上 下
134 / 293
第伍章

131話 冷え切った身体に熱を

しおりを挟む


「兄さんが……? なぜ」
「貴方の近くにヴァントリア様がいると知っているようでした」
「分かった。すぐ行く。……続きは本当の身体でやろうな」

 頭を撫でられてゾワっと鳥肌が立つ。本当の身体って……。今でも気持ちが悪いのに、そんなの、絶対に、嫌だ。

 ゼクシィルは俺から離れるとパチンと指を鳴らしてすぐに衣服を着用して部屋を出て行く。「後処理は任せた」とヒオゥネの頭を撫でてから、霧のように姿を消した。

 ヒオゥネがベッドの傍まで来て、服を正そうと手を伸ばしてくる。その手を払って相手を睨み付ければ相手は無表情で答えた。

「自分でやるからいい」
「随分やられたようですね」

 ヒオゥネはズボンのポケットからハンカチを取り出して、それを俺の下半身の方へ伸ばす。

「や、やめろ——ッ」
「ちゃんと拭ってから履かないとダメですよ」
「自分でやるから触るな——っ」

 ヒオゥネの手首を掴んで止めると相手はすんなり引いた。ハンカチだけ奪い取る——自分で処理をするが、まるでゼクシィルにイかされたと証明されているみたいで情けなくなり涙の量が増す。

「どうして震えているんですか」
「うるさい……」

 どうしてって、この状況で分からないのか。お前が仕組んでおいて。

 睨み付ければ言いたいことが分かったらしい。

「僕にとって貴方は他の世界の人です。責められるような言われはないです。……どうなったって良かった」

 頬を撫でられてビクつく——しかし、冷たい掌でなくて。

 あいつとは真逆の、熱過ぎるくらいの手に、不本意だが安心感を覚えてしまった。

 涙を拭う熱い指先にどくどくと煩いくらい心臓が脈打っている。

「良かったんですけど。……何でかな。追いかけて来てしまいました」
「……え? 追いかけて来たって……」

 何を言ってるんだ? ここに来たのはアゼンヒルトが来たからって。

 また言いたいことが分かったんだろう、——エスパーかお前は——ヒオゥネは困ったように眉を寄せて言った。

「……アゼンヒルト様が来たことは嘘ですよ。あの人なら気配で分かるだろうに、騙される方が悪いんです。博士が暴れているのは本当ですので……まあ何とかしてくれるでしょう」
「……お、お前」

