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第四章

54話 ウロボスの末裔

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 イルエラとジノが彼に攻撃しようとするが、ヒオゥネは黒衣の内側から取り出した黒い物質を地面に投げつける。

 筒から煙が噴出し、辺りを黒い霧が舞う。まさか、これって。

「心配はいりませんよ、これは擬似呪いです。しかし彼等の動きを鈍らせる程度のことならできるでしょう。さあヴァントリア様、参りましょう。今のうちです」
「ふざけるな、そもそもお前、ここで何をしてるんだ、お前は博士の助手じゃ……」

 無表情の口からくつくつと笑い声が漏れる。ヒオゥネはそれを抑えるように口元へ手を当てて言った。

「助手? ……博士はもともと僕の実験体ですが、何か。——いえ、違いますね。今もまさにそうです。今頃貴方方の代わりに様々な実験が行われている筈です」
「は……」

 今、なんて。博士が実験体……?

 そんな話ゲームでは……。

「元々、彼が博士になったのは僕が彼を洗脳して彼を仮面に好き勝手していたからです。僕の名はヒオゥネ・ハイオン・ウロボス。オルテイル一族に並ぶ王族ウロボス一族の末裔です。ちなみに一人は寂しいので、こうして家族を作っているわけですよ」

 ぴくりとも動かない無表情から発せられる声は実に楽しそうで、少々胡散臭い気もするが。

 まさか、そんな。

 彼のモブとして登場したヒオゥネがウロボス一族の末裔? しかも一人だと? 確かに、セル・ウロボスはセロウボス・メリットスと言う本名を持っている。
 つまりセルはウロボスの血を引いているとは言い難い。

 それにヒオゥネはモブにしては見目が良過ぎる印象を受けた。ゲームで初登場した時には主要キャラクターかと思ってしまった位だ。
 ゲームの裏設定はかなり事細かに作られているらしい。

「テイガイアは公爵家の人間。皆に好かれるいい人でした、けど僕はいい人が嫌いでね、彼には僕好みの悪い人になって貰った訳です。まあ、君達を我が子のように可愛がり始めた頃には洗脳なんて生易しいもので済ました覚えはありませんけどね」

 全く理解が追いつかず、驚愕することしかできない。ジノも理解が追いついていない様子だった。ただ、イルエラだけが、わなわなと拳を震わせている。

「調教、ですよ。彼は僕の命令に絶対服従なんです。主従契約等不要、つまらない。あんな魔法を完成させた奴は莫迦です。そしてそれを散々利用していた貴方も莫迦です。しかしとても愛らしい姿でした」

 肩に添えられていた手が強張ったことを感じ、心配になり、イルエラの顔を見上げると、一筋の雫が彼の頬を伝う様が見えた。黄金の瞳が光を放つ。

「イルエラ!」

 ヒオゥネの口元が、待っていたと言わんばかりにニヤリと笑う。

 何処か違和感を感じていた表情が、やっと今、ヒオゥネにぴったりと当てはまった気がした。

 ヒオゥネは懐から鏡を取り出すと、自分の前で翳して此方に向けた。


 鏡越しにイルエラの瞳と目があった。


 ——瞬間、耳の内側ではなく頭の中で実が弾けるような音がした。身体中から同じような弾ける感覚がして、地面に伏す。



 ————意識は一瞬で遠のいた。



「ヴァントリア……!」


 朦朧とした視界の中、ジノが焦った表情を浮かべて走り寄ってくる様が見えた気がした。

 ジノとイルエラの目には、ヴァントリアが身体の内側から破裂し内蔵をバラバラに飛び散らせる姿が映っていた。そして、忘れていたかのように遅れて血が噴き出して床を赤く染め上げていく。

 倒れたヴァントリアの傍にジノは迷わず駆け寄って、倒れ込むように膝を付いた。

「そんな……。何で、何で」

 顔面蒼白でヴァントリアの姿を見つめるジノ。手をついた地面にじんわりと血液が迫っていることに、その身体は震駭していた。

「……どうして、こんなことになるんだ。まだ許すかどうか答えてないじゃねえか……っ、今から償っていくんじゃなかったのかよ……! ふざけんな、これが償いだって言いたいのか!」
「不思議なことを言いますね。彼は話せませんよ」

 ジノはヒオゥネの言葉にぐっと唇を噛み締める。自分は何を言っていて、何故ヴァントリアなんかのことでこんなに動揺しているのだろうと、やっとおかしな点に気が付いたのだ。

 それでも、ヴァントリアの姿を視界に映すことが出来なかった。

 先刻目にした光景が衝撃的過ぎて、未だ脳裏にこびり付いている。地面に落ちた後の彼がどのようになっているかなど簡単に予想出来た。しかし予想通りの結果を受け止めることが出来ない。

