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第五章 前編

61話 第七層ドルフェマ

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 第7層ドルフェマ——地下都市の最上級階の者達のみに利用が許された会議室が存在する。

 また、それぞれの執務室、地下都市最大の裁判所等の施設も整っており、権力のトップクラスの者達が集う。

 会議室は一つではなく全部で8部屋あるが、その内の一室は最上級階の者でも自由に入ることが許されない——王に招待された者のみがその時のみ利用出来る最大級の会議室モルトナがある。

 他には最上階級の者達の為の医務室もあるし、休憩室なんかもあるが、滅多に利用する者はいない。

 何故なら、自分専門の医師を帯同しているし、そこで自分より権力の高い相手とばったり出会って気を使うなど、彼らのプライドが許さなかったからだ。

 ましてや王であるシストが側近を連れて歩いていることがある為、無礼を働いて目をつけられる——もしくは命を狙われるくらいなら、自分の部屋の方で過ごす方が最良の選択と言えた。

 第7層ドルフェマの会議室モルトナで、ぼうっと地面を眺め続ける男がいた。

 彼が異常であることは、今扉を開けて入ってきた男達にも一見すれば分かっただろう。

 王である自分が入ってきたのに、その男は地面に顔面を押し付けながら、虚ろな瞳で微動だにしないのだから。

「ウロボス帝、セル・ウロボス。態々きてもらって申し訳ないね」

 王——シストは爽やかな笑顔でそう言って自分の席へと向かう。彼の側近が先に向かって、彼が座る前に椅子を引く。

 本来なら向かい合わせで座る筈の相手は未だ地面と睨めっこしている。

 相手の側近はどうしたら良いのか分からないのか、それとも慣れているのか、彼の後方の壁に張り付いたまま動かない。姿勢良く主人を見守る姿はまるで銅像のようだ。

 見守ってないでどうにかして欲しいのだが。

 会議ではなく会食のため、次々に料理が運ばれてくるが、まだ相手は席に付かないどころか目すら合わせない。

「席に着いてもいいんだよ」

 一回聞いただけなら優しい声音に聞こえるが、慣れてくるとシストが不機嫌であることが理解出来るようになるだろう。

 セルもウロボスの長になってからずっと王の会議に参加してきたし、他の仕事に第7層へやって来た時も王に鉢合わせすることだってあった。毎度の如く斬り掛かっていたからか、シストは顔には出さないものの彼の前ではいつも不機嫌だ。

 王である自分に対して突然斬り掛かってくるのだから当たり前といえば当たり前だが。

 更に彼に追い打ちを掛けたのが、汚い色だと施設をめちゃくちゃにするわ怪我人死人は出すわで……セルが関わると散々な目に合う。地下都市に住む殆どが出来れば会いたくないと考えていることだろう。

「——今回は君の今後の仕事について話しておきたくてね。」

 第7層に来る度工事を行うと、出入りできなくなり他の者の仕事に支障を来たす上、セルは暴れるだけで仕事をしようとしない。

 だからこそ彼の支配層である、彼の望む環境に仕事を持ち帰ることを許しているが、其れにも限界がある。

 どんなに特別待遇しようと、絶対に持ち出し禁止である仕事があり、それが手をつけられずに山ほど残っているからだ。

 彼だけ特別待遇していることに異を唱える者も出て来たし。

 何より彼は優秀だ。

 この仕事は私とセルしか出来ない内容ばかりだ。つまり彼が手をつけない仕事は私が全てするしかない。正直言って彼の所為で寝ていない。

 よく考えたらどうして私がこの男の仕事までやらなきゃならないんだ。

 最上階級の中でも天才と謳われ史上最高の完璧人間だと名が知られた男、セル・ウロボス。

 ……どこが完璧なんだどこが。

 たった一つの色じゃないだけで、動揺する人物になんてこいつ以外に会ったことがない。

 社交的な付き合いで仕方なく誕生日にその色のプレゼントを用意してやった時だって汚いと目の前で八つ裂きにされた。

 どう汚いのかと聞けば。

 美しくない、濁ってるだろ、分からないわけないよね。嫌がらせかな。シスト様は意地悪だからね。困ったなぁ、俺が求めるのはもっと繊細で純粋な……純白な美しい色だよ。

 ——……なんて言うじゃないか。純白な赤などあってたまるか。

 そもそも何でこいつ、赤のことを赤と呼ばないんだ。美しい色、等と称しているが皆赤が好きなんだと理解出来るレベルに狂ってるくせに。

「理想……」

 セルがポツリと呟くと、ぐるぐると思考を巡らせていたシストが反応して顔を上げる。

 相手に視線を向ければ、その表情は今にも蕩けそうな恍惚とした表情をしており、口からははしたなく涎が垂れている。

 王の前で席にも付かず、心あらずで、涎も垂らす。

 そしていつもなら斬り掛かる筈なのにモーションはない。施設を壊した気配もない。怪我人もまだ出ていない様子だ。

 本当に一体何があったんだ。
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