 恐ろしいことを……。

「間に合って良かった」
「間に合ってない……」

 少しも、間に合ってなんかない。未だに残る感触に意識が集中して悪心が起こる。

 ヒオゥネの熱い手が離れてひんやりとした外気に驚いてしまう。

 とたん、ガタガタと身体が震え出し——咄嗟にその手を取ってしまって、ヒオゥネが瞠目する。

「あ、いや、これは……」

 ヒオゥネの熱い手を握っている指が暖かさを求めて離れようとしない。何を考えているのか分からない無表情が居心地悪かったが、向こうから離れようとすることはなくなった。

「死体を相手にするのはそんなに嫌でしたか」

 ……いやだったに決まってる。例えあいつでなくたって。

「……やっぱり俺は間違ってたと思う。お前の言う悪い人って言う昔の俺は、確かに悪いやつだよ。こんなに……怖い思いをさせておいて、助けたなんて言えるもんか」

 もし他の層へ避難していたとしても、トラウマは付いてくる。傷付いた心は癒すことが難しい。

 ゼクシィルが離れたのに俺はずっと怖かった。前世の記憶を思い出してから視線をたまに感じることがあった、見つかってはいけないとどこかで分かっていた気がしていた。

 青い瞳に見つけられた時、どん底に突き落とされたらような感覚に陥ったのは——怖かったからだ。

「アゼン……ゼクシィル、あいつらは、あいつらは俺を……」

 相手が跳ね上がる振動を感じて、自分がヒオゥネの胸に擦り寄っていたことに気が付いた。

 ——自分でも驚いて離れようと思ったが、身体は思うように動いてくれず、熱いくらいの体温に温めて欲しいと言わんばかりに縋り付く。

「…………私が嫌いだったんじゃないんですか」
「大嫌いだ」
「じゃあどうしてくっ付いてくるんですか」

 そんなの……知るか。ゆたんぽ代わりだ。


「……震えが止まりましたね」

 背中に手が回って来て引き寄せられ、さらに身体が密着する。

「…………っ」


 ——熱い。



 熱い……焼けそうなくらい熱い。


 溶けてしまう、奴に凍らされた身体が、熱で溶かされていく。


「怖かったですか?」

 その一言に——感情を堰き止めていた防波堤が決壊して雪崩れ込んでくる。

「…………怖かった、怖くて……おれ……っ」
「すみませんでした。悪いことをしたと思っています。……貴方とゼクシィル様の姿を見てから……自分に対しての怒りが抑えられません」

 ヒオゥネの手が再び頬に触れてゆっくりと顔を上げさせられる。見つめた先の瞳は相変わらず美しかったが、後悔の色が窺える。

「……ヒオゥネは悪くないよ。何しようと勝手だとは言ったけど。具体的に何をしろと言ったわけじゃない。全部あいつが悪いんだ……」

 実験に関してだけはお前は最低最悪野郎だけど。

 目を瞑るとヒオゥネの熱さを感じて身体が温まっていく。脳裏に、比べられるように白く美しい瞳が現れてすぐにかき消える。

「……ありがとう……助けてくれて」

 ボロボロと流れていく涙を、熱い指先が何度も触れてきて優しく拭う。

「……貴方は本当に莫迦な人だ。だからいい人というのは苦手なんです……心を許してはいけないんですよ。そう簡単には」
「許したつもりはない」
「意地っ張りですね……こんなに甘えておいて」

