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第六章

145話 俺タチ

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 ギリギリまで稽古をしていたので会場前は混雑していた。来たばかりの頃はスカスカだった道も今では人で溢れている。こんなに大勢の人がこの街のどこに隠れていたんだか。

 いや、舞踏会だから他の層からやって来た可能性が高い。
 王族の証がなければ移動できない設定だが、こういうイベントごとになると兵士が厳重にエレベーターを管理して招待状を送った貴族達を案内する。
 貴族達は迎えの馬車に乗り、会場へやってきて、中へ案内されるのだ。

 実はテイガイアの元にもその招待状が届いていたらしく、俺達はその召使い、親戚として中に入ることが出来る。

 テイガイアが変身して暴れたことは一度最上階に持ち帰られるので、またこの41層に情報が渡ってくるまでは時間が掛かる。

 基本的に下の階層で何があったかの情報は簡単には伝わって来ないので、その線の心配は大丈夫だろう。

 ——ゲームの時はヒュウヲウン達踊り子のオーナーの助手としてウォルズが潜入していたが。今回もヒュウヲウンは踊るんだろうか。そう言えばヒュウヲウンの踊ってる姿、まだ見たことなかったな。


 招待状があったのでスムーズに入れて、ウォルズはテイガイアの親戚、ジノはウォルズの召使い、イルエラと俺はテイガイアの召使いとして会場入りする。

 きらびやかな階段を登って行き、立派な玄関扉をくぐれば。眩い光が射し込んで、思わず目の前に手をかざした。

 壁も床も装飾も天井も全て金一色。

 金色のシャンデリアから降り注ぐ炎の光が、乱反射して会場を照らしていた。会場の隅は金色同士が反射し合い、互いを濃いオレンジ色に染め上げている。

 男性の衣装はバリエーションが少なめだが、女性の衣装はデザインが豊富にあり魅力的だ。

「このまま結婚しませんか」

 テイガイアが急に立ち止まったので一緒に止まれば、両手で俺の手を包み込み、真剣な眼差しで言ってきた。

「結婚はできません」

 手を引っこ抜けば今度は腰を抱いてくる。

「腰を抱かないで下さい。私は召使いです」

 ぺんっと手をはたき落とせば、今度は肩を抱いてきた。

「なら着席の時は必ず膝の上に乗って——」
「――あのな」
「——いい加減にして下さい」

 俺の肩を抱いたテイガイアの手を、イルエラが注意してから払う。

 そんなセクハラ常習犯のテイガイアに女性達が我先にと集まっていき、俺とイルエラはテイガイアからあっという間に離されてしまった。

 イルエラも人気のようではぐれてしまって、中々に派手な格好の人が多くて見分けがつかない。イルエラかと思って近付けばお髭が生えた男爵だったり、ジノかと思って近付けば幼過ぎる。

 この様子じゃ俺だけでなく、皆バラバラになってしまっただろう。

 人混みに弾き出されて辿り着いたのは金色の豪華な机。金ぴかぴんの皿に乗った色取り取りの食事が目の前にあった。

 肉や酒よりもまず目に付いたのが、美しいお菓子達。

「ふあ、ああああおおあ」

 作戦ではパーティ終了後に開かれる闇市場の前に、会場に格納された奴隷達を解放する予定になっている。12時の鐘を合図に作戦を決行する。

 まだ時間はあるし世界観と味を楽しんでおくか。

 お菓子を皿に盛って、机の前で右往左往して。口いっぱいに甘くて美味しいお菓子達を放り込んで味わっていく。

 会場に入る時だけしか身分を確認しないのだから召使いでも食い放題だし主人についていなくていいし。……いや、良くはないだろうけどこの誘惑には敵わないよな。マナーは気にしなくていいからいいな。

 舞踏会はゲームの設定が深く作り込まれていないようで決まりごとはあやふやだった。

 次から次へとお菓子を食べていたら、「良かったら踊ってくれないか」と隣に来た男性に声を掛けられる。

「え……」

 振り返るとウォルズのウィッグに似た薄い茶髪だったので咄嗟に頷いてしまう。

 背も高いし、声も違った。どうしよう。

「俺男ですけど」
「どうだっていいんだよ、そんなこと」

 ……な、なんか、不機嫌そうだな。どうして話しかけてきたんだ?

