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第五章 前編

73話 熱い瞳

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 さっきの場所に戻って、そろぉりと再び扉の隙間を覗くと、やはりまだいらっしゃった。

 黒衣や黒手袋は着ていない、白い衣装の儘の今でも、下手したらシストより悪者感が出てる。

 他のモブに比べてオーラが格段に違うんだよな。新シリーズのレギュラーに食い込む位の人気者だからなぁ。

 ——それから、部屋の中には変わらず兵士もいるみたいだ。

「…………」

 こちらを見たヒオゥネに笑止顔をされる。手をこ招くと、にこりと微笑む。何やら漁り続けたまんまである兵士に目もくれずやって来て、今度は扉を閉め切った。

「44層に何しに来たんですか? もしかして僕に会いに? 嬉しいですね」
「そ、そうじゃないけど……。ちょっとお願いがあって」

 その言葉に眉を寄せて、残念そうな顔をする。

「……命令、ではないのですか?」
「俺はもう王族じゃない——って、……命令して欲しいのか?」

 彼の言葉に妙な引っ掛かりを覚えて尋ねると。相手はくつくつと肩を揺らして笑った。

「そうですね。貴方になら」
「…………いや、なんかやだ。性に合わん」
「お似合いだと思いますけど」

 た、確かに。前世の記憶がない俺になら……めちゃめちゃお似合いだが。

「……と、とにかく、手伝ってくれるのか? くれないなら用はないから部屋に戻ってくれていい。扉もピッタリ閉じててくれ」
「何を手伝えばいいんです?」
「……手伝ってくれるのか?」

 や、やっぱりいい奴じゃないか! ——と思った束の間。

「——条件次第によります。代わりに見返りはいただきますよ。命令に報酬は付き物でしょう」

 何て言われて脱力する。因みに文句も忘れない。

「だから命令じゃないって、頼んでるんだってば」
「左様ですか。それで? 何をすればいいのか教えて頂けますよね」

 扉の奥の音が近くなった事に焦り、ヒオゥネの手を掴んで引っ張る。目的の場所迄連れて行かないと言葉で説明出来る気しないし、何より遅かれ早かれどうせ移動するなら、兵士に見つからない危険のない場所へ逃げ出してしまいたかった。

「……ヴァントリア様、一体どこへ……と言うより、さっきから何をしているのですか?」
「決まってるだろ、瓦礫のフリだ。もし兵士がひょっこり出て来たら困るだろ。お前は大丈夫だろうけど」

 ここは慎重にいかないと。

 因みにヒオゥネを呼びに行く時も瓦礫のフリは続けていた。危険だとウォルズに忠告されたからなっ!

「瓦礫だけですか? 例えば、そこの石ころのフリはしないんですか?」
「——石ころは嫌いだ! 俺をすぐずっこけさせる! それにすぐバレた!」
「はあ……そうなんですね。そんな事に腹を立てるなんて、とても可愛らしいです」
「ど、どうも……」

 可愛いか? ヴァントリアのどこが可愛いのか分からないけど、ガキくさくて——子供みたいで可愛いって思ったのかもしれない。

 それにしたって、ヴァントリアは子供にしても生意気そうでやだなぁ。確かに生意気なのも子供ならではの可愛さって奴だけど、ヴァントリアとなると生意気の度合いが絶対的に別物だろう。

 嫌味たらたら莫迦丸出しでも王族じゃあ手が出せない。上から目線にもし機嫌を損ねたら拷問か囚人か処刑か……もっと惨たらしいことか。それも子供だから自分の立場上の言葉の重みって奴を知らないだろうし。とにかく絶対可愛くない。恐怖の対象でしかない。

 ならヒオゥネの子供の頃ってどんなのだろう。今みたいにイケメンの面影が残ってるんだろうか。いや本人だから面影も何もないかもしれないけどさ。まんまかもしれないし。

「……ヒオゥネは綺麗な目してるよな」
「……はい? そうですか? 余り自分の容姿は気にしたことありませんね」
「え!? 気にしたことないのか!? 女の子にモテたりしなかった? それで自分ってもしかしてイケメンっ? とかならない訳? 俺ってイケメンは皆自分がかっこいいって知ってると思ってたけどそうじゃないんだな」
「……僕はイケメンなんですか? ヴァントリア様から見たら」
「そりゃもう見るからにイケメンだろ! 俺なんかと比べたら別格の——」
「——ヴァントリア様は美しいです」
「い、いや俺なんか——」
「——美しい方です」
「王様の名前はシスト——」
「——僕が美しいと思っているのはヴァントリア様、貴方です」

 ……なん、だと。

 いやいやいやいや、威圧的な——し、真剣な眼差しに気圧されて思わず驚きかけたが、よく考えたらあり得ない。だってヴァントリアが美しいなんて。誰が思うか。

「もしかしてセルと間違えて——」
「——貴方の名前はセル様と言うのですか。ならばその通りです。貴方は美しいです」
「……か、からかってるのか?」
「からかっているように見えるのは自分に自信がないからですか。昔は理解していらっしゃるように思えましたが」
「うぐっ……あ、あの時はナルシストを発動していたと言うか……」
「なる……? ……まあ、例え貴方が自分を美しくないと思っていたところで、僕にとって貴方は美しいと捉える対象ですから。覚えておいてください」
「具体的にどの辺がいいのか聞いてもいい?」

 まあ容姿は美形と言う設定らしいから……イラストでもかっこよかったちゃあかっこよかったし。それで、美しい、なんて認識してるのかな。大変だなこの世界の住人も。

「——その射抜くような視線が溜まりません」

 ん?

