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第伍章

111話 ノス・イクエア

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 意識を失って目を覚ませば、背景の分からない、よりぼんやりとした世界だった。

「どうして邪魔するんだッ!?」

「俺達がここで干渉すればヒオゥネ・ハイオン・ウロボスにも記憶が残るだろう。奴は呪いの扱いに長けている。俺達程では無くとも、呪いを自らに掛けて操る術を手に入れている。そんな奴が過去に干渉出来ることを知ればどうなるか理解出来るな? 奴なら上手く扱いそうではあるが大事になることに変わりない」

 後のことなんか何も考えてなかった。なのに子供みたいに駄々をこねて責めるようなことを言ったしまった。

「……ごめん」

 ……彼の言い分だと、ヒオゥネのいる前では博士に警告出来ないと言うことか。

「それから……」
「ん?」

 アゼンは言いにくそうに口を閉じて静かに目を瞑った。悩み方も綺麗だな。

「……もう一度同じ記憶へ行ってもいいか」
「まさか、博士を助けられるのか!?」

 顔を近付けるとそっぽを向かれる。あ、しまったまたやってしまった。

「助けはしないが、少し気になることがあってな」
「そ、そう」

 変に期待してがっくしと肩を落とす。アゼンには失礼だったか。

 アゼンの周りの呪いが量を増し、タコのように広がって俺達を飲み込む。意識が飛ぶことは無かったが、妙な浮遊感と圧迫感で酔ったように気分が悪くなる。

 眩い光が隙間から射し込めば——呪いは持ち主の元へ返るみたいに一瞬にしてアゼンの中に入っていった。

 彼の白い庭に出て、急いで博士の部屋へ向かう。博士はもう既に椅子に拘束されており、彼の父親に注射針で薬物を投与されていた。針穴が膨れ、血を吹き出しながらぶくぶくと波打つ。変色し濁った皮膚下でぐちゃぐちゃと混ぜられるような音がする。

「あああああああうあああああああああああああアアアァァァあああああああああ、ああああああぁあ————ッ」

 この動き——ラルフの腕から触手が生えた時と同じだ、中で暴れているのか。

 博士の目尻から涙がつーっと流れ落ちる。充血した目を溢れんばかりに見開いて、頭を乱暴に振り回す。

 知らず知らずのうちに目を背けてしまいそうになる。黒い帯のようなものが頬を撫でていく。なんだ?

 アゼン?

 振り返ると頬を指差される。自分で触ってみてやっと気が付いた、また泣いてしまっていたのか。

 自分が情けなくて恥ずかしくなっていると。手招きされたので、涙を拭ってからアゼンの傍に寄ってしゃがみ込む。すると後頭部に手を伸ばされ導かれるまま彼の肩に額をくっ付けた。

 また甘えていいと言いたいんだろうな。ちょっとだけこのままでいよう。博士の声を聞いていると身体を支えられる気がしないから。

 しばらくするとギィ、と扉が開きヒオゥネがやってきた。博士の父親がヒオゥネに深々と頭を下げる。

 ——なんで、と思ってから、ああそうだった、ウロボスの長なんだっけと思う。でも、博士の父親が知っているとは思えないな……彼はオルテイル派の筈だし。

「ヒオゥネ様、なぜ屋敷に……」
「暴れたと聞きました。大人数に見られたそうじゃないですか、僕はその後処理をしに来ました。避難と称して一箇所に集めて……半分は実験台、半分は助手です。なんの素質もないので僕は全員要らなかったんですけど、皆さんが欲しいと仰いましたから」
「ああ、彼等ならそうするでしょう。私も何体か頂きたい」
「多分用意してくれてますよ。ただ早い者勝ちだとは思うので余り物ですけど」