 突き放すような冷ややかな口振りと、どこかで聞いた声だと思って、上にある顔の仮面の中の瞳を覗いてみた時だ。

 息がヒュッと吸い込まれ——あまりの衝撃に心臓が止まりそうになってしまった。

 目尻を釣り上げられた厳しい目付きをしていたが、瞳は温かく柔らかい印象を抱く。相手の瞳は淡い桃色だった。

 とても似ていて心臓が急に速度を増した。そう言えば声も、髪の色も。いや、まさか。だって彼——、


 ラルフは————…………

「手を取れ」
「う、うん」

 相手の正体は不明だが有無を言わさない口調に押されて差し出された彼の手を取った。

 幼少期は踊ったことがあったけれど、王族の身分を剥奪されてからはパーティになんて出席してなかったし、何より幼少期も殆ど女性とばかり踊っていたから男性相手じゃ分からない。いや、そもそも男同士で踊れるものなのか?

 困っていたら、「俺も上手く踊れないから、適当にゆらゆら踊ろうぜ」と言われる。承諾すると、ダンスをしている一角へ自然と入り溶け込んだ。

「アンタ、名前は?」

 威嚇するような桃色の瞳に怯んでびくりと肩が揺れる。

 ……名前? 多分本当の名前は言わない方がいいよな……。人も大勢いるし。

「えっと……ヴァン?」

 ジノもイルエラもそう呼んでいるから、もし呼ばれてもバレることはない筈だ。博士であった頃のテイガイアにもこれで名乗ったことがあるし、あの時はバレていなかった。

 問題はたまにヴァントリアと呼ぶテイガイアとウォルズだけど。彼等は頭が切れるからきっと気を付けてくれるだろう。

 仕方がないとは言え、罪悪感を少し感じていたら相手は反芻するみたいに呟いた。

「そうか。ヴァンか。そうか」

 何度も「ヴァンか、ヴァンと言うのか。ヴァンだってさ」と確認する彼に変な違和感を覚えた。

「あ、あの?」
「ずっと知りたかったんだ。ヴァン……のこと」
「え?」

 ずっとって、ちょっと待って。会ったことないよな、もしラルフだとしても俺は彼の目には見えていなかった筈。

「だからこうやって。アンタに会うために俺タチは」

 なら、ま、まさか、王族の顔を知っているとか——!?

 慌てて離れようとすれば、手首を引っ張られて腰を掴まれて身体を斜めに倒されてしまう。顔が近付いて桃色の瞳がよりじっくりと眺められる状態だ。

「ヴァン……が約束してくれたこと、忘れられなかった。俺タチの為に涙を流してくれたことも」

 涙……? たち?

 言っている意味が分からなくて首を傾げれば、相手は倒した身体を元に戻して。

「俺タチはアンタが欲しい」
「うえっ!?」

 腰を両手で掴まれて——突然抱き上げられる。まるでペットを抱っこして眺めるように掲げられて流石に注目を集めてしまっている。

 ——ちょ、何!?

 下ろして貰えるように声を発しようとした時だった。パッと電気が消えて——ザワッと周囲がどよめく。

 舞台のカーテンが開き、爛々とした光の下から、仮面をつけた全身真っ白の男が現れた。

 ここで言う全身とは、服だけの意味合いではない。髪の毛も眉毛も肌も、全てが真っ白なのだ。

 まるで雪で作られたかのようなその美しい姿に人々から感嘆の声が漏れる。

 その背後に二人、兵士が立っており、一人が声を張って高々と男の紹介をした。

「皆の者、我々も今宵の舞踏会に招待された者だ。今宵は存分に楽しむがいい。そして喜べ。美しい夜を濃く染め上げてくれようと我が王が到着なされた」

 仰々しく手を彼に向けて会場を震わせるような大きな声で言った。

「紹介しよう。我らが王——シスト・オルテイル様である!」


 ————ッ!?


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