 角度によってはゼクシィルよりも美しい顔が、すぐ傍まで迫る。無意識に逃げようとする身体を熱い手に抑えられて拒めなくなった。

 今の俺には——ゼクシィルの体温と正反対のヒオゥネの熱さが心地良い——不思議だ。心臓は暴れ回っているのに、気持ちが落ち着いていく。

 目尻に唇が寄せられてドキンドキンと胸は早鐘を打ち鳴らす。

「…………僕に心を許してはダメです」
「……ヒオゥネ」

 熱い……熱い。


 身体が熱い、離れないで。ヒオゥネが触れていないと——あいつの冷たさを思い出す。


「くち……」
「口……?」


 口の中、冷たい。


 熱いのが。熱いのが……熱いのが。



「ヒオゥネ、キス……」


「え……」

「おねがい……キス、して」

 かああっとヒオゥネの顔が真っ赤に染まり上がる。それを見て——自分が何を言ったのか冷静に考えてみることにした。

 ——自分の言葉を思考で反芻してから、かああっと、自分の顔に熱が集中するのを感じた。

「い! 今のなし……!」
「——ダメです」

 すぐにヒオゥネの唇が寄せられ——畏怖を抱く——逃げようとしたが、頬に残る熱い手に引き寄せられて拒絶をやめた。

 予想通り、火傷しそうなくらいの熱い唇が唇の上へ降りてくる。

 あつい。溶ける。


 溶かして欲しい。忘れさせて欲しい。


 溶けてしまいたい。


 口の中。

 くちのなか、火傷したい。


 口を開けて相手が来るのを待っていると、頰にあった指が耳を挟んできたことを合図に、待ちに待った熱さが与えられる。

 肉厚の舌で猫舌が反応してビクついたが、熱さを求めて自ら擦り付けてしまう。互いの溢れる涎も——吐息も、これでもかと言うほど熱が上がっていく。

「ん……ふぁ」

 歯列をなぞられてくすぐったくて思わず離れようとしたが、相手は追い掛けてきて熱を与えてくれた。

 冷え切っていた筈の身体が汗ばむ。熱くて熱くて、冷たさよりも怖い。おかしくなりそうなキスから逃げるように背中を倒す。

 すると、追い掛けてくる唇に押し倒されて。指先がそっと手を伝って、指を絡め取られ、ビンビンに熱い刺激を求めて、自分の指でぎゅっと引き寄せて掌もくっつけさせる。


 ベッドに組み敷かれている状態で——口の中はもうドロドロに溶けそうなくらい熱いから——まだ冷たいままのところを溶かして欲しいと思った。


 重ねられた手を引っ張って、中途半端に閉じていたズボンの中に導く。熱い手がヘソの下に触れた途端にそこは怖がってガチゴチに固まったけれど。


 氷の手ではなくて。熱湯のような掌に触れてぼうっと火を付けられたように熱くなっていく。

「……ヴァ、ン、トリア……さま」

 口の中の熱が離れて、戸惑ったような声が降ってくる。

 勿体無かったけれど反対の手を押し退けて、相手の後頭部に手を回して元の位置に戻した。

 口周りが再び熱くなる——入りたい。中に入りたい。熱い中に飛び込みたい。きっともっと、溶かしてくれる。

「ん……んん、ん……」

 舌を入れたら蕩けるような熱気が押し寄せてきた。どこへ行っても熱い、気持ちいい。気持ちいい。好きだ、これ、めちゃめちゃ好きだ。


 溶ける……蕩ける、可笑しくなる。もっと。もっと欲しい。

 熱い掌にズボンの中の凍り付いたそれを押し付けて——握り込ませると、相手はやがて熱を与えるべく、その掌で包み込んで擦り込んでくれる。

「あっ、……ん、ん……っ、ゃ、あぅっ」
「……はぁ、は、ヴァントリア……さま」
「ひ、ヒオゥネ……、ヒオゥネ」

 ヒオゥネ、もっと。


 足りない。もっと、熱くして。


 溶かして。


 身体がまだ凍ってる。その手で熱くして。身体で——もっと。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

R18の乙女ゲーに男として転生したら攻略者たちに好かれてしまいました

やの有麻
BL
モブとして生まれた八乙女薫風。高校1年生。 実は前世の記憶がある。それは自分が女で、25の時に嫌がらせで階段から落とされ死亡。そして今に至る。 ここはR18指定の乙女ゲーム『愛は突然に~華やかな学園で愛を育む~』の世界に転生してしまった。 男だし、モブキャラだし、・・・関係ないよね? それなのに次々と求愛されるのは何故!? もう一度言います。 私は男です!前世は女だったが今は男です! 独身貴族を希望!静かに平和に暮らしたいので全力で拒否します! でも拒否しても付きまとわれるのは何故・・・? ※知識もなく自分勝手に書いた物ですので何も考えずに読んで頂けると幸いです。 ※高校に入るとR18部分が多くなります。基本、攻めは肉食で強行手段が多いです。ですが相手によってラブ甘? 人それぞれですが感じ方が違うため、無理矢理、レイプだと感じる人もいるかもしれません。苦手な方は回れ右してください! ※閑話休題は全て他視点のお話です。読んでも読まなくても話は繋がりますが、読むとより話が楽しめる内容を記載しております。 エロは☆、過激は注)、題名に付けます。 2017.12.7現在、HOTランク10位になりました。有難うございます。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

隣国王子に快楽堕ちさせれた悪役令息はこの俺です

栄円ろく
BL
日本人として生を受けたが、とある事故で某乙女ゲームの悪役令息に転生した俺は、全く身に覚えのない罪で、この国の王子であるルイズ様に学園追放を言い渡された。 原作通りなら俺はこの後辺境の地で幽閉されるのだが、なぜかそこに親交留学していた隣国の王子、リアが現れて!? イケメン王子から与えられる溺愛と快楽に今日も俺は抗えない。 ※後編がエロです

断罪フラグを回避したらヒロインの攻略対象者である自分の兄に監禁されました。

BL
あるきっかけで前世の記憶を思い出し、ここが『王宮ラビンス ~冷酷王の熱い眼差しに晒されて』という乙女ゲームの中だと気付く。そのうえ自分がまさかのゲームの中の悪役で、しかも悪役は悪役でもゲームの序盤で死亡予定の超脇役。近いうちに腹違いの兄王に処刑されるという断罪フラグを回避するため兄王の目に入らないよう接触を避け、目立たないようにしてきたのに、断罪フラグを回避できたと思ったら兄王にまさかの監禁されました。 『オーディ… こうして兄を翻弄させるとは、一体どこでそんな技を覚えてきた?』 「ま、待って!待ってください兄上…ッ この鎖は何ですか!?」 ジャラリと音が鳴る足元。どうしてですかね… なんで起きたら足首に鎖が繋いでるんでしょうかッ!? 『ああ、よく似合ってる… 愛しいオーディ…。もう二度と離さない』 すみません。もの凄く別の意味で身の危険を感じるんですが!蕩けるような熱を持った眼差しを向けてくる兄上。…ちょっと待ってください!今の僕、7歳!あなた10歳以上も離れてる兄ですよね…ッ!?しかも同性ですよね!?ショタ?ショタなんですかこの国の王様は!?僕の兄上は!??そもそも、あなたのお相手のヒロインは違うでしょう!?Σちょ、どこ触ってるんですか!? ゲームの展開と誤差が出始め、やがて国に犯罪の合法化の案を検討し始めた兄王に…。さらにはゲームの裏設定!?なんですか、それ!?国の未来と自分の身の貞操を守るために隙を見て逃げ出した――。

転生幼女の愛され公爵令嬢

meimei
恋愛
地球日本国2005年生まれの女子高生だったはずの咲良(サクラ)は目が覚めたら3歳幼女だった。どうやら昨日転んで頭をぶつけて一気に 前世を思い出したらしい…。 愛されチートと加護、神獣 逆ハーレムと願望をすべて詰め込んだ作品に… (*ノω・*)テヘ なにぶん初めての素人作品なのでゆるーく読んで頂けたらありがたいです! 幼女からスタートなので逆ハーレムは先がながいです… 一応R15指定にしました(;・∀・) 注意: これは作者の妄想により書かれた すべてフィクションのお話です! 物や人、動物、植物、全てが妄想による産物なので宜しくお願いしますm(_ _)m また誤字脱字もゆるく流して頂けるとありがたいですm(_ _)m エール&いいね♡ありがとうございます!! とても嬉しく励みになります!! 投票ありがとうございました!!(*^^*)

【完結】ハードな甘とろ調教でイチャラブ洗脳されたいから悪役貴族にはなりたくないが勇者と戦おうと思う

R-13
BL
甘S令息×流され貴族が織りなす 結構ハードなラブコメディ&痛快逆転劇 2度目の人生、異世界転生。 そこは生前自分が読んでいた物語の世界。 しかし自分の配役は悪役令息で? それでもめげずに真面目に生きて35歳。 せっかく民に慕われる立派な伯爵になったのに。 気付けば自分が侯爵家三男を監禁して洗脳していると思われかねない状況に! このままじゃ物語通りになってしまう! 早くこいつを家に帰さないと! しかし彼は帰るどころか屋敷に居着いてしまって。 「シャルル様は僕に虐められることだけ考えてたら良いんだよ?」 帰るどころか毎晩毎晩誘惑してくる三男。 エロ耐性が無さ過ぎて断るどころかどハマりする伯爵。 逆に毎日甘々に調教されてどんどん大好き洗脳されていく。 このままじゃ真面目に生きているのに、悪役貴族として討伐される運命が待っているが、大好きな三男は渡せないから仕方なく勇者と戦おうと思う。 これはそんな流され系主人公が運命と戦う物語。 「アルフィ、ずっとここに居てくれ」 「うん!そんなこと言ってくれると凄く嬉しいけど、出来たら2人きりで言って欲しかったし酒の勢いで言われるのも癪だしそもそも急だし昨日までと言ってること真逆だしそもそもなんでちょっと泣きそうなのかわかんないし手握ってなくても逃げないしてかもう泣いてるし怖いんだけど大丈夫?」 媚薬、緊縛、露出、催眠、時間停止などなど。 徐々に怪しげな薬や、秘密な魔道具、エロいことに特化した魔法なども出てきます。基本的に激しく痛みを伴うプレイはなく、快楽系の甘やかし調教や、羞恥系のプレイがメインです。 全8章128話、11月27日に完結します。 なおエロ描写がある話には♡を付けています。 ※ややハードな内容のプレイもございます。誤って見てしまった方は、すぐに1〜2杯の牛乳または水、あるいは生卵を飲んで、かかりつけ医にご相談する前に落ち着いて下さい。 感想やご指摘、叱咤激励、有給休暇等貰えると嬉しいです!ノシ

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

処理中です...