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第六章
146話 赤い髪
しおりを挟むゲームでも舞踏会にはシストが現れたのでなんとなく予想は付いていたが。
王様が会場にいることも、護衛の為に強者の兵士が集まってしまった状況も、かなり厄介だ。
身分を隠す仮面舞踏会で身分を明かしてしまうとは。いっそ隠していてくれたら彼の周りに、会場の警備をしていた兵士達が集まることはなかっただろう。今の登場から会場の警備が明らかに強化されている。
会場中のみんなが美しいと賞賛の声を上げた後、それぞれハッとしてから深々と舞台の上の人物へと頭を下げ始めた。
俺は抱き上げられたままだし、抱き上げている当の本人はシストなんかガン無視で俺のことしか見ていない。
会場中の全員が頭を下げる中、俺達だけが頭を下げておらず、さらに抱き上げられている状態では、大人数とは言え流石にシストも気が付いたようだ。
「お、下ろせ! 俺達も頭下げないと!」
少し遅れた、下ろして欲しい趣旨の言葉を聞いても相手は下ろしてくれない。
このままでは不味い——下手に目を付けられると……バレる。王族に使える兵士は殆どが腕の立つ上層部の者達だし、ヴァントリアの顔だって——いや、ヴァントリアはイケメンとは言えモブの一人だ、そうそう覚えられちゃいないな。
だって、いくら路地裏生活だったとは言え、顔丸出しで数日町を歩いても気付かれることなかったみたいだし。
流石脱獄に特化したザコキャラ。何度脱獄しても早々には捕まらない理由が分かった気がする。ヴァントリアはモブだから目立てないんだ。そうに違いない。
でも……流石にシストじゃ誤魔化せそうにないから。
なんとか説得を続けると渋々下ろされ、相手の頭も鷲掴んで下げさせる。
シストは頭は切れるし、何より王宮で何度も対峙している。囚人になってからも文句を言いに毎度会いに来る。
そんなに嫌いなら相手なんかしなきゃいいのに。
シストを紹介した付き添いの男に目を付けられ、彼の指示で兵士がやってくる。抵抗すれば余計に不味いことになりそうだ、ここは大人しく言う通りにした方がいいだろう。
シストの前に連行され、一緒に連れてこられた男と頭を下げる。下げるつもりがないらしく、じっとこちらを見つめるままなので肘で小突くと目をシストへ向けて頭を下げた。
シストは始終笑顔を浮かべていたが、……いつもの余裕がない。嫌なことでもあったのか、不機嫌そうだ。
シストは酒を要求して態々俺の前までやってきた。
「?」
もしかしてバレた?
シストの許しがないので頭は上げられず、じっと待っていたら、突然頭の上から冷たい水が流れて金の床へと雫が落ちていく。
酒の匂いが鼻に付き、思わず声を上げそうになる。
——シストが俺の頭に酒を掛けたんだ。
なんだこれ、これが王様の行動なのか?
貴族だけじゃなく、一般人も何人か参加してるだろうこの会場で、名も知らない相手に対してすることじゃないだろ。例え相手が貴族でも大問題だぞ。
それともまさか、俺のことに気付いているのか?
「これで許してあげるよ。悪かったね。ちょっと八つ当たりしてしまったようだ」
——顔を上げようとした瞬間、——ガンッ——と言う金属音が鳴り、金色の酒杯が吹っ飛んで舞台の下へ転がっていった。
一体何が起きたんだ。
「なんのつもりだ?」
どうやら誰かがシストの手にあった酒杯を叩いて吹っ飛ばしたらしい。
「それはこっちの台詞だ。頭を下げてやったって言うのに余計なことを」
肩を抱かれ強い力で引き寄せられる。
え?
不機嫌を露わにした声がすぐ近くで聞こえて、そちらを慌てて見上げれば、桃色の瞳がじっとこちらを眺めていた。先刻から眺め過ぎじゃないか。
「バカ……っ、頭は下げておけ……っ!」
「濡れている。平気か?」
「い、いいから」
拭おうとしてくる手を避ければ、顎を捕まえられてぐっと力を加えられ、顔を無理矢理相手に向けられてしまった。
ぬるりと頰に肉厚な感触がしてゾッとする。
「な、何す——」
「いちいち喚くな。俺が綺麗にしてやる」
——ふざけるな!!
王様がすぐそこにいるんだぞ、いやいなくたって、顔中なめられるなんて溜まったもんじゃない。
俺が言いたいことが分かったのか、男はシストを横目で睨んでから言い捨てた。
「コイツはいずれ俺タチのモノになるんだ。俺タチの大事なモノを汚された。怒って何か問題があるかよ?」
シストはにっこりと笑ってからこちらに背を向けて言った。
「——首を落とせ」
——なっ!?
「ま、待ってください」
咄嗟に庇おうとするが、反論に対してさらにシストは苛立ったようだ。ガッと腹を殴られ、思わず地面に倒れ込む。
決死の思いで頭を守ってウィッグは無事だったが、それを見て暴れようとした茶髪は兵士達に止められる。
シストは倒れている俺の方にやってきて、頭を踏みつける。
「私は今機嫌が悪いと言っただろう。態度を改めよ」
——ざけんなっ!
ガッと足を掴み、魚焼き魔法を使って炎を出す。シストは魔法で防いだが、「なっ!?」と側近の一人が言ってシストを下げさせる。
「この者! 反逆者か!」
この声、最近聞いた声だ——エルデ・ロン・フォング団長だ。ビレストがこんな最下層に来ていたのはシストが来る前に警備を強化していたからだったんだ。
しかしシストはにっこりと笑って柔らかい声で言った。
「下がってくれ。そうでないことくらい分かるよ。面白いじゃないか。ただの貴族の付き添いが、この私に……」
ガッと顎を掴まれ、上を向かされる。仮面越しに目と目が合うと、シストの動きが面白いくらいピタリと止まった。
なんだ? 俺の目なんか見たって気付けるわけ……。
——グンッと顔を近付けて、仮面の下を凝視する。
「…………っ」
息をのみ、固まるシストに、エルデや他の者が混乱する。
「貴様、まさか……」
目の前の、真っ白の。震える睫毛、震える瞳、震える唇。
「——ヴァンっ!」
——嫌なタイミングで茶髪が叫んで、しまった——と思った時にはシストの手は動いていた。
バッと髪に手をかけられ、茶髪のウィッグが空を飛んだ。
目の前に自分の血のように赤い髪が降り注ぐ。
人々がどよめき、さざ波のように戸惑いの声が広がっていく。
「美しい」「なんて美しい髪だ」「隠していたのか?」「気味が悪いわ」「あの者は一体」「まるで血のようだ」「どこの貴族だ」
落ちたウィッグが視界の端に見えてから、やっと状況が飲み込めてくる。「赤い髪、まさか——ッ」とエルデが叫んでいるのが聞こえる。
仮面を外そうと伸びてきたシストの手に影を落とされた。
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