164 / 293
第六章
161話 俺の方を見て
しおりを挟むシストの側近がシストを横抱きにしてヴァントリアから離れ、エルデに言う。
「撤退させろッ!! 撤退だッ!!」
「し、しかし——エゾファイア様ッ!!」
「君にも無理だ、シスト様でも——とにかく今は撤退しろッ!!」
シスト様でも勝てなかった、そんなセリフを兵士の前で言うわけにはいかず、側近——エゾファイアはシストを抱えたまま兵士達に撤退するように呼びかける。
エゾファイアは、騎士団ビレスト、トイタナ、ルフスの三騎士団を統括する一人だ。
本来シストの傍にいるのはオリオスと言う、三騎士団を統括する指揮官だ。彼はシストの秘書的な役割も行なっている。
おそらく今回は、オリオスのパートナーである軍師のエゾファイアが、オリオスの代わりに同行していたのだろう。
エゾファイアも相当な実力者なのでシストの護衛を任されてもおかしくはない。
でもゲームのエゾファイアは秘書的なことをしそうなキャラではない。たぶん、いやいや付いてきたに違いない。
そんなエゾファイアからの命令には逆らえず、エルデもエゾファイアと同じように撤退命令を下す。
ヴァントリアがシストを追いかけようとするので、俺はレクサリオンの柄をもう一度握り直して、ヴァントリアに向かっていく。
「万、ヴァントリア、正気に戻ってくれッ!!」
ヴァントリアは足を止めて、俺の姿を瞳に映す。
彼の腕から飛び出してきた触手が威嚇するように地面へ叩き付けられ、近付くのを邪魔されてしまう。
「……僕も協力します」
「ヒ、ヒオゥネ」
いつの間に傍まで来ていたのか、ヒオゥネが俺の隣に立つ。
「はあ、せっかく色々と準備して来ていたのに。ヴァントリア様には困ったものです」
「……驚かないのか?」
「驚きましたよ。でも、ある程度の話は未来の僕に聞いてましたので」
「え、未来……?」
「おっと」
ヒオゥネに向かって赤い触手が伸びて来て、彼はそれを、いとも簡単にパシッと片手で受け止めてしまう。
「バカッ、呪いを直接掴むなんて——」
「あ。ゼクシィル様に貰った手袋溶けちゃいました。怒られますかね?」
のん気か! ゲームでも不思議キャラだったけど、現実世界でも不思議ちゃんかよ。
「確か反呪いの手袋だったか?」
尋ねれば、ヒオゥネはこちらに顔を向けてくる。
ヴァントリアの触手を見ずに相手して、しれっと自分と会話をし始めるモノだから、こいつは化け物だ、と思うしかなかった。
「はい。しかし反呪いって、意味が逆なんですよね」
「はあ?」
ヒオゥネは相変わらず手袋でヴァントリアの触手を、ハエでも相手するかのように払っている。
「ゼクシィル様の呪いを吸収する力で、周囲の呪いはこの手袋に吸収されます。周囲の呪いがなくなるのだから、僕の身体には影響がありません。仮に僕の身体に入ろうと、手袋が吸い出してくれます。
あなたがヴァントリア様にあげたホウククォーツや、博士の薬の材料として使われたイグソモルタイトも同じ仕組みです。
イグソモルタイトが体内に入り、呪いを吸収してから排出されるので、呪いを抑えられるんです。
つまり、吸収力の強いモノを、身につけるか、体内に取り込むことで、身体から呪いを抜き、周囲の呪いを吸収させて、自分の身体には呪いの影響を受けさせない。以上が、我々が反呪いと呼んでいる物の仕組みです。呪いを跳ね返すのではなく、吸収している物ですから、反呪いと呼ぶのもおかしい話なんですよ」
「——それも未来のヒオゥネから聞いたの?」
「さあ。どうでしょう」
手袋は溶けきって、ヒオゥネの白い手があらわになっている。正確には〝溶ける〟ではなく、呪いそのものであるゼクシィルの手袋が、ヴァントリアに吸収されて消えてしまったのだ。
自分に伸びて来た触手をレクサリオンで切って躱していたが、触手が殴りつけてくる力が強くて、体力の消耗が激しい。
バランスを崩すと、ヒオゥネに腰を掴まれる。
うおっ、イケメンっ。こんなことさらっとするなよ。
ヴァントリアが惚れちゃったらどうしてくれる。許さん、許さんぞ。ヴァントリアはウォルズのものなんだから! でも取り合ってくれたら萌え萌えだなぁ。いいな、本出そうかな。ウォルヴァン前提のヒオヴァン本か。よし次のイベントはいつだ。
「ヴァントリア様を止める方法はご存知ですか?」
再び俺達に伸ばされた触手を、ヒオゥネは素手で受け止める。
「お、お前、手……!」
「大丈夫ですよ。僕には擬似呪いがありますから」
「擬似呪いって……」
擬似呪いの仕組みは知らない。ゲームでも擬似呪いについての説明が出てこないからだ。俺が前世で亡くなった時にも、まだA and Zの攻略本は出てなかったし。何より。ヴァントリアには黙っていたけれど。
——…………俺は、A and Zを攻略できていない。
期待して目をキラキラさせたり、教えて欲しそうに上目遣いしてきたり、頼りにしてるって可愛い顔してくる万には言えない!!
かわいい……ヴァントリアも万もかわいい……食べちゃいたい。
「支えるのやめますよ」
「ごめんって。エスパーかよ」
「あれだけニヤニヤしていれば誰だってわかります」
「んふふふ、羨しかろう」
「そうですね。羨ましいです」
「え?」
剣を止めてヒオゥネの顔を見れば、相手もこちらを見た。
「随分信頼されているみたいでしたので。……好かれているようですし。僕は大嫌いだと言われましたから」
「……好かれてる、か。本当のヴァントリアの気持ちじゃないと思う」
「はい?」
いつまでもこうしている訳にもいかず、ヒオゥネの手から逃れて前進していく。
ジノもイルエラも、博士もウロボスの兵士達もみんな会場の端っこに避難していた。
ジノはイルエラに抱えられて、ヴァンを助けるんだっ、なんて暴れているが。
「俺もそうだ。この気持ちはヴァントリアに向けられているものじゃない」
この世界に来てからも、生きる意味なんて持てなかった。
この世界に来て、俺はもう一度、自分で自分を捨てようと思ったんだ。
でも、捨てられなかった。
ゲームの攻略はできていなくても、ゲームの結末を知っていたから。
もう一人の君がどうなるのか、知ってしまっていたから。
万。
俺は君を助ける、君を守ると言う目標を立てて、ここまで生きて来たんだ。
本当は、万のいない世界に居続ける意味なんてなかった。でもヴァントリアは君の記憶を思い出してくれたし。
俺は君を守らなくちゃならない。
だって君は、ヴァントリアだけど、俺にとって君は、禿万鳴貴なんだ。
好きなんだ。
会ったのは、たった一度きりなのに。
君のことが忘れられないんだ。
好きなんだ。
万のことが好きなんだ。
鋭い攻撃を放ってくる触手を高速で薙ぎ払っていく。
ヴァントリアの向こう側で、引っ込んだ筈のシストが会場に現れて、エゾファイアとエルデも後から付いてくる。シストの口が開く。
「ヴァントリア……!!」
君はその声に反応する。
嫌だ。
万はシストの声になんか反応しない。
「万ッ!!」
俺の方を見て。
俺を見るんだ万鳴貴。
「君に会うために、君を守るために俺はこの世界に来たんだッ!!」
11
LINEスタンプ https://store.line.me/stickershop/product/16955444/ja
お気に入りに追加
1,978
あなたにおすすめの小説

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~
乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。
【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】
エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。
転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。
エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。
死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。
「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」
「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」
全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。
闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。
本編ド健全です。すみません。
※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。
※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。
※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】
※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
婚約破棄された俺の農業異世界生活
深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」
冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生!
庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。
そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。
皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。
(ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中)
(第四回fujossy小説大賞エントリー中)

嫌われものの僕について…
相沢京
BL
平穏な学校生活を送っていたはずなのに、ある日突然全てが壊れていった。何が原因なのかわからなくて気がつけば存在しない扱いになっていた。
だか、ある日事態は急変する
主人公が暗いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる