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第五章 後編
139話 悪夢の階層
しおりを挟むウォルズが突然姿を消したあの時、まさか。
「お前、まさか、オリオにいたの……」
「オリオ?」
「門が沢山ある部屋。」
「ああ、精神世界の部屋ね。て言うかオリオって何?」
やはりゲームで出てきたのか。なんか無駄に凝っていたし。
ウォルズの不思議そうな顔に、こちらもつられて不思議になってくる。ゲームには名前が出ていないのか?
「門の管理室——オリオ。だろ?」
「…………誰に聞いたの?」
ぽけ、としているが、どこか怖い気がする。
「まさか……」
そんなウォルズの呟きに答えるように、頷いた。唇が震えて、ウォルズの瞳が見れなくて。
「アゼンヒルトに会ったんだ。俺を避難させる為に空間を作ったけど、呪いの強いテイガイアとリンクしてオリオへ来てしまったって」
「——なんでそれを早く言わなかったんだッ」
「だ、だって——」
ウォルズはきっと、心配するから。
ウォルズは優しいから気にしてしまう。その言葉は飲み込むことにして、代わりに起きたことをきちんと話そうと、今度はちゃんと目を合わせて、もう一度声を絞り出す。
「……ゼクシィルにも会った」
やはりウォルズは動揺しているようで、瞳には怒りが篭っていた。
「な、なんで今言うんだ、なんで——」
「テイガイアを助けることに夢中だったし、言い出せる雰囲気じゃなかった。……みんながいると安心してしまって。できれば思い出したくなかったんだ」
ごめん、と謝れば、ウォルズは釣り上げていた目を緩める。柳眉がへしゃげて、「俺は君を守る為に頑張ってきたのに。なんの意味もなかったのか」と小さな声で呟いた。
今にも泣きそうな相手の様子に焦りを覚え、ウォルズに目で訴える。
「そんなことない……っ、みんなと一緒にいたら本当に安心したんだ……、それに相談できるのはお前くらいだろうし、何より一番……っ」
——信頼している、ウォルズは裏切らないと。前世の記憶を持っている俺と同じ存在で、わかってくれる人で。何より、晴兄は俺を見てくれる人だったから。
「——……悲しませたくなくて。ごめんなさい。心配かけたくなかった」
「俺の方こそごめん。……拗ねた」
口を尖らせてそんなこと言うものだから、噴き出してしまった。
「まだ拗ねてるじゃん」
「そんなことない」
顔を逸らされ、やはり拗ねているなと考える。
「ごめんなさい、心配かけて」
「……俺もごめん」
まだ拗ねている。後でもう一度謝っておこう。
それにしたって。
「どうやってここから出られるか知ってる?」
「いや、知らない」
「ゲームに出たんじゃないのか?」
そう尋ねると、目をキラキラさせてウォルズが話し始める。
「飲み込まれたのはヘイルレイラとヴァントリアなんだけどさ。ヴァントリアは管理室——オリオに突っ立ってるだけなんだよ~話し掛けたら無視するんだ。めちゃかわ」
どこが可愛いんだ。
じっとしてて動かないから、ヘイルレイラを操作してめちゃめちゃ近付けてチューさせる遊びが俺の中で流行ってたんだ、なんて要らない情報まで寄越してくる。やめなさい、ヘイルレイラが可哀相だ。
「過去編でヴァントリアのことを知ったヘイルレイラが少しだけ心を開くんだよね。んで妹はどうなったか聞き出そうと思ったけど勇気が出せない……みたいな。オリオに戻ったらヴァントリアがいなくなってて焦るんだけど、急に記憶の門が光り出してオリオが崩れ始めて、そうしたらヴァントリアが黒い門から出てきてさ、ヘイルレイラが腕を取って走るんだけど」
降り注ぐ瓦礫を登って落ちないようにするミニゲームが発生して、ヘイルレイラはヴァントリアをお姫様抱っこしてたんだ、と嬉しそうに語る。
「ヴァントリアの手を引くこともできるし、おぶることもできるんだよ!」
——完全に足手纏いじゃないか。
「ステージが終わったら光に包み込まれて、現実の世界に戻ってたんだよ。それで博士を見つけて助けてクエスト終了」
「知らないのも無理ないな」
タイムを切ればクリアできるステージと言うことだ。自然に出られるように仕上がっている。
「さっきはどうやって出てきたの?」
ウォルズに問われ、思わず俯く。
伝えていいものなんだろうか、こいつに。
今までじっと俺を見つめ続けていた——やめてくれ、いたたまれない——テイガイアがウォルズにドヤ顔を向けて言った。
「もちろん呪いを解くキスだ」
言うな!
