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第伍章

131話 冷え切った身体に熱を

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「兄さんが……? なぜ」
「貴方の近くにヴァントリア様がいると知っているようでした」
「分かった。すぐ行く。……続きは本当の身体でやろうな」

 頭を撫でられてゾワっと鳥肌が立つ。本当の身体って……。今でも気持ちが悪いのに、そんなの、絶対に、嫌だ。

 ゼクシィルは俺から離れるとパチンと指を鳴らしてすぐに衣服を着用して部屋を出て行く。「後処理は任せた」とヒオゥネの頭を撫でてから、霧のように姿を消した。

 ヒオゥネがベッドの傍まで来て、服を正そうと手を伸ばしてくる。その手を払って相手を睨み付ければ相手は無表情で答えた。

「自分でやるからいい」
「随分やられたようですね」

 ヒオゥネはズボンのポケットからハンカチを取り出して、それを俺の下半身の方へ伸ばす。

「や、やめろ——ッ」
「ちゃんと拭ってから履かないとダメですよ」
「自分でやるから触るな——っ」

 ヒオゥネの手首を掴んで止めると相手はすんなり引いた。ハンカチだけ奪い取る——自分で処理をするが、まるでゼクシィルにイかされたと証明されているみたいで情けなくなり涙の量が増す。

「どうして震えているんですか」
「うるさい……」

 どうしてって、この状況で分からないのか。お前が仕組んでおいて。

 睨み付ければ言いたいことが分かったらしい。

「僕にとって貴方は他の世界の人です。責められるような言われはないです。……どうなったって良かった」

 頬を撫でられてビクつく——しかし、冷たい掌でなくて。

 あいつとは真逆の、熱過ぎるくらいの手に、不本意だが安心感を覚えてしまった。

 涙を拭う熱い指先にどくどくと煩いくらい心臓が脈打っている。

「良かったんですけど。……何でかな。追いかけて来てしまいました」
「……え? 追いかけて来たって……」

 何を言ってるんだ? ここに来たのはアゼンヒルトが来たからって。

 また言いたいことが分かったんだろう、——エスパーかお前は——ヒオゥネは困ったように眉を寄せて言った。

「……アゼンヒルト様が来たことは嘘ですよ。あの人なら気配で分かるだろうに、騙される方が悪いんです。博士が暴れているのは本当ですので……まあ何とかしてくれるでしょう」
「……お、お前」

 恐ろしいことを……。

「間に合って良かった」
「間に合ってない……」

 少しも、間に合ってなんかない。未だに残る感触に意識が集中して悪心が起こる。

 ヒオゥネの熱い手が離れてひんやりとした外気に驚いてしまう。

 とたん、ガタガタと身体が震え出し——咄嗟にその手を取ってしまって、ヒオゥネが瞠目する。

「あ、いや、これは……」

 ヒオゥネの熱い手を握っている指が暖かさを求めて離れようとしない。何を考えているのか分からない無表情が居心地悪かったが、向こうから離れようとすることはなくなった。

「死体を相手にするのはそんなに嫌でしたか」

 ……いやだったに決まってる。例えあいつでなくたって。

「……やっぱり俺は間違ってたと思う。お前の言う悪い人って言う昔の俺は、確かに悪いやつだよ。こんなに……怖い思いをさせておいて、助けたなんて言えるもんか」

 もし他の層へ避難していたとしても、トラウマは付いてくる。傷付いた心は癒すことが難しい。

 ゼクシィルが離れたのに俺はずっと怖かった。前世の記憶を思い出してから視線をたまに感じることがあった、見つかってはいけないとどこかで分かっていた気がしていた。

 青い瞳に見つけられた時、どん底に突き落とされたらような感覚に陥ったのは——怖かったからだ。

「アゼン……ゼクシィル、あいつらは、あいつらは俺を……」

 相手が跳ね上がる振動を感じて、自分がヒオゥネの胸に擦り寄っていたことに気が付いた。

 ——自分でも驚いて離れようと思ったが、身体は思うように動いてくれず、熱いくらいの体温に温めて欲しいと言わんばかりに縋り付く。

「…………私が嫌いだったんじゃないんですか」
「大嫌いだ」
「じゃあどうしてくっ付いてくるんですか」

 そんなの……知るか。ゆたんぽ代わりだ。


「……震えが止まりましたね」

 背中に手が回って来て引き寄せられ、さらに身体が密着する。

「…………っ」


 ——熱い。



 熱い……焼けそうなくらい熱い。


 溶けてしまう、奴に凍らされた身体が、熱で溶かされていく。


「怖かったですか?」

 その一言に——感情を堰き止めていた防波堤が決壊して雪崩れ込んでくる。

「…………怖かった、怖くて……おれ……っ」
「すみませんでした。悪いことをしたと思っています。……貴方とゼクシィル様の姿を見てから……自分に対しての怒りが抑えられません」

 ヒオゥネの手が再び頬に触れてゆっくりと顔を上げさせられる。見つめた先の瞳は相変わらず美しかったが、後悔の色が窺える。

「……ヒオゥネは悪くないよ。何しようと勝手だとは言ったけど。具体的に何をしろと言ったわけじゃない。全部あいつが悪いんだ……」

 実験に関してだけはお前は最低最悪野郎だけど。

 目を瞑るとヒオゥネの熱さを感じて身体が温まっていく。脳裏に、比べられるように白く美しい瞳が現れてすぐにかき消える。

「……ありがとう……助けてくれて」

 ボロボロと流れていく涙を、熱い指先が何度も触れてきて優しく拭う。

「……貴方は本当に莫迦な人だ。だからいい人というのは苦手なんです……心を許してはいけないんですよ。そう簡単には」
「許したつもりはない」
「意地っ張りですね……こんなに甘えておいて」

 角度によってはゼクシィルよりも美しい顔が、すぐ傍まで迫る。無意識に逃げようとする身体を熱い手に抑えられて拒めなくなった。

 今の俺には——ゼクシィルの体温と正反対のヒオゥネの熱さが心地良い——不思議だ。心臓は暴れ回っているのに、気持ちが落ち着いていく。

 目尻に唇が寄せられてドキンドキンと胸は早鐘を打ち鳴らす。

「…………僕に心を許してはダメです」
「……ヒオゥネ」

 熱い……熱い。


 身体が熱い、離れないで。ヒオゥネが触れていないと——あいつの冷たさを思い出す。


「くち……」
「口……?」


 口の中、冷たい。


 熱いのが。熱いのが……熱いのが。



「ヒオゥネ、キス……」


「え……」

「おねがい……キス、して」

 かああっとヒオゥネの顔が真っ赤に染まり上がる。それを見て——自分が何を言ったのか冷静に考えてみることにした。

 ——自分の言葉を思考で反芻してから、かああっと、自分の顔に熱が集中するのを感じた。

「い! 今のなし……!」
「——ダメです」

 すぐにヒオゥネの唇が寄せられ——畏怖を抱く——逃げようとしたが、頬に残る熱い手に引き寄せられて拒絶をやめた。

 予想通り、火傷しそうなくらいの熱い唇が唇の上へ降りてくる。

 あつい。溶ける。


 溶かして欲しい。忘れさせて欲しい。


 溶けてしまいたい。


 口の中。

 くちのなか、火傷したい。


 口を開けて相手が来るのを待っていると、頰にあった指が耳を挟んできたことを合図に、待ちに待った熱さが与えられる。

 肉厚の舌で猫舌が反応してビクついたが、熱さを求めて自ら擦り付けてしまう。互いの溢れる涎も——吐息も、これでもかと言うほど熱が上がっていく。

「ん……ふぁ」

 歯列をなぞられてくすぐったくて思わず離れようとしたが、相手は追い掛けてきて熱を与えてくれた。

 冷え切っていた筈の身体が汗ばむ。熱くて熱くて、冷たさよりも怖い。おかしくなりそうなキスから逃げるように背中を倒す。

 すると、追い掛けてくる唇に押し倒されて。指先がそっと手を伝って、指を絡め取られ、ビンビンに熱い刺激を求めて、自分の指でぎゅっと引き寄せて掌もくっつけさせる。


 ベッドに組み敷かれている状態で——口の中はもうドロドロに溶けそうなくらい熱いから——まだ冷たいままのところを溶かして欲しいと思った。


 重ねられた手を引っ張って、中途半端に閉じていたズボンの中に導く。熱い手がヘソの下に触れた途端にそこは怖がってガチゴチに固まったけれど。


 氷の手ではなくて。熱湯のような掌に触れてぼうっと火を付けられたように熱くなっていく。

「……ヴァ、ン、トリア……さま」

 口の中の熱が離れて、戸惑ったような声が降ってくる。

 勿体無かったけれど反対の手を押し退けて、相手の後頭部に手を回して元の位置に戻した。

 口周りが再び熱くなる——入りたい。中に入りたい。熱い中に飛び込みたい。きっともっと、溶かしてくれる。

「ん……んん、ん……」

 舌を入れたら蕩けるような熱気が押し寄せてきた。どこへ行っても熱い、気持ちいい。気持ちいい。好きだ、これ、めちゃめちゃ好きだ。


 溶ける……蕩ける、可笑しくなる。もっと。もっと欲しい。

 熱い掌にズボンの中の凍り付いたそれを押し付けて——握り込ませると、相手はやがて熱を与えるべく、その掌で包み込んで擦り込んでくれる。

「あっ、……ん、ん……っ、ゃ、あぅっ」
「……はぁ、は、ヴァントリア……さま」
「ひ、ヒオゥネ……、ヒオゥネ」

 ヒオゥネ、もっと。


 足りない。もっと、熱くして。


 溶かして。


 身体がまだ凍ってる。その手で熱くして。身体で——もっと。






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