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第伍章

110話 邪魔しないでくれ

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 眩い光——降り注ぐ七色の光が俺達二人と白い庭を照らしていた。

「……ここは、博士の屋敷の庭」

 池は枯れている、……以前のように召使いが通り過ぎることもない。アゼンと室内を覗き込んでみても、放置された家具や雑貨などしかなくて、人っ子一人いない。

 ——アゼンと顔を見合わせた、その時だった。


『あああああああうあああああああああああああアアアァァァあああああああああ、ああああああぁあ————ッ』


 耳をつんざく轟音と共に絹を裂くような泣き叫ぶ声が屋敷内を震わせた。かしがましい声で地響きが起き、無意識にアゼンの傍に寄る。

「博士の声……?」

 よく聞けば聞くほどそうとしか思えない、——声のする方に駆け出せばアゼンも付いて来る。

「博士の部屋だ——」

 入ろうとすると、アゼンが腕を上げて制止する。

「どうかしたのか?」

 しゃがみ込めばアゼンは顔を近づけてくる。声を潜めないと誰か通った時声を掛けてしまうことになる、のは分かるけど……近過ぎるんじゃ。

「見ない方がいい」
「な、何でそんなこと……」

 ——問い掛ける前に口を塞がれる。す、と背後に誰かがやって来て自分達を通り抜けていった。

 やっぱり話し掛けなければ、現実と一緒で干渉できない状態なのか。

 ちら、と相手の姿を確認して度肝を抜かれる。

 ——ヒオゥネ!?

 よ、よかった、アゼンが口を塞いでくれていなかったら絶対叫んでしまっていただろう。

 安堵して隣の顔立ちを眺めていたら、口を触られていることが恥ずかしくなって顔を離そうとする。アゼンは離して欲しいと言う意図がわかったのかすんなりと離した。

 何故こんなことで緊張しちゃうんだ……前世の引き籠りの記憶のせいか?

 ヒオゥネは扉の中へ入っていく、部屋を覗き込もうとした途端視界を小さな掌で塞がれてしまう。

 ちょっ——

 抗議の声を上げそうになって咄嗟に口を引き締める。扉が閉まる音がすれば手は離れ、早い光に目を焼かれた。目をパチパチとしばたいてゆっくり光になれていく。

 扉の向こう側から二つの声が聞こえる。扉を挟んでいたらぼそぼそとしか聞こえない。

 そうだ、すり抜けて中に入れば、と思い立ち上がったが——アゼンの身体が邪魔をする。

 アゼンの身体は流石に通り抜けられない、入ろうとすれば邪魔をされる。声も発せられずムッと睨み付けると首を振って制止する。

 扉越しに低い声が近付いてきて、ぎっと扉が開いた。

 立っていたので目を隠されはしなかったが、自分より背の高い博士の父親によって扉の向こう側は覗けない。すり抜けてでも覗きたかったがアゼンがいるから前に出れないし。

 せめて声だけでも……と扉に顔をくっ付けようとしたら、太ももの付け根あたりに嫌な感触が触れた。

 まさか——

 下に視線を向ければ、アゼンの顔に自分のち——アレを押し付けてしまっていた。

 ——ごめんなさいっ!?

 バッと後ろに飛び退いて手を合わせて謝罪するが彼は俯いた儘だ。なんか黒いオーラ……いや、周囲に浮いてる呪いのゆらゆらが激しくなっているような。まるでメラメラと炎が燃えているかのよう。

 本当にごめんなさい……まさか避けないとは思えなかったし、そんなに近くにいるとも思ってなかった。少しなら余裕があるかと……。

 しゃがみこんで顔を覗き込めば——……バッと顔を逸らされる。本当にごめんなさい。恥ずかしい上に申し訳なくて……事故とは言え子供姿の相手になんて卑劣な行為を……。

 アゼンは俺と話したくないらしく、反応が全くない。仕方がない、後でもう一回謝っとこう。今はそっとしておいた方がいいかも。

 そう思って、今度はアゼンを避けてから無理やり身体を捻りながら耳を付けようとする。しかし——よく考えたら干渉してないのだから支えられるものがなく。アンバランスだった身体は重力に逆らえずすっ転んだ。

 ——いったぁ、……声が出なくて良か……た。

 顔面だけは妙に痛いが、それ以下は痛みを感じない。自分の下を見れば、黒いもの。

 黒いオーラがあらゆる方向にとぐろを巻いて暴れ回っている。

 両手を横について見下ろしている自分は、側から見れば——アゼンから見れば、押し倒しているようにしか見えないじゃないか!

