転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)

文字の大きさ
上 下
110 / 293
第伍章

107話 苦しむだろう

しおりを挟む


 駆け寄って起こそうとするが手は擦り抜けて触れることさえ出来ない。

「――ラルフしっかり、おい」

 まるで死んだようにピクリとも動かないラルフに——サッと血の気が引く。

「ら、ラルフ? そんな、俺のせいで」

 俺があの子に夢中になってたから、だから。

 混乱して頭を掻き毟ると、その手首を掴まれ止められた、落ち着かせようとしているのか優しい声音が背中に掛かる。

「干渉は出来ないと言ったろう君は悪くない。ヴァントリア、君は優し過ぎる。自分を追い詰めてはいけない」
「で、でも……」
「悪者は奴等だろう?」

『——ぐ、ぅ……ッ』
『……っ、ふ、うあ』

「え……」

 彼がそう呟いた途端、ヒオゥネとランタールのくぐもった声が砂煙の向こうから聞こえる。煙が晴れていけば、ヒオゥネとランタールは地面に倒れ伏し苦しみ悶えていた。

「な、何が起きてるんだ……」

 どんどん様子がおかしくなり、自ら頭や腕を引っ掻き始める。過呼吸からか口に涎が溢れる。

「ヒオゥネ……っ」

 助けたいけどラルフから離れる訳には——って、ヒオゥネは敵なんだ助けなくたって……。

 苦しんでいるヒオゥネとランタールの姿を眺めて冷静に考えようとする。

 ——無理だ、こんなの違う。確かにヒオゥネもランタールも博士やラルフ、生徒達や亜人——多くの人を実験台にしている、散々苦しめて来たんだろう。

 けど、彼等の苦しむ姿を見たいなんて、俺には考えられない。見捨てるようなことなんて出来ない。誰であろうと苦しむ姿なんか見たくない。

「君は悪い奴は好まないだろう。俺が奴等に血の出る様な苦しみを与えてやろう」
「なっ……」

 直ぐ近くで死の槍の如く、鋭い牙を見せる声に驚愕する。彼の青い目が爛々と輝いて彼等を見据える。その瞳は射抜くように彼等を睨め付けているように見えるが、道の端のゴミを見るような視線にも感じる、無表情に見えるのに、何処か憎悪を露わにしている気がする、決して真相を窺わせない表情は異常だった。

 彼が目を細めると——とたん、ヒオゥネとランタールは吐血して白目を剥いて痙攣を起こす。口から泡を吹き出し——皮膚が茶色く濁り、ジュワジュワと音を立てる。

 ……ヒオゥネやランタールが苦しんでいるのは、この子が何かしているからなのか!?

 彼の周囲を舞う黒い霧が異様な文様を描いて漂う。

 ……まさか、呪い?

 いや、何となくそうかもとは思っていたけれど、今まで見て来たものとはまるで別物だったから確信は持てなかった。

 異常な濃度の高さだけでなく、今まで見てきた呪いは細かい——砂のような——粒子。しかし、今彼の周りを蠢いている呪いは、まるで生き物ように自由自在に澱み——水のように滑らかに空気を移動する。擬似呪いなんかとも全く違う。

 美しいが恐ろしい——そうとしか表現が出来なかった。彼自身に感じた未知への恐怖と同じだ。いや、彼自身そのもののように感じる。彼の周りで蠢く姿はまるで鳥の翼のようで、はたまた魚のヒレのよう。それは子供の身体の一部のように彼に寄り添っている。

「やめてくれ! 苦しめたいなんて思ったことはない、止めたいと思うことはあっても、苦しんで欲しいと思ったことなんかないんだ」

 子供を説得しようと目で訴えれば、彼はすんなりこちらへ振り返った。一瞬ギクリとしたが俺の身体に異常はないので止めてくれたのだろう。

 ヒオゥネやランタールも何もなかったかのように起き上がる。一体何が起きたんだ、と言葉を交し合っているところを見ると、今の一瞬の間は意識がなかったと理解出来る。

 苦痛で意識が飛んでいたのか、確かにあの苦しみ方は普通じゃなかった。

 助かったようなので、一旦ラルフの方へ関心を戻す。

「……ラルフ、ラルフ目を開けてくれ」

 ヒオゥネ達の他にいるとしたら、彼しか存在しない。ヒオゥネとランタールはラルフがやったと判断したようだった。ヒオゥネが袖を捲り手首の装飾を晒す。

「…………どうして目を覚まさないんだ」
「案ずることはない。まだ生きているさ」
「本当?」
「ああ。心臓は動いている」
「良かった……」

 ザッと地面に擦れる音がして振り返る。俺と子供の背後に、こちらを——ラルフを——見下ろすようにランタールとヒオゥネが仁王立ちしていた。

 ランタールの手の内には鎖があるが、ヒオゥネの方は——ゾウの形のジョウロ?