「——その唇が暴言を吐く度に妖艶な赤い舌を覗かせて、その唇から紡がれた割れるような声は脳を殴られたような刺激を受けられます。無茶な要求や、その要求に応えた後の鬼才な発言も魅力的です」

 ん? ん?

「鬼才って、た、例えば、どんな」

 そう言うと、ヒオゥネの目の色が変わり、すうっと息を吸い上げる。

「——『俺が要求した? 何の話をしている? お前が勝手にした、そうだったよな?』『俺の要求に応えたつもりか? 本気で言ってるのか? カスリもしてないぞ』『なるほど、そう応えてきたか。お前のような無能にはうんざりする。ああ、そうか。分かったぞ。自分を使って俺の要求を叶えるつもりだったんだな。なんだ、優秀じゃないか。偉いぞ。ご褒美に……要求以上のことをしてやろうか』」

 演技力抜群な台詞を真顔でぺらぺら話し出すヒオゥネに足を止めて身体ごと振り返る。

「も、もういい! 覚えてないよそんなの」
「今の砕けた話し方も素敵ですが、昔の上品な話し方も僕は素敵だと思いますよ」

 ……お前が吐いてたその昔の話し方とやらを頭の中で何度反芻してみても上品だとは一度も思えなかったんだが。

「でも褒められるのは悪くないな。……褒められてんのか分かんないけど」
「褒めてますよ。僕は貴方の美しい佇まいが好きなんです」
「そ、そっか。なんか照れ臭いな。……俺もヒオゥネの瞳、綺麗で好きだよ」
「……綺麗、ですか。さっきも言った通り、余り自分の見た目は気にしたことがなかったので、嬉しいです。それに綺麗と言われた事はなかったので」
「え、ないの? こんなに綺麗だったら普通口に出しちゃうと思うんだけどな……」

 ぐっと顔を近づけて、瞳を見つめていると、長い睫毛がその瞳を隠すように降りてしまう。

「ヒオゥネ?」

 何だ?

 何で急に黙って——って自分で近付けといてなんだけど顔近! あれ、なんかどんどん近付いてるような——……

「あ、あの、ヒオゥネ。近い……ごめん、俺から近寄ったのは謝るけど何でそっちからも近付くの」
「……はぁ。何だ、余りに顔を近付けてくるものですから接吻でもしてくれるのかと期待したんですが」
「…………え?」
「接吻。キスですよ。唇と唇の接触。粘膜と粘膜……と言う表現は余り好きではありません。ロマンチックじゃないじゃないですか。世界中で認知された愛の行為ですよ。莫迦みたいに弁明しようと皆に認知されていることこそが常識」
「は、はあ」
「つまり、……愛する者同士の行為」
「…………ん? それって」

 接吻……キスされることを期待してたって、ヒオゥネは言ってたけど。

「俺も顔近付けちゃったけど、ヒオゥネは何で近付けたんだ? 嫌なら離れればいいのに。——ああ、そうか、嫌な気分になってることを実践して教えてくれたんだな?」
「鬼才な発言ありがとうございます。こっちもこっちで結構くるものがあっていいと思いますよ。僕は」
「え、う、うん」

 つまり莫迦だと言いたいのか?

「ヴァントリア様、一つよろしいですか。貴方の出した結論は間違っています」
「えっ」
「僕は貴方が一向にキスしてくれそうになかったから、キスしようとした訳じゃないと気付きました」
「え、あ。そっか、キスされると思って期待してたんだっけ。あれ……期待? 何で?」

 ヴァントリアにキスされそうになって期待なんて、ヒオゥネ何言ってるんだ。そうだ、引っかかってるのはこれだ。何でヴァントリアにキス迫られて期待して、それで顔を近づけるなんて。まるで……。




『ヒオヴァン様はですね、ストーリーで公式と認められている素晴らしいカップリングでして……』




 ——とたん、脳内にウォルズの声が鮮明に流れ始めた。

 彼の腐の怨念でテレパシーでも送ってきてるのか。






『その時にちょうどヒオゥネがヴァントリアの側近として傍にいて、僕の相手もしてくださいってヴァントリアにキスをするんだよ!』





 ——待てウォルズ、その話は確かに聞いたけど。




『その儘ヴァントリアを襲おうとするんだけど、これには驚いてヴァントリアもヒオゥネを殴って、兵士に捉えさせて側近からクビにしたんだよね、勿体ない』



 ——な、なんか今聞いたら、ヤバイ気がする。





『ああ、忘れられないなぁあの問題シーン。女の子とキスしようとするヴァントリアを無理矢理自分の方に向かせて唇を奪って』





 ——だって目の前にその本人が。





『抵抗しようとするヴァントリアを押し倒して、むちゅむちゅする映像を何度もリピートしたなぁ』




 ——待ってよ、想像したらパンクしちゃうんだから。








「ですから、もういっそ僕からキスしてしまおうと思いまして」

 ——さ、

「左様……ですか」
「ヴァントリア様?」




『————だめだッ……! ヒオゥネは——を狙ってるんだ、ホイホイ現れたら——てくださいって言ってるみたいなもんじゃないか!』




 ——ウォ、ウォルズ、なんかセリフ、おかしくない?

 なんかノイズみたいなのが……ちゃんと言ってくれよ、分かんないよ。



『ヒオゥネは——を狙ってるんだ、ホイホイ現れたら——てくださいって言ってるみたいなもんじゃないか!』




 ——だから、その伏せ字を。



「……もしかして、して欲しいんですか?」


 そんな声が聞こえた時は、もう顔が間近にあって、自分が壁に追い詰められている場面だった。


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