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第六章

149話 太陽

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 徐々に胸に熱い感覚を取り戻していく。怒りも悲しみも全部押さえ込んで、俺の中に芽生えた強い意志を相手に向かって投げ掛ける。

 真ん前と、二人の兵士から向けられた注目が熱かった。その熱さは胸の内の強い感情に火を付ける。暖かい勇気が湧いきて、眼前の相手と目を逸らさずに話すことができる。

「変な実験なんかに費用をかけてないで民を救え。民を思え。俺を許せなかったお前なら、奴隷制度なんか反対してると思ってた。民を愛して彼等を守ろうとしてくれると思ってた。シルワール様でもできなかったことを、お兄様ならしてくれると思ってた」
「勝手な理想だな」

 吐き捨てるように言うシストに熱い胸の感覚と一緒に痛みが走る。その痛みはやがてつんと、鼻を抜けていく。

「何でしないんだ。お前には力があるのに。どうして弱い者の力になろうとしない!」

 ――目を逸らそうとするシストを止めるように掴みかかった。

 すると、視界の端のエルデが止めようと動く――しかし口から出ていく感情は――意志は、もはや自分でもコントロールが効かない状態だった。

「囚人だって罪を犯しても、民だろう!? 彼等に対して罪を償わせるために檻に入れてたんじゃないのか! ——なのに、呪いの実験だ⁉ 亜人の配合だ!? ハイブリッドだ!? どうしてそんなことができるんだ! どうして手なんか貸してるんだ! 何のために彼らにそんなことするんだ、力を得るためなのか!?」

 シストは何度か反論を試みるが——彼にそれをさせる暇を与えない。


 脳裏に14歳の自分との会話が蘇る。


 焦がれた想いが溢れ出す。


 机の上に乗り上げて、菓子の乗った皿を乱暴に膝で押し退けながらシストの襟を掴み上げる力を強くする。

 恐らく今まで惚けていたのだろう――流石に止めに入ろうと、エルデが「おいっ!」と駆け寄ろうとした――しかし、何度も何度も。

「シストには充分力があるじゃないかッ……、この国で一番強いんじゃないのか、どうしてそんな人が誰かを苦しめてるんだッ! 助けろよッ!!」


 俺を苦しめた言葉が、胸から溢れ、口の中をいっぱいにして、声になって出て行った。


「――俺には、そんな力ないのにッ!!」


 鼻の痛みはやがて視界を滲ませて、相手の表情もよく分からない。

 溢れた涙を拭ってから分かるのは、目を見開くシストと、手を伸ばして固まったエルデがいると言うことだけだ。

 くらりと目眩がしてシストの肩に力なく額を押し当てる。

「俺に力があったら……みんなを、みんなを助けられたのに」

 シストの服を涙がポタポタと濡らしていく。

 シストからの返事もないし、行動もない、聞いてくれているのかも分からない。ただ、張り裂けそうな胸の痛みを癒してくれるのがシストの肩ではないことは分かっていた。

 シストは押し黙り、エルデはその泣き顔をただ呆然と見つめていた。もう一人の兵士はぼうっと突っ立っている。

「俺が助ける」

 そんな周囲の状況なんて知らぬまま、いや、知ったところで同じ言葉を呟いていた。ぼそりと、溢れるように出た言葉に、やっとシストが反応した。

「何?」
「……お前が何もしないって言うなら、お前がずっと王宮に引きこもったままだって言うなら、俺がみんなを助ける」

 ハッとエルデが息を呑んだ。

「シストが見捨ててきた、王族が見捨ててきた民を助ける」

 すぐ傍から、フンッと鼻で笑った声がした。

「貴様なんかに何ができる」

 シストの服を引き裂かんばかりに掴んで、胸の痛みを吐き出すように叫んだ。自分の耳には悲鳴を上げているようにしか聞こえない。

「俺は絶対お前より強くなってみせるッ!! 誰よりも強くなって、お前らの手から民を解放するッ!!」

 シストの肩がギクっと震えた。

「こんな地下に閉じこもってるからこんなことになるんだ、みんなに空を見せる。みんなと空の下で暮らす。この暗い地下から抜け出して、眩しい太陽の光の下で暮らすッ!! 俺達は地上を目指すッ!!」

「バカなことを言うな、それがこの国の在り方だ」

「本物の空を見上げることもできずに一生をここで終えるなんて悲し過ぎる!」


 前世でも一人で屋外に出て、幸せを感じることなんてなかった。

 部屋の中に閉じこもり、部屋の電気だけで過ごしてきた。

 でも。

 晴兄に初めて連れ出された時の外の、太陽の光は、確かに俺を幸せにしてくれた。

 どんなに苦しかろうと、あの輝きを思い出すと、凍て付いた胸が溶かされていく気がするんだ。


 あれこそが、希望の光。太陽の輝き。俺の光。


「どうして他の層に行き来ができないんだ、どうして地上へ出ちゃいけないんだ、なんで同じ人間なのに、同じ生命なのに順序なんて決められてるんだ、どうして平等にできないんだ、こんな世界おかしすぎる!」

 癒されない胸の痛みを癒してくれるのは、晴兄だけだ。

 それでも。誰かに縋りたくて、わんわんとシストの胸に情けなくしがみついて泣きじゃくる。

「分かってるよこんなの理想だって。分かってるけど。悲しくて……。みんな満足して暮らしてるかもしれない……けど俺は、この地下にいると、苦しくてどうかなりそうだ」

 シストの腕が腰に回り、頭だけでなく身体も密着する。冷たかった胸中が、少しだけ暖かくなった気がした。

「ここには空も光もある、けど、どこにも行けない。ここは寂しい……。もっと自由になりたい。あの人たちに自由を感じて欲しい。きっと、この世界でなら、できるから」


 行き場をなくし希望をなくし暗闇で苦しむ人々に。

 俺の見た希望の光を。温かい気持ちを感じて欲しい。


 シストの手が後頭部触れたので、咄嗟に彼から頭を離す。シストに向かって顔を上げれば、腰に回っていた手が離れ、そっと両頬を包み込んだ。

 真ん前の整った顔が、感情の読み取れない複雑な表情を浮かべて冷たく言い放った。


「貴様は王には向いていない」


 ――躊躇なく放たれた重たい言葉は、ズドンと、槍を刺されたように胸を貫いた。痛む胸を隠したくて、うろたえて、シストから離れようとするが。シストは再び俺の腰を掴み、俺を抱えながらソファから立ち上がる。

「来い」

 俺が自立したことを確認すれば、シストはそう言って俺の手を強引に引っ張って客室を後にした。


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