「……ふ、ふざけてるのか?」

 俺の問いかけに答えたのは彼等と同じく仁王立ちして立っている子供だった。並べられると一層、威厳と崇高さの格の違いを見せ付けられる。その口から発せられる声だけで周囲との差がありありと理解出来る。

「中身は俺の呪いだ。先刻奴が生成した魔法陣も45層と空間をリンクさせて同調させ使用していたな。俺の呪いを扱うにはリスクが高い。自らを傷付けない為に擬似呪いとやらへ45層に残留した本物の呪いを一億万分の一ほど混ぜて魔法を強化したのさ。」
「45層の呪い……って、44層を腐らせたあの濃い呪いのこと……?」
「ああ。ゼクシィルがあそこを住処にしていてな。頻繁に使用している様子はないが。あいつは俺の呪いで作られた生命体だ。奴は俺には逆らえない。しかし……43層に君がやって来たことにより調子付いているようだ」

 43層に俺がやって来たってことは、ジノと檻にいた頃か。

「奴が君の記憶を思い出させようとしている、そしてそれを俺が阻止しているんだ」
「記憶……?」
「俺達の攻防戦により君の記憶は混乱状態にある。君は前世の記憶まで思い出してしまったようだが」
「え、それって——」
「あれは君の記憶じゃない。思想も観念も酷く似ているから君は前世の記憶を自分のものであると受け入れているが、元の記憶を思い出せば前世の記憶と君を切り離すことが出来る。だが昔の記憶は思い出さない方が身の為だ。俺と接触することは危険だ——先刻の口付けも嬉しかったが、記憶を思い出してしまうだろう。」

 キスのことを掘り返すな! う、嬉しいとか言うな!

 変に顔が熱くなって手でぱたぱたする。今はそれどころじゃないんだってば。

 俺達が会話をしている間、ヒオゥネとランタールも話している。聞き逃してしまったが決して良い方向の話ではないだろう。

「覚えておけ、どの様な記憶を持とうと君はヴァントリア・オルテイルだ」

 とっくに理解していたことだけれど、改めて言われて実感する。自分は前世の記憶を思い出したヴァントリアであることを。

 その言葉にこくりと頷くと満足そうに微笑んでくる。頰が熱くなる前にさっと顔を逸らしたら、視線の先にヒオゥネの背中にくっついて駄々を捏ねるランタールがいた。

『——やっぱ嫌だよー。俺さんラルフ先輩の顔だけじゃなくて心も身体もマジ恋何だよー? せめて俺にやらせてよヒオゥネくーん……』
『先刻も説明したでしょう。呪いを受ければ自身が負傷しかねないんです。これは45層の中核——本軸の底に溜め込まれた45層ではもっとも濃い呪いを液体化したものです。少しでも触れれば一瞬にして腐ってしまいますよ。先輩には扱えません。』
『その反呪いの手袋貸してくれたらいいじゃん』

 ヒオゥネのアイデンティティである黒手袋にはそんな設定が!? 黒衣も同じ設定が付いてるんだろうか。

 ヒオゥネは自分の手袋を見つめた後、フッと溜息を吹いてやれやれと首を振る。くっつくランタールを肘で押し離し、ジョウロを掴んだ腕をラルフの方へ伸ばす。

「ヴァントリア、離れるぞ。君にどんな影響が出るか予測不可能だ」
「え、干渉は出来ないんだろ……?」
「君は苦しむだろう、見せたくはない」

 子供はこちらに背を向けて離れようとする、その背に手を伸ばそうとするが。

「見せたくない、って……っ?」

  先に——ヒオゥネの手が傾き、ジョウロの先から黒い液体が黒煙を吹き出しながら零れ落ちた。ジョウロの先はかろうじて保っているが少しずつ溶解していっている。

 ジョウロの真向かいにいるラルフの身体に黒い液体が降り注いでいく。腐臭と肉の焼ける匂いがして嫌な予感が的中してしまって、ただただ呆気にとられることしかできない。

しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!? ※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います

BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生! しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!? モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....? ゆっくり更新です。

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

処理中です...