときめくシチュエーションなのに、心臓が恐怖で震えてるんですけど。

 食事を断っただけで死と隣り合わせの壁ドンが繰り出されるなんて誰が予想出来るだろう。
 あまりにも唐突な出来事に膝がガクガク横に揺れているし、恐ろしすぎて悲鳴すらでない。……腰が抜けてない分マシだ。

 相手の顔から腕に目をやり、その腕を視線で辿っていけば、壁は手を中心にして蜘蛛の巣のような割れ目を描き、半球に窪んでいる。

 パラパラと、小さな瓦礫が頬を撫でていった。ひえええ。

「――エルデちゃんをどうやって落としたのかなぁ……。確かに可愛いけどさぁああ? めっちゃ好みだけどさぁあああ……? どんな話したのかな、デートしたんだって? 手とか繋いだのかなぁ? 繋いでたよねえ? 抱きしめられてたよねえ、抱っこされてたよねえ……愛してるって言われてたよねええええ!?」

 ――――言われてねえええええ!?

 好きだとは言われたけど愛してるとは言われてなかった筈だ!

 それにヴァントリアに向かって愛してるなんて言ってくるのはテイガイアかヒオゥネに化けてた人くらいだ!

 ――て言うか途中から、手繋いでたとか知ってる前提の話し方に切り替わってないか!? エルデといた時に感じていた視線の正体はコイツか!!

「お前ほんとよく変態に目を付けられるな!」
「そんなことな――え」

 ジノが不本意なことを言ったので言い返そうとしたとたん、ぐいっと強い力に腕を引かれ、咄嗟に頭を下げてダンデシュリンガーの腕から抜け出す。
 それを見越していたかのようなタイミングで再び強い力に引き上げられて、次の瞬間には地面から足が離れていた。

 身体が浮遊感を感じてからすぐに、足の裏で聞きなれない硬質な音がする。

 あっという間に、俺とジノは瓦屋根の上に立っていた。

 わああ、屋根の上なんて初めて~屋上とはやっぱり違――と、そんなことを考えている暇もなく、ジノに手を引かれて今度は建物の裏ではなく建物の上を移動する。

 この階層は42層より裕福な人が住んでいる分、二階建て以上の高い建物が多い、路地裏を行くよりはこちらの方がいいかもしれない。

 このままダンデシュリンガーからも兵士達からも逃げ切って、集合場所に無事に辿り付ければいいんだけど……。







。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *






 屋根の上に逃げるとは思わなかったな……2人とも女の子なのに凄い。

「……やるね~」

 関心していれば、先程二人が出てきた路地裏からカツン、カツンと足音が聞こえてくる。

 警戒していれば、そこから現れたのが意外な人物で驚いたが――ずっとそうしている訳にもいかず――すぐに跪いて首部を垂れる。

「顔を上げよ、ダンデシュリンガー・オンリィ・ヲン」

 許しが出たので顔を上げれば、「立て」と言われ、すぐに立ち上がる。

「サイオン様、なぜこちらに――」

 イベント会場にいる筈では――そう言葉を紡ぐ前に、サイオン様が答えた。

「余はアレを追いかけてきたのだ。アレはヴァントリアで間違いないぞ」
「――っ」

 アレとは、さっきの二人のことか?

 しかし近くで見た感じでは身体も顔立ちも完璧な女の子だった。変装に使うようなアイテムも見た限りでは身に付けていなかったし、解除魔法を掛けてみたが何の変化もなかった。つまり変身魔法も使っていないと言うことだ。

 赤い髪、赤い瞳――ヴァントリア・オルテイルが噂通りの容姿ならば、確かに彼女は一致している。

 彼女がヴァントリア・オルテイルである可能性は充分にある。自分も怪しんでいたから完全に否定することも出来ない。

「しかし、ヴァントリア様は男性では……?」
「オチリスリを踊れるのはヴァントリアだけであろう。何よりあの赤い髪と赤い瞳、ヴァントリアとしか思えぬ」
「ですが、もし一般人だったら……」
「シストのお墨付きである。主従契約を交わしたらしい……。……余とは交わしてくれぬくせに」
「はい?」

 サイオン様はゴホンと咳払いをしてから顔を逸らして言った。

「兎にも角にも、奴はまだこの階層にいるのだ。時間はある。そのうち尻尾を出すだろうよ。そなたは奴を追うが良い」
「はい」

 敬礼すれば、サイオン様は来た道を帰っていく。あの方は護衛も付けずに来たのか……?

 ヴァントリア・オルテイルかもしれない人物をわざわざ追って来たと言うのか?

