転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)

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第八章

189話 弟

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「次は甘いもの食べようよ」

 ヒュウヲウンがにっこりと笑ってそんなことを言う。

「何がいい?」

 んーと辺りを見渡していれば、ふわふわと空中に浮かぶ白いものを発見する。

「綿あめ!」
「ワタアメ? わた……綿の実のこと?」

 綿の実とは――綿あめがなる木から採られたモノだ。こっちの世界ではもちろん綿あめとは呼ばず綿の実と呼ばれているが。食べたら幸せになれる、雲のようにふわふわになれると前世のゲームでも説明されていた。

 ヴァントリアの好物でもある。だからこんなに舌が脳が鼻が反応してしまうのか。

 独特の甘い香りが鼻をくすぐる、嗅いだだけでもふわふわしそうな純粋な甘さ百パーセントの香りだ。

 ちなみになぜ空中に浮かぶのかと言うと、下にいる外敵に食べられないように魔力で浮いているらしい。

 前世のゲームでは綿の実を回復アイテムとして使用出来る。森の中の光の差し込むような綺麗な場所に浮いてることがあるから、見つければ回収していた。それにその周囲に近付くだけで麻痺や毒なども解除される。

 しかし、そこら一帯では魔獣に会うことがほとんどないし、植物も回復効果のあるものばかりで、麻痺や毒に掛かる機会がない。まあ、掛からな方がいいんだし気にすることでもないな。

「綿の実食べたい!」

 目を輝かせて言えば、「本当に甘いものが好きなんだね」とヒュウヲウンが笑う。

「トップスリーに入る好物です!」
「他のふたつはなんなんだい?」
「ルンヒェルデンのアップルタルトと、エーテルジュエルの生チョコレートケーキかな」

 味を思い浮かべながら告げれば、キラキラと目を輝かせていたヒュウヲウンが急に目の色をなくした。

「……王族にしか採ることが許されないと言うあのルンヒェルデンの樹木になる林檎でアップルタルト……贅沢ですのね」
「え、あ、そ、そうだな」
「そして生チョコレートケーキとはただの生チョコレートではないのでしょう。宮廷パティシエしかレシピを知ることが出来ないと言われるあの生チョコレートケーキなのでしょう。しかもその材料が王族しか口に出来ないと法律で決められたほどの絶品のカカオ、エーテルジュエルカカオだったなんて知りませんでしたわ。おほほほほ」

 キャラ崩壊が起こっているぞ!

「あ、いや、でも頼めばすぐ作ってくれるし……! 材料もホイホイ手に入ってたみたいだぞ? 作るのも早くて! 簡単だったんだよきっと!」
「専属パティシエは確か各層で名高いパティシエを集めて競わせて選抜した選りすぐりのパティシエ達らしいですものね」
「何でそんなに詳しいんだよ……」

 俺でも知らなかったぞ。

「噂で流れてくるもん! ランシャの皆でホテルに泊まった時もそんな話聞かせてもらったし……! そのホテルのパティシエさんはお菓子好きな王子様のお口に合わなくてクビになったって言ってた!」

 それ絶対俺じゃん!? 覚えてねえええ。いいや、確かに思い出そうとしてみればありとあらゆるお菓子に文句付けて、修行し直して来いって召使いに言いつけて何人もクビにさせた気がする。

「パティシエさんいわく最後の鉄扉らしいよ。押し開くことが出来れば神域に辿り着いたと言っても過言ではないって業界では有名だって、気に入って貰えたらあれよこれよと優遇されて最高の材料が手に入るって……確かに王族にしか許されてない絶品なお品物が沢山ありますものね」

 キャラ崩壊……。

「…………たぶんそれ俺だ」

 イルエラがぴくりと反応する。そう言えばイルエラは俺が食事を取れないお菓子しか食べられない生活をしていると考えているんだったな。

 頭を撫でられないからかイルエラが胸にスリスリしてくる。ありがとう癒されたかわいい。けど同情されることなんてないんだ、むしろ叱責してくれた方がいいんだ。

「ヴァントリア様……」
「昔の俺はそれはそれはお菓子を貪り尽くしておりまして……今でも。舞踏会でシストに食べさせて貰ったし……あそこのスイーツ達は超美味しかったな! アレはもう1回食べたい、お部屋に呼んで作ってくれって頼み散らかしてやりたいレベルだ。褒美も取らせなきゃ、何がいいのかな、やっぱり高級食材? お店開く為の資金? お店があるなら寄付金を送りまくってやるぞ」

 何故だか王宮の自分の部屋でゴロゴロしている気分になってお菓子達のことを思い浮かべながら話していれば、前から冷ややかな視線を感じて、ハッとして顔を上げる。

「お、お菓子のことになるとついめちゃくちゃしてやりたくなるんだ!」
「鉄扉が目の前に……」

 押し開く動作でヒュウヲウンが手を伸ばしてきて、胸を手のひらで押して開けようとしてくる。俺は一体どこに鉄扉仕込んでるんだ。

 綿の実の屋台に近づけば、そよそよと風が吹いてくる。

「綿の実全部下さい!」

 綿の実の屋台でそう言えば、ヒュウヲウンが目を見開く。

「全部!?」
「ダメか?」

 首を傾げれば、うっと唸って「私も沢山食べたから驚いちゃいけなかった」と呟く。気にしなくていいのに。

「お嬢ちゃんさっき舞台で踊ってたオチリスリちゃんじゃないか。綿の実が好きなのかい?」
「はい!! 大好物です!」
「うちのは自家栽培なんだ、何年か前までは王宮にも送ってたんだぜ」
「……な、なんだと」

