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第八章
187話 なんでこの二人が!?
しおりを挟む丸みのある瓶の方、女体化する薬を飲んでから、気持ちが晴れないままテントに帰ってくれば、目が腫れてしまっていたらしい、その場にいた踊り子達数人が何事!? と駆け寄ってきた。
「どうしたの、誰かに何かされた?」
リーダーのハートさんが心配顔で背中を摩ってくる。
「あれだけ注目を浴びたんだもの、変な人達が寄ってきて大変だったんじゃないかな?」
「ヒュウヲウンとヴァントリア様だけだと心配ね、今じゃどっちも有名な華なんだもの」
41層は奴隷が多い分、人攫いも多い。この祭りではあまり奴隷を見かけていないが、もしかしたら王様が来るからと言う理由で表に出していないのかもしれない。
「違うんだ、ちょっと……フラれちゃったような、感じで……」
いや、振るも振られるも何も告白してないんだから違うとも言えるけど。はっきり「僕が貴方を愛することは決してありません」なんて言われたんだから、振られたようなものだ。
……そもそもヒオゥネのことなんか好きになんかなってないけどな!! ヒオゥネのバカヤロー!
思わずこぼしてしまったセリフに、踊り子達が呆けて固まってしまっている。
「ま、まさか会いに行ってたの!? 好きな人に!?」
「あ、あんなやつ好きなんかじゃない!」
「えー……涙目になって言うことじゃないわよ」
「ほらほらまた泣いていいんだよ、お姉さん達が話聞いてあげるよ」
「まず衣装着替えましょう、風邪ひくわよ」
そんな優しい言葉を掛けられると思っていなくて、情けなくもボロボロと涙を零してしまった。うう、女の子達に励まされるなんて情けない……男姿じゃなくて良かった。
着替えを終えたあたりで、テントの中に「何かヴァントリアの泣き声が聞こえる!」とか言って入ってきた男がいた。
「ホントに泣いてた! 何、何どうしたの万! 何で泣いてるの!? 誰だ泣かしたのは! よーしよしよーし」
「ウォルズ……」
どんなテンションなのか知らないが、目を輝かせたり自分が泣きそうな顔をしたり真っ青になったり怒ったり、今は頭を撫でられている。
呆れる暇もなく、ウォルズの声で次々人が集まってきてしまう。
テイガイアが駆け寄ってきて俺の手を取り、戸惑いの表情を浮かべながら言う。
「ま、まさか薬で戻れなかったのですか。一生女の子のまま……」
いや違う。首を振ろうとする前に、薬指に何か付けられた。
「責任はとります。指輪ももう出来ましたから」
真剣な顔で言うんじゃない。断りにくい。
「た、大したことじゃないから」
指輪を外してテイガイア返す。
「結婚してください」
さっさと受け取れ。
「何があったんですか?」
まさか男を好きになって、相手から愛せませんなんて言われたなんて――言えない、絶対言えない! しかも相手は敵だぞ、絶対に言っちゃいけない。
踊り子たちにチラリと視線を向ければ、にっこりと微笑んでくる。
「ハートさんにすごい剣幕で怒られたから泣いてるのよね」
「え!?」
ハートさんがぎょっした後に、すぐ、キッと目を釣りあげて「ごめんね私が悪かったわ!」とひしと抱き締めてきた。
む、胸が! 胸が!
「あ、涙引っ込んだ」
ウォルズが呟く。
ちがう、べ、別に美人に抱き締められたから喜んでる訳じゃなくて! ちがう!!
