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第五章 前編

71話 納得したくない

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 博士の部屋はストーリーでも良く使われた。博士のいない間に彼の部屋で調合し、薬を持ってくるミッションなんかが良くあったからだ。

 呪いの技を受けると普通の回復薬では効き目がないからだ。専用の回復薬を博士にばれないように作り、くすねるしかない。だから大量にくすねてアイテムポーチに調合済みのモノをストックしておく。

 博士からくすねていたのは白い粉ではなく透き通った結晶だった気がしたが……白い粉の状態のものは調合の過程——調合するのに必要な作業工程だったんだろう。

「——……で、————にす——ば」

 今までシンとしていた廊下に人の話し声が聞こえて咄嗟に近くの物陰に隠れる。物陰と言っても特に物がないから其処等辺に転がってる瓦礫の後ろに小さく丸まった状態だけど。

 どうやら声を発している本人は廊下にはいないらしい。少し先の部屋から聞こえてきている。

 確か——俺の記憶の中の地図上によれば、あそこは実験準備室……と言ってもゲームでは開かない扉だったから入ったことがないんだけど。

 なんか、怪しい。

 どうして実験準備室の扉が開かないのか、と考察部隊がよく働いていた記憶があるし……好奇心はあるが覗く勇気もないな。

 でもあの前を通った方が博士の部屋への近道だし……。

 各層全てが円状に展開されており、一番端に限っては必ずカーブの掛かった壁が存在する。

 44層の廊下も同じ様に円状に敷かれており、逆方向に回っても一周するのと殆ど変わらない距離だ。

 皆が苦しんでるのに……怖気付いてる場合じゃないだろ。

 ——自分に喝を入れて、そろりそろりと部屋へ近付いていく。偶に瓦礫に身を隠して偶に地面に伏せて見て、偶に壁にぺったりくっついてみて偶に木のフリをして偶に瓦礫のフリをする。因みに瓦礫のフリはもはやチートレベルで得意になってしまった。特技の一つとしてヴァントリアのステータスに付け足しておこう。コツは瓦礫みたいにピシッと固まって後は瓦礫の顔をすればいい。

 そんなこんなで漸く扉の前までやってきて、後は少し開いている扉を中の人物に気付かれずに通り抜けるだけだ。

「——ここにある材料は全て使用しても問題ありません。僕がいない間も貴方が指示を出して実験番号G6F07を続けて下さい。」

 この声、——ヒオゥネっ!?

 ど、どうしよう、ウォルズに注意されたばっかりなのに!

 それになんか……ヒオゥネって神出鬼没なイメージがあるし、すぐに見つかりそうで怖い。瓦礫のフリをして一瞬で通れば気付かれないか? いやだめだ、瓦礫は動かない。そんなスピード出ない。

 よしならいっそ投げられた小石のフリを……。

 ぴょーっと飛ぶフリをして通ろうとすると、扉の隙間からヒオゥネと兵士が話をしているのが見えた。兵士もなんかアンデッドっぽい。

 ——とたん、バチンコとヒオゥネと目が合う。

 ビクッと身体が震えてサッと血の気が引く。しかし、ヒオゥネは此方を見つめ続けるだけで何か行動を起こす気配はない。

 兵士も何やら周囲の無機質な真っ白な箱を漁り始めている。

 に、逃げてもいいんだろうか。

 困ってヒオゥネに目で訴えると、パチンとウインクされて顔が熱くなる。

 ——な、なんだこのアイドルにサービスされた気分。

 にこやかに微笑んで手を振られ、此方も笑って手を振る。

 何だ、やっぱりいい奴じゃないか。……で、でもイルエラやジノや博士に、他の人まで実験台にしてるんだから悪い奴なのも確かだけど。

 でもシストやセルやルーハンだって悪いことしてるし、それで人気のあるキャラって狡いよな、ヴァントリアも非道だったけどメインの敵キャラ達は特に非道だったと思うし。ヴァントリアより最低なことしてた奴等も結構いただろうに。

 ヴァントリアのくそしょぼなキャラ設定に比べたら作り込まれてて個々のストーリーに行動の理由があったから嫌われなかったんだろうけど。

 ……どんな過去があろうと、どんな辛い思いをしようと、他の人に自分より深い傷を負わせて満たされようなんて……そんな考え方はいけないことだと思う。

 だからこそ俺は俺の行動を恥じて、後悔して、皆に償いたいと思った訳だし。

 セルはもちろん、ルーハンも、ヒオゥネもきっと何か辛い過去があったんだろう。痛みを知っているなら、庇ってあげられる側になればいいのに。どうして。

 ——それとも、辛い目にもあっていないのに他人を陥れたヴァントリアなんかには分からない苦痛を味わってきたのだろうか。

 分かったようなこと言うもんじゃないのかもしれないけど、なんか、納得出来ない。

 だって前世で皆に好かれた彼等が、未だに過去を克服出来ていないのも、誰かを傷付けていることも、許せないんだ。

 前世では愛されている彼等が、この世界では誰にも愛されていないってことが、許せない。

 じっとヒオゥネを見つめていると、一向に去らない俺を不思議に思ったのか、——無意識だろうか——首を傾げて眉を寄せる。

 其の動作だけでも色男っぷりが前面に押し出されて思わず顔を背けてしまう。

 か、かっこよくて直視出来ない……。

 本当にモブとは思えない魅力だよな。

 ウォルズによると新作の方ではレギュラー陣としてストーリーに深く組み込んで来ているらしいし。当たり前かもしれないけど。

 ……ヒオゥネも何か辛い過去があったのかな。

 不思議そうに見つめてくる彼を思わず見つめ返していると、近くでゴトンと音がして、兵士がすぐ傍に迫っていたことに気が付いた。箱を漁るのに夢中で俺には気が付いていない様だ。

 いつまでもここに突っ立っていたら兵士に気付かれかねないし、ヒオゥネがこちらにやってこないことをいいことに、そそくさと扉の前から離れて逃げる様に博士の部屋へ向かった。
 


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