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第伍章

102話 アゼンヒルトとゼクシィル

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 ランタールの手首の装飾品から——まるで墨を吐くようにブワッと黒い霧が噴き出し広範囲へ広がった。霧は収縮し不気味な文字や文様を構成していき1つの魔法陣を描いた。

 魔法陣の中央から砂埃が舞うみたいに黒い煙が立って、中央から細長い黒い影が飛び出していく。

 一瞬触手かと身構えてしまったが、それは一直線にラルフを目掛けてぶっ放される。後方へ跳躍し軽々と回避したラルフに、黒い影は勢いを止められぬ儘何もない地面へ突き刺さった。そうして動きを止められ、ようやっと姿を目にすることが出来る。

 黒い物体の正体は——偉く頑丈そうな鎖だった。

 魔法陣から弾丸を放つかのように次々と鎖が飛び出し、部屋中を飛び交いラルフを捕らえようとする。

 拘束が目的なら俺のショボい脱獄魔法なら勝てるんじゃね、とか思ったけどアレを武器として振り回されたら勝てる気がしない。

『あっれー予想以上にすばしっこいなー先輩。いいじゃないっすか、鎖に繋がれてくださいよ。色々しましょう楽しーこと! なははぁ、例えばー先輩の中にもっと濃いの注いじゃうとかどうですか!』
『気色悪りいこと言ってんじゃねえ——くたばれ』
『いいですねー先輩もっと叱ってくださーい! 俺さん元気になりますよ!』

 ランタールもヒオゥネと同じタイプか……いやいや何でもかんでもそう言う思考に走るのはどうなんだ。先輩に指導されてありがたいと思っているんだろう。きっとそうだ。

 突き刺さって動くかなくなった鎖は次々と霧散して魔法陣へ戻って蓄えられる。次々と飛び出す鎖を、ラルフは触手を自分の周囲に配置して応戦する。鎧のように硬くなった触手の隙間を新たな触手が皮膚を突き破り飛び出していた。

『あーこの魔法は効果がないみたいですね。じゃー拘束は諦めます!』

 展開されていた魔法陣が霧散して——再び新しい魔法陣が構成される。先刻までは丸く大きな魔法陣だったが、今は中くらいの直線だけで構成された魔法陣が3つも展開されていた。よく見たらそれぞれ違う図式と形をしており、どんな攻撃が飛び出してくるのかと思うとぞくりとする。

 ゲーム世界ならではの設定かもしれない。あの魔法陣が出たらあの攻撃が来る——と予測させる為に見分けがつくのだろう。

 1つ目からは大量の蝙蝠が召喚され——2つ目は反応が無い。3つ目からは黒い突起物が飛び出している。ランタールへ向いて飛び出すそれを手に掴み、慣れたように引き摺り出す。

 姿を見せた刀身は尽きることなくズルズルと引き出されていく。

 ——長すぎやしないか?

 その長さは異常でただの長剣とは思えない。1メートルは超えているだろう刀身はまるで鞭のようにしなり、ラルフに牙を剥く。

 ラルフのガードによりランタール自身へも跳ね返るが——とたん、2つ目の魔法陣から網が飛び出した。球状に広がる七宝網が瞬刻で白く硬直しガードする——役目を終えると黒く変色し魔法陣の中へ引っ込んだ。まるで折り畳み傘のような動きだ。

 花が咲き乱れるように美しい七宝紋を描く様は思わず見惚れてしまいそうになる。

 2つ目の魔法陣の役目は——防御だろう。ゲームではバリアとしてプレイヤーを苦しめそうだ。

 ランタールの戦略は効果的だった、ラルフは蝙蝠により視界を奪われ、また触手もその量を凌駕する事が出来ない、そして予測の出来ない動きをする彼の長剣によって押されている。何とか右腕の鎧で防ぎ切れているが、そのせいで右腕が制限された状態になってしまっていた。

 大量の蝙蝠に身体中を切り刻まれ、余裕だった表情が今は苦り切った表情へと変化している。眉間に縦線が刻まれ、不愉快さMAXだ。

『どうやら左側を使わせたいらしいな——この程度で——』

 横に引き伸ばされていたラルフの唇が縦に開かれる。

『——何を驕ってやがるッ』

 ラルフから放たれた刺すような鋭い言葉と同時に——右側の鎧が一瞬黒く変色し——別の形に変形する。ランタールのバリアと似ている、いや同じだろう、違うところと言ったら、きっとランタールはヒオゥネと同様に擬似呪いを操っており、ラルフは本物の呪いで対抗している。

 擬似呪いと本物との違いがどう言ったものかは分からないが——ラルフの呪いとも渡り合っている。

 触手が鎧の隙間を抜け、広範囲に展開され硬直する。今度は隙間なく作られ、まるで頑丈な壁である触手に、蝙蝠達は突っ込んだばかりに次々と叩き落とされ霧散していく。

 何よりラルフが心配だった。前世の記憶を辿れば彼は博士の助手としてゲームに現れていた筈。ラルフより出番の多いヒオゥネが助手であると認識していたが、彼も確かに博士の助手として登場したことは間違いない筈なんだ。