 ――待て。シスト様がヴァントリア・オルテイルと繋がりの深い主従契約を結んでいたなら、身体の変化に気が付いていてもおかしくはない。

 そう言えば、腕のいい博士が彼と行動を共にしていると言う情報もあったな。魔法薬の類いなら薬を飲んだ時にのみ魔法が発動する。それだと解除魔法を使用しても効果がない。

「あ~あ。可愛いから騙された…………――けど」


 あの女の正体が、悪の塊であるヴァントリア・オルテイルだったと、エルデちゃんが知れば!!


 エルデちゃんは俺のエルデちゃんに戻る……!!

 やっぱり俺達の愛と正義は永遠だ! 正義は勝つ!


 あーエルデちゃんー! なんで別行動なんだ会場警備に戻りてえええ……!

 こうなったら、ヴァントリア・オルテイルを迅速に捕らえるしかない!

 そしてエルデちゃんの目の前に突き出し、女の正体はヴァントリア・オルテイルだと暴露してやる!

 屋根の上を飛んでいるのなら……すぐに見つけられるだろう。







。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *






 ジノのスピードにはついていけない、初めから分かっていたことだ。だからと言って、自分より年下の子供にお姫様抱っこされて運ばれるなんて……。

「お、下ろせジノ、自分で走れるから」
「さっきまでヒイヒイ言ってたのはどこのどいつだ。1ミリも足が上がってなかったじゃねえか」
「ジノが引っ張るから瓦がおろし器みたいになって俺の足がダメになったんだ!」
「うるせえ! お前がカメみたいに遅いからだ!」

 これ以上怒られたくないし、俺が遅いのは否定出来ないので黙ることにする。にしても……。

「カメって、……亀のことか?」
「ん?」
「そう言えば、前にもウサギがどうたらって言ってたような……」

 前世の記憶がないジノが、兎や亀のことを知っているなんて変だ。それとも、ウサピョンとウサギは別の生物なのだろうか? じゃあこの世界にもウサギは存在する?

「お前が一方的に教えてきたんだろ」
「え?」
「地上にいる動物の名前だって」
「そ、そうだったっけ、ははは」

 そんなことを教えた記憶はない、つまりその話は前世の記憶を思い出す前のヴァントリアから聞いたと言うことだ。

 地上にはウサピョンみたいな角の生えたウサギもどきじゃなくて、前世と同じ形の俺の知る普通のウサギがいるってことなのかな。

「お前、最近ずっと変だよな」
「え?」
「いや、結構前から変だったけど、そのことじゃなくて。その…………この間も、テントで泣いてただろ」

 目を泳がせながら言うジノを眺めながら、何と答えたら良いか分からず、言葉を詰まらせる。

「あ、いや、それは……」
「な、何で泣いてたンだよ」

 聞かれてしまうのは当たり前なのかもしれない。

 なぜなら、俺だって、ジノや他の皆が泣いていたら、何で泣いていたのか聞きたくなる。そして話を聞いてあげたいと思う。

 ヒュウヲウンが泣いていた時は、ウォルズのように上手に励ましてあげることは出来なかったし、また同じようなことがあってもきっとどうしたら良いか分からなくて戸惑うだけかもしれないけど。

 けど、きっとその人の為に何かしてあげたいと思ってしまうだろう。

 大切な仲間なら尚更……。

 まあ、ジノが俺のことをそう思ってくれてるかは分からないけど、気になってしまうのは仕方がないことだ。うん。

 ジノだけに限らず泣いていた理由が気になっている人はいるかもしれないし、今後同じようなことを聞かれるかもしれない。隠し通せることじゃない……やっぱり話した方がいいんじゃないか。

 そ、そうだよ、皆の方が恋愛経験があるかもしれない……。忘れる方法も知ってるかも。

 ヒオゥネに振られたって言えば……そ、そうだ、振られてるんだし付き合ってる訳でもないんだから、裏切ることにはならないよな?

 ――いや、皆を苦しめている相手を好きってだけで裏切ってるだろ!!

 ――いやいや、こっちから告白した訳でもないし、振られたんだし、好きなのやめるつもりなんだし、そもそも好きかどうかなんて分かんないし別に好きじゃないし――と、とにかく話してもいい筈だ。

 ――いやいやいや、気になってる時点で悪いことだ!!

 でも、でも。

 隠したらもっと、悪いことをしているみたいで――……


「あ、えっと。その………………………別に……」
「…………あっそ」

 あああああっ、どうして言えないんだあああああ……!!

