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第七章

167話 ばか!

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 フラフラと歩いてきて、傍までやってくる。

「ヴァントリアかわいい」
「そ、そっか」

 まあ、呼びに行こうと思ってたからいいけどさ。

 ウォルズは両腕を広げて待機している。

「…………何」
「わざわざ二人きりになったのに、告白じゃないって言うから。甘えたいのかなって」

 甘える?

 まるでアゼンヒルトみたいなことを言うんだな。

 ……いや、晴兄は昔からこうだったかもしれない。母さんには甘えられないと言った俺に、晴兄は「じゃあ俺に甘えていいよ」って言って手を広げてくれたんだ。

 恐る恐る、ウォルズの胸に近づく。背中に手を回してくっ付けば、ウォルズも俺の背中に手を回した。

「ヴァントリア……」

 甘ったるい声が耳朶に触れる。頰に、ちゅっとキスをされて、慌てて身体を離そうとするが、力が敵わない。

「ウォ、ウォルズやっぱり、この歳になって甘えるって、なんか、は、恥ずかしいかなって」
「いいんだよウォルヴァンなんだから」
「あ、そう、なの」

 意味わかんなかったけど、そのままでいることにした。

 しばらくそうしてから、互いに身体を離した。壁際に設けられたベンチに座ってから、隣に座ったウォルズに向き直る。

「教えて欲しいんだ、俺に何があったのか」
「ヴァントリア……」
「教えてくれ。禁句とかどうだっていいんだ、ちゃんと教えて晴兄」

 ウォルズはまだ酔いが覚めていないらしい。普段なら拒否していた内容だろうが、ウォルズは今日あったことを話してくれた。


「……お、俺は、人を、殺したってことか?」
「そうだね」
「俺は守るための力が欲しかっただけなのに……! 俺は殺したのか!?」

 ウォルズに詰め寄れば、ウォルズは両手を広げてくる。俺はその胸に、躊躇いなくくっ付いて彼の背中に腕を回した。ウォルズの手が俺の背中をさする。

「俺、俺は、ただ、守る力が欲しくて……」
「うん」
「なのに、なのに人を殺したのに、少しも覚えてなくて……っ」
「……うん」

 目頭が熱くなって切羽詰まった感情が溢れてくる。

「何も、何も思い出せないよウォルズッ!! 俺、俺自分が怖い、また、また今日みたいなことがあったら、俺」

 ウォルズの身体が離れる。顔を上げれば、ウォルズの顔がすぐ近くにあった。

「大丈夫だよ。俺がずっと傍にいるから。もう二度と君にあんなことはさせない」

 真正面から向けられる強い瞳に、ドキンとする。確証もないセリフなのに、どうしてこんなに、安心するんだろう。どうしてウォルズがいてくれるなら、大丈夫って、考えてしまうんだろう。

 ウォルズの指先が涙を拭う。

「ウォルズ……」
「ヴァントリア……」

 ウォルズの顔が近づいてくる、唇にふわっとウォルズの吐息がかかって、咄嗟に彼から離れて後ろに下がった。

「ウォ、ウォルズ? 今、何しようとした?」

 ウォルズは、ベンチの端っこに逃げた俺を追いかけてきて、座席に手をついて俺を挟んで逃さないようにする。

「ウォ、ウォルズさん!?」
「ヴァントリア……好きだよ。万、好きだ」
「おれ、おれも! すすすす好き、だけど、その」

 近づいてきたウォルズの顔から逃げれば、髪にキスをされる。

 ……ひえええええ!

 ウォルズが少し離れて、顔を上げれば、再び顔が寄ってくる。

 互いの鼻先が擦れて、ウォルズの髪が頬に当たってくすぐったい。

 目の前にはウォルズの蕩けるような熱い眼差しがあって、目がそらせない。

 ウォルズの唇が震える。

「愛してるんだ、君を」
「あ、あい……」

 頰に、ちゅっとキスをされる。

 ウォルズに、あのウォルズにキスされて、あの晴兄に、晴兄にキスされて、でもウォルズにキスされて、でも晴兄でもあって。ああ、頭がパンクしそうだ……!

 手を握られて、指を絡められる。

 な、なんで、なんでこんなことになってるんだ、なんで頬っぺたにちゅーなんかされてるんだ! やっぱりまだ酔っ払ってるのかな!?