 ヒオゥネと同じでモブ扱いだったからどんな会話を何処でしたかは思い出せない。ラルフもA and Zではレギュラーメンバーとして再登場したんだろうか。ウォルズに聞いてみよう。


 それにしたって。

 ランタールとラルフが激しいバトルを繰り広げていた時——ヒオゥネは机の上のノートを手に取って眺めていた。

 他人事ってか。


『何だこの著書は。一体誰の忘れ物……。アゼンヒルト……ゼクシィル…………』

 口に出そうとして出したのではないとすぐに分かる。自然と口から溢れ出てしまった言葉だろう。

『そしてヴァントリア様……一体何の関係が……』

 このノートはヒオゥネ達が記録したものではないのか? ——いや、そりゃそうか、だって、態々翻訳しなきゃならない記録なんか残さないよな。博士でも翻訳を必要としたんだからとんでもない天才でない限り読めないだろ。

『アゼンヒルトは幼き日に両親を殺害したことにより、瀕死の両親から罰として永遠に同じ時を過ごす呪いを受けた』


 ————なっ!?

 すらすらと読み始めるヒオゥネに、開いた口が塞がらない。

 嘘だろ、博士やラルフ——翻訳が得意なお友達でも今すぐは無理だと言っていたのに! しかも暗号っぽかったぞ、まさかヒオゥネの中では、解く=読む、ってことなのか!?

 ヒオゥネはノートを机の上に置き、ポケットから黒い手袋を取り出す。片方を口に咥えて、もう一方は身に付ける。ググっと引っ張って、音を立てて嵌めた。反対側も同じように手袋を鳴らして嵌める。

 咥えている間も視線は動いていたが、もう両面読んでいたらしい。ノートを躊躇なく捲った。

『永遠に両親を殺せることを喜び、殺すたびに内容の変わる呪いを受け続ける。複数に渡る呪いは彼の身体を蝕んだ』

 ヒオゥネが凄いと感心していたが、気になる単語で引き戻される。

 また呪いの話?

 呪いを受け続けるって、管で呪いを注がれる——まるでハイブリッド達の——呪いの実験に似ているな。

『何万回と永遠の時で殺し続け、何万層モノの呪いを受け、ついに莫大な呪力を手に入れたアゼンヒルトは不死の呪いを始めとする複数の呪いを自らに掛け、人智を超えた力を手にする』

 人智を超えた力と聞いて、脳裏に浮かんだのは博士の姿だ。視界の端にラルフが映る。

 変わらずランタールと激しい戦闘を繰り広げており、壁や床を破壊する。爆音だらけの筈なのに、ヒオゥネの声はよく耳に届いた。

『その身は呪いそのものと成り実態のない存在とされた。彼の望みは自らや周囲に呪いを掛けることで全て実現が可能だ。よって彼の発言は全て言霊となり呪いとなる』

 呪いそのものって。まるでウォルズが言ってた言葉にそっくりだ。どんな内容だったか難しくて覚えてないけど、ヴァントリアは呪われていて、呪いそのもの……とかなんとか。

 それにしても発言が呪いになるって。怖過ぎるだろ初代様。

『アゼンヒルトは周囲の国々を襲い残虐の限りを尽くしたが、何万年と生きたことにより孤独を感じるようになった。
やがて彼は自らの分身体である弟を作り出した。自分の中の最も深い悪の部分だけを取り出した分身体。其れがゼクシィル・オルテイルであった。
アゼンヒルトはその他に複数人の生命体を作り出す。後にオルテイル一族の血族と呼ばれる王族の血を引く子供達であった。彼らは人間離れした丈夫な身体と戦闘能力を持ち、美しい容姿をして生まれた。
子供達が国を出て人々と触れ合い、勝手に繁栄していく様を眺めていたが、自らの孤独は埋められなかった。人々の幸福な姿を見ることを苦に感じ、彼は逃げるように地下へ街を作り引きこもった』

 地下って——この世界のことか。アゼンヒルトはこの国を作ったと言われる初代王。

 弟は自分の分身……そうだ、ヒオゥネも擬似呪いの力で分身を作っていたっけ。

『ゼクシィルは自分の本体が地下に逃げ込んだことを好機に思い、自らに有利な呪いを掛け、本体に成り代わろうとした。しかしアゼンヒルトには一度として敵うことはなかった。二人は対立し、ゼクシィルはウロボス、アゼンヒルトはオルテイルを名乗るようになった。』

 とても現実にあった話とは思えない。まるでお伽話——いや、この世界の神話を聞かされているような気分だ。

 ……まさかこれは、A and Zの追加公開された設定なのでは!?
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