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第伍章
124話 あの方が来るまで
しおりを挟むやってきたのは第44層の実験場だった。ジノの実験されていた開けた南端の実験場ではなく、その4分の1にも満たない程の空間だ。
壁一枚を隔てた奥の部屋を、ガラス越しに向こう側が見ることができた。映画でよく見る取調室みたいだ。
博士はさっそく白衣を羽織り、ヒオゥネも白衣を羽織る。……黒の白衣じゃないから変に違和感を感じる。まあ彼の姿がラルフに見えているなら白の白衣を着るしかないか。
黒い手袋も付ける様子はない。その存在も博士の記憶からは消されているのかもしれないな。
「それでは。バン様はここで待っていてください」
博士は取調室(と呼んでおく)に入っていく。ヒオゥネは入らないらしい。
取調室内の真っ白の壁に青白い光が走り、真四角の黒い線が描かれる。シュッと音を立てて横にスライドして奥の空間を晒した。
白い服を着た三人分の人影が現れた。そのうち二人は見廻り服を着ていた。彼等に連れられて、枷をつけられた少年がやってくる。今より幼いが、その姿には見覚えがあった。
「イルエラ……」
イルエラから目隠しが外され、彼の瞳がゆっくりと開かれていく。イルエラは博士を発見すると、少しだけ表情を明るくした気がした。重そうな口枷も付けたままで表情もよく見えないが、どうしてかそう感じたのだ。
博士は優しい顔を浮かべてイルエラと話している。話すと言っても一方的に最近何があっただの、何の実験をしただのと彼が話しているだけだ。
実験に関してのことになるとさらに饒舌になる。楽しそうで見ているこちらも楽しくなる気がした。しかし。
『博士——そろそろ始めなくては』
「あ、ああ、そうだったな」
ヒオゥネのマイクへ向けた一声で博士は我に返ったように狼狽した。イルエラの瞳は仕方がないと言っている気がしてならない。博士はイルエラを椅子に拘束してから、こちら側の部屋へ戻ってきて俺の傍までやってくる。
「見ない方がいいのでは? 休憩室に案内しましょうか」
「見るよ。見なきゃならないんだ」
心配そうな顔で見つめてきたので笑い掛けると、さらに心配そうにされてしまった。
ヒオゥネが報告を記録した後、台の上に設置されたさまざまな種類のあるボタンを押していく。全てが白く、区別がつかないが。表面には模様が彫られているようだ、これで判断しているらしい。
向こう側の天井の隅の穴から、室内に黒い霧が噴出され満たされていく。
黒い砂が舞うようにどんどんイルエラへ纏わり付いていった。口枷で叫び声を上げることもできず、拘束されたクサリを激しく打ち鳴らすことしかできない。
「…………っ」
もし今、この世界に干渉したって記憶に残るだけ。ここは現実世界の過去じゃない。過去の記憶の世界なんだ。博士の手が伸びてきて俺の目尻にそっと触れる。濡れた感触がして相手の顔を見上げれば、相手は苦しそうな表情をしていた。じっと見つめられて、見つめ返していると博士は呟くように言った。
「やはり見ない方が……貴方は優しい方です。辛いんでしょう?」
「さんざん甘やかして貰ったんだ。もう甘えられないよ」
それにきっとイルエラは、お前に救われていたんだと思うんだ。
目の前の光景を見ていると頭痛がするけれど、そう考えたら少し楽になる気がした。
叫び声の代わりに金属のぶつかり合う音がけたたましく鳴り響く。博士は柳眉を寄せてヒオゥネに言った。
「ラルフ君、もういいのでは?」
「まだですよ。呪いは吹き掛けられているだけで吸収はされていません。この濃度では頭に植えたセルモクトルも反応しないようですね。もしくは許容量を超えて機能が果たせなくなったか。やはりマデウロボスのホウククォーツに追い付けるレベルのモノはないようです。イグソモルタイトは許容量はありますが吸収力が弱い、何かを媒体にすればあるいは——」
「ラルフ君。吸収できないのなら止めるべきだ。他の方法で——」
「はあ。博士。貴方はいい人過ぎます。貴方のような人がなぜ人体実験などしているんですか?」
——何を他人事のように。お前が博士の記憶を消して裏で操ってるんじゃないか!
「ラルフ、やめてくれ」
「そうですね。今日は時間がありませんし。ここまでにしておきますか」
時間?
