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第伍章

109話 心の叫び

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 あの後、リンク先の門の管理室——オリオへ戻ると、子供に手を引かれて天上の門へふわりと浮かび、潜ることが出来た。重力を感じない、ふわふわした感じに思わずしがみ付くとフッと笑われてしまう。

 嘲笑しているように見えるし、慈愛に満ちた瞳にも見える。ただ、その微笑みには目を奪われてしまっていた。

 門を潜る時は変に緊張したが、氷みたいに冷たい手に抱き止められていると考たら不思議と落ち着いていた。

 記憶の門をくぐった途端、服は消失してしまう。彼の服も消えてはいるが、うようよ漂う黒い帯に大事なところは隠されていて、自分だけ晒されているのが無償に恥ずかしい。一所懸命に隠そうとしているのに、ずっと見て来たと言っただろう、今更だ。と手を退けられてしまう。

 そんなところを慈愛の微笑みで見つめられても嬉しくない……!

 ——はやく記憶に入れないだろうか、記憶に入ると元の服が現れたからな、是非記憶よ来てくれ。

 妙な恥ずかしさを感じながら二人並んで歩いている内に何故か彼の服だけ現れていた。

「あ、の……それ」

 聞きたいことが分かったのだろう、答えてくれる。

「俺の作った空間だ、服くらい着れるさ」
「なら俺にも着せて——!?」

 両手で身体を抱き締めて胸を隠すが——下が丸見えなのに気が付いて右手を下げる。何処を隠せばいいのやら、もっとたくさん腕があれば。

 見ていたいと言わんばかりにじっと青い瞳がこちらを向いていてどっと疲れが押し寄せる。どんな拷問なんだこれは!

「そのままで構わないが……?」
「俺は嫌だよ!」

 渋々、ウォルズのデザインした服を着せてくれる。と言っても、コートはないのだが。どうして後ろに回るんだ。話辛いじゃないか。背中をめちゃめちゃ見られてる気がするのは気のせいか。

「あ、そうだ。ずっと聞きたいことがあったんだ」

 ——ズボンのポケットの上から中のものを確かめる。

 青い王族の証をポケットから取り出して彼に見せた。

「これをくれたのは君だよな? 何処にあったんだ?」

 ウォルズとヒオゥネによると、この指輪は初代王アゼンヒルト・オルテイルの所有物。やはり45層で拾ったのだろうか。

「俺がずっと持っていた」
「ずっとって……いつから」
「それを作った時からだ」
「…………」

 思わず足を止めて彼の瞳を覗き見る。青い瞳は並べずとも王族の証の宝石と酷似していた。なんとなく、底知れない存在であることは分かるけど……子供だし、まさか、な。

「…………あの、もう一回名前聞いてもいい?」

 子供相手なのに緊張してしまう、理由は凄味だけでなく、ヒオゥネやランタールを一瞬にして狂わせた彼の力に怯えているからだ。

「……アゼン——……と、呼んでくれ」
「あ、アゼンって……」

 やっぱりこの子は、アゼンヒルト・オルテイルなのか?

 ゼクシィルを作ったのは自分だと言っていたし、纏っている呪いは普通とは違う。それに初代の指輪と同じ瞳に、この世から浮いたような非現実的な妖艶な容姿。

 子供の姿なのは、ヒオゥネが読んでいたノートに書かれていた『永遠に同じ時を過ごす呪い』に寄る影響ではないだろうか。

 極め付けは……ウォルズの動揺だ。

 青い王族の証の単語だけでなく、子供という言葉にも酷く動揺していた気がする。

「君はもしかして……アゼンヒ——」
「——呼ぶな。記憶が戻ってしまう」

 名を呼ぼうとした途端、威圧的な声で遮られてしまう。

 優雅な動きで前に出られて先へ先へと行こうとする彼を追い掛ける。

「どうして思い出したらいけないんだ、何かすっきりしない。前世の記憶と思想と観念が似ているから自分の記憶だと思っていると言っていたじゃないか。記憶だけでなく、どんな気持ちでいたか、何を考えて過ごして来たのかも分からないんだ。」

 アゼンヒルト——アゼンは口を閉じたままだ。答える気はないと言わんばかりに目を合わそうとしない。

「俺の前世ではヴァントリアを傍観する側だった。ある人を自分と仮定して過ごして——物語を進めていく、ゲームだよ。娯楽だ。この世界はそのゲームの世界なんだ。俺はそこでヴァントリアを見た。だから身体がヴァントリアであると分かっていても、前世の記憶が強過ぎて何処か他人事に感じるんだ。」
「何処まで覚えているんだ、何処から知りたい? 君の記憶を戻すことは拒否させてもらう。言っただろう、頼まれなくたって君の為なら何だってする。だが、答えられる質問になら答えてやろう」

 その横顔に変化はないが譲歩していると言わんばかりのセリフだ。

「……じゃあ、君は昔の話をよく出すけど、俺とは会ったことがあるの?」
「ああ」
「いつ頃? 何処で会ったの? 君はその頃何歳だった?」
「さあ、何年か前だった。君は俺より小さかったな。第1階層ユア——王宮の中庭だ。白い木の下で初めて君と出会った。君が遊んで欲しいと駄々を捏ねるものだから、仕方なく一緒に遊んだのさ」

 ……そんな頃から我儘だったのか俺は。

「当時自分が何歳だったかは忘れた。今でも自分の歳は分からない。途中までは数えていたのだが、時間の経過する感覚が狂ってしまってな。それからは考えないことにしている」

 小さな体を見て思う。こんな幼い頃から永遠の時を過ごし、やがて両親の呪いから抜け出したのに、結局自らに不死の呪いを筆頭とする呪いを掛けて再び永遠の時を過ごした。

 途方もない時間だろう。全て記憶しろと言うのは無茶ぶりだ、その間ずっと孤独だと感じて来たのかな。

 じっと横顔を見つめていると彼の瞳がこちらへ動く。焦点が重なり合って目が逸らせなくなる。

「寂しかった?」
「ああ。だが、俺が自分でそうしたことだ。それに今は君がいてくれるから一人でいても平気だ」

 俺じゃなきゃダメ、そう言われているような気がして変に違和感を感じた。

「……孤独を埋める為にゼクシィルを作ったんだろ、俺じゃなくても……」
「奴は俺自身なんだぞ、それに奴は人間として作った。奴は人間として過ごしてから自分の異常さに気付き俺の存在を知ったのさ。俺も奴も会った処で孤独は埋められなかった。子供達は家族や仲間を得て幸せそうだったな。……余計孤独になってしまった」
「アゼン……」
「君も寂しそうにしていた。俺を見つけた途端、目を輝かせて駆け寄ってきた。俺は逃げようとしたが……動けなかった」

 彼の目には何が映っているのか、視線は遠くを眺めている。彼の口元が緩む。

「手を握られた時、名前を聞かれた時、遊んでくれと頼まれた時、……そばにいてくれと、言われた時。心から幸せだと感じた」

 痛んでいた胸が彼の言葉を聞く度に和らいでいく。俺は嫌われ者だけど、アゼンは好きでいてくれていると表情や声で伝わってくる。安心する理由はこれなんだろうか。

 怖い理由は未だに分からないけれど、傍にいて欲しいと思っているのは事実だ。

「アゼン、俺……君と——」

 突然目の前が真っ暗になって意識が遠のいていく——これは俺に何かが起きたんじゃない、記憶の世界へ入る時の感覚だ。

 身を委ねるよう瞼を閉じる。瞼を閉じていても眩いと感じるくらいの灯りが視界を焼いた。


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