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第五章 後編
134話 廊下で出会った時から
しおりを挟む意識がふっと戻り、身体が自然と起き上がる。まるで自分の身体でないような感覚に、ちょっとびっくりしたけれど。意識を失う前の焦りによる誤作動だろう。
門が勢ぞろいする真っ白な世界——記憶の門から七色の光が降り注ぐ。リンク先へ繋ぐ管理室、オリオへやってきたようだった。
アゼンは繋いだ先がテイガイアの消された現実、記憶だと言っていたけれど。
一際目立つ門へ近付いて、その姿を上から下までじっくりと眺める。最も装飾の凝っている全面真っ黒の門だ。
向こう側からは獣のような呻き声が聞こえ、門が息をするように熱風が度々吹き込んでくる。
熱風と呻き声が止んでから足を踏み入れる。すると——頭の中に直接大勢の絶叫が響き周り折り重なって耳鳴りとなる。
ぐらぐらと頭が揺れて吐き気がする——意識が遠のいていくが、かろうじて保たれたままの状態だった。
足を踏み出してその場から離れようと奥に進むが、さらに酷くなっていく。
「テイガイア……」
お前の中に、こんな世界があるなんて。嫌だ。
——苦しい、頭がガンガンと打ち付けられるように痛む——全身が割かれるような鋭い激痛が継続的に襲ってくる。
崩れるように前へ倒れ込んだ瞬間だった——……全身の痛みが消え、神経がはち切れそうだった頭痛も引いていく。
「ここ、は……」
肩で息をしながら辺りを見渡す。
ゴツゴツした地面は根のようにはびこる触手だった。全てが硬直しているが、墨のよう黒い。
触手を辿っていけば、全ての触手が部屋の中央へ集中して大きな柱となり、咲き乱れる様に模様を描き天上をあおいでいた。
根元には頑丈そうな椅子が傾いたまま取り込まれた状態で存在する。
呻き声が聞こえてビクつく、触手の柱の傍に寄って声のする方へまわり込めば————触手が集まっていたのでなく、その場所から発生している事に気がついた。
「テ、テイガイア……」
美しい顔立ちが傷だらけになり、黒い痣が肌を覆う。
呻き声は彼の口から放たれる。——腹や背中を触手が突き破り血液を流し続けていた、触手がゆっくりと蠢き——それを吸い上げる様にドクンドクンと脈動する。
少し高い位置の頰に手を当てる。酷く冷たい。ゼクシィルのように、氷みたいに。
——助けないと。助けなきゃ。
「テイガイア。テイガイア聞こえるか、テイガイアっ」
目を開けてくれ。頼む。
——ぴくりと、睫毛が震えてゆっくりと美しい瞳が姿を現わす。虚ろな瞳に映ろうと踵を上げて覗き込む。
「テイガイア……」
「ヴァン、トリア……? どうして……貴方はエレベーターで……他の階層へ。」
もしかして、44層でイルエラとジノと脱出した時のことを言っているのか?
44層は呪いが蔓延している、それを好機に思って、その後すぐに実験されていてもおかしくはない。だから44層に魔獣として現れた、そう考えられる。
「……助けに来たんだ。テイガイアを。どうすれば助けられる?」
助けようとしている相手に聞くことじゃないけど、もうお前の知識しか、頼れるものがないんだ。
閉じそうになる瞳を止めようと、頬を撫でて必死に訴えかける。
「どうすれば呪いが解けるんだ……っ」
「分からない……。いろいろと……実験してきたが、呪いを、解く方法は……見つからなかった……」
「何でもいいんだ、思い付くことを何でも言ってくれ。少しでも可能性があるものでいい、呪いを抑える効果があるものなら、何でもいいから」
詰め寄って尋ねるが、相手の瞳は完全に閉じられてしまった。唇だけが微かに音を紡ぐ。
「……兼ねてから……呪いは……」
「何だ……聞こえない」
項垂れていくテイガイアの顔を必死に支えて鼻がくっつきそうなくらい近付いて彼の言葉を聞き逃さない様にした。
「王子様の……キスで……」
————……しっかりと耳に届いた台詞は、もしかしてアレかと言う当てがあった。
俺が触手相手に吐いた台詞だ。
そ、そんなので、解けるわけ——っ!