 認めることをしたくなかった。

 ——イルエラはと言うと、その場に立ち尽くしていた。恐怖で身体が動かず、動かそうと力を込めても微動だにせず、ただビクビクと震えている。彼の唇がふるりと戦慄した。

「わたし、が、わたしが、わたしが、わたしがわたしがわたしがわたしが」

 途切れ途切れに出ていた声がブツブツとノイズのように周辺に伝わり、ヒオゥネはその様子がさも楽しいと言わんばかりに喜色の声を上げる。無表情の癖に、口元に手を当ててくつくつと肩を揺らす。

「そう、貴方がやったんですよ。素晴らしい力ですね。でも、貴方にも彼を殺すほどの力はないようだ」

 ちらりとヒオゥネの視線が動く。

 イルエラが振り向くと、ジノは目を溢れんばかりに見開いており、その視線の先であるヴァントリアの身体中には黒い模様が浮かんでいた。

 異常な量の黒い模様が彼の身体を這い回り、内側から噴きこぼれるようにして内臓や皮膚を生成していく。

 ――― 一体、何が起きて。

 バラバラになって飛び散っていた彼の中身にも黒い模様が現れ、生き物のように蠢いて群れを成すように集まり出す。軈て黒い一つの塊となりヴァントリアの身体と融合した。

 血液も同じように一部模様を浮かべ彼の身体の中へ戻っていく。

 ジノとイルエラは驚愕していた。

 ジノは、弱い癖によく生き残っているなと前々から疑問に思っていた。今の状況がその答えのピースとしてピタリと当てはまるのだと気が付く。

 ヴァントリアは様々な方面から恨みを買っていた。彼が王族の頃から彼の立場上、刺客が送り込まれたり、又は恨まれた人から襲われる等しょっちゅうあったと、噂で理解していた。

 でも、彼が怪我をした情報は全く入手されず、毎度毎度無傷で姿を現わす。

 当時は兵士によって守られていたか、宮廷内医療班の回復魔法により延命したかと考えていたが。


 ――ヒオゥネの言葉、殺すほどではない、だと。

 ――ハイブリッドの呪いの力を、殺すほどではない、だと。

 ――破裂したのに、殺すほどではない、だと?


 確かに、血液まで身体に戻る尋常でない再生能力があると眼前で証明されてしまっている。

 ただ、脳が理解に追い付くことを苦しんでいるだけだった。

 驚愕に目を見開き、ジノとイルエラの動きが止まっているのをいいことに、ヒオゥネは懐から博士と同じ形の銃を取り出した。

 ――瞬間、ヒオゥネはジノへ向けて銃弾を発射し、それに勘付いたジノは地面を蹴り、スレスレで避けて後方へ着地する。しかし彼の腕には黒い模様が滲んでいた、どうやら銃弾を掠めてしまったらしい。ヴァントリアの模様と酷似している。ジノはその異様な気持ち悪さの模様に嫌な予感がしてならない。

「……っ、イルエラさん!」

 もはや腑抜けになったイルエラにもヒオゥネは弾を発射する。いち早く反応したジノと違い、イルエラは避けようともしない。彼は右わき腹にまともに銃弾を喰らい、ジノと同じように黒い模様が花が咲くように広がって行く。

 ジノはイルエラが打たれたその時、弾の形状を捉えることが出来た。細い針のような形をしていて、普通の銃弾とは違い、継続的に姿を捉えることは難しそうだった。

 模様を見るに、呪いの煙筒と同じで呪いにより作られた特殊な銃弾だったようだ、二人の身体は自由が効かなくなる。ジノもイルエラも膝をつき、ヒオゥネを睨んだ。

 一方ヒオゥネは手に持った銃をご機嫌に玩びながら、ヴァントリアの傍に立つ。それからヴァントリアに覆い被さり、顔をうんと近づけて自らの唇を尖らせてリップ音を鳴らす。

「……彼は呪いそのもので身体が構成されている。彼は呪われている。僕でも彼は殺せない。いや、誰にも殺せないんです。彼は気付いていないけれど、いずれ記憶を思い出せば……ふん、悲しい運命ですね。傷を負っていた彼を見てもしかしたら、とは思いましたが。やはりダメそうですね、手を出すにはリスクが高過ぎる。今回は諦めてあげましょう。僕の元には、テイガイアと言う最高傑作がいますからねぇ。」

 ヴァントリアの頬を撫でるヒオゥネにジノは「触るな」と言おうとしたが、呪いにより声が喉から出ることはなかった。

 ヒオゥネはヴァントリアの唇に自らの唇を寄せる。


「お別れの接吻を」


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