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第四章

57話 美しい人

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 ウォルズに駆け寄れば、彼はむくりと何事もなかったかの様に起き上がる。

「きっれいだなぁ! ルーハンの城はまだ来たことなかったからちょー! 楽しかった! ヴァントリアもイルエラもジノも逃げられたんだな、良かった良かった。じゃあそろそろ俺を追いかけてくる奴らが来るから早く立ち去ろう!」

 先刻の悲鳴はゲームの儘の絶景に絶賛する興奮によるものだったか。

 怪我をしてるんじゃないかと心配したが、ピンピンしている。どうやらダメージなど一切受けていないらしい。ならば其の姿は返り血と言うことなのですかウォルズ様。

「あれ、どしたイルエラ。顔色悪いな」

 木の上にいた彼等を見上げてそんなことを言うウォルズに、ジノはぎょっとする。

「そうかな。イルエラは常に眉間を抑えてる気がするけど」
「ダメじゃないか万。普段どれだけ迷惑掛けてるの?」

 子供に注意するみたいにコラ、と叱られる。両頬をやわやわと抓られて擽ったい。抓るなら思いっきり抓ってくれなきゃヴァントリアみたいな駄々っ子は反省しませんよ。

 それに何故迷惑を掛けている前提で話が進んでいるのか。

 ジノとイルエラも木から降りて来てウォルズと共に層の出口を探す。つまりエレベーターだ。

 もうエレベーター云々に関しては俺とウォルズなら大抵の場処は把握しているだろう。裏技の隠されたエレベーターだってちょちょいのちょいで発見出来る。

 ウォルズと俺が先導し、エレベーターへ向かうことになったが。先導する筈のウォルズは何故か後ろのイルエラの隣にいる。まあ俺でも分かるからいいけど。流石に戦闘で疲れたのかな。

「——何かあったか?」
「……お前には関係ない」
「そんなこと言うなよ。一緒にご飯食べた仲だし、ヴァントリアを助けた仲だろ。」
「助けてなんかない……私は、彼奴を傷付けた」
「何があったかは分かんないけど。……いいんじゃないか。傷付けるくらい。」
「そんな軽い言動はよした方がいいぞ」
「——そうかな。そう聞こえたなら悪い。けどほら、誰だって間違えるだろ。ヴァントリアだってジノを傷つけたり、色んな人の命を奪ってきたんだ。それでもジノは許したし、万はそれに報いようとしてる。前を向いてるんだ、凄いことじゃないか。君は優しいし、強い。君だってできるよ。」

 ウォルズの言葉に、イルエラは、フッと笑う。

 言動一つ一つは説得力としては甘いが、それでも彼の励まさんとしようとしている姿は、胸の内の蟠りを静かに溶かしていく様に思えた。

「ヴァントリアは俺を救ってくれた。もとから、最後まで守り通すと決めている。だが、今日からは違う。私は彼奴を幸せにするまで守り続けてみせる。」

 イルエラが目を閉じてそっと口角を上げると、隣からブシュッと場面に似合わない音が聞こえてイルエラは隣に目を向ける。

「——イルヴァン尊い!」

 背後でウォルズが騒ぎ出したらしく、振り返ってみると、斜め後ろにいたジノはドン引きしているしイルエラは真顔だしウォルズは鼻からのダメージがヤバイ。

 彼の口から呪いの言葉の様に紡がれるあられもない妄想にみんなで呆れかえっていると、自分達とは別の声が聞こえて来て、追手がやって来ていることを悟った。エレベーターの場所が分かるからってあんまりのんびりし過ぎたか。


.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+


 倒された兵士を道標にセルは出口迄辿り着いた。出口には多くの兵士がおり森を捜索し始めていた。

 息の根の止まっていない兵士が多くいて、どうやらあの汚い色の男は中身が甘っちょろいらしいと見抜く。

 常人離れした嗅覚で奴の匂いを追って、汚い兵士を薙ぎ倒しながら姿を探す。すると、彼は数人の者と行動を共にしていて、この25層の4つのうち1つのエレベーターを使用しようとしている。詳しく場処を把握している訳ではないが、王族はあまり使わない通路だろう。

 白い木々を避けながら近付いていく。鬱陶しい色だった。

 世界を包み込んだ汚らわしい色。汚い世界を隠そうとする人畜無害な姿をした偽物の美しき色。汚らわしい、汚らしい。この汚れた色を見抜けるのは俺だけだ。

「汚い色は排——除……」

 エレベーターに近づき、森も開け、邪魔な木々も視界に入らなくなる。セルの目はウォルズの姿をはっきりと捕らえたが。



 その奥の、其の姿に、目を奪われる。視界を一色に染め上げる残酷な色。




 汚れを知らない無垢な色。



 瞳も髪も。理想そのもの。




 それ以外の色など、もう目にも入らない。







 うつく、しい……。


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