 ウォルズの真剣な眼差しが、気持ちを落ち着かせるのに、心臓は暴れまわっていて、やっぱり今の自分はおかしいと思う。

「ヴァントリア、万……」

 近くの口から、ウォルズの柔らかい声がする。

「……ヴァンが好きだ」
「……ウォル、ズ」

 ウォルズの長い睫毛が伏せられて、近づいてくる。

「ま、待って、ウォルズ……ウォルズ」

 ウォルズの指が顎をすくって、近づいたウォルズの香りが鼻いっぱいに広がって。

「で、できないっ!! だ、だめだウォルズ……!!」

 相手の胸を押す。手に触れたのは、硬くていたい鎧じゃなくて、人の弾力だ。ウォルズの心臓の鼓動が掌に伝わってくる。自分の鼓動も、だんだんとその速さに近づいていった。

 手を取られて、指を絡められる。両方とも同じようにされて、なぜか、指から血の気が引いていく。そして、心臓からどんどん、熱い血液が送られてくる。指の先まで熱い、震える、力が抜ける。

「ウォルズ、だめ……やめ、だめだってば」

 ウォルズの優しい手が頰を撫でる。

「ウォ、ルズ……ん」

 自分の唇の上に柔らかいモノが押し付けられた。

「ん……んん」

 だって、だって。

 柔らかいモノが離れる。目を開ければ、ウォルズは変わらず蕩けるような目で見てくる。

「ヴァン、口開けて」
「ウォル、ズ」

 だって、明日から、どんな顔してお前に会えばいいのか分からない。

「舌、出して」
「し、舌?」
「そう。口の中には入れないから。舌だけ触らせて」

 熱い視線から目をそらさない、ゆっくりと、自分の口を開けて舌を出せば、ぺろっと舐め上げられた。思わず引っ込めようとしたが、ウォルズの指に掴まれる。

「ひょへ!?」

 ウォルズは自分の指ごと舌を舐め上げたり、唇で吸い付いてきたりする。

「ひぅっ」

 き、キスより恥ずかしい……!!

「ひゃへ、ひょ、ひょるふ」

 執拗に舌を押し付けられて、ウォルズの唇からも自分の口からも熱い息が出て行く。互いの息が絡み合う。ウォルズの柔らかい舌の感触が、自分の舌をびしょびしょにする。

 こ、こんな、こんなのって。だって、ウォルズは、ウォルズは勇者で。俺の中ではめちゃくちゃかっこいい勇者で。

 なのに目の前の勇者様は、まるで獲物を見るかのような、獣の目で、欲情した目で自分を見てくる。目を瞑っていても、熱い眼差しが刺さってくるのが分かる。

「ひっ……んぅ」

 ウォルズの濡れた舌先が、俺の舌の裏側を舐め上げる。その感触にビクッと身体が跳ね上がり、思わずウォルズの服をぎゅっと握った。

 ウォルズの顔が離れていくのと同時に、彼の舌が離れていった。

「ヴァン、キスしたい。したら怒る?」
「ひゃ、ひゃに」

 自分の舌を掴んでいた指先が離れて、慌てて舌を引っ込める。

 ウォルズが擦り寄るように、額を重ねてくる。

「してもいい?」
「だ、だめ」

 だめだと言ってるのに、相手の顔は徐々に距離を縮めてくる。だめだって言ってるのに、自分の顔も、相手に寄っていっている。

 ウォルズの瞳が閉じていくから、つられるように自分の瞳を閉じて、顔を上げて。

「ウォルズ……」

 暴れまわる心臓を落ち着かせようと、相手の名前を呼んで。

 ——でも、逆効果だ。喉から出ていった相手を呼ぶ声が、もっと俺を恥ずかしくさせる。

 そんな訳の分からない気持ちでウォルズを待っていたのに、——求めていた感触は降ってこない。

 ……あ、あれ?

 目を開ければ、ちょうどウォルズの顔が、遠のいていく最中だった。

「え」

 俺を無理やり抑え込んでいた身体は、温もりも全部奪って後ろにぶっ倒れる。

 ベンチに寝っ転がって、ぐでええんとしたウォルズを、おそるおそる覗き込む。

「ウォ、ウォルズ?」
「うへへへ、ヴァントリア、そんな可愛い顔で見つめてこらいで……んふふぅ万かわいい、ちゅーしたい、ちゅーしたいらぁうへへんふぅうふふふ」
「……ま、まさか、こいつ」
「ウォルズさん我慢出来らいよぉ……」

 よ、酔ってやがるううううううううううううううううう——ッ!!

「お、お、おおおおおお、おれが、おれが、どんな気持ちで……、この、この、ウォルズの、ばっ——」

 俺の声なんて聞こえていないのか、ウォルズは俺を手繰り寄せるように抱き締めてきて、自分の上に乗っからせる。

「ヴァン~ちゅ~」
「ばかああああああああああああああああああああッ!!」

 ベチイイイインッとウォルズの頰をぶっ叩いて、身体の上から飛びのいて逃げ出す。階段を降りて、出窓に上がれば、酔っ払いになったジノとイルエラが既に自分達のベッドに寝ていた。窓を閉じて、俺も自分のベッドの中に潜り込む。

 忘れてやる、忘れてやる!

 酔っ払いのセクハラなんか忘れてやる……!

 大丈夫、明日の朝起きたら忘れてるから……少しは落ち着くからっ!!

 ……そう思ったのに、結局、眠ることはおろか、胸を落ち着かせることもできなかった。




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