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第八章

197話 生きている声

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 ランシャの皆が登場しようとした時だった、先頭にいたハートさんが待機の指示を出す。

 待てど暮らせど待機の指示が解かれない為、踊り子達が何かあったのだろうかと、ひそひそ話をしだした時だった。オーナーの慌てた様子の声が拡張魔法を通して聞こえてくる。

「ランシャの皆が登場する前に! ゲストのご紹介です!」

 ゲスト?

「惜しくも中断となってしまった舞踏会のことを聞きつけ、わざわざ王宮から足を運んで下さいました! ――」

「――え……」

 作戦を知っている踊り子達も、そして俺とジノも動揺の色を隠せない。

 ――シストは王宮に帰ったんじゃ……!?



「――第一王子、サイオン・オルテイル様ですっ!!」



 げ、げええええええええええええええッ!?

 ――待て待て待て待て、サ、サイオンだって!?

 堪らず列から離れ、ハートさんの元に駆け寄る。外を覗いてみれば、広場の端っこにいつの間にか止められていた豪華な馬車の扉が開き、中から一人の男が出てきた。

 兵士達によって人払いがされて出来た道をその男が歩いていくのが見える。

 プラチナブロンドの短髪、金の瞳のタレ目と世界の何もかもを軽蔑するかのような厳しい目付きに不機嫌そうに引き締められた唇。うわああ。

 さ、サイオンだあああああ……っ。

 王族は6人兄弟、つまり第六王子までいるのだが、その長男――第一王子がサイオン・オルテイルだった。

 兄弟と言っても母親が違ったり父親が違ったりするので従兄弟なのだが――王族の血を受け継いでいて、次期国王になれる者達を一括りに兄弟と呼んでいた。その中で、シストと本当の兄弟だと言えるのがサイオンだ。

 シストとサイオンの父親はシルワール・オルテイル、母親は正妻であるシエルバ・グリフォン。

 シエルバは金の髪、金の瞳の美しい女性だった。シルワールはシストのように白い髪だが歳のせいかもしれないし、瞳は薄い青色だったので、シストの髪も目も突然変異か何かなのか、昔の王族の中に白い瞳の人がいたのか、それとも前世のゲームでは遺伝と言う概念がないのか、または病気か、病気だな、うん。

 冗談はさておき……サイオンの髪は母親の髪より白に近く、金の瞳は母親とそっくりだ。俺はシエルバ・グリフォンもサイオンも好きじゃないのであの目がとても嫌いだ。

 もっと言えば、第二王子のロベスティウ・オルテイルはシルワール・オルテイルと、ゲルダインライシェハルツ・サイハイ・イノスオーラの妹、ヘトクリスメルヘラ・ライシェ・イノスオーラとの間にできた子だ。

 ウォルズの父親であるゲルダインライシェハルツの妹、ヘトクリスメルヘラはとても優しい女性だった。

 シルワールもいい王様だったし、あの二人の間に出来た子供が、ロベスティウだなんて有り得ない……と思いたいくらい、ロベスティウからも酷いことをされてきた。

 サイオンと比べるとアイツの方が……いや、思い出すのはやめておこう。サイオンを見ただけでも、色々思い出してしまって吐き気がするのに、ロベスティウまで思い出したらどうなることやら。

 舞台へ近づいてきたサイオンの姿をしっかりと捉えた瞬間、王宮で虐められたトラウマが蘇ってくる。

 王宮での生活は兄様達には無視されるのが日常だった。しかし無視されるだけで済ますような奴らじゃない。

 サイオンは俺についての悪い噂をあることないこと流しまくったり、二人きりになると人目がないからなのか好き放題だ、バケツの水を掛けられたり、倉庫に閉じ込められたり……。剣の鍛錬だとか言って連れ出されて一方的に叩きのめされたり……――これは俺が弱いから仕方ない――だが、嫌だと言っても無理やり剣を持たせてくるし弱いって知ってて手加減もしないし、倒れた後も攻撃してくるし。兄弟達に俺を無視するよう最初に言ったのも彼だった。