「つ、つつつつまり、ヘイルレイラの見てない間にキスしてたってことか!? ヘイルレイラが心配している間に! もう一回見させて、あのシーン見させて!」
「無理だから」
前世には戻れないだろ。
そう思って即答したら、後からぽけ、とした顔でテイガイアが言った。
「できますよ」
「へ」
顔を近づけて来るテイガイアから全力で顔を背ける。ウォルズは顔を真っ赤にして興奮している。うおお言うな。
カメラとか言うんじゃない、そんなものはない! いや、もしかしたらあるかもしれないけど。
どうやらテイガイアは本気らしく、力ずくでキスしようとしてくる——もう、ダメだと思った時だった。
——ふと、脳裏にヒオゥネの顔が浮かぶ。
かあっと頰に熱が集まってから、腹腸が煮え繰り返った。こ、こいつら俺のことからかいやがってえええええ!
「キスしたら絶交……ッ!」
——と生理的な涙を浮かべて睨み付けると、テイガイアはピタリと動きを止めた。
「テイガイア?」
近づくなと言っておきながら、こちらから顔を近付けて覗き込むと、テイガイアの鼻からだらりと鼻血が垂れ、白目を向いて後ろにぶっ倒れてしまった。
「流石に無理しすぎたんだろ」
そ、そっか。そうだよな。ずっと暴走していたのに——俺達のためにまた力を使ってくれたんだから。
そっと額にキスをすると、辺りが輝き出す——ウォルズも輝いているがアレは無視しとこう。
現実世界に戻ると、今度は残骸はなくなっていた。もちろん切られたものは残っているが。テイガイアの身体を受け止めようとして押し倒されてしまう。——何度目だ。
イルエラが傍にやって来てテイガイアを抱き起こした。
「無事でよかったな」
「ああ」
珍しく笑みを浮かべるイルエラを見て心が満たされる気がした。しかし、ジノは複雑そうな顔でこちらを見ているだけで寄ってこない。
そんなジノの頭をウォルズが極自然に撫でる。
「不潔な手で触るな」
——とツンデレジノさんが叩き落とすと。
「あははよく分かったね」
「殺すぞ貴様ああああっ!」
「冗談だって何を想像したの!? ねえ!? お、お兄ちゃんに、お兄ちゃんに教えてごらん!」
「キモい! 近寄るな!」
なんだ、仲良しか。
微笑ましいなぁと眺めていたら、ジノと目が合い、彼は地面に唾を吐き捨てた。酷い。
放心状態だったエルデを放っておくのはどうかと思ったが、避難した先の建物の陰から団員が数人が戻ってくるのが見えて、みんなで慌てて目的地へと向かった。
イルエラがテイガイアを肩に担いで、俺はウォルズにお姫様抱っこされた。お前、ヘイルレイラと張り合っているな。
ウォルズは俺が向かおうとした場所——階段へと導いてくれている。
そう、エレベーターでなく階段を使って41層へ避難しようと考えたのだ。
隠し階段なので、王族すらも知らない。知っているのは門番くらいだろうが、彼等もその存在を他言していないのだ。しかし、ゲームではルートとして沢山階段が現れる。
いよいよ、階段の場所へ差し掛かり、ウォルズが一部の壁に指で文字を描く。すると、ガコン——と音がして地面が開き、透明の階段が天高く伸びていった。
ゲームでは省略されてひとっ飛びだったけれど、41層まで続くこの階段を登り切るのは大変そうだな。
そう考えれば、階段の登り口が七色に輝き出した。ウォルズも俺も見たことがないそれに顔を見比べて、ごくりと唾を飲み込んで一歩踏み出した。
——すると、一瞬にして曇り空を浮かべる灰色の街並みへと辿り着いていた。
ゲームの世界の設定がそのまま引き継がれているのか? 数段でいいから空中の階段を登ってみたかったな。
本来白い筈の町は、階層に設定された天気——曇り空によって常に灰色に見える。また、砂埃などで汚れているので汚らしいイメージが着くだろう。
首に縄や鎖を掛けられた子供や、大人達、老人。彼らを平気で椅子がわりにしたり、罵倒を浴びせ怒りをぶつけていたする光景がいたる所で見られる。当たり前のように一般人のそばに奴隷がいる。
着いてしまったのだ。悪夢の階層——41層。ザッサンヘ。
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