185 / 293
第八章
182話 好きな人
しおりを挟む焦燥感でもう何も考えられない。ゆっくりと、目の前の映像がスローモーションのようにゆっくりと流れていく。
浮遊感と人の視線が怖くて、ぎゅっと目を瞑る。
しかし、ドサッと言う音がしてからと言うもの、自分の身体に何の痛みも伝わってこないので、戸惑いながらそっと目を開く。目を開いた先にはこちらを覗き込むようにしている見知った顔があった。
「……エル、デ」
「お怪我は?」
…………どうしてエルデが。そ、そうか、彼の身体能力なら追い付ける。舞台から落ちた俺を見て、エルデが助けに来てくれたんだ。
エルデの腕に抱かれながら、慌てて舞台の上を確認する。
踊り子達は笑顔で踊っている。お客さん達は不安そうにこちらの様子を窺っていた。
――このままじゃ、ダメだ。
暴走して自分勝手に踊り、みんなの踊りの邪魔をして、しかも踊り子が舞台からも落ちてしまうと言う最悪の結果をお客さんに見せてしまった。このままじゃ、彼女達の舞台を台無しにしてしまう。せめて、舞台の上でみんなと同じ踊りで、最後まで踊らないと。今までの練習が無駄になってしまう。
踊り子の皆もきっと動揺していた、なのに顔に出ていない、踊りに出ていない。俺は? 俺はどうだった?
シストやヒオゥネなんかに気を取られて、全く集中出来ていなかった。出来ていなくても笑顔でいないといけなかったんだ、なのに俺は、笑えてなんかいなかった。踊れてすらいなかった!
「もしかして、お怪我を?」
ずっと腕の中で黙り込んでいた俺を見て、エルデが冷静に尋ねてくる。そのエルデに向かって、気持ち、声を高くして、言った。
「……エルデ、……様、頼みがあります」
「はい?」
「俺、いや、私を、舞台に放り投げていただきたいんです」
「分かりました。貴方を放り投げ……ま、す………………放り投げるッ!?」
「お願いします!!」
「いやしかし!」
俺達の会話は聞こえていないようだが、舞台にすぐ上がらない俺を見て客席がざわついている。
「お、お願いします、このままには出来ません、みんなの為にも!」
顔を近づければ、ビクッとエルデが震える。
「エ、エルデ? ……様?」
「わ、分かりました」
「お願いしますっ!」
エルデは頷いて、俺を横抱きにして立ち上がると、「では、いきます」と言う。投げられる前にお礼を言おうと思っていたのに、すぐにポイッと投げられて、空中で言う羽目になってしまった。
「――ありがとうございます……!」
笑顔で舞台に戻らなくちゃ。
そう思ってエルデに笑い掛ける。舞台の上に着地して、踊り出せば、歓声が沸く。
よし、元気なところを見せるぞ!
笑顔を意識して、何より楽しんで踊ることを意識すれば、びっくりするほど簡単に、ランシャの踊りが踊れてしまう。
ふとした時、ヒオゥネへと視線がいってしまったが、さっきからずっと注目を浴びていたからか、交わらなかった視線が重なる。
――――ドキン。
また、心臓が変になってしまったけれど、でも、もう大丈夫だ。落ちた時の焦りの方が強かったからだろう、緊張も解けて練習通りに踊れている。
何より、やっとみんなと踊れて、緊張も解けて、初めて、舞台と祭りの雰囲気を感じることが出来ている気がする。
あんなに怖かったお客さんの視線が、今ではキラキラと輝いて見える。歓声が沸く度に目の前が明るく照らされるような、なんて、暖かいんだろう。なんて、楽しいんだろう!
そうか、初めからみんなが言っていた。きっとバレない、堂々として踊るんだ。そして、楽しむことだけ考えて踊ればよかったんだ……!