 ちらりとアゼンに視線をやると、ぽんと頭を撫でられる。来ることだけが目的じゃないらしい、いつまでここにいるつもりなのかな。

「選んで来ても?」
「そう言うだろうと思って来たんです」
「感謝致します」

 再び頭を深々と下げてから、博士の父は踵を返して扉の外へ出て行った。

「さて。お久しぶりです。ゾブド先輩。アトクタの学園内で少々お世話になったくらいですか」
「なるほど、君が加担していたのか。ははは。そりゃ実験が進む訳だ。神童ヒオゥネくん」
「嫌ですね。実験に関しての才能は先輩だってあるじゃないですか」

 声を楽しそうにして顔は全く動かない、ヒオゥネはくつくつと肩を揺らして笑った。

「ラルフ……、バークレイ達を、一体どこへやった」
「息絶え絶えで尋ねる内容ですか?」
「どこなんだ……っ」
「44層。僕の実験室に集めていたんですけど、実験中に突然姿を消してしまいまして、先輩はどこへ行ったと考えます?」
「突然、消えただと……ふざけるな、実験で彼等の存在を消したとでも言うつもりか」
「彼等には素質がある、消すだなんて勿体ないことはしません。44層で突然人が消える事例は昔からあったようです。アトクタの地下、僕のウロボスの先祖が書き留めたノートにも書かれていました。だが理由は書かれていない、難解です。先輩なら知っていると思っていたのに、理由が分かる人はいないんでしょうか」

 確か、呪いが強い者が45層へ導かれる、とウォルズが言っていた。俺を探す為に。実験中に、と言うことは、呪いを身体に注ぎ込む実験をしていたのだろうか。

 ヒオゥネはコートの中ポケットから白い布を取り出した。それをまるで地面に投げ付けるようにして広げて、博士に布を噛ませる。

「本当に申し訳ないと思っています。実験が成功していたら再会させてあげようと考えていたんです。残念です」

 ヒオゥネは一人で話し、博士は先刻から苦しそうだったと言うのに、猿轡までされて呼吸をするのもやっとだった。

 いっときすると、再び、ヒオゥネの口から実験を始めると言う言葉を聞く————瞬間、意識が遠のき、元のぼんやりとした世界へと戻っていた。

「…………やはり」
「どうしたの?」

 静かに呟いたアゼンに問い掛けると彼はこちらに視線を向けずにぼんやりした世界を見つめた儘答えた。


「過去を変えることは出来ない」

「え、で、でも警告すれば変えられるかもしれないんじゃ……」
「覚えていたらの話だ」
「……どう言うこと?」

 覚えていたらって、まるで忘れることを前提としているみたいに。

「オリオのリンク先はテイガイア・ゾブドの忘れ去られた記憶だ。どれだけ抵抗しようと忘れられた儘と言うことだ。何をしたって記憶には残らない」

 そんな、どれだけ改変しようとも忘れられているのなら意味がないじゃないか。

「助ける方法はないってことか!?」
「ああ」

 平然とアゼンが歩き出すものだから、思わずその背中に手を伸ばす——

「そんな——」

 ——とたん、ぐん、と背中を引っ張られるような感覚に陥った。

 ま、また記憶へ飛ぶのか!?

 意識が遠のく中でアゼンが振り返ったのが見えた——青い瞳が大きく見開かれて唇が音もなく開く。

 フッと意識が途切れ、——意識が戻った後重く感じる頭を支えながら身体を起こした。

 今度はどこだ……?

 今まで訪れた中で一番騒がしく思えてふと顔を上げれば、その空間には聳え立つ本棚が塔のように並び、真上は吹き抜けで上を見上げれば他のフロアが見える。

 しかし何階まで続いているかは分からず、天井でなく本棚と人くらいしか見えなかった。

 随分と混んでいるが、中央の円になった受付に並ぶ受付嬢と貸し借りの手続きをしている様子を見れば、ここは図書館だろう。


 ここは。

 28層ネクトヘイヴ——学園都市ダルヘイヴの地下都市最大規模の図書館ノス・イクエア。



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