「まあお前は泣き虫だからな」

 そんな優しい声が降ってきて、驚いてしまう。

 ジノはいつも不機嫌で、特にヴァントリアに対しては優しい言葉を掛けるような人物じゃない。それに、子供から放たれるような声音ではなかった。優しいだけではなく、包み込むような温かさがあった。

「……悔しかったんだと思う」
「ん?」

 俺じゃ、止められない。

 止めようとは思っている。けど、もしヒオゥネを止められたとしても、彼の今までしてきたことをなかったことには出来ないだろう。

 彼に苦しめられた人々が彼をどう思うのか、そして、どう言う行動を起こすのか。……それを、止めていいのか。

 ああ……俺は何であんな奴なんかを。

「凄いよな……エルデって。好きな人にちゃんと好きって伝えられるんだから」
「え」

 ジノの呆けたような声が上がる。

 相手が悪いことをしてきたことを知っていて、その人が他の人にどう思われているかも知っていて、それでも好きだと伝えることが出来るなんて……凄いと思う。

 俺には伝える勇気も、伝えた後に起きる出来事への勇気も、持てない。

「俺は……伝えられる気が、しないな……」
「はああ? お前散々女の人口説いてたじゃないか」

 独り言に近かった言葉に返答されてしまい、どう返せば良いかと慌てる。

 しかも女たらし感が……いや前世のゲームのヴァントリアは正に女性なら誰でも手を出すような奴だったけど。

「う、あ、あれは助けるための手段であって!」
「助けるため? どう言う意味だ?」

 ジノがこちらに顔を向けてくる。訝しげに眉を寄せて俺の答えを待っている。

 そうだ、あの場――記憶の世界にジノはいなかったから、ヴァントリアがやってきたことの本当の目的を知らないんだ。

 ウォルズは前世のゲームで知っているだろうけど、イルエラとラルフもあの場にいなかったから知らないだろうし、……ジノもイルエラもラルフも、どうして俺に協力してくれるんだろう……。

「えっと。とにかく、その人達とは違うんだ。アイツは本当に、その、本当に……気になってるだけ……だから」

 ――瞬間、背中からジノの手が離れ、誰にも何にも触れずに宙に浮く感覚と言うものを味わった。

「え、お? ――うおおおおおおおおう!?」

 そして、すぐに下へと引っぱられるような力が感じられて、重力の恐ろしさを文字通り身体で体験する。

「――しまった……!」

 遠く上の方からジノの慌てた声が聞こえる。

 俺はと言うと受身をとると言う考えにも及ばず、身体を縮こまらせて、ひえええ、と叫ぶだけで見えない衝撃へと向かっていく。

「ぎゃあああああああああっ――」

 地面が見えない状態での落ちる怖さと来たらもう。――頭が下に向き、頭への衝撃を想像して目をぎゅっと瞑った瞬間だった。

 頭のすぐそこで、ザッと砂が地面と擦れるような音がして、何かに受け止められ、バサッと布がはためくような音がする。

 ――ザザザザッと身体が横に流れる感覚を味わってから、目を開ければ、すぐ近くに顔があって驚く。

 と言っても、相手の目元は白いフードで、口元はマスクで覆い隠されている為、顔は殆ど見えない。見えるのはスっとした鼻くらいだ。鼻だけで美形だと分かるとはどう言うことか。

 白いコートに、白いフードを被り、口元にマスクをしている。この格好って……まさか、森で出会ったヒオゥネ!? ――の姿に変身している人?

「大丈夫ですか、お嬢さん」

 ん? この声、聞いたことがある気がするぞ。

 具体的に言えば、綿の実を買った後に……それから、……そう、昔……王宮で、聞いたことがある。

 いや、まさかな。

 綿の実購入後に話した時、相手が誰かは既に分かりかけていたが。もしそれが当たってしまっていたなら、かなりまずい状況だぞ……。

「――いたぞ! 赤い髪の女だ!」
「え!?」
「赤い髪……?」

 白コートの男がピクリと反応して声のした方を見る。彼の見た方を見れば、「いたぞー! こっちだー!」と叫んでいる兵士の姿があり、数人の兵士が彼の元に集まっていく。

 や、ヤバイ――もう兵士達に正体がバレたのか!?

