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第伍章
100話 我が子のように
しおりを挟む『バントリア?』
『ヴァン……トリアだ』
がっくしと項垂れる博士。
俺はそれどころじゃ無い——どうして俺の名前がハイブリッド達と同じノートに書かれているんだ。
『まだその下にも名前があるんだ。』
『本当だ。文章の翻訳は今すぐには難しいが、名前くらいなら平気だ。こちらもメモしておいてくれ』
『うん』
『AZ、E、NHI、LDエーゼ……ン、エーゼンヒル……ド。ZE、K、S、EI、L……ゼク、ゼクシー、ゼクシル?』
エーゼンヒルド? ゼクシル?
ラルフのメモを覗き込む。
AZENHILD……もしかして、アゼンヒルトのことか?
確かアゼンヒルトは初代の名前……。
ZEKSEIL……こっちは初めて聞く名前………………だよな。
おかしいな。ゼクシル……どこかで。聞いたことがあるような。
もしかしてゲームで登場していたとか? くぅぅ、覚えてないだなんて。またゲームの知識でウォルズに負けてしまうじゃないか! 悔しい!
『アゼンヒルト様とゼクシィル様のことじゃない?』
『初代とその弟の名前か。どうして……』
ノート上の名前をなぞっていた……博士の指が、ピタリと止まる。ラルフが覗き込んで困ったように首を傾げる。
『…………ヴァントリア? またその名前?』
『……O、R、T、A、I、L』
ラルフがペンを走らせてメモ帳に書き込んでいく。
『ヴァントリア……オルテイル?』
『…………王族』
博士の様子がおかしい。指先がガタガタと震え、長い睫毛が反り返るほど瞳が大きく震えている。
『あ、思い出した! ヴァントリアって何処かで聞いたことあるなって思っていたら……! 王族の一人だよ! ヴァントリア・オルテイル様! 確かつい先日10歳の誕生日を迎えられて祭日で学校が休みになったんだ!』
『そうだったか……? 毎日研究していた気がする……』
ラルフの声には答えるが、ノートを見たまま動く気配がない。
『君は自分の部屋でも学校の教室でも公共の広場でも何処でも研究するもんね……。
——噂で聞いたことあるけど、真っ赤の髪で真っ赤な瞳の美しい王子様なんだって。あーあ、もっと偉くなったら王族の方に会える日が来るのかな……って、どうかした?』
博士がノートを見るのをやめて、ラルフの顔を凝視したまま銅像のように硬直する。
『真っ赤な、髪……? 真っ赤な、瞳……っ!?』
『う、うん。どうしてそこに反応するのか全く理解出来ないんだけど』
『バン……ヴァン、トリア。王族。真っ赤な髪、真っ赤な瞳。美しい王子。……やっぱり。この名前は、あの人の……』
『ゾブドくん?』
『……幻なんかじゃなかった』
ノートの名前を見つめて微笑む博士を見て恥ずかしくなる。
そんな嬉しそうにされると照れくさいな……。でも幻じゃないと分かってくれて良かった。
——…………当時の俺は10歳らしいけどな。
『…………待て。10歳と言ったか?』
流石だ博士。誰かに指摘されなくても気付けるんだな。
『うん。確かエルフのお姫様とも婚約中だ』
『私だって婚約した……』
『ゾブドくん、さっきから何を言ってるんだい?』
婚約はしてない。
ラルフ、もっと言ってやってくれ。
『メモは取ったか?』
『う、うん』
急に顔色が明るくなったテイガイアへの反応に、ラルフは困惑している。
『ならもういいな。最優先は皆を助けることだ。危険を冒してまで潜入した意味がないだろ』
『うん、ごめん……その通りだよね! まずは皆を助けなくちゃ! すぐに取り掛かろうゾブドくん!』
二人がちゃっちゃとカプセルを調べ始める間に、机に置かれたノートを覗き込む。
開こうとしてみるが——やはり手には掴めないか。
掴めても読めそうにないな。
前世の記憶を思い出してからもこちらの世界の文字は読めないことはなかったけど。
このノートに書かれている文字は一種の暗号のようで、所々欠けている上、見たこともないような文字で埋め尽くされている。それに字が汚い。
……古代文字か何かなのかな。それとも亜人の言葉? 博士やラルフは翻訳が出来るみたいだけど。
「つまりこいつら、高校生なのに外国語バリバリ翻訳出来るってことだよな……」
先刻までカプセルの周囲を見ていただけなのに、二人は声も掛け合わず、次々と側面のスイッチを押したりチューブの結合部を外したり、表面のカバーを取り外して中の導線や基盤を弄っていく。
——見ただけで解除方法分かったってことか!?
『ねえゾブドくん。慎重に行動しようとは言ったけどさ。よく考えたら……皆を逃したら矛盾してるよね』
『そうだな。それで、本題は? 何が言いたい?』
互いに手を止めず——どんどん皆を助け出していく。
チューブからの注水を止めて、ボタンを弄ってカプセルの中の水を抜き、そしてカプセルを開ける為にカバーを外して操作する。
すると筒状のカプセルが、実験体の足元から開き、上へ上がっていく。
完全に収納されたことを確認した後に、生徒を床に寝かせていた。
ゾブドに振り返ったラルフの瞳がキラキラと輝く。
『ここにある本、皆を起こして一人ずつ何冊か持たせて帰っちゃおうよ』
『なるほど。そうしたら沢山盗めるな。……翻訳はアースロイに任せよう。あいつ得意だろ翻訳』
『この量を一人でやるのは可哀想だよ……。そうだ、翻訳も一人一人に割り振りしよう。』
『面倒だ。私はしない……実験なら協力するが』
『……確かに。君はそっちに回って貰った方が効率がいいかも』
ラルフが呆れたように言い、導線をパチンと切ると、カプセルの蓋が開く。全ての生徒を解放し終わったらしい。
中途半端な小型の亜人達も、残しておくのは危険だとカプセル自体を破壊する。
『こいつ等……息をしてるぞ』
『ダメだよゾブドくん。連れて行くことはできない。カプセルを破壊すれば衰弱して死亡するだろう。置いていくよ』
『……こいつ等は私と同じだ。』
『ゾブドくん……』
『連れて行かせてくれ』
ラルフは頭を掻いて、はぁぁ、と溜息を吐く。
『仕方がないな。どうなっても知らないよ?』
『ああ』
2つのカプセルを開けて、中の二体を取り出し上着に包む。
『お前の上着も貸せ』
『はいはい』
テイガイアはラルフの脱いだ上着を受け取ると、自分の上着の上から再び縛って、お腹へ巻きつけた。
『まるで赤ん坊みたいだ』
『……バン様と私の子供か』
違う。
宙を見つめてむふふと笑う博士に、ラルフは顔を青くして言った。
『気味が悪い顔はやめなよ。折角イケメンなのに。そのバン様に好かれたいならボサボサの髪も汚い服もやめたらどうだい?』
『バン様は見た目で判断なさる方じゃない! 全てを平等に愛してくれる天使のような方なのだ! 知ったような口を聞くな……ッ!!』
『なんだ宗教の話か』
違うから。
一人で納得したラルフが、ふとテイガイアに目を向ける。
『赤ちゃん達の名前は?』
ニコニコと笑って嫌味ったらしいが、確かに見た目は赤ん坊に近かったな。チューブに繋がれて液体にプカプカ浮かぶ様は少し不気味だったけれど。
『……ジノとイルエラ』
『え?』
——っ、ま、待て!
どう言うことだ!?
22
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