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第六章
140話 隠したい記憶
しおりを挟む41層ザッサン——奴隷を売っているのを数人の男が見ていたり、話している者や歩いている者の傍には必ず奴隷がいたりする極自然に奴隷制度が成り立つ階層だ。
ゲームでは奴隷に話しかけることもできたが、ほとんどが「…………」で終わる。
答えることができる奴隷も、殆どがキーワードになりそうな言葉を途切れ途切れに話してから口を閉ざす。
三ヶ月に一度開かれる舞踏会をメインイベントとする町で、舞踏会の終了後、夜の会場で大規模な奴隷市場が開かれる。
舞踏会はストーリーで流れた映像の、あまりの美しさに目が眩んだほどだ。
町では白い服に身を包み白い町を歩く人々も、会場では色味のある白の美しいドレスを身に纏う。何より美味しそうなご飯が一番記憶に残っており、金1色で装飾された会場は眩くて眩くて。この会場を売れば皆養えるだろ、とプレイヤー達は思ったことだろう。
特にお気に入りのシーンが、白い服に身を包む客の中、唯一目を引く青いタキシードを着たウォルズが会場に現れるシーンだ。青い仮面もとても良く似合っていて、会場の客からの注目を浴びていた。
ビレストではなかったが一般の捜索隊が俺達を探していたので、明日になるまで行動するのは避けることにした。俺達は宿屋に泊まることにして、やっと、疲れた身体を癒すことができる。
色々あったなぁ。ルーハン に攫われてからセルに出会い、42層へ逃げてウォルズから武器を受け取り、テイガイアを助けに行こうとすればビレストに待ち伏せされ、44層に降りれば呪いで動けなくなり、ヒオゥネに散々な目に遭わされ——45層ではテイガイアが暴れて。
テイガイアの忘れた記憶の世界に入って、皆に会えて一件落着だと思ったら待ち伏せしていたビレストに出会い。
一戦交えるも敵わず、テイガイアの力を借り——41層へやってきてようやっと休めるのだ。
……まあ俺はルーハンのフカフカベッドで寝たけども。
俺達は街の外れにある隠れ宿に泊まることにした。路地を抜ければ地面に穴があり、降りれば階段が続く。
その先を行けば落ち着いた雰囲気の酒場があり——前世で言えばバーだろうか——店主の経営するこじんまりとした宿屋が奥にある。そこへ泊まるときは合言葉が必要だ。
酒場の客に合言葉を聞いた後でないと宿に泊まることができない。
店主に「合言葉は?」と聞かれ、「…………」と返す。
聞いた後なら、「合言葉は?」「サルムール酒のランプ」と答える。
サルムール酒とは店主の作った酒であり、彼の店のランプには全てサルムール酒が使われている。しかし、酒の名前はサルム酒として出回っており、本名は知る人ぞ知ると言う奴だった。
ウォルズと俺は腹ごしらえをした後、店主へ泊めて欲しいと願い出た。宿屋はないと何度か追い返されそうになるが、泊めてくれと頼み込めば、「合言葉は?」と耳打ちしてくる。
「サルムール酒のランプ」「ランプのサルムール酒」
同時に俺達が答えれば、店主は眉を潜めた。
「ランプのサルムール酒だろ?」
ウォルズが、あれ? と首を傾げて尋ねてくる。
「え、サルムール酒のランプだよな」
「ああ、そうか、美味しいけどアルコール強くて火が付くんだっけ。」
アルコールランプだな。
店主は怪しんでいたが、合言葉は合っていたようなので通してくれた。奥へやってくれば、店主の妻である女性が案内してくれる。宿代ももちろん掛かるので支払っておく。ウォルズが。
「いいのか?」
「たんまりあるからいいよ」
どうやらウォルズは魔法石にお金を貯めているらしい。それが盗まれたら終わりだな、と考えたけれど。本人しか使えないように魔法が掛けてあるらしく、市販で売っているモノらしい。
この世界の財布であり銀行なんだと言う。それぞれの魔力の色が指紋の役割をしている。後で皆の分も登録してあげる、と言われてちょっと楽しみだ。……一文無しだが。
部屋割りはウォルズとテイガイア、俺とジノとイルエラとなった。落ち込んでいるウォルズとテイガイアをよそに俺とジノとイルエラは部屋へ移動した。
◇◇◇
眠れなくて部屋の外に出て、うろうろしていたら酒場にやってきてしまったので、こっそりと覗いた。
何人か客が来ているようだ。マスター(店主)の隣に並んで酒瓶を何本か持っている男に見覚えがあった、大声を上げそうになって慌てて自分の口を抑える。
彼はこちらに気が付いて、パチンとウインクする。ハイハイかっこいいかっこいい。
2本選び出し、お駄賃を置いてからこちらへ戻って来る。
「何してるんだ、お前」