そこから先は練習通りの完璧な形でフィナーレを迎えることが出来て、踊り子達は順番に舞台裏へはけて行く。次の出演者が出るのでここはスピーディーだ。
彼女達ランシャが開催するイベントの時は自己紹介をして質問を受けたり握手をしたりするらしいんだが、今回はゲストで呼ばれたこともあるし、他の出演者も大勢いるからこの1度だけで出番は終わりだ。
舞台裏に集まった時に、皆から「あほんだらー!」と怒られる。
「ビックリするじゃないあんな踊りはじめてみたわ! 見惚れちゃったじゃないどうしてくれんのよ!」
「ランシャの名前よりオチリスリの方が有名になっちゃいそうだよーどうしよー改名しちゃう?」
「ごめんねぶつかっちゃって、落ちたのが見えてゾッとしたわ! 助けられなくてごめんなさい、ほんとエルデ様ありがとう! うちの可愛いヴァントリア様を守ってくれて!」
「私達も落ちた時心臓飛び出るかと思ったわよ! 怪我してない? もー、あの舞台高すぎよね、エルデ様がいて良かったわ。て言うかエルデ様かっこよすぎよ! 私もあの逞しい腕に抱き止められてみたい! わざと落ちちゃおうかって考えちゃったもの!」
「色っぽかったわヴァントリア様、どうしたらあんな踊りできるの、指先どうなってるの? そこに心でもあるの? なんであんな表現できるの? 好き好きって気持ちがいっぱい溢れてたわー」
え? すき……? 確かに、踊りは好きな方だけど……。
「あの足の爪先でベール掴む振り付けどうやるの!?」
あれ飾り布じゃなくてベールだったのか。
「伝説のオチリスリの踊りが踊れるなんて聞いてないよ!」
「教えて! 教えて! オチリスリの振り付け教えてー!」
「舞台の上で他のことに気を取られるなんてあああー! 客席盛り上げ役に回ればよかったあー!」
舞台で踊った熱が冷めないままテントに戻る。テントで質問づくしにされてしまったうえ、ランシャのリーダーであるハートさんに捕まって長々と説教されてしまった。そりゃそうだ。皆の舞台なのに、ランシャの華であるヒュウヲウンまで引っ込めさせちゃったし。
しかし説教はされたものの、是非オチリスリの踊りを教えて欲しいと言うことと、どうやらランシャに伝説のオチリスリの華がいると早速噂になってしまったらしく、今後も踊って欲しいと頼み込まれてしまった。
ハートさんの話を聞いた踊り子達がオチリスリの華の振り付けに合わせたランシャの振り付けを考えると張り切ってしまったので断るにも断れない。
良かった。失敗はあったものの、聞いた限り踊り子達やお客さんには満足してもらえたらしい。あんなに失敗したのに……なんて優しい人達なんだ。涙出そう。
あそこの振り付けが好き、私はあそこ、伝説の踊り子の血を引いてるだけあるわよね、とワイワイ騒いでいた踊り子達が、ヒュウヲウンの言った「求愛の振り付けって何?」のセリフでしんと静まり、一斉にこちらに振り返る。
「誰に向かってやったんですか!?」
「王様!? 王様なの!?」
「向き違ったじゃない」
「いやいや、そこじゃないわよ。ヴァントリア様は今は女の子だけど本当は男の子でしょ? 王様じゃ相手が違うじゃない」
「あ、そっか」
そもそも求愛の振り付けだったなんて知らなかったんだけど……ん? そう言えば、唇に触ったよな、あれ、それをヒオゥネに向けたよな、あれって、投げキス……なんじゃ? 俺が、ヒオゥネに、投げキッス……
「ち、ちがうから!」
「――て言うことは好きな人がいるってこと!?」
ギグッとする。
な、何故違うと言って好きな人につながるのか……っ!
だ、だから、身体が自然に動いただけで……ウラティカのお気に入りってことは、俺が教えたってことだよな。なら、振り付けの一部として覚えてしまっていたんだと思う。
「でもヴァントリア様は王族なのよ? 結婚どころかお付き合いってできるのかしら? それに婚約者のウラティカ様もいらっしゃるでしょう?」
それにはお客様にお酒を継ぐ役だった踊り子が答えた。
「さっき客席で聞いたんだけど、求愛の振り付けって、ゼクシィル様に求婚された後にメフィリアルローン様が自分で考えた踊りらしいわよ!」
「アドリブってこと?」
「オチリスリの華ってみんなに好かれてたから、注目度も高いし、振り付けを覚えてる人も沢山いたんだけど、アドリブで入ってきたあの振り付けでみんな悟るわけよ!」
「踊りで承諾したって言うこと?」
「だからあのお客さん承諾って叫んでたのね」
やっぱりそうだ。両親の思い出なら母親がその振り付けを教えていてもおかしくはない。それを説明しようとするが、踊り子達のきゃぴきゃぴはもう止まらない。
「……だから、つまり! 相手の想いに答える踊りってことよ」
しん、ともう一度静まり返って、バッとこちらに振り返る。
「「「「ヴァントリア様は誰かに求婚されてたってことッ!?」」」」
「されてないからな!?」
いやまあ色んな人にされてはいるけど断って来てる。……全員男だけど。
……で、でも、あれ、相手の思いに答える踊りって、つまり、つまり。
あ、あのセリフに対して、承諾してるみたいになるんじゃ。
……生涯って、プロポーズに聞こえなくもないのかもしれない。――って、俺は何を考えてるんだ! そんな訳あるか!