ヒオゥネは装置を止め、録音ボタンを押してマイクへ報告をする。
その後、ぐったりとなったイルエラを引きずるようにして男達が奥の部屋へと消えていった。
「……バン様」
突然頰を触られてビクつくと、睫毛が触れそうな距離まで顔を寄せてくる。
「な、何」
「やはり休憩室に行かれた方がいいのでは?」
心配してくれてるのか、お前の方が辛そうな顔をしているのに。辛いならどうして実験を続けているんだろう。
「ダメですよ。ヴァントリア様には今から手伝って貰うんですから」
「な、何を言っているんだラルフく——うっ」
ヒオゥネの手が博士の首を絞め上げ、彼の身体を吊るし上げる。片腕で大人を持ち上げられるって——どんな怪力だよ。
「お、おい——ヒオ、ら、ラルフ!」
とめようとするがビクともしない。
ヒオゥネの手に抵抗していた博士の腕がやがて、だらりとぶら下がり、博士の瞳も閉じてしまった。ヒオゥネは博士を軽々と横抱きにして扉へ向かう。
「着いてきてください」
止める力もなく、博士を放っておくわけにもいかず、バランスの悪いお姫様抱っこをしているヒオゥネの後をついて行く。そこはまたもやジノの実験場とは違い、随分とこじんまりとした部屋だった。
そして、中央に設置された拘束具の付いた椅子は、ジノの時よりも丈夫そうだった。
「ヒ、ヒオゥネ……」
博士を椅子に座らせるヒオゥネの袖を引く。反応はない、博士を拘束することに集中しているようだった。
何をする気だ、いや、なんとなくわかる。俺に付いて来ることを提案したのは、博士の実験を見せるためだろう。
ヒオゥネの腕を掴んでいっぱいに引いて止めようとするが、引いても押しても無駄だった。俺の力じゃ止められない。
大人を一人を片手で持ち上げられるくらいの怪力野郎だ。これもウォルズのように、王族の血によって強化された戦闘能力を兼ね備えているからなんだろうか。俺も王族なのに……なぜ強化してくれない。
「ヒオゥネ、何をする気なんだ、俺に手伝わせるって言ってたな、そ、そんなことしない、絶対に……」
今でも博士の叫び声は耳にこびり付いている。苦しみ悶える様子も覚えているんだ、なのにそれを、手伝えだって?
「見て貰うだけです。博士が意識を戻した時、貴方が目の前で泣いていたら彼はもっと自分を嫌いになり、自らに呪いを掛けようとするでしょう」
「……な、なんだと」
博士の拘束を終えた手に手首を掴まれ、「僕一人じゃ実験は上手く行きそうにないですね」なんて呟く。
「あの方が来るまで貴方の身体でも調べておきましょう」
抵抗しようと、もう一方の手を飛ばしたが、あっさりと手首を掴まれてしまう。距離を徐々に近づけて来るヒオゥネから逃れるように後ろへ下がれば、壁に到達して逃げ場がなくなってしまう。
「な、何する気だ……」
「自分の最も愛している人が……もし目の前で他の誰かに犯されていたら……」
「い、一体何を言って……」
くつくつと楽しそうに肩が震える。この時ほどヒオゥネの無表情の顔が恐ろしいと思ったことはない。
「……目の前でいやらしく乱れる貴方を見て博士はどんな反応をするんでしょう。貴方が嫌がれば嫌がるほど博士は自分を嫌い、自らに呪いを掛けます。」
「や、やめろ……離せッ」
両手首を合わせて片手で掴み上げられる。頰に指先が触れてきてぞくりと鳥肌が立った。
「や、嫌だ……ヒオゥネ……」
くつくつと肩が揺れる、頰から首筋へ……下へ下へと流れる指先がズボンのベルトを外していく。
抵抗しようしとしたが、膝は笑い、腰が抜けて全身に力が入らない。太ももの間に差し込まれたヒオゥネの太ももに支えられてなんとか立っている状態だった。
胃のあたりが冷えていく感覚があった——……身体がピクリとも動かない、動かそうとしても動いてくれない。
「ヒオゥ……」
——するりと腹の上を撫でてズボンの中にヒオゥネの手が滑り込もうとした時だった。
目をぎゅっと瞑ってその光景を見ることを拒絶したが、彼の手はその位置から動くことはない。そして、何より。
——突然全身から汗が吹き出し、身体の熱が急激に冷めていく感覚があった。
この感じは、アゼンと会う時と似ていた。
目を瞑ってたのに、青い瞳に見つめられている感覚がする。
でも、なんでだろう。確信できる。
似ているだけで、この感じはアゼンじゃない。
この、この感じは――アゼンヒルトじゃなくて。
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