テイガイアの唇が微かに震えて、まだ音が紡がれていることに気がつく。顔を寄せればその呟きは確かなものになった。
「……不思議だ……君が傍にいると……安心する」
「…………」
「何でか分からないが……君に……会いたかった……」
テイガイアの目尻から光の粒が一筋伝っていく。
——っ、ずっと、待っててくれたんだ。例え覚えてなくたって。
————ずっと。
「好きだ。……俺は今でもテイガイアが好きだ。ずっと好きでいるって、言っただろ。俺は覚えてるよ、お前と過ごした時間——ちゃんと。凄く楽しかった、幸せだった。会わない方が良かったんじゃないかって、思ったこともある。俺が会ってしまったから、さらにお前を苦しめることになってしまったと、でも。でも俺——……忘れて欲しくなんかなかった」
テイガイアは完全に意識を手放してしまったのか、ピクリとも動かくなる。浅い呼吸だけが唇に掛かってくる。
「俺は幻なんかじゃない……」
テイガイアの唇に、一か八か——自分の唇を寄せる。
——……柔らかい冷たい感触に触れて、心臓が乱れる。
頼む、頼む。お願い——俺は王族だ、ちゃんと王子様だろ。
テイガイアを助けて。
一度唇を離して、もう一度同じところに唇を押し付ける——……。
「お願い……連れて行かないでくれ。大事な人なんだ」
もう苦しむ人を見たくなかった。見ているだけなんてことはもうしたくなかった。
命の火が消えていくさまをただ見ているだけなんて……そんなのはもう、経験したくなかった。
「母さん……お願いだ、テイガイアを助けて」
別の世界の、唯一頼れる人に願う。今でも見守ってくれている気がするあの人に。
助けられなかったあの人に。
「テイガイア……テイガイア目を、目を開けてくれ」
息が聞こえない。吐息を感じない。
再び唇を押し付けて——何度も名前を呼んだ。
……相手の瞳が、ゆっくりと開かれていく。
「テイガイア……」
「………………ば、ん、さま」
こんなに近いのに、目が合っているように見えるのに、視線は合っていない気がした。唇から溢れた名前に答えるように。もう一度キスをした。
勇気が出なくて、何度も口付けた場所ではなくて。別の場所へ。
額に、キスをすると、——下から息を呑む音がする。
——その時だった。突然辺りが七色に輝き出し——光に飲み込まれる。突然差し込んだ光の影響だろう、黒い闇達がバラバラと崩れていく。
テイガイアの身体を支えていた触手が途中で千切れ、彼の傷付いた身体が白い光に包まれて治癒されていく。
——まさか、本当に効いたのか?
触手から解き放たれたテイガイアがのし掛かってきて、抱き留めようとするが。育った身体を支えることはできないらしい——相手の体重で押し倒されてしまう。
「いったぁあ……」
「……バン様。」
「て、テイガイア……」
自分の上から自分の呼ぶ声が聞こえて返事をする。
すると、のそりと重たかった身体が起き上がった。相手の顔を見れば傷は消えて——身体も古傷は残っているようだが痣は消えている。
瞳にも光が灯り、輝いて見えてもっともっと美しい。
「良かった。……良かった。助けられた……助け——うわっ!?」
突然——背中に腕が回ってきて強い力に引っ張り上げられる。
暑苦しいくらいの抱擁を受けて驚きで息が止まりそうになった。
「て、テイガイア……?」
「……会いたかったです、バン様」
「あ、あの」
大の大人に擦り寄られて、自分より大きな身体に抱き竦められて何だかいたたまれなくなる。
「……ああ、おかしいと思ったんだ……」
涙に濡れた頰が頬に押し付けられる。熱くて柔らかい感触がこしょばゆい。
「貴方を見た瞬間、逃してはいけないと思った。……自室で貴方と過ごした時間が。輝いて見えた。」
「……あの……テイガイア?」
苦しい……くっ付き過ぎだ。
「貴方への感情が——溢れ出すモノが、抑えられなくて——……」
テイガイアの顔が離れて鼻先を擦り当てられる。蚊の鳴くような小さな声で相手が呟いた。
「貴方を愛しています……バン様」
「え……今なんて」
——吐き出された熱い息が開いた唇を掠める。
え……?
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