 ダンデシュリンガーの仕業か? ――ってそんなこと考えている暇はない。早くこの場所から離れた方が良い。

 ジノが建物の上から降りてきて、白コートに横抱きにされている俺を見つけ、顔を強ばらせる。俺以外の誰かがいるとは思わなかったのだろう。

 しかも兵士がこちらに走ってきているのだから焦らないわけには行かない。

「追われているんですか、お嬢さん」
「おいお前! 手を離せ!」

 ジノが俺を奪い返そうと手を伸ばした時だ、「助けましょう」と言って、男は俺を抱えたまま立ち上がった。

「え」
「こっちです!」

 白コート男はジノにそう言うと、俺を抱っこしたまま走り出す。建物と建物の間を布のはためく音と一緒に通り抜ける。それからジノの「はあ!? オ、オイ!! 待て!!」と言う声が追いかけてくる。

 男は迷路のような路地裏を熟れた様子で走り抜けた後、何の変哲もない一般的な建物の窓を開け、そこから中に入ると、落ち着いた様子で部屋の中を歩く。先程までのスピード感が嘘のようだ。

 ジノも中に入ってきて男の後を追って着いてくる。

 ジノも俺も全く状況が分かっていない。

 まず、この男の目的が分からない。どこへ連れていく気かと思えば、こんな家の中に連れ込まれてしまうし……。ここに隠れると言うことか?

 俺達は廊下の窓から入ってきたらしい。その廊下から台所とリビングのある部屋へと出て、さらにその部屋を通り過ぎ、また別の廊下に出る。

 空き家のようで、建物の中は人もいなければ生活感もない。

 埃っぽいし、そこかしこで、ミシ、とか、ペキ、とかの軋む音がする、かなり古いようなので買い手がいないのだろう。

「お、おい、こんなところに隠れたって見つかるのは時間の問題だぞ! つうかお前誰だ!」

 ――そうなるよな。

 ジノが焦ったようにそう言えば、白コートの男は俺を床に立たせて、「抜け道があるんです」と言う。

 男は廊下を左に曲がった所で現れた押入れの扉を開く。

 押入れの上の段には、布が破けて綿が飛び出したかなり古い布団があるが、下の段はすっからかんだ。

 男はその下の段の床から、床板を外していく。それから俺達に見せるように身体を横に反らし、こちらに顔を向ける。

 押入れの床下に下へと続く階段が現れ、ジノと俺は顔を見合わせる。

「お嬢さん2人は先に行ってください。オレは蓋をしてからついて行きます。足元に気をつけて」

 そう言って白コート男は俺に手を差し伸べる。

「あ、どうも」

 手を取れば、「頭に気を付けて」と言う。頭を低くして押入れに入り、階段を降りていく。下は真っ暗で何も見えない……正直怖い。

「手すりを握ってください。階段は暗いですが、降りていって道に出れば松明の灯りが見える筈です」
「わ、わかった」
「さあ、そちらのお嬢さんも」

 男はジノにも手を差し伸べるが、ジノはその手を無視して押入れに入ってくる。

「さっさと行け」
「う、うん」

 ジノは俺と違って薬を使っていない。本来の姿なのに女性と思われていることが悔しいらしい。女装してるんだし似合ってるんだから仕方がない。とっても可愛いぞ!

 そんなことを思っていたら後ろから背中を蹴られた。真っ暗で何も見えない為に起きた事故だと思いたい。

 階段は所々、形が歪なところがあって偶に踏み外して落ちそうになったが、手摺があったおかげで何とか降りきることが出来た。

「怪我はしていませんか?」

 俺が踏み外す度に叫び声を上げまくっていたからだろう、男が尋ねてくる。

「……俺は……大丈夫です」
「貴方は?」
「僕も……平気……」

 廊下に出ても真っ暗だ、確かに遠くの方にチラチラと光が見えるけれど。自分達の周りはその光が届かない。

 それだけで、この通路がかなり広範囲に広がっていることが分かった。

 しかしこの様子だと歩くのもやっとだろう。その場で足踏みするだけでも地面が凸凹なのが分かる。

 階段を降りて廊下に出てすぐの所で男の影が蠢く。少しずつ暗闇になれてきたのか、男が何をしているのかは分かった。

 地面には壺らしきものが置いてあり、そこから棒が何本も飛び出している。男はその棒を1本取り出して先端を触る。

 彼の手に魔法陣が浮かび上がり、光が放たれる。ボアッと魔法陣から炎が吹き出し、棒の先端に着いていた白い布に炎が移動する。

 ――瞬間、当たりが照らされ、ジノと一緒に「ほわああっ」と間抜けな声を上げてしまった。


 俺達が立っていたのは、正に土の中。


 地面も壁も整えられていない、人が掘ったと分かる凸凹道だった。

 ――まるで蟻の巣かモグラの掘った穴に迷い込んだみたいだ。


 こんな通路は、前世のゲームでも見たことも聞いたこともない。

 ウォルズが知っていたなら作戦に使っていただろうから、A and Zでも登場していないのだろう。

 元からあったのか、それとも、最近出来たのか――一体何が起きてるんだ。


 そこはまさに抜け道――俺達も前世の記憶持ちでも知らない隠された地下通路だった。



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