 違うんだこれは態とじゃなくて——ッ!

「…………今日は随分大人しいですね。公爵は貴方に何をしたんですか。ちょっとつまらないです」

 すぐに退こうとしたが——その前に、直接耳にヒオゥネの声が入ってきてハッとする。扉ごとすり抜けてしまっていたのか。

「…………ふ、ッぐ」
「………………」

 時々会話が聞こえるだけで妙に静かだとは思っていたけれど、博士は白い布を噛まされ、椅子に拘束されている。

 彼の周りには大量の薬品が置かれており、その中には白い瓶の触手もいた。それをヒオゥネが、ひょい、と手に取る。

「この品は素晴らしいです。貰った方に呪いを抑える薬だと言われたようですが……確かに呪いを吸収して成長する水晶——イグソモルタイトが存在します。それを粉状にして食用にし、メンタスの樹液と、エンクレイジとメルカニス、華液、そしてアルバスの花の蜜、これ等を配合して外に排出出来るようにしている。だが、呪いを吸い過ぎて逆に効果が働いていないようだ。排出出来なければなこれは呪いを身体に貯蓄するには素晴らしい効果を発揮します。誰に貰ったんです? 本当に頭がいい、貴方の身体に直接呪いを注いでくれるとは」

 なっ……

 思わず声を出しそうになったが、下から伸びた白い手が口を塞いだ。

 ——俺があげた触手が、博士の実験を手助けしていたなんて。

 博士は眉尻を吊り上げヒオゥネを恨めしそうに睨み付ける。腕には今出来たと言わんばかりの大量の針穴があり、血を糸のように滴らせる。

 今は完治しているようだが胸筋からへそまでの真っ直ぐの痛々しい傷跡も残っていた。

 腕は凸凹に膨らみ、肉がぶよぶよに緩くなって、表皮は青や緑の痣に覆われている。

「実験室から盗んだ薬を全て打たれたんですね。貴方は呪いを解く為の薬を探していたんでしょう。だが残念ながら呪いには解毒剤のような便利なものは存在しませんよ。貴方の貰ったと言う薬も本来の効果がどうかは怪しいです。何なら実験してあげましょうか」

 そう言えば博士もヒオゥネも呪いを抑えるだけだと言っていたっけ。

「その前に——……記憶を改竄させていただきます。実験体に意志など不要です。また呪いにどんな効果を与えるか分からない代物を集めて貰っては困ります。僕は最高傑作を作りたいんです。他の誰かの手で邪魔されるのは解せません。貴方が実験体であることは僕達組織のメンバーと上層階のお偉いさん方のうちに留めておきます。……そうですね、貴方も仲間に加えましょう。貴方の才能は本物です。好きなだけ自身の実験に役立つ知識を付けて下さい」

 ヒオゥネは黒い手袋をポケットから取り出し、一つを口にくわえて装着し始める。

 お馴染みの音を立てるヒオゥネ。博士もその行為の意味を知っているのか眼球を張り出して以上に震えている。

「ンンンンッ、ンンンンんンンンンンググうううんんッ」

 拘束された椅子もガタガタと宙に浮く程暴れ回る。ヒオゥネはくつくつと肩を揺らして、相変わらずの真顔で心底楽しそうな声で言った。

「さあ、実験を始めましょうか。僕の最高傑作」
「ンンンンン————ッ」

 ヒオゥネが薬品を調合し始めてから、だんだんと意識が遠のいていく——。

 止めなきゃ、止めなきゃ。アゼン、手を取ってくれ。邪魔しないでくれ。

 たとえ、記憶にしか影響を与えなくたって——こんなの、見て見ぬ振りなんか出来ないよ、テイガイア。


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