転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)

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第五章 前編

83話 力があれば

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 声の中、振り向き様にヒオゥネに食って掛かる。

「ふざけるな——ッ、苦しんでいるじゃないかッ!! それに、魔獣が本当に博士かどうかも証明されていな——」
「そうなんですか、なら怒る必要はないでしょう。この魔獣は助けなくていいんじゃないですか」

 楽しそうなヒオゥネの声に反感を抱き、とっさに声を上げた。

「——た、例え博士でなくても助けるよ! 俺は苦しんでる奴を放っておくなんて事出来ない!」
「散々相手を苦しめて来た貴方が言うんですか」
「だからこそ俺は——だから、誰だろうと、絶対にッ」

 ヒオゥネを触手の壁へ叩き付け、襟を掴んで追い詰める。

「どうにかして助ける方法はないのか! 答えろ!」
「僕にそれを聞くんですか」
「言えよ! はやく……!」

 生理的な涙で視界を滲ませる。ヒオゥネの顔がよく見えない。縋り付くように胸に顔を押しつけると、くつくつとその腹から笑い声が漏れた。

 どうして。何で。

 聞こえなかったのか、今の叫び声が。どう聞いたって、助けてくれと、言っていただろう。

「……たの、む。……嫌なんだ。苦しんでる人を見るのは……おねがい、ヒオゥネ……おねが——ぁ……!」

 ——顎を掴まれ上を向かされる。

「いいでしょう。代わりに貴方が実験台になってくれるなら……ですが」

 変わらず、くつくつと笑うヒォウネの顔を見上げながら、彼の言葉を反芻して「分かった」と答えた。するとヒオゥネはつまらなそうに顎を離す。

「本当に嫌いなタイプな人間になってしまわれたんですね。あの頃の貴方は美しく気高く誰が手を差し伸べてもそれを汚して突き放してやるような、まるで真の高嶺の華だったというのに」

 興味をなくしたようにそっぽを向かれ、掴み掛かっていた腕も外される。吐き捨てるように言われて、自分の情けなさに涙ぐんだ。

 掴み掛かる力すら敵わないって言うのか。

 どうして俺はこんなに弱いんだ。どうしてザコキャラなんかに生まれたんだ。

 ——どうして。


 俺に。シストみたいな、力があれば。


「そんな貴方に戻してあげられるのならば実験台として傍に置いても悪くはないです」

 頭に向かって吐かれたその言葉に、キッと相手を睨み上げる。

「戻ったりしない! 俺は後悔してるんだ、皆に償うって決めてるッ!!」
「じゃあ僕に実験されることが償いだと感じればいいじゃないですか。貴方がして来たこと以上に酷い目に遭わされれば、彼等は少しでもスッキリするかもしれません」

 違う。

 何の確証もないのに、確かにそう思った。

「……無理だ。そう簡単に心の傷は消えたりしない」
「まるで経験したことがあるみたいな言い方ですね」
「……両親亡くしてるし、シルワール様も亡くなっちまった」

 前世でも母を亡くしている。

 大切な人に裏切られた時、——知らない奴に苦しめられた時、そして、大切な人を奪われた時、どれ程、苦しかっただろう。

 今でもまだその苦しみは続いている。癒されることも知らずに、ただ俺を恨み、苦しみ続けている。

 例えその苦しみを一生癒してやれなくても、俺は償わなきゃならないんだ。

「……おれは、もう。苦しんでいる人を見て放っておくなんてことは……」

 何も出来ないなんてことは、嫌だ。何もせずに失うようなことはもう二度としたくないんだ。


「実験……してくれ。俺をジノやイルエラみたいに強くしてくれよ……っ!」



 そうすればきっと、多くの人を救えるから。


 ヒオゥネは機械のような冷たい声で話す。その声色は珍しく表情にマッチしていた。

「彼等は人工的に作られた存在です。様々な亜人の細胞を掛け合わせ作られた特殊な人造体。ヴァントリア様は人として生まれていますから。難しそうですね……でもそれを可能にすることが楽しいんです。実験というのはそういうものでしょう。ではまず、モルモットが必要ですね。43層から人間の囚人を連れて来ましょう」

 ——ヒオゥネの言葉に絶句する。

「……な、何を言って」
「テイガイアが実験した相手が失敗作になったのなら、どうだっていいですよ。でも、僕の実験が失敗に終わることはありえない。貴方をハイブリッドにする実験。こんなこと滅多にないですし、何より僕は最高傑作しか作りたくないんです。貴方は本番に取っておく。だからモルモットがいるでしょう。いかなる実験でも材料がないと。必須条件ではないですか」
「そ、そんなのダメだ。直接俺を使ってくれ」

