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第六章
162話 勇者様は扱いがうまい
しおりを挟むすべての触手をレクサリオンで切り刻み、硬化した黒い触手がバラバラになって地面に落ちる。
ヴァントリアは触手は無意味だと判断したらしく、腕に引っ込めてから、赤い剣をこちらに向けて構えた。
——一瞬にして距離を詰められ、ヴァントリアの剣が目前に迫る。レクサリオンで防御すれば、俺は舞台を破壊しながら壇上に吹っ飛ばされた。
壁に激突して、やっと自分の身体を止めることが出来る、——なんて力だ——瓦礫の中から身体を起こして相手を警戒すれば。
どうやらヴァントリアは追いかけてきていたらしく、俺の上に飛びかかってきて——滑らせるように剣を近付けた。それもレクサリオンで受け止める。
そうすれば——ヴァントリアの剣の風圧で呪いが舞い、ジュワッと俺の皮膚を微かに溶かした。火傷のようになって、黒い痣が広がる。
「万っ、目を覚ましてくれ」
もう一度だけでいい。
もう一度君に会いたい。
万に会わせてくれ。
レクサリオンと交わる剣がギチギチと音を立てて迫ってくる。重い。
すぐそこに迫る真っ赤な刀身が、真っ黒に染めあげられる。
マデウロボスの呪いだ。もしこれがヴァントリアの呪いだったなら、ここにいるすべての者が立っていられない。
おそらく、ヴァントリアの周りを漂っていた呪いは彼の一部に過ぎない。
本来なら、周囲を呪いの霧に飲み込まれて、身体は一瞬にして溶けて、腐り、死んでしまう。
「——ッ!? くそッ」
マデウロボスの呪いから真っ黒に染まっていた刀身が、再び真っ赤な刀身に、そしてさらに濃く赤く染まっていく。
——ヴァントリアの呪いが刀身に送り込まれている。これが周囲に放たれれば、みんな死んでしまう。
レクサリオンの刀身——ヴァントリアと剣を合わせている部分が、黒く濁り出す。純粋な光でできた聖剣でも、ヴァントリアの呪いには敵わないって言うのか。
皮膚が沸騰し、破れて血液が溢れる。
意識が朦朧としてくる。
身体が焼けるように熱い、喉が乾く、皮膚が溶けてしまうみたいだ。
熱い、熱い。
「ば、ん」
生きる意味なんてなかった。
前世でも今世でも、生きる意味なんかなかった。
君がいなくなってから、生きる意味を捨てた。
生命を捨てた。
君が生きる意味だった。
「と、りあ」
君が生きる意味をくれた。
俺は、君を助けるために、この世界を生きて来た。
ヴァントリアの剣を払い上げる。
ヴァントリアのもう一方の槍の腕が短く変形して伸ばされたが——その一瞬を見逃さなかった。
相手の柔らかい身体を抱き締める。
「君が好きなんだ。ヴァントリア」
自分の唇をヴァントリアの唇に重ねる。
ヴァントリアの目が見開かれる。
唇を離し、その目を手で閉じるように促して、もう一度互いの唇を重ねる。
相手の瞳が閉じられたのを確認してから、自分の瞼を下ろす。
瞼の裏を焼くような、眩い光が辺り一面を照らした。
咄嗟に目を開いて唇を離せば、七色の光が満ちて、周囲を真っ白に染め上げる。
しばらくすると、光が徐々に抑えられ、ヴァントリアが自分の胸に倒れ込んでくる。
ヴァントリアの周辺の呪いは消え、彼の腕の触手も消えている。しかしヴァントリアの背中を何かが蠢き、暴れ出す。背中を突き破り内臓のような真っ赤な触手が溢れて、周囲を飲み込もうとする。
ジノやイルエラ、博士やウロボスの兵士達は舞台の反対側まで逃げ延びる。
結局、触手は何も捕まえられないままヴァントリアの中に引っ込んでいった。その様は、まるで押さえ付けられた力が、最後の悪足掻きをするみたいだった。
しんと辺りが静まり返る。シストやヒオゥネ、ジノとイルエラ、それから博士が駆けつけて来る。
「一体何をした!」
——と、床に座り込んでいる俺達を見下ろして、シストが言った。
自分でもよく分からなかったけれど何事も無かったかの様に、自分の胸の中で安らかに寝息を立てるヴァントリアを見て、そんなのどうだっていいやと思った。
ヴァントリアの額にキスをすると、睨まれた。約5人に。全員かよ。
シストが今にも食いかかって来そうな目で睨み付けてくるので、答えてやることにする。
「呪いを解くのは愛のキスだよ。愛する者のキスがお決まりなんだけど。やっぱりウォルヴァンだったんだね…!俺達は愛し合ってるんだねヴァントリア……! 好き好き大好きもう絶対離さない!」
うおっつ、調子に乗り過ぎたかな。みんなしてそんなに睨まなくたっていいじゃん。
「ん……あれ、ウォルズ?」
「おはようヴァントリア」
微笑めば、目をパチパチするヴァントリアが可愛い。じっと見つめていれば、ヴァントリアは胸にくっついて来た。
「……ウォルズ」
んな、何それかわいいいいっ!!
寝ぼけているのかスリスリとすり寄って来て、めちゃくちゃ可愛い甘えん坊のヴァントリアをひしと抱きしめる。
もう離さない、絶対。このまま食べちゃうんだもんね。
あれ、なんか黒いオーラが、もしかしてまだ呪いが?
「ん? ウォルズ、怪我してるのか?」
ヴァントリアが離れて、胸や腕を見て、「服も破けてるし。血だらけじゃないか、早く手当てしないと」とか言って慌て出す。
そんな様子を見て、俺は呆けてしまった。
「ウォルズ?」
顔を覗き込んでくるヴァントリアに、思わず、尋ねる。
「寝ぼけてたんじゃ……」
「え……?」
目をパチパチして覗き込んでくるヴァントリアが可愛い。
そして、これは一体どう言うことなのか。
全く理解できない。
「だ、だって今——……」
そこまで言うと、かああっとヴァントリアの頬っぺたが赤くなる。
「べ、別に——っ、ふ、深い意味は」
「待って。待ってちょっと待って。寝ぼけてたんじゃないなら単に俺に甘えたかっただけなの? ねえ、ウォルヴァンなの、ウォルヴァンなのヴァントリア答えて!」
抱きしめてスリスリしていたら、周囲にどす黒い呪いが発生した気がして、ヴァントリアから離れる。
君達、いつそんな特技身に付けたんだ。やめて。呪いは危険なんだよ。
「あれ、この剣」
ヴァントリアが傍に落ちていた剣を拾えば、会場にいた兵士達がみんな叫び声をあげて逃げ出した。
「オイッ貴様等ッ!!」
「おやおや」
シストが怒鳴れば、ヒオゥネはくつくつと笑う。それから、のんきに欠伸をしてから言う。
「僕も今日は帰ります。また機会があれば会いましょう」
「ヒオゥネ貴様ッ!!」
「それでは王様、お別れの接吻を」
ヒオゥネの唇が、シストの唇に寄せられる。
「ぎゃあああッ以外と萌える! ヒオシス? シスヒオ? マジ!? ちょ、全国の俺に全裸待機させてくる!! 全裸じゃダメだッ!! ローション塗りたくろう!!」
「落ち着け」
ああ、そのジト目も可愛い。
俺の顔をじいっと見上げるヴァントリアに、によによしていたら、シストに阻止されていたヒオゥネがつまらなそうに言う。
「あれ、止めてくれないんですか。困りましたね」
「困るなら離れろ気色悪い」
ヒオゥネはシストから離れてヴァントリアに近付く。
「ヴァントリア様、お別れの接吻を……」
「え……」
ヴァントリアが顔を赤く染め上げる。ヒオヴァンかわええ。でも。
「今はダメ」
ヴァントリアの口を手で塞いで防げば、ヒオゥネの目が睨み上げてくる。え、何、その顔。シストと同じか!? まさかヴァントリアのこと。萌える! ——だが。
「絶対ダメッ!! ウォルヴァンは確定してるんだから! 公式だってウォルヴァンなんだから! どこからどう見たってウォルヴァンなんだから!! 絶対にウォルヴァンしかダメだから!! みんなもっとウォルヴァン推して!! イラスト増えて! お願い! マイナーってこれだから嫌なんだよね、マジウォルヴァン不足! 自家発電しかないッ!!」
ヴァントリアを抱きしめてスリスリしていたら、「うるさい」とヴァントリアに押しのけられる。さっきは甘えん坊だったのに。
「じゃあ、ウォルズさんにお別れの接吻を」
「え」
ヒオゥネの顔がすぐ傍まで迫って、ヴァントリアごと逃げる。
イケメンの顔が迫ったからか心臓がバクバクうるさい。
「おや。この挨拶は不人気ですね、考え直しておきます」
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前世にこの情報を持って帰ってやりたい!
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「ヴァントリアは俺のだから」
睨み返せば、ヒオゥネは考えるそぶりを見せる。
「……そうですね。貴方のキスで呪いも解けたみたいですし……。」
「え、キス?」
近くのヴァントリアの顔が俺を見上げてくる。思わず目をそらせば、下から奇声が上がった。
き、気まずい。
ヒオゥネは爆弾投下しておいて、いつの間にか姿を消していた。相変わらず神出鬼没だ。
そしてこの人は。
「貴様等は王宮に連れて行く」
まだ諦めてなかったか、執着の激しいシスト・オルテイル様。
「わかった」
「え、ウォルズ?」
戸惑うヴァントリアと一緒に立ち上がって、シストに向き直る。
「俺とヴァントリアは王宮に行く」
博士、イルエラ、ジノが息を呑む。
シストは満足そうに鼻で笑った。
「最初からそうしておけば、今回のようなことにはならなかったんだ」
ヴァントリアが不安そうに見上げてくる、笑いかければ、ヴァントリアは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
……これウォルヴァン確定じゃね? 脈アリじゃね? もっかいちゅーしてもよくね?
シストは兵士を呼んで、俺達を王宮に案内するように言う。そうして、シストは舞台の端に引っ込もうとする。
ほんと、わがままなんだか、執着が激しいんだか、そうかと思ったらああやってすぐ帰っちゃうなんて、はっきりした態度取って欲しいよね。しかし、根は素直なんだよなぁ、シストって。
ジノやイルエラ、博士のところにも兵士がやってきた時だ。
「じゃあね、バイバイシスト」
「「「「「は?」」」」」
ヴァントリアの手を取って、舞台を降りて駆け出す。
意図を汲んだジノ、イルエラ、博士も駆け出して。
——兵士も少ないし、今逃げ出さないでいつ逃げ出すのか、って話だよね。
「王様になったら王宮にいくよ!!」
ポカンとしているシストに、そう言って手を振れば、シストはわなわなと肩を震わせて大声で怒鳴った。
「ウォおおおおルズううううううううううううッ!!!!!!」
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