い、いや、抵抗を誘惑だと考える奴だぞ、変な誤解をしていてもおかしくはない! ヒオゥネを追いかけないと! 誤解を解かないと!
「ちょ、ちょっと俺行ってくる!」
「え、行くってどこに!?」
「片付けは私達だからゆっくりしてきていいわよー!」
そっか、皆がお祭りを楽しんでいる間にヒュウヲウンとテントで待っていたから、今度は俺達が回っていい番なんだっけ。
テントを出ていく際に、ついでにテイガイアを捕まえて、頼んで瓶を二本貰っていく。……あ、イルエラ置いてきちゃった。いや、まあ、ヒオゥネの所に連れていく訳には行かないし、誤解を解いたらすぐ帰ってくるから大丈夫だ。それから一緒に祭りを回ろう。
目立ったばかりだし、舞台の横を突っ切る訳にも行かず、遠回りしてヒオゥネのいた路地裏へ向かう。ずっと走りっぱなしだったが、もはや走れていないかもしれない。
「ひぃ、ひぃ……もう無理、無理。死んじゃう、ヒオゥネ、どこ」
ヒオゥネのいた路地裏に着いたが、もう既に去った後だったようだ。端まで行き、舞台の方を覗いてみるが、客席にもその後ろの屋台にも姿は見えない。建物で見えないけれど大通りには屋台がズラリと並んでいる筈、もしかしたらそっちにいるかもしれない。
それか、俺が回ってきたのは路地裏だから、ちゃんとした道を歩いてたら入れ違いになるかもしれないし……。とりあえず何処かの道に出てみよう。
目立たないように行動してたみたいだし、やっぱり路地裏の方なのかな、路地裏も注意深く見ないと……。
そうやって探し続けること30分。
「ど、どこにいるんだ……」
もしかして、あのヒオゥネは分身でもう随分と前に姿を消したとか……ありうる。
あああっ、どうすればいいんだ、ヒオゥネのあの言葉に答えたって誤解されてたとしたら、つまり、俺がヒオゥネのこと好きみたいじゃないか!
お付き合いしてることになるのか!? プロポーズだったなら婚約者!? 俺ウラティカとヒオゥネの二人を婚約者にしてるのか!? 二人って、しかも一人は男だしウロボス帝だしウラティカは地上のエルフの国のお姫様だし! ヴァントリアお前権力目当てだな!?
「って、そんなこと考えてる場合じゃないのに……」
少し休もうと、賑やかな大通りを避けて、別の通り――暗い夜道をとぼとぼと歩いていれば、少し先の広場に人影が見える。噴水の傍に立って空を眺めるシルエット。
お祭りがあるからだろう、天井の空の設定は満月の夜らしい。人影を闇で隠していた雲が通り過ぎて、月明かりの下にその姿を現した。
肩で息をしながら、相手にゆっくりと近付く。気配を感じたのか、相手がこちらにゆっくりと振り返った。
「ヒ、ヒオゥネ……」
11
LINEスタンプ https://store.line.me/stickershop/product/16955444/ja
お気に入りに追加
1,978
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話
黄金
BL
婚約破棄を言い渡され、署名をしたら前世を思い出した。
恋も恋愛もどうでもいい。
そう考えたノジュエール・セディエルトは、騎士団で魔法使いとして生きていくことにする。
二万字程度の短い話です。
6話完結。+おまけフィーリオルのを1話追加します。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる