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第六章

156話 王様になっても

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 シストは耐えられないと言わんばかりに口を挟んでくる。

「勝手に決めるな。ヴァントリアは王宮に戻ることが決まっている。貴様も王族なら、一度王宮に来て貰おう」

 ウォルズはそれを聞いて吐きそうな顔をして——やめたげて——相手に嫌悪を向けていると態とらしく表現する。

「うっわ、俺シスウォル地雷なんだよねやめてくんなーい?」

 シストの頰に青筋が浮かんだ。シスト様を怒りの頂点に招待すると青筋が出てくれるらしい。わかりやすいわかりやすい爽やか笑顔よりそっちのがいいよ。別の意味で怖いけど。

 ウォルズのペースに乱されるシストを見て、ざまあみろっ、とか思ってニヤニヤしていたら、刺し殺されそうな眼力を飛ばされてしまった。もうニヤニヤしませんごめんなさい。

 そんなシストと俺を見て、ウォルズがハッとする。

「……ヴァントリアと俺はまだやることがあるんだ、悪いが王宮に向かうわけにはいかない」

 なんで急にカッコ付けたんだ。いまさら無理だから。

 ウォルズは今度こそキリッとした顔立ちを近づけて来て、もう一度言う。

「ヴァントリアは俺が守る。王宮になんか行かせない」
「守るって……ウォルズ、まさかお前、それを言う為だけに舞台に上がってきたのか?」
「宣言してやりたかった。君を守るのは誰でもなく俺だ。いまさら王族に戻して、王宮に隔離するなんて、許せない。それに。王座に座れるのはヴァントリアだけじゃない。俺だって座れるんだ」

 ピクリとシストの眉が震えた。
 ヒオゥネは、面白くなりそうですね、と笑ってくつくつと肩を揺らす。

 ウォルズは俺からシストへと視線を移し、笑顔でシストを見つめている。強い意志を表現する目だ。

 シストの人でも殺しそうな睨みに対して、真っ直ぐな眼差しで見つめ返し続けるウォルズ。

 シスト相手でも堂々とするウォルズはかっこよかった。こういう時のウォルズは、俺の目にはキラキラと輝いて見える。

「シストはヴァントリアは王に向いてないって言ってたよね。でも俺はそうは思わない。いいや、俺達はそう思わないんだ。俺達はヴァントリアを止めることも、背中を押すことも。逆にヴァントリアに止められることだってできる」

 王に向いていない、その言葉は俺とシストが客室にいた時に、シストから放たれた台詞だ。それを知っていると言うことは、もしかして、心配してこっそり付いて来てくれていたのか?

 リバーシブルもその時に着替えたのだろうか。

 ウォルズは再び俺に向き直って、シストに向けていたまっすぐな視線を俺に寄越した。

 先刻まで別の人物に向けられていた強い目が、今は自分を見ている。少し緊張したけれど、彼の瞳を見つめ返すと、だんだん安らぎを感じていく。本当になんて美しい瞳だろう。

 見た目ももちろん美しいけれど、そうではなくて。瞳のうちに秘められた決意がひしひしと伝わってくる、瞳の輝きに乗ってウォルズの人の良さが伝わってくる。

 安心する。

 こんな目を向けられて、シストはよくガンを飛ばせたものだ。

 いや、ゲームのシストは確実にこの瞳を好んでいた。ウォルズと目を合わせる度に、シストは救われていたんじゃないだろうか。

 だって、俺はこんなにウォルズに心を委ねて、何もかもが取り払われたような気分になって、すっきりとしているんだから。

「ヴァントリア、俺は君の意志を尊重する。王様になるなんて言い出すからびっくりしたけど。もし、シストの言う通り、君が王様に向かないと言うのなら、王様になれなかったとしたら。俺が代わりに王様になって、君の望む世界を作る。俺は君が望む世界に賛同している一人だ」
「……ウォルズ」

