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第五章 前編

77話 だって面倒くさそう

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 ヒオゥネの威圧的で失礼な発言に対して、相手の声は柔らかい。……ゲームで何度も聞いたことがある声だ。

 これこそウォルズや他の登場キャラクターと接していた時の声っ……!

 まさか聞けるとは思っていなかった声音に、歓喜に震えていると、ヒオゥネの瞳がじっとこちらを見つめていたことに気がつく。

 何かいたたまれなくて目を逸らせば、抱き締められる。

 ——おいおい、通信の相手が誰だか分かってるのか。

 甘えるように首筋に顔を埋めてきて唇を当ててくる。徐々に水音を含んだ行為をするようになり、未だに喋り続けている通信相手がどう思っているのか不安だった。

 ——絶対に聞こえてるのに気付かないふりをしてる。やっぱ精神力ヤバい。

 凄い、お兄様凄い。

 ——と思っていたが。


『——いい加減にしろ』


 低い声が放たれてヒオゥネがやれやれと離れていく。と言っても唇と顔だけだけど。

 身体はくっ付いたままヒオゥネが答える。

「いいじゃないですか。……仕事三昧な日々に目の前に潤いがやってきて拒める人なんていませんよ」

『私は仕事をこなしているが?』

「自ら仕事を放り投げて何度も最下層へ降りていたシスト様が面白い冗談を言いますね」



 しんと静まりかえる。




 オイオイ、王様に向かって言っていいセリフかよ。

 ——それにしたって、俺以外にもこんな口調になってたなんてびっくりだ。頑張って普通に接しようとしたんだろうけど、流石のシストでも失礼過ぎる態度には怒るらしい。

 ……いやでも、こんな挑発だったら彼の兄で慣れているだろうから、やっぱりヒオゥネがウロボスの長であることに関係あるのかな。

 知らないわけないよな、だってあのシストだもん。

 ……静まったまま話さないシスト。大丈夫だろうか。

 怒りを買ってしまったんじゃないかとヒオゥネが心配で、そっと顔色を伺うと、やはりこちらを見続けていたようで。フッと口元に笑みが浮かぶ。

 そっと唇を寄せてきて、ぎゃっと内心悲鳴をあげて肩を震わせるも、顎を掴まれて唇を吸われてしまう。

「ん……」

 離れていく時に思わず漏れた鼻声が恥ずかしくて顔を熱くしていると、また誘惑だとでも思ったのか顔を近づけて来る。

 シストとの通信の最中だろ、集中しろ。

 と睨み付ければ——……やはり誘惑だと思ったらしい。唇に熱い唇を掠めて微笑んで来る。

 ——違うんだってええええええ!


 だって声をあげたらシストにバレるじゃないか居場所が!

 それにヒオゥネの相手が女性だと思ってるだろうシストに実はヴァントリアでしたって宣言するのは嫌だ!

 シスト様には嫌われたくないんだ! だって此れ以上嫌われたらめんどくさそう!

 ただでさえ捜索部隊が多く放出されてると言うのに。

「可愛らしいですね……僕のことでも考えているのですか?」

 誰がお前なんか……。

 ムッと睨み付けると、ポッと頬を赤く染めて。「可愛い……」と顔を寄せて来る。

 だから違うってッ!?

 膝で抑えようとしたが、ペロリと唇を舐められて、ゾワァあああっと全身の毛が逆立った。

 い、いい加減にしてくれ! 通信ももう終わっていいだろお願い終わって、いや、寧ろビレストでも送り込んで貰って俺をヒオゥネから離して貰おうか。

 ダメダメダメだ! 俺は博士を助けに来たんだ、それじゃ博士を助けられないじゃないか! 何より身動きが取れない皆が捕まってしまうかもしれないし、よくよく考えたらビレストでも44層じゃ呪いを受けて動けなくなるだろう。

 ——そうだ、呪いを受けない……受けにくい相手って、他にいるのか?

 ヒオゥネが何故受けないのか不思議だけど、彼は呪いについて調べてるんだ。呪いを抑える道具か何かを身に付けていてもおかしくはない。

 そう言えば、45層でイルエラに会った時、シストも平然と立っていたような……。

 ——シスト様に、直接出向いて貰う? 此処に?

 無理無理、無理に決まってる。だってイルエラに俺を喰わそうとして檻に放り込んだ奴だぞ。何よりヴァントリアを嫌ってることは前世の記憶で明白だ。

 いやまあ態度でありありと伝わって来たけど。

 ……やはり、ここは自分でどうにかするしかない。



『——そんなことより、テイガイア・ゾブド博士についてはどうなっている? 貴様の仮面にして、更に実験までしているんだろう?』



 ——博士の実験について知っているのか!?



 声を出しそうになり、慌てて口を閉じる。何も言わないヒオゥネに、更にシストが続けた。


『彼は何処にいる? パタリといなくなっただろう。まあいい、想像はつく』


「——博士の居場所を知ってるのかッ!?」



 思わず声をあげていた、しまったと思った時にはもう遅い。

 で、でもまあ、声だけじゃ特定出来ないよな、相手が誰かなんて。



『……ヴァントリア?』

「——え」



『今の声、ヴァントリア・オルテイルだな……? ヒオゥネ、何故貴様とヴァントリアが一緒にいる……』




 な、なんで声だけで分かるんだ!




 シスト様の誰にでも穏やかな神経を、唯一声だけで逆立てさせたからとか? ——あり得る。

 俯いて怯えていたら、頬を撫でられて、ふと顔を上げる。

「心配してくださっているのですか? ヴァントリア様……何ていじらしくて愛らしい方だ」
「ひっ」

 ——ヤバイ、と思った時にはもう間に合わない。

 相変わらずの熱い唇で熱いキッスを交わされる。もうリップ音なんか通信に丸聞こえだろう。

 や、やめてぇ、お願ぃ、お兄様にだけは聞かれたくないぃ!

「んっ……や」

 唇に舌を差し込もうとして来たのを、抵抗して膝で胸を押す。しかし下半身を擦り付けられ変な声が上がった、その時だった。


『……殺す』


 胸を刺すような冷たい声がその部屋に響いたのは。


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