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第伍章

112話 14歳でも腹が立つ

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 高い本棚の並ぶフロアが148階まであると設定されている。

 ゲームで見たときは本好きじゃない俺でも行ってみたいと思えるくらい凄い舞台だった。こんな空間が現実にあったら本好きにはたまらないんだろうなぁと感心したものだ。

 現に、あの圧倒的な空間を目の前にして、鳥肌が立っている。どこを見ても本棚にビッシリと分厚い本が並ぶ様は壮観だった。

 また、フロアのごとの吹き抜けの壁に電灯が設置され、交差して模様を描き降り注ぐ光は、まるでアートのようで美しい。

 もちろん本も本棚も建物の装飾も、受付嬢の服も利用者の服も全て真っ白だ。白くないのは人間くらいか。

「すっげー……」

 あ、しまった、声を出してしまった――と思ったが、突然人が現れても驚かないくらいの混雑の仕方だったから、特に大事にはならなかった。

 ただ、熱気がすごい上に、ぶつかられたり押しのけられたり、引っ張られたりと、もみくちゃ状態だ。

 上のフロアに行くほど人が少ないようだし、上に避難しよう。脱出が得意なヴァントリア様の華麗なる人混みの隙間するりん技術で通り抜けていく。

 しかし同時に運の悪さも遺憾なく発揮され、おばさんのお尻に吹っ飛ばされたり見るからにお婆ちゃんと言った婦人の茶髪の鬘を掴んで返す暇もなく持ってきてしまったり。掴んだのはわざとじゃない、転びそうになって手を伸ばしたら掴んでしまっていただけで故意ではない。決して。

 その次は——……この熱気だ、暑くて脱いだんだろう。手に持っていた上着が人の波に引っ張られて目の前の男性が落としそうになる。

 咄嗟に拾ったが、持ち主はもういなくなっている。

 持ち主も俺も流されてしまって返せなくなったり、大男の身体が壁のように立ちはだかったりしたが、やはり脱出には優れているのか——目的の上のフロアに行く階段まで行き着いてしまった。

 今度は上に登る人の流れに乗ってしまう。そうして人型エスカレーターで流れ着いたのは21階だった。

 どっと疲れて床に崩れ落ちる。両足だけじゃ足りない、両手で身体を支えないとしんどい。

 それから机と椅子を求めて彷徨えば——広過ぎて迷ってしまった。

 絶対こんなところに椅子と机なんかないよな。相当奥の方にきてしまったみたいだし。あの混みようじゃ受付に落し物を届けることもできない。まあ、落としたんじゃなくて剥ぎ取ってしまったんだけど……。

 確かゲームでもこの図書館に調べ物に行ったウォルズやキャラ達が、情報と一緒に落し物のザコアイテムを手に入れていた。

 売ってもお金は手に入らないアイテムや、1円とか2円とかお金が僅かしか手に入らないアイテムが殆どだったが、極たまに超レアアイテムが出たり、逆に図書館でしか手に入れることの出来ないアイテムなんかもあったりした。

 ……そうは言ってもそれはゲームの世界だ。持って帰ることなんかできないな。売りに出すようなこともできない……。

 しかしあの受付に突っ込む勇気もない……勇気を出しても無理な気がしないでもない。

 もしかしたら目的の場所へ勝手に着いちゃう俺のはちゃめちゃな運命を使えば受付に行けるのか。……いや、脱出の時しか使えないんだなこれが。

 はぁ、長い茶髪の鬘と男性のコートなんて、持ってたってなぁ。これどうやって返せばいいんだ。あんな人混みから探し出すことも不可能に近い。

 それに落とし物をしても態々取りに来るのか、この図書館に。

 まあ受付に行かないと本が借りられないんだから皆並ぶんだろうけど。

 それにしたって、すごい人の量だったな。前世の記憶でもそうそうないぞ。

 ……だが引きこもりには辛い。マナーは悪いが人もいないし、取り敢えず床で休もう。

 ふへーとリラックスし過ぎなくらいに地面に身体を預ける。背凭れとして本棚に寄りかかっているが、意外と心地いいかも。何より床はカーペットタイルだ。

 ほへーと休んでいたら、背後から物音がして慌てて立ち上がる。今までの姿は人に見られてはいけない気がする。



「——ほら、ここだろ」



 ——ん? 男の声?



「——あっ、だ、だめよ」

 ん——……んん、ん? この感じ、ヤバくないか。


 だがしかし興味を持たない筈がない、そろりそろりそろぉりと声のする方へ移動する。

 どきどきわくわく。っとしながら、本棚から半分顔を出して覗き込む。

 すると、男の方の声に聞き覚えがあることに気がついた。

 幼さがあったので気付かなかったが——その人物を視界に入れた途端、思考が停止して口はあんぐりと開けたまんま閉じられなくなってしまう。

 想像していたより背が低く、そしてそんな姿からは想像も付かない悪い顔——血のような真っ赤な髪を揺らして女性と腰をすり合わせ——

「————ッほギャああッ!?」

 ——変な悲鳴が己の口から出て行って咄嗟に隠れる。女性の方の声が焦ったように震えた。

「だ、誰かいるの?」
「——……どうだっていい。余計なことで止めるな」

 や、やっぱり見間違いじゃない、この腹立つ感じ……

「見られて困るのはアンタでしょう!?」

 女性がヒステリックな声を上げ——その後すぐに呻き声がしんとした室内に響いた。人っ子一人いない空間でドサリと地面に何か落ちる音がする。

「俺をアンタ呼ばわりとは……愚かだな」

 女の声は答えない、だが、バリッと服を破く音が聞こえて——さっと血の気が引いていく。恐らく気を失ったであろう相手に対し、まだ何かするつもりなのか。

 ——止めなきゃ、止めないと!

 その前に、何か変装できるものはないのか、図書館にそんなもの存在する筈がな——……そこまで考えて、未だ手に持っていたモノを見る。

 成る程、この為の伏線だったか。

 ——なんて、変に納得して謝罪をしつつお借りする。

 それに記憶の世界だ、現実では盗っていないよ。

 なぜ変装する必要があるのか——知らない奴なら素直に止めに入れる。もし知り合いでも冷静になれず飛び出していただろう。だが。



 相手は——真っ赤な髪と、真っ赤な瞳の大嫌いな相手。


 見た目は14歳くらいか、ああ、博士の中学時代の姿を見て中学生なら未だ可愛いんじゃないかと期待した俺が莫迦だった。



 早く止めなくては、記憶といえど女性が酷い目に合わされてしまう。


 14歳のヴァントリア・オルテイルの手によって。


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