 勇者の作る世界なら、きっと幸福が訪れると思う。

 見つめ返せば、優しい顔をしてくれるウォルズの手に、自分の手をそっと伸ばして触れてみる。

 恥ずかしくて思い切り握れなかった手を向こうから握ってくれた。

「も、もしウォルズが王様になったら、俺もウォルズを止めるよ。背中を押すよ。そしてウォルズに止められたら従うし。お前を隣で支えてみせるよ。約束するよウォルズ。俺はウォルズが王様になっても、傍にいたい。だから俺が王様になった時は、ウォルズも俺の傍にいてくれるって約束してくれ」

 言っているうちに、俺の言いたいことを理解して、ウォルズの双眸がゆっくりと見開かれていく。

 それから困ったように眉をへしゃげて笑った。

「もちろん。約束するよ。契約したっていい」

 胸の中から、すうっと、不安が消えていく。王宮に戻らなくてもいいんだ、王様になることを諦めなくていいんだ、みんなを幸せにしたいと望んでもいいんだ、と。

 ウォルズがいてくれたら、何でもできる気がする。もし俺が王様になれなくても、ウォルズがいてくれる。欲を言えば、俺が王様になれなくても、ずっと傍にいて欲しい。

「にしたって、ちょっと今回は可愛すぎるよ。俺を萌え死にさせる気? ちょっと俺そこで墓掘ってくるから」

 爽やかな笑顔で何を言う。どこに掘る気だ。

「本当にお前は雰囲気を台無しにする天才だな。………そう言うところも好きだけど」

 シストやヒオゥネといた時には相手の顔色を窺ってしまうし、妙に緊張する。けれど、ウォルズといると身体の緊張が抜けて自然体でいられる、だから、このやり取りにだって安心する。

「……今なんて?」
「え」

 今?

「ごめん、もう一回言ってくれない?」
「え、だからお前の傍は安心する……」

 改めて言うとなると恥ずかしいんだけど。

「いや、そんなセリフ言ってなかった、それも可愛いけど。ほら、さっきは全世界で全裸待機してる俺を絶滅させに来てた」

 お前はどんだけいるんだ。

 ウォルズはやいやいとさっき言ったことをいいなさいと言ってくる。何言ったっけ? 特に何も考えずに呟いたような。……さっき言ったばかりのセリフなのに忘れてしまうなんて、変なことでも言ったんだろう。ウォルズもいつもより割と大人しめの興奮っぼいし。顔が赤いだけだ。

 ウォルズの新鮮な表情を眺めていたら、いつの間にやら二人の世界に入り込んでいた俺達を現実世界に引き戻そうと、シストのヒステリックな声が上げられた。

「ふざけるのも大概にしろ……ッ!! ヴァントリアは……っ、王族はッ!! 王宮で暮らすと決められているッ!!」

 シストが再び兵士に命令をして、今度は俺も一緒に兵士に捉えられる。両脇に付いた二人の兵士に押され、引っ張られ、強引に会場から退場させられそうになる。

 シストのアホ。舞踏会もへったくれもないじゃないか!

 俺達は変装してたんだぞ、なのにお前が俺に気づいたり、目をつけたりするから!

 ウォルズは周りを囲む兵士から逃れて、俺を助けようと向かってくる。俺の周りの男達はそれに乗じてウォルズも一緒に退場させようと、俺を睨みつけて急かした。

 王族になったからむやみな発言は出来ないのか。どの兵士もずっと無言である。

 ウォルズに手を伸ばせば、彼は胸の白い薔薇を手に取り、空中に投げる。——瞬間、白い薔薇は太陽のように眩しい閃光を上げ、ズドンッと駆け出していたウォルズの手前の地面に落ちてくる。ウォルズはその光を手に取り、地面から引き抜いて、俺の方へと突っ込んでくる。

 光はやがて収まって行き、その正体が分かっていく、ウォルズの手に握られているのは、あの光輝く剣——ではなく。

「木の剣ってお前!?」
「ヴァントリアの分もあるよ!」


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