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第漆章
175話 理解されない
しおりを挟むL's eyes
ケイが家から出て行った翌日。
私は彼の様子を確認するため岩場に向かっていた。
不安そうにしていた姉に理由を尋ねたらケイが心配だと言うのだ。言うに事欠いてケイの様子を見て欲しいと言ってくる始末。自分が出かければよいのに。全く・・・。
姉の願いを私は無下にできない。
出戻りである姉。おそらく今後の嫁ぎ先は無いだろう。肩身の狭い思いで家に残らないといけない。そんな姉の我儘であれば最低限叶えてあげたいとは思う。
その我儘がケイの様子を確認する事とは思ってもいなかった。しかもまだ一日程度だ。そんなに心配する程でもないだろと思う。
これ程まで異性を気にする姉を私は見たことがない。どうしてケイを気にするのか私には理解できない。そういえばロッタもケイを気に入っているようだ。
ケイのどこに惹かれる面があるのかわからない。
頼りなく、自信の無い表情。身体能力です高くない。異能によって強化をされている私達にとっては全く相手にならない弱さだ。
美点を見つけるのが難しい。エスコはじめ邑の男達と違い乱暴で粗暴では無いという程度か。他には思い浮かばない。
そもそも私は邑の男共には何の魅力も感じてはいない。
見た目は人の皮を纏っているが中身は邑の外にいる獣と変わらない。深い考えも無く本能のまま動く。粗暴な連中だ。
邑の厳格な決まりがあるから力に任せた暴行はしてこない。決まりがなければどうなっていたかも分からない。もっともあんな連中に我がソリヤ家の女達には敵うわけもない。
下卑た目で私達を見る事しかできない連中だ。父上ですら稀に邪な目線を浴びせてくる時があった。
まっとうな男はいないものか。
将来の事を考えると暗澹たる気持ちしか無い。せめて我が夫となる者には異能があり下卑た者で無い事を願いたい。
そのためには私が家長になるしか無いのだ。家長になれば相当な事を一手に握れる。
それに向けて研鑽に努めないといけないのではあるが。
岩場に向かうのもその修練の一環と考えよう。姉が妙な目で私を見てきたが決してケイが心配だからではない。
そんな事を考えながら草原を早足で歩いていた。やがて何か違和感がある事に気づく。周囲が妙に静かなのだ。
付近に獣の気配がない。
この気配がある理由は一つしかない。滅多には無いのだが周辺に人間の強者がいるのだ。その強者が何者かと戦闘行為を行った事を示している。私には敵わないだろうがなかなかの強敵だろう。
私達より感覚が鋭敏な獣は周辺の気配に敏感だ。それにしても一体何者なのだろうか?そして誰と戦ったのだろう。
暫く歩くとその疑問の解消ができそうだと思った。
少し向こうに戦闘を行ったと思われる集団を見つけた。理由は手ひどい傷を負っているからだ。四人全員まともに歩けていない。その姿はなんとも滑稽に見える。ボロボロの体たらくだが面構えを見る限りはかなりの手練れに見える。
この四人が何者かと戦ったのだろう。辛うじて勝ったのだろうか?それとも負けたのだろうか?
敗者は命を奪われても仕方ないのだ。ここまでの負傷をして見逃してもらえるはずもない。
どこの邑の者だろうか?分からない。もし邑の者であれば家を確認後連絡をしてやる必要がある。
私は走って彼らに接近する。四人はすぐに私を認識したようだ。瞬間逃げるような素振りをした。だが、まともに歩けないのを理解し観念して立ち止まったようだ。それを確認してから声をかける。
「あなた方はどこの家の者だ?私が知っている家の者であれば連絡をする。名乗りをしてくれないだろうか?」
言葉の意味は伝わったと思うが反応が無い。私を侮っているのかもしれない。私は素早く四人の確認をする。そしてある事を理解する。
この四人は負けたのだと。
彼らの怪我の箇所を見れば明らかだ。相当な重傷者もいる。殆どが意図的に足を攻撃されている。いずれも歩く事すらも困難な怪我だ。
加えて顔面を潰された者もいる。これは相当重傷だ。剣による負傷ではない事は明らかだ。これも信じられないが一撃で戦闘不能にされたようにみえる。
彼らを見ると敵対者の意図が見えてくる。
この四人は誰に戦いを挑んだのだ。そして見事に返り討ちにあったのだ。しかし敵対者は命を奪うつもりは無かった。その代わり彼らを行動不能にした。これは追いかけてこれないようにした処置だろう。
このような芸当を獣は勿論できない。人間ですらしない。これほどの負傷をさせるという事は命のやりとりをこの四人は仕掛けたのだ。
戦いは殆ど瞬間的なものだったのだろう。
なんという強者だろう。
なんという余裕だろう。
この四人は面構えの通り相当な猛者だと私にも分かる。私は彼らの状況を心配する前に撃退した者に興味が移ってしまった。
いけない。
まずは家の確認が先だ。しかし彼らが私をこれ程無視をするとは思わなかった。周辺の邑の者なら外出する家の顔はおおよそ覚えている。その誰にも該当しないのだ。
少しカマをかけてみるか。
「名乗りができない家の者ではあるまい。まさか裏の仕事を請け負っているのか?」
一人だけ反応が出た。当たりか。意識のある残った者が咎めだてする表情をしていた。そうなると私の知るところは一つくらいしかない。
四人はやや足早になる。話すつもりはないようだ。
「あなた方はセランネ家の”裏者(うらもの)”か?そのような者が相当な手負いを負うとはな。どうやら相当な手練れを相手にしたようだな。そのままでは帰れまい。怪我の手当位はできるがどうする?」
「・・・結構だ。それに裏者とは何だ?我々は獣の集団に囲まれてやっと逃げてきたんだ。これは我々の失敗だ。見も知らぬお前に手当してもらういわれは無い。そのまま立ち去ってくれ」
見え見えの嘘だ。どう見ても獣に負わされた怪我ではない。
話すつもりはない・・・か。
それも当然か。
私も噂で聞いた程度だしな。それにしても裏者という組織は本当にあったのだな。
巫女の家であるセランネ家を狙う敵は実は多いらしい。
セランネ家を守るために武家より優秀な者を集めて組織している集団があると聞いている。
それを裏者と呼んでいるのだ。その業務は後ろ暗い。裏というくらいだからな。影の護衛から暗殺まで。戦いの事ならなんでもやる組織らしい。
これ以上踏み込んでも何も答えないだろう。噂と思っていた者達が目の前にいる。そして何者かに撃退されたという事実を把握しただけでも良しとしよう。
問題はその敵対者だ。我が家や邑を狙わない者であればよいのだが。こればかりは情報が足りない。
そもそも裏者達は何の任務で敵対者を襲ったのだろう?
「分かった。もう何も聞かぬ。しかし使いの者はいるのか?そのペースだと何日かは野宿する事になると思うが大丈夫なのか?周辺の獣達の怖さは知っているのだろう?」
「・・・問題無い。じきに迎えが来る。お前は我らを見なかった。これはお前の安全のために言っておく。この場の事は忘れろ」
「承知した。では私は気にせず狩りを続ける。道中気をつけてな」
迎えが来るかの真偽は詮索しない。私の興味は既に敵対者へと移っていたのだから。
ソリヤ家に代々遺伝する”追跡”の異能。これは獲物を追うだけの能力ではない。人も追跡する事ができるのだ。
この四人の足跡をたどれば戦闘の場所も分かるだろう。そして敵対者の性質も分かるかもしれない。
当初目的からずれてしまうが彼らを撃退した場所の追跡を開始する事にした。
戦闘の場所は程なく見つける事が出来た。
結果色々驚くことがあった。
あの四人・・・実際は五人か。その裏者達は男女六名の集団を襲ったようだ。そのうち四人の男達は戦いで絶命。近くにある新しい土の盛り上がりはその亡骸を埋葬したのだろう。
残った女二人はそれぞれ違う方向に逃げていったようだ。一人は東へ。こちらは囮となったかもしれない。裏者達はそちらを追いかけて行ったようだ。
残る裏者一名は南の方角にいったようだ。おそらくこちらは首尾の報告にいったのだろう。
残った女一名は比較的確かな足取りで北の方角へ走っていった。その方向だと岩場に向かっていったかもしれない。もしかしたらケイと遭遇している可能性があるかも。
これがおそらく前日が前々日の出来事だろう。足跡は古いのが証拠だ。
そして本日だ。
北の方角より男女の足跡がある。
一つは足跡が一致する。従って逃げて行った女だ。戻ってきたのか。仲間の安否が気になったのだろう。それにしても豪胆だ。自分の安全は考えないのだろうか。
もう一つは多分男だと思う。こちらはどうにも曖昧だ。男にしては体重が軽く女にしては重い気がする。
この男少なくてもなんらかの武芸の熟練者だ。足運びが独特だ。感心な事に同行している女への気遣いもあるようだ。途中途中で歩き方を変えている。これは同行している女のペースに合わせているのだろう。
女の足跡は男に近い。女のほうは男に信頼を寄せているようだ。いや、信頼という距離感ではないな。親密な間柄なのだろう。家族なのかもしれない。
もしかしたら女が親しい男に事情を話して現場に二人で戻ってきたと思える。
これが私が周辺を”追跡”して分かった事実。この足跡は先ほどの戦闘した場所まで続いていた。
おそらくだが数日前に殺された四人を埋葬したのは、この男だ。埋葬後に先ほどの裏者四人が襲ってきたと推測する。
そしてこの男が殆ど一撃で無力化した様子が読み取れた。足の運びが尋常じゃない。足跡が追えなかった。これが人の足運びか?
その後の行動も驚きだった。
驚異的な跳躍力で女を抱えてこの現場から立ち去ったようだ。この跳躍力も信じられなかった。足跡は殆ど識別できない程微かだ。
一体何者だ?この男は?
悔しいが私では先ほどの裏者四人に一人で対処できるか分からない。
奴らもかなりの手練れであるのは間違いないからだ。負ける事は無いと思うが四人相手にああも鮮やかに無力化できるだろうか?
この男が向かった先は東の方角。おそらくだが前日に東に逃げた女を探しに行ったのだろう。
”追跡”を続けたい欲求が止まない
しかし、日が傾いてきた。これ以上”追跡”を続けるのは難しいだろう。
しかし困った。姉さんに頼まれたケイの様子を見る時間がなくなってしまった。
ふと思う。
あの男女は北からやってきた。
と、いう事は岩場の洞穴で一夜を明かしているはずだ。ケイと遭遇した可能性が高い。もしくは仲間になっている可能性が高い。まさか殺される事はないだろう。
どうする?
私は少し考えたが”追跡”を断念する事にした。
今目撃した事実を家に持ちかえり邑長に報告するのが最善と考えたのだ。
二名の男女の行き先、ケイの安否は気になる。
それでも私は家や邑を優先しないといけない。何より近くで殺人があったのだ速やかに報告をして方策を練る必要がある。
色々知りたい事が残る。残念な外出になってしまった。しかし、この感情は私情だ。私はそれを飲み込んで優先しないといけない事がある。
私は邑のある南へ歩みを変えた。
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