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第伍章
87話 この頃から
しおりを挟む「そろそろ屋敷の中を案内しましょうか?」
「あ、うん。頼む」
一回一回見上げてくるのが可愛くて頭を撫でれば、またじっと顔を見つめられる。
……どうしたんだろう。そんなに俺は悪役の顔をしてるのか?
そっと手を退ける。去ろうとする手をじいっと眺め続けられるものだから、どう手を動かせばいいか分からなくなる。蝶々を目で追う子供みたい。いやそんな子見たことないけどさ。
「……もしかして頭撫でられるのいや?」
あからさまに目を逸らされる。つまり肯定しているのか!? ショックなんだけど……。過去を振り返ればお兄さんの手は確かに汚れているのかもしれない。
しゅんと肩を落としていると、子供が静かに呟いた。
「いえ。嫌ではないです。……もっと。撫でて欲しいなと」
なっ。
なんじゃそら。かわいい! 子供ってこんなに可愛かったのかー!
——って、違う。これじゃ誤解されかねない。違うんです世のお母様方。
子供はどちらかと言うと苦手なんだ。でも懐かれるのは悪い気しないなぁ。子供の可愛さを今更知るなんて。前世の俺って……。
よしよしと撫でると、猫みたいに擦り寄ってくる。もはや小動物並の破壊力があるぞ。
ただこの子は幼少期の博士……。
——もう一生このままでいい!
誰でもかれでも口説きたがる人格と実験大好き病み人格なんていらないいらない!
この純粋なままの博士で継続してください、更新手続きしますんで!
よーしよし、よーしよしと撫で続けていたら流石に煩わしくなったのか嫌そうな顔になってくる。
ごめんなさい。
手を引けばまた見つめられる。……まさか、嫌そうな顔は逆なのか?
「……まだ撫でててもいい?」
「……はい。」
博士は俯いて呟く。形の良い小さな唇が震える。
「もっと。貴方の手に触れられていたいです」
「——口説き症はこの頃から症状が出ていたのか」
「はい?」
撫でるのをやめて、手を差し出すと、こてんと首を傾げられる。あざとい。分かってるんじゃないか自分の可愛さを。
「あの……この手は?」
「……あ、いや、ごめん。俺は子供の頃、晴に——兄さんに手を繋いで歩いて貰ってたから。つい」
「……手を繋ぐ」
変かな?
それとも、やっぱり博士の父親が忙しいことと関係があるのかな。
繋がないと分かってから、引っ込めていた手に。小さな博士がそろりと、小さな手を伸ばして来て、おずおずと触れてくる。
優しく握り返すと、びくりと肩が揺れる。不安そうに見上げて来たので笑い掛けると、硬直してしまった。
また下卑た顔を発動させてしまったか?
「……お、俺の顔変?」
「あ、すみません。見惚れてしまって。こ、こちらです……」
ん? 見惚れた?
ああ、そう言えば俺って美形なんだっけ。……いやヴァントリアが美形なのは認めるけど、下卑た顔を浮かべた俺に見惚れるって……あ。
そうか。
そう言えばあの不味そうな食えたもんじゃない俺お手製の食べ物(食べ物と呼んでもいいか分からないが)を、味だけでなく見た目も褒めてとても美味しそうに食べていた。つまり少しズレているのは食に対することだけじゃないのかも。
いい笑顔より怖い笑顔の方が好きなんじゃないかな。うん。ルーハンは嫌がる顔が快感らしいし、ヒオゥネは悪い人が好きらしいし。博士もそんなもんだろ。
……しかし、怖い顔が好きな割に俺のことを見上げようとすることはなくなった。やっぱり怖かったのだろうか。
ちょっと目が合えば逸らされる。懐いてくれたと思ったのになぁ。……なんか悲しい。
ここがどんな部屋だ、あっちにはこんな部屋がある、向こうには行っちゃダメだ、ここにはよく来る、あっちに行こうと、博士は案内するのが楽しいのか、足が止まる気配がない。子供は疲れを知らないのか、なんかボヤけた世界を歩いていたからか酔ってきたんだけど。
「ここが僕の部屋です。歩き疲れたでしょう? 少し休んで行きませんか?」
「ああ。うん。そうするよ」
もしかして気付いてくれた? 洞察力も凄いんだな。
「ありがとう」
心配そうに見上げてきた顔に笑い掛ければ、照れ臭そうに俯く。
嬉しそうに笑う博士を見て、ああ、やっと笑ってくれた、と思った。ずっと硬い顔をしていたからな。初めて会った人に緊張するなとは言えないし。
——それから、部屋へ案内されて、呆気にとられる。
子供の部屋とは思えない。まるでジャングルだ。……薬品の。
「こ、これは一体」
「父上の部屋から盗んだものです」
「うえええええ!? ぬ、盗ん——ええッ!?」
父を敬っているように見えてまさか父から盗みを働いているとは。それもだが、この部屋を埋め尽くすほどの量を、全て盗んできたとは。
これだけ薬品に囲まれると圧巻だな。保健室より凄いぞ。ただ薬品と言っても不気味な物が多い。薬品漬けにされた生き物が大半を占めている。天井から干されてシワシワになっているモノまでいる始末。
もちろん庭にいたお魚達もいる。まさかそう言う意味で可愛いのだろうか。
「生き物が好きなら、これとかどう?」
そうだ、とコートの内ポケット——結構容量があるのだ——からうにょうにょの瓶を取り出す。
「かわいい! なんですかそれは!」
……だよな。
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