「いやぁ、博士とヴァントリアの可愛さを語り合ってたら酒欲しくなっちゃって」
「俺をつまみにするな」
「オカズにして欲しいの?」
「やめろ」
「冗談だって」
酒瓶を1つほい、と渡される。なぜか手伝うことになってしまっている。
深い緑の瓶を眺めれば文字が浮き彫りになっていて正体がわかる。
「サルムールの酒か。いいなー」
「あ、そっかヴァントリアは19歳か。お酒飲めないねー」
子供にするみたいに頭を撫でられてムッと睨みあげる。子供扱いしやがって、1歳しか変わらないくせに。
「前世でもさほど飲んでなかったけどな。外出たくなかったし」
「出前で取れるでしょ」
「態々出前頼んでまで酒はねーよ」
「そっかなぁ、酒はいいよー。俺一升瓶が部屋にないと寝れなかったよ」
「お酒好きだったのか、晴兄って……」
「うーん。人肌が恋しくてさぁ」
既に酔っているのかもしれない。ほんのりと頬が赤いし口を開く度にお酒の独特の匂いが鼻に付く。
腰に手を回されて女の子にセクハラするみたいに尻や胸を撫でてくる。慣れてないか、晴兄。お触りの店に行っていたのか、晴兄。答えなさい。
「太った?」
「そんなに触ったことないだろ……」
毎度抱き着いてくるのは贅肉チェックだったのか。
「いや妙にふにゃふにゃしてるから肉ついてんのかと」
否定はできない。ゼクシィルにも言われた。むぎうっと抱き締められて身動きが取れなくなる。
……酔いのせいかいつもより激しくない。
「ヴァントリアは抱き心地最高、って呟いとかないと」
「……本気なのか酔ってるのか分かんねえ」
部屋まで送り届ければ無理やり引きずり込まれてしまう。
俺が酔っ払い共を相手するのか、もうバーで飲んで来てよ。慣れてる人に介抱して貰ってよ。
「ヴァントリアにお酌して貰えるなんて感無量ですわー」
誰もそんなこと言ってない。
「お」
「ん?」
ひょい、と、目の前にあったウォルズの背中が横に逸れて、直後テイガイアが飛び付いてくる。
「バンさまぁぁ~っ!!」
「うわっ!? 何!?」
酒が入っても甘えん坊か!
押し倒されて上でもぞもぞされて重たい上にこそばゆい。暑苦しい……。
それから年上達の晩酌に付き合うことになり、眠れなくてもベットを出ることはもうやめようと思った。あと、この人たちとは今後も部屋割り一緒になりたくないな。
酔っ払いながらヴァントリアの可愛さを討論し合うものだから本当に嫌だ。何がメイド服だ猫耳だドレスだ、それは女の子が着てこそ可愛いんじゃないか。
ヒュウヲウンに着せなさい。もしくは自分が着ろ。
何を着せたいという内容から裸が1番と最終的に結論づけて恥ずかしがってて可哀想だから1枚は着せてあげようと言い出し、裸エプロンだ裸白衣だ紐だ絆創膏だの、変質者じゃないか。もう後半服ですらないし。
テイガイアはダウンしたらしく「バン様~っ」と叫んでベッドにダイブしてから動かなくなってしまった。ウォルズは吐きそう、と口と腹を抑えて唸っている。
背中を摩ってやるが、無理、無理、吐く。トイレ。と立ち上がろうとしては座り込む。
「袋貰ってこようか?」
「麻袋しかないと思う」
そうだった、この世界にエチケット袋はないんだった。
「じゃあ要らない容器とかないか聞いてくるよ」
「やだ、ヴァントリアの前では吐かないって決めてる」
今決めたんだろ。
「――ったく、世話の焼ける勇者だな」
ウォルズに肩を貸して彼をトイレまで送ってやって、外で待っていると「吐いて少し楽になった」とのそりと出てきた。キィィィと軋む扉はホラーである。
「苦しい?」
背中をよしよしと撫でるとウォルズの瞳がこちらに向いた。
いつもと雰囲気が変わっていたから一瞬ドキッとしたが、相手は特に何か反応を示す訳でもなくじっとこちらを眺めている。
「な、何」
「万に会いたいなぁって思って」
「あはは。何となく分かるよ。晴兄はめちゃめちゃイケメンになってたよな。時々おじさんがパソコンにメールで写真送ってくれてさ」
「本当は俺も連絡したかったんだ……。でも勇気が出なくて。あの人もまだ会社にいたし、万に会わせる顔がなかった」
あの人と言う単語に酷く敏感に胸が鳴った。
廊下を歩いてひとっこひとりいないロビーに隣合わせで座る。少し肌寒い、肩を抱かれて身体が寄り添い、ちょっとだけ相手から暖を取る。
「そんなの、晴兄が気にすることじゃないよ」
「あの人がWoRLD oF SHiSUToを作ったんだ。と言ってもチームの一員ってだけだけど」
「え……」
この世界を、あの人が? こんなに美しい世界を。作った?
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