 ガクガクと膝が笑う、その様を見てヒオゥネはくつくつと笑った。

「貴方を今失うのは困ります。それに……貴方を強くするよりは、僕は貴方の中を覗いてみたい。さわって、確かめてみたいんです」
「ちょ、ど、何処さわって……」

 太腿に指先がいやらしく纏わり付いてきて、距離を取る。触られたとたん、ざわざわと内側から警戒心が形になって現れるようで気持ち悪かった。

 睨み付ければ、くつくつと心底嬉しそうな声で笑う。ヒオゥネが不意に手を動かした。流麗な動きに失態だと分かりながらも見とれてしまい——瞬く間に触手に腕を縛り上げられ、吊るされたような体制になる。

 ヒオゥネの顔が近付いてきて唇を奪われる。

「んっ——んううっ」

 顔を思いっきり横に背けて拒否すれば、顎を掴まれてもう一度ヒオゥネの方に向かされる。

「さわ、るな……っ、気持ち悪いっ」

 涙の浮かんだ目で必死に睨み付ければ、ヒオゥネは肩を震わせて笑った。

「可愛らしいですね。……そういう顔は好きです」

 耳元で美声が紡がれてビクビクと身体が反応する。ヒオゥネが口を開く度に唇が耳を掠めてゾクゾクと全身を寒気が襲った。

 顎の手を拒絶してもう一度横を向けば、今度は何もしかけてこない。ただ、剥き出しになった耳に唇を押し当てて舌で舐め上げながら言われてしまう。

「もっと睨んでください……。僕を蔑んで。下の者を見るみたいに。貴方の目線には自分と同等の者も、上に立つ者も誰もいないでしょう。貴方にとって周りの人間はお飾りです。貴方の顔を見る度に思い出します。昔の貴方を。……僕は、悪い貴方が好きなんですよ」
「……す、すきって」
「こっちを見てください」

 耳から唇が離れていって、有無を言わさぬ口調に恐る恐る振り向いた。

「僕が怖いんですか。……ヴァントリア様。貴方は警戒すると目付きが鋭くなります。まるで子犬みたいで可愛らしいです」
「……別に、今は睨んでるつもりは……」
「いいえ。貴方は僕に威嚇しています。貴方の中の本能です。昔の貴方の名残ですね。貴方は今無理をしているんです、本当は、昔みたいに……誰かを支配したくてウズウズしているんでしょう。其れが王族の血が望む本来の在り方です。オルテイル一族は怖いですから……」

 自然に顔を近づけて来て唇を寄せられて、ひっ、と声を上げて再び拒絶する。

「あ、あ、う……そ、そう言うのはよく分かんないっていうか。支配したいなんて……今は思わないし」
「やはり昔の貴方とは違うのですか。残念です。……となると、貴方に期待は出来ないみたいですね。僕は貴方には協力しませんよ。あのテイガイアの姿を見てください。とても、綺麗じゃないですか」
「……苦しんでいる相手を綺麗だなんて思ってやれない」

 ヒオゥネはくつくつと笑う。

「……そうですか? 苦しみ、踠き、叫び、のたうち回り、愛する者を傷付ける。狂気を身に宿したあの姿。生きようとする傲慢さ。僕には輝いて見えますよ」

 理解出来ない……。俺にはとても。無理だ。

「貴方は僕と同じ人種……自分の欲に忠実で、傲慢です。だからこそ美しい。貴方の美しさを取り戻したい……こう考えるのは自然なことです」
「俺の何処が美しいって言うんだ……! 今だったらお前の瞳だって綺麗に見えない、お前なんか大嫌いだ!」

 言った途端、身体を撫でていたヒオゥネの手の動きがピタリと止まる。

「お前が止めてくれなくても、俺が止めて見せる!」

 ——強い決心で宣言すれば、脱出系魔法が発動され、触手から解放される。驚いて少し考えてから気付いた。

 そうか、触手とは言え、拘束されていたから、魔法が効いたんだ!

 しめた——とヒオゥネから離れ、魔獣の身体へ向かっていく。どうにかして、止めなくちゃ。



 例え俺の命を失ったとしても——……っ、目の前の人を助けられなきゃ償いなんか出来るもんか……!


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