「素直だねえ」
「うるさい」
頭を撫でるな。
「ありがとうございます」
俺のために悪者役を引き受けてくれたハートさんにお礼を言えば、「いいわよいいわよ、さ、お祭りで気分転換してきなさい!」とにっこりと笑ってテントの外に連れ出された。
そうだ、イルエラとヒュウヲウンとお祭り回るんだった。ヒオゥネを探していた時に見た屋台の、美味しそうな奴とか面白そうな奴とか色々やってみたい。あと、ヒュウヲウンに似合いそうなアクセサリーを売ってる屋台なんかもあったから回って……。
「俺も万と回りたかったなー」
「置いていくから悪いんだ」
「だってお祭りだよ? テンション上がっちゃってさー」
気持ちは分かる。前世のゲームでもお祭り沢山出てきたし、それに参加してると思うと最高だ。
「……まあ仕方ないか。何か面白いのあった?」
「ゲコ掬いとかあったよ」
ゲコとはカエルのような生物のことだ。宝石のような色をしていて、ペットとして人気だ。中でもダイヤモンドゲコとなると、お金にもなるし、飼っているだけで幸運が訪れるなんて言われている。
前世のゲームではお祭りの話になると、よく仲間の女キャラがゲコ掬いでダイヤモンドゲコを発見して捕まえようとする。去年のリベンジと称して始めたり、そんなことを繰り返して屋台のおじさんとライバル関係になったり。
会話を見ていると、跳ねまくったりポイに足蹴りしてきたりと捕まえるのが難しすぎるのが分かる。高難易度金魚掬いと思ってくれていい。金魚じゃないけど。まず掬うものなのか、カエルって。
毎回お金を使いこみ、いい所までいって顔にベチャッとくっ付くのがオチとしてよく使われる。捕まえてヤッターってなった後も、いつの間にか逃げ出してたと言うオチである。
「また沢山お金使ったのか」
「俺にかかれば一発だよ。こう、ポイで頭コツンとやって気絶させてパパッと掬って」
「へえ。ダイヤモンドゲコいた?」
「捕まえたんだけど。いつの間にか逃げてました……」
さすが前世のゲームの主人公、オチと言う呪いが付いてきたか。
「顔ベチャは?」
「やられました……」
見たかった……。本物のウォルズに顔ベチャするとこ。前世なら自慢できる。
ウォルズとそんな話をしていたら、イルエラがちょこちょこと歩いてこちらに向かってくる。
「じゃあそろそろ行こっか」
寄ってきたイルエラを抱っこしてヒュウヲウンに振り返れば、こくこく頷く。
「手は繋いだ方がいいわよ、はぐれちゃうから」
ハートさんがそんなことを言うので、ちょっとドキドキしながら手を差し出せば、ふわふわしたものが触れてくる。
何故イルエラさんは降りているのかな? そして何故後ろ足で立って俺とヒュウヲウンの手に前足をくっ付けてきたのかな?
「……それで歩けるのか?」
大き過ぎるウサピョンがじっと見上げてくる。何だ。話せないから仕方がないけど目で訴えられても……んんん、歩けると言いたいのか?
テチ、テチ、と一歩一歩踏み出すものの、動物の歩幅である、まだ人間の子供の方が速いぞ。
「抱っこじゃダメなのか?」
抱き上げれば見上げてくる。
さっきから見上げてくるの可愛いんだけど。
俺をじっと見てから、イルエラがヒュウヲウンに顔を向けて前足を差し出した。ヒュウヲウンが首を傾げながら前足を握る。イルエラが俺を見上げる。
「…………わかったぞ。お前、途中で落とされるのが怖くて両手で抱っこして欲しいんだな?」
ウサピョンにじとりとした目で見られた気もしたが、擦り寄ってきたので肯定と受け取ってもいいのだろう。
「ヒュウヲウン、イルエラの前足でいいか?」
「……いいよ」
なんでそんな悲しそうな声を……! ハッ、失恋の傷が痛むのか、イルエラのこと好きだったんだもんな。痛いから悲しい声が出ても仕方がない。
ヒュウヲウンの為にも楽しい時間にしなくちゃ。
2人と1匹――3人で、皆に見送られながら路地裏から会場側へ行こうとした時だった。
「すみませぇ~ん」
「「え?」」
テントの方から間の抜けた声がしてヒュウヲウンと同時に振り返る。
振り返った先には2人組の男が立っていた。その後ろには先程俺達を見送った面々が揃っている。
皆目を見開いて2人のことを見ていた。
ビレストの衣装に身を包んだ、気の抜けた表情をしているエゾファイヤと、ずっと顔を俯けているエルデだ。
な、なんでわざわざこの二人がランシャのテントに!?
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