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第伍章

104話 初恋

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「——ッ」

 目の前で突然くっきりと象られた少年の言葉に、ギクリとして、知らず知らずに後ずさる。

 相変わらずヒオゥネは本を読み耽っているし、ラルフとランタールは戦闘中だ。もう部屋と呼べる状態ですらないようだが。先刻まではラルフが押していた様に見えたのに、今はランタールに押されている様だ。魔法陣も5つ展開され新たな攻撃方法を仕掛けられている。

 しかし、それは背景にすぎない。視界の端に映るだけで感覚を奪うほどのものではない。

 その前に、先刻の少年がよりくっきりとした姿で描かれているからだ。まるで絵画のように雅で美しい男の子だった。背景なんてなくたってあったって変わらないだろう。

 彼の背後が静かな室内でも、人通りの多い賑やかな道でも。目を奪われるような美しい夕日が広がっていようが。この少年にかっさらわれて心を奪われるに違いない。

 周囲に黒い霧が舞っているように見える。

 その霧を纏うかのように黒一色の衣服を身に付けていた。何より印象的なのは地の底みたいな純黒の頭髪だ。ヒオゥネや博士、前世の記憶でも黒髪なんて大勢見てきたけれど。この純黒はそれらの比ではない。その姿も雰囲気も黒闇を具現化したかのようだ。

 随分と古い服を着ている気がするが——どんな衣装を着ても似合いそうだ。まるで人形のように整った顔立ちの蠱惑的な容姿をした男の子だった。小さい頃の博士と同じくらいの歳か——いやそれ以下か?

 相手はとても子供が浮かべる様な表情はしておらず、ヒオゥネやランタール、ラルフに一度も視線を向けはしない。じっと、穴があきそうなほど俺の方だけを見続けている。

「あ、の……君は、俺が見えてるのか?」

 先刻までの激しい頭痛は、今は何事もなかったかのように引いている。意識すると奥に少し残痛がある気もするが……。耐えられないほどではない。

 そして、先刻突然目の前に現れた少年に話しかけた途端、どっと全身から汗が噴き出した。

 身体の芯から冷えていく様な気味の悪い感覚。何故か目の前の彼から逃げなくてはいけないと考えてしまう焦燥感。地面が突然無くなって落ちていくような——何処かに連れて行かれそうになるような感覚。それらが自分を襲ってくる。

 青い深い瞳がこちらを見つめていることを確かめれば、ぞくりと背筋に悪寒が走った。

 後退さると——少年が一歩踏み出した。

 なんて流麗で美しい動きだろう。優雅に泳ぐ白鳥のような品のある動き。上級者の品格を目にした気分になる。

「あ、あの、見えてるよな。君の名前は? 一体何処から来たの? あ、もしかして魔獣に取り込まれちゃったとか……」
「君も俺も魔獣に取り込まれてはいないさ——」
「え……」

 想像していた以上に低い声が子供から放たれて呆気にとられる。博士が可愛かったからもっと可愛い声を想像していたのに。

 幼さのカケラもない低く迫力のある声だった。聞いたら逆らえない気さえする——自然体にして威圧的な声。

「俺がここに呼んだ。だがこの居心地の悪い空間は俺が望んだ場所ではない。近くにいた呪いを纏った男とリンクしたんだろう」
「つまり、魔獣に取り込まれたから博士の記憶を見てる訳じゃないってこと?」
「魔獣に取り込まれたら呪いが吸収されるだけでなく、肉体も身体の一部にされるだろう。それに君の身体なら核として呪力を永遠に使用出来る……そんなことを許すつもりはないが。……しかし、まさか俺の用意した空間とリンクさせるとは。大した呪いを持っているようだ」

 確か、俺の身体は半分呪いで出来てるんだっけ。もし博士に取り込まれていたら危険だったな。

「じゃあ、取り込まれる前に助けてくれたってこと?」

 思考では近寄ろうとしたのに、身体は後ずさってしまった。

 バクバクと心臓が暴れ狂う。自分が分からない。……動揺しているのか? 子供相手に?

 少年の世離れした酷く整った顔立ちを観察していて気が付いた。何か違和感を感じると思っていたら、彼は瞬きを一切しない。まるで一瞬でも見逃さないように獲物を見張っているかのように。

「……ここから出る方法を知らないか?」
「永遠にここにいると言う選択肢もあるが」
「や、やだよ。」

 なんか、ここにいると窮屈な感じがするし。ジノやイルエラはどうしてるんだろう、呪いの影響はないのか、ウォルズは何処に行ったんだ。無事なんだろうか、何かあったらどうしよう……皆に早く会って安心したい。

「確かに。ここに留まるのは……オススメ出来ないようだ」

 少年は背後をやっと振り返って、ヒオゥネやランタール、ラルフを目に入れる。しかし、その瞳は酷く冷たい。……シストも冷たい瞳をしていたが。比べ物にならないくらい冷酷な瞳だ。

「呼んでおいてなんだが、この空間から出て行け。ヴァントリア」
「何で俺の名前——」
「知っているさ。今この時までずっと君だけを見て来たんだからな」

 見て来た、その言葉を聞いた途端、ギクリとする。冷や汗が頬を伝う。やはり動揺している?

 ずっと君だけを見て来た……このセリフ、まさかストーカー? 子供の? それともゴースト——

 そこまで考えて、あ、と思う。

 そうだ。彼の瞳。

 あの青い瞳と目が合うと、幽霊と目があったみたいな怖さを感じるんだ。あの瞳に見つめられると、それと同じ類の恐怖を覚える。何者でもない未知の相手との接触。自分の知らない領域はどんなものでも怖いと感じてしまうものだ。

 じっと瞳を見つめていれば、真横に引き締められていた少年の唇がゆるりと弧を描く。


「ずっと見守っていた」


 ——青い瞳が優しく細められて、ドキンと胸が鳴る。

 な、何だ、突然。


 突然胸の鼓動が速くなってきた——なんか顔が熱い。あれ?

 彼に会ってから感じていた恐怖や焦燥感が一気に抜け落ちている。笑い掛けられた途端、まるで恋でもするかのように胸が高鳴っていく。

 可笑しい。子供相手に何をドキドキしてるんだ。何で顔が熱いんだ。先刻まで怖いと思ってたのに! 今度は俺が怖い! 俺は男の子をそういう目で見る変態だったのか!?



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