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第五章 前編
84話 真っ暗なまま
しおりを挟むだが、俺の足は遅い。すぐにヒオゥネに追い付かれてしまい、腕を掴み上げられてしまう。流石に人には脱出系魔法は発動されないらしい。
彼の手から逃れようと暴れ回っていると——魔獣の身体が突然、歪に曲がり、触手は硬化して白くなっていく。其の様子はまるで骨のようだ。バラバラに動いていた触手が身体へ集まって、何層もの触手達が白く変化し、複雑に重なり、異様な姿へと変わっていく。
——何なんだ、アレは。
「彼はまだ実験途中でしてね、あと少しで最高傑作へなる予定なのですよ。まあ今の結果でも十分最高傑作と言えるでしょう。ただ、進化中でこれからどうなっていくのか最終段階はどんな姿へと変化するのかがとても楽しみでして、ちょっと好奇心が抑えられないんです。まあ、僕に限って失敗作は作り得ないので大丈夫ですけど」
ヒオゥネは俺を拘束したまま傍観するだけだ。くそっ——と拘束する手から逃れようとした時。
魔獣が飛び掛かって来て、彼にも攻撃を仕掛ける。
「おっと」と軽々避けるヒオゥネだったが、回避する為に拘束を解かれた。
——ダイナミックに転がって、ヒオゥネから距離をとる。
おおっ、流石に逃げ延びる術なら隙がないな俺の身体! でも、マデウロボスでもヤバかったのに、この桁違いな魔獣相手じゃあ!
バッと魔獣を振り返れば、俺の辺りはまっさらで、しんとしていた。いや、爆音は聞こえたままだが。
魔獣はこちらに見向きもせず、ヒオゥネを狙い続ける。一息も付かず、飄々と避けるヒオゥネにただただ驚愕するしかない。
魔獣だって決して手を抜いている訳ではないだろう。しかし、ヒオゥネはどんな攻撃もすんなり避けてしまうのだ。
——そう言えばウォルズと逃走していた時も、道はめちゃくちゃだし瓦礫は飛んでくるし、魔獣の攻撃は容赦なかった。ヒオゥネが魔獣を操っているんだとしても、瓦礫や大規模な攻撃は彼にも危険があった筈だ。
それでも今まで無事でいて、しかも汗ひとつ、息ひとつあげていないだなんて。
——ヒオゥネは想像以上の実力者だ。ゾッとして、離れていると言うのに彼から距離を取ろうと後ずさってしまう。
どうしてそんな人が、——こんな実験なんかを。
ヒオゥネと目が合って——彼の瞳が大きく見開かれる。動きが鈍くなり、魔獣の攻撃が確実にヒオゥネを捕らえた。
「ヒオゥネッ……!!」
……っ、あんな奴心配する義理もないのにっ。
でも目の前で誰かが傷付くのを見過ごすなんて——駆け寄ろうとしたけれど、間に合う筈もない。必死に手を伸ばしたけれど、届く筈なんかなかった。
「——ヒオゥネっ」
魔獣の攻撃が直撃した——しかし、それはヒオゥネの身体をすり抜け、彼の背後の壁を破壊する。
——どう言うことだ。今のは避けたんじゃない、完全にヒオゥネの身体をすり抜けていた。
玉の汗が額に浮かぶ。それが頬に伝った時、背後から突然声がした。
「この身体は擬似呪いで出来た分身なんですよ。実態がないのでコントロールすれば空間をすり抜けることも容易い」
「な、何だって——!?」
背後に現れたもう一人のヒオゥネは、くつくつと笑う。魔獣に叩きのめされそうになったヒオゥネが徐々に薄くなり消えていった。
「他の分身ともお会いしてるでしょう。本体とももちろん会ってますよ。おっと、今の一撃で彼に呪いが吸収されてしまったみたいです。僕はさっき消えた奴の分身なので……これでは形が保てませんね。お別れですねヴァントリア様。では……」
「——待っ」
消えそうになる声に咄嗟に振り返る。
「お別れの接吻を……」
振り向き際に顔を寄せられて、聴覚で聞き取った未来の行為に思わず胸を突き放す。ヒオゥネはおや、と言いながら煙となって消えてしまった。
よ、良かった。すり抜けられなくて。
ヒオゥネの神出鬼没の理由がやっと分かった。空間を移動していたらそりゃ何処でも現れるわな。
……本体とも会ったって言ってたけど。散々キスされた時のヒオゥネは分身だよな……? ……魔獣に取り込まれたって言ってたし。あれは先刻姿を消した分身のヒオゥネの筈だ。そうであってくれ。
それとも忙しいからって俺が博士の部屋から逃げ出した後、分身を寄越した……とか? いやいやいや。
分身だ、あれは分身。
……でも分身にシスト様から直接通信なんか来るかな。
「いやいやいやもう考えない! 考えない! 知らない!」
熱い感触を思い出してブンブンかぶりを振る。
ひぃひぃ言って脳裏の記憶を拒絶していたら、すぐ傍でドゴーンッと破裂音がなって地面が破壊された。ヒオゥネに向けられていた攻撃がこちらに移行したようだ。
避けることに特化している俺の身体だが——ヒオゥネのように息ひとつあげないなんて芸当は出来ない。もう無理体力持たない本気でヤバイ死んじゃう!
「くそ——ぐあっ……!」
魔獣とのレベルの差があり過ぎて、硬化した触手に薙ぎ倒される。
一撃で反対側の壁まで一直線に吹っ飛び、背中を強打する。呪いで脆くなっていたのか崩れ落ちて来た瓦礫も粉々に砕けて石飛礫ほどの大きさになっていた。
しかし、自分がザコキャラであるからなのか、魔獣が桁違いに強過ぎるのか、全身に走る激痛で地面に這い蹲ることしか出来なかった。
黒い触手が伸びて来て身体を包み込んで来る。
「くそっ、離せっ」
——ウォルズから貰った剣なら、振り回すだけでも威力は高いだろう。けど、もし本当にこの魔獣が博士なのだとしたら、俺には攻撃なんて出来ない……。
自分の手に黒い模様が見えた気がしたが、それどころじゃない。俺の動かせない身体を触手が這い回り飲まれていく。
——くそ、くそ。
博士。ジノ。イルエラ。ウォルズ。
頭が痛い——割れるようだ。
何も聞こえない。まるで、思考が奪われるように何も考えられなくなっていく。
目の前は真っ暗なままだ。
シスト……結局最後まで現れなかったな。来てくれるなんて期待を、ヴァントリアはどうして抱いたんだろう。
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