 それはつまり、俺だな。俺しかいない。他の王族――つまり兄弟達が綿の実を食べるなんてありえない。

「久しぶりの綿の実だぁ……♡」

 袋の中に詰め込まれた綿の実を1つ手に取って頬ばれば、身体中を包まれるような温かさとふわふわと浮かぶような感覚がする。ポカポカしてきたぞ。まるで雲の上でお昼寝しているかのような気分……。

「眠たくなってきた」
「食べたら心地良くなっちゃうんだよね」
「ヒュウヲウンも食べるか?」

 ヒュウヲウンとイルエラにひとつずつ渡す。因みに綿の〝実〟だから触っても手がベタベタにならない。

 虫とかホコリとかつかないんだろうかと前世でゲームをしていた時に不安に思っていたけれど、そんなものは全くくっ付いていない。なぜだ?

 店主に聞いてみれば、綿の実は虫が嫌いな匂いを出しているらしい。そして虫やホコリや葉っぱなどの不純物については綿の実は周囲から魔力を吸って自分の周りに放出しているらしく、それで空中に浮いたり、不純物の侵入をガードしているのだと言う。

 なぜ綿の実はそんなことをしているのかと聞けば、綿の実は繊細で塵一つ入るだけで、種子が破壊され樹木になれなくなるから、子孫を残すための工夫なのだろうと店主は言った。

 さらに綿の実は樹木が空気を浄化しているので周辺に近づくだけで元気が出ると言う。魔力を持っている上に空気も綺麗なのだ、麻痺や毒に効くのも分かる気がする。

 そう言えば前世のゲームでも綿の実に近づくとキャラの髪や服が揺れていたような……。

 そうだ、残りはテントで待ってる皆に持って帰ってやろう。

「すまない、綿の実を二つくれないか」

 え?

 そんな声がして振り返れば、屋台の店主に向かって白いコートを着たフードを深く被った男性がお金を差し出していた。

「おっと、すまないね。たった今売り切れたところだよ」
「……そ、そうなのか」

 なんか悪いことをしてしまったかな。沢山あるし2つくらいならあげてもいいんだけど。

「すみません!」

 そう思って話し掛ければ、相手がビクッと震えてこちらにゆっくりと身体を向ける。

「俺――私が買い占めちゃって。2つなら、どうぞ」
「あ、いや、すまない。……1つだけでいい、譲ってくれないだろうか」
「…………2つどうぞ」

 2つ差し出せば、2つ分のお金を渡される。

 声を聞いてから、何となく知っているような気がしていたのだが……気のせいか?

「実は弟がコレを食べているのを見たことがあって……それが好物だと知っていたし、美味しそうに食べていたものだから1度食べてみたくてな」
「…………へえ」

 ‥‥弟。

「もう1つはこの階層に来ているらしい兄に差し入れをと思って……そいつは弟のこと大好きだから、弟関連のものを送っとけば何とかなるんだよ」
「そうですか」
「おっといけない、お嬢さんには興味のない話をしてしまったな。じゃあ、ありがとう」

 綿の実を袋に詰めて、手を振って去っていく、その後ろ姿を眺めていると、ヒュウヲウンがしみじみと言った。

「なんかかっこいい人だったね」
「顔見えたのか?」
「見えなかったよ。雰囲気というか、纏うオーラが……こう、上品で」
「……上品」

 俺も、確かにそう思った。あのフードといい、正体を隠そうとしている様子だったが、どこか知り合いを感じさせる仕草があった。

「…………いや、ありえない。兄貴達に好かれてる訳ないし……」

 気のせいか。

 その後はとにかく食べ回り、祭りが終わる直前になってヒュウヲウンがゲコ掬いを発見し、新たにダイヤモンドゲコを追加していた店主に勝負を挑んでいた。

 互いに顔を近づけて目をバチバチさせていたので……これは既に常連だな。

 前世のゲームでみたシーンが目の前で起こって興奮していれば、ヒュウヲウンに手伝うように言われて俺も参加した。顔べちゃも出来たぞ!

 そうしてオーナーに持たされたお小遣いは全てゲコ掬いへと消えてしまったのであった。オチもついてきたぞ!

 祭りが終わる直前に戻れば、テントの片付けも既に終わっており、荷馬車から出てきたウォルズが手を振った。

「おかえり!」
「よく戻ってきたって分かったな」
「ヴァントリアの声が聞こえたから」

 何故ヴァントリアにだけそんなに敏感なんだ、やめろ。

「はい。おみやげ」
「おおお、綿の実じゃん! どこにあった?」
「え、ウォルズが回った時はなかったのか?」

 それにはヒュウヲウンが答えた。

「売り切れになっちゃうことも多いから、前半と後半で別のお店と交代するお店も多いんだ」
「へえ」

 売り切れって、それヒュウヲウンのせいなんじゃ……。まさかな。

「ヴァントリア、はやくはやく、見せたいものがあるんだ!」

 ウォルズに手を引かれて荷馬車の中に入れば、オフになった踊り子達がお洋服を広げてきゃっきゃと騒いでいる。楽しそうだ。

「あ! ヴァントリア様! これ着てみてくださいな」
「え?」
「みんなで選んだのよ、あと5着選んであるから着替えて着替えて」
「脱いで脱いでほらはやく」

 えええええええ!? また着せ替え!?


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