 とにかくあの男は苦手だ。いや、シストも苦手だけど、いやほぼ兄弟全員苦手だけど……。

 あ、でも、第四王子のディスゲル兄様ならまだ良かったかな。あの人は地上を冒険したがっていたけど、それができないからって自分の部屋に引きこもってた人だ。

 たまに出てきたと思ったら忙しそうにしてるし。兄様達の言いなりだから俺のことは無視していたけど、何かしてくるわけでもなかったし。

 ちなみに彼は俺の父親、ゼクシィル・オルテイルの兄、ベルシアン・オルテイルと、シルワール・オルテイルの妹、キーシャ・ヲクーンの間にできた子供である。

 そこに第六王子……つまり俺の弟と、さらにA and Zの主人公であるヘイルレイラまで参戦してくる……王族多いな……となる訳だ。

 ウロボスがヒオゥネだけで助かった……もう、覚えられる気がしない。

 だがこれは前世の記憶からの情報ではないだろう、もし王族の家系図が公開されていたとしたらヘイルレイラが登場するA and Zの攻略本だろうし。これはヴァントリアがもともと持っている記憶だと思う。

 王宮のことはあんまり思い出したくなくて、避けていたけれど、これからはヴァントリア――自分自身のことを知るためにも思い出さなくちゃならない。

 ……サイオンのことも、逃げていてはダメだ。

 思い出すんだ、俺が1人で行動しようとした理由を。なぜ無視をされてしまったのかを、そして、無視をされてから俺はそれに対して、何をしなかったのかを。出来たことがあったんじゃないか、分かってくれるかもしれない瞬間が、あったんじゃないのか。

「ヴァン? 顔色悪いぞ。平気か?」
「う、うん……」

 どの記憶を思い出そうと、分かってくれる気がしない……むしろ、身体中に重圧が掛かるような感覚に陥るばかりだ、頭も痛くなってきた。

 俺から話しかけた時、無視をする、いないもののように扱う。しかし、我慢の限界が来た時、もしくは何か企んでいる時は、サイオンから一方的に話しかけてくる。話しかけてくると言うよりは罵倒に近いか。もちろん俺の言葉には答えない。

 あの男に浴びせられた言葉の数々が、脳内に響いてくる、脳裏を占めていく。奴の声が、奴の冷たい瞳が、奴の言葉が――兄弟のうち、自分だけに向けられた嫌悪が、恐ろしくてたまらない。

 待機の指示が解かれ、今度こそランシャが舞台へ登場する。サイオンに対する複雑な感情を抱えたまま舞台に出て、バレないかとヒヤヒヤしながら踊っていたが、舞台の下を見れば、サイオンが来たことにより会場の警備をしていた兵士達がこちらに集まってきている。

 不本意だが、サイオンが来てくれたおかげで囮役が充分こなせている!

 サイオンの傍にはエルデもいて、その隣には凄い形相のダンデシュリンガーもいる。あの低い声の正体、本当にダンデシュリンガーだったのかもしれない……。

 あの二人組を見たらウォルズがいたら発狂しそうだ。ヤバイ状況だと言うのに俺も喜んじゃってるし。やっぱりビレストと言ったらエルデとダンデシュリンガーだよな!

 オープニングが終わった頃、ウォルズ達から連絡が来る。

 まだまだ祭りは続き、今はランシャではなく別の踊り子グループ、テナリオが舞台で踊っている。彼女達はオチリスリの反響をそのままに注目を浴びているようだ。

 今のうちだとジノと共に祭りから抜け出し、迷路のような路地裏を縫うように通り抜けていく。

 ジノに手を引かれているのでスピードはあるが、やはり体力の問題がついてくる、つ、疲れてきた……。テイガイアにスタミナドリンクでも作ってもらえば良かったかもしれない!

「お出かけですか、お嬢さん方」
「――っ!?」

 建物の建物の間を抜けた辺りで突然声を掛けられ、ジノが一瞬にして身体の向きを変える。状況が分かっていない俺の腰に腕をまわし、後ろに飛び退いた。

 十字になった路地裏で、男のいる反対側の路地に俺達は立っている。2つの建物の間を抜けた時、右側に男が現れ、ジノが左側の路地へと逃げ込んだのだ。

 ジノは俺を背に隠し、相手を警戒する。男は建物に背を預けてジノと俺を静かに眺めている。

 何かを探るような視線だ。……踊り子達がとんでもないスピードで走り抜けていたらそりゃ警戒されてもおかしくはないけど。なんて言うタイミングだ。もしかして先回りされていた?

 もしエルデやエゾファイアがオチリスリの正体が俺だと兵士達に話していたとしても、わざわざイベント前や、イベントの最中に捕らえようとすることはないだろう。

 騒ぎを起こして俺達が雲隠れしたら向こうも困るからだ。むしろ姿を現してくれるならそちらの方がいいと言うもの。

 さらに、シストの次に偉い第一王子であるサイオンがわざわざイベントをみるために王宮から足を運んだのだ。イベントが中止になるようなことはしない筈だ。

 だからサイオンが見ている舞台をぶち壊すようなことはしない、つまり俺達がランシャとして踊っている間は手が出せない。

 バレていたとしても手は出されないし、バレていたならなおさら兵士達を舞台の方へ引き付けられる!

 舞台が終わって抜け出した時、もし兵士達が追って来るようならバレていると言うことになる。

 しかしそうではなかった。エルデとエゾファイア以外の兵士に関しては、確信されていない、疑われている状態なんだ。

「そんなに急いでどちらへ行かれるのですか?」

 ……やっぱりこの声聞いたことがある。思い出せ、きっと前世のゲームに登場しているんだ。

「お前の言う通り急いでるンだ。分かってるなら放っておけよ」

 ジノが俺の手首を掴み、路地裏から道の方に出ようとする。疑われている状態なら確信を与える前にその場から去った方がいいだろう。

 相手の男は俺達が通ってきた場所のすぐ傍――十字の中心に近いところにいるのだ、本当は路地裏を通りたかったが、ジノは接近を避けて反対側――リスクの少ない方を選んだ。

 イベント会場に人が集まっているので、路地裏と同じく町中も人気はない。

 それでも俺とジノは踊り子の衣装のままだし――しかも目立つ赤い髪をしている俺を誰かが見たら、オチリスリがいると騒がれ、かなり厄介なことになる。

 男に疑われないようにだろう、ジノは通りに人がいるかの確認はしない、自然な動きで道へと出ようとしたが――道に出ようとした瞬間だった、俺の手を誰かに引かれ、ジノの手を俺の手が引いて、ジノが動きを止める。

 俺の手を引いた相手はさっきの男しかいないだろうが、恐る恐る振り返る。どこでバレるかわからないから、あまり顔は見られたくないが……。振り返るのを途中で止めて、横目で男の顔を見た。――瞬間、サッと血の気が引く。


 前世のゲームと比べた時、現世での声はあまりにも違いがあり過ぎる。現実の声で自然に言葉を紡いでくるからだ。

 機会から出された音ではなく、人間の喉から出てきた音がするのだ。

 声優さんの声ではなく、キャラクターの声ではなく、彼等は生きた人物の声を出す。

 息継ぎも、話し方も、まるで別物だった。あまりにも自然に、世界になじんでくる。

 前世のゲームやアニメでは正しく声優が命を吹き込むと例えるが、現世ではこの世界が吹き込んだ命が話していると言えるだろう。誰かが作った容姿でも、誰かが演じた声でもない、この現実世界で生きている声と容姿をしているのだ。

 だから、声で認識することは偶にとても難しく感じることがある。

 顔も同じだ、コスプレイヤーや実写とは違う、顔の作りがまんまキャラクターのそれなのだ。他の誰かの面影を感じさせない、個として確立された存在。

 だがそれは前世では現実に絶対にいない顔をしていると言うのに、現世では現実にいそうな顔をしている。

 何の違和感も感じさせないまま、彼らはこの世界で生きている。


 しかし声と顔で違いがあるとすれば、顔を見て現実ではこうなんだ、と感じる点だ。

 現実的な顔のつくりをしているが、確かにキャラクターの顔のつくりもしているから、そう感じるのだ。

 顔を見たとたん、前世のゲームキャラと現世の人物が比較され、判定された後に確信がやってくる。

 今回もそうだった。



 男の髪は前も後ろも首に掛かるくらいの長さに揃えられ、前髪を左側だけ耳に掛けている。

 髪色は太陽のように明るく、オレンジのようにさっぱりした爽やかな印象を受ける顔立ちが、まるで飴を与えられるような甘い微笑みへと変わり、キラキラと周りに星が散って脳裏に焼き付けられる――

 ――前世のゲームの中でもゲームの外でも恐らく現世でも女の子を惹きつけてやまない魔性のイケメン! しかしその正体は正義に執着し過ぎて狂っている対悪人戦闘狂! 正義でありながら血の匂いが染み付いている、そんな彼の名前はっ――




 ダンデシュリンガー・オンリィ・ヲン!







――――って、



ダンデシュリンガアアアアアア!?





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