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第四章
50話 助けられなかった存在
しおりを挟む42層ジェイジイジェルィ——地下に広がる真っ白の町には風が吹くことはない。風と言われて、その言葉の意味が出て来ないくらいに程遠い存在だ。そんな町に風が吹き荒れていた。感じたことのない風に人々は困惑するのか、はたまた驚愕するのか。
——風を起こしているのが背の低い少年と背の高い青年であることを知れば、なおさら混乱の渦へと巻き込まれる。
イルエラとジノは町中を全速力で駆け回ってヴァントリアを探していた。屋根も壁も彼等には道だ。体重も空気のように軽い彼等は馬車や人の頭の上まで移動する。
「うわわっ」
「頭借りるよ」
「わるいな」
「——うえ、えっと……何だったんだ」
ただ、謝罪の言葉をかけ忘れることはなかった。
「——オイ、何立ち止まってんだ。早く探さねえとまたシスト様にドヤされるぞ。ヴァントリア様も大人しく檻に入っていればこんな事にはならなかっただろうに」
ジノの道になった男性に短髪の男が言った。逞しい身体と凛々しい顔付きに人目を集めていた彼だが、ジノの踏み台になった男性も負けていない。寧ろ彼の方が注目を集めていた。
「俺だったら同じことしてたと思うな。檻の中で生活なんてまっぴらごめんだし……」
「フン。貴様のことは檻にぶち込んでやりたい奴ランキングで常にトップを維持し続けているが、叶いそうもないな。」
「ちょ、何それ! 俺檻に入れられるようなことなんてした事ないんだけど!」
「存在自体が喧しいんだ貴様は。」
「何それ酷!」
短髪の男を追うように青年が隣に並ぶと白い制服を身につけた兵士達が足を止めて振り返った。
「急ぐぞ。我々がヴァントリア様を捕らえる」
「国民の皆さんに彼の被害者が出る前にね」
兵士も、その周りにいた人々もその頼もしさに歓声を上げる。
——彼等は一般の兵士とは違い、ビレストと言う名のシストの直属の部隊であった。その存在は全体の層にも知られていて国民には正義のヒーローのように認知されている。
ジノは背後からの歓声に舌打ちする。
「騒がしいな。ヴァントリアも見つからないし」
「もう此の層にはいないのかもしれないな」
「彼奴は一体誰なんだよ、何でヴァントリアなんか攫うんだ!」
苛立ちを声に乗せて怒鳴るジノの疑問にイルエラは答えられない。イルエラは45層に囚われていた為奴が何者であるか知る由がなかったからだ。
「同じモノは感じた。奴は俺達と同じハイブリッドで間違いはないだろう。俺が破裂ならお前は光線。奴は緊縛と言ったところか。厄介だな」
「呪いの力ですか、イルエラさんはコントロール出来るんですか」
「ある程度は……。確信は持てないが。……いや、今はヴァントリアを探すことに専念しよう」
ハイブリッドとは亜人が掛け合わされ作られた人型兵器の総称で、国でたった10人しかいないとされている存在だった。
実験の際に体内に注ぎ込まれた呪いの力を外に放出する時、瞳は黄金に輝き、他種族にはない強力な力を使用出来る。
ハイブリッドは他の亜人達には恐ろしい存在として知られていた。
しかし人々には醜い存在として毛嫌いされている。ただ、彼等は一度もその姿を見たことがない。つまりほぼ迷信として人々に認知されており、化け物として伝承されている。
ジノやイルエラは個々の強さに自信を持っているし、自分一人で行動することが当たり前だった為、協力してヴァントリアを捜索することは新鮮だった。しかも、種族の掛け合わせは違えど自分と同じハイブリッドで、強力な力を所持している存在に、何か近しいモノを感じていた。
二人のハイブリッドが協力してもヴァントリアは見つからない。他種族と比べて嗅覚も視覚も身体能力も倍以上高いとされているハイブリッドでも見つけることができなかった。
ジノとイルエラは、最終手段として知り合いっぽかったウォルズに居場所を知らないか聞きに行くことにした。ジノはウォルズを余り好いてはいない様子で反対していたが、イルエラに説得され渋々了承して彼の元へ向かった。
ウォルズはヒュウヲウンを祭りの会場へ送り届けた後、酒場にて食事を取っていた。片手に酒を持っているところにイルエラとジノが駆け付けて事情を話すと。
「——何だって!? ヴァントリアが攫われた!? 何てことだ! これはつまりあれじゃないか、ムフフな展開が、監禁強姦輪姦の毎日にヴァントリアの身体は開発されて思わず快楽を求めて男でも上手に誘えちゃうようになっちゃって魔性の男ヴァントリアとして国中の男にケツを狙われる存在に……! かわいい! 俺が真っ先に食べちゃいたい! 可愛いからあんなことやこんなことやされて今頃大変なことになってるかもしれない! 急ごう! 俺が開発済みのヴァントリアの初めてを貰うから、ね! 攫った男の特徴は?」
「俺此奴に教えたくねえんだけど」
「青い髪の男だ。シルクハットを被っていた。俺達と同じハイブリッドだろう」
「ほうほう君たちと同じハイブリッドで青い髪でシルクハット……——って、真逆、ルーハン・メリットスか……!?」
驚愕の後動揺し始めたウォルズに、イルエラとジノが顔を見合わせる。
「ヤバイヤバイヤバイヤバイルーヴァンエロいとかそんなこと言ってる場合じゃない! ルーハン・メリットスに攫われたって、ただの監禁じゃすまないぞ……! ルーハンはどんな相手にも容赦がないし……何よりゲームではヴァントリアのことが一番嫌いで当たりも酷かった。……万がもしヴァントリアの本当の記憶を思い出していないんだったら、大変なことに……!」
「彼奴が酷い目に合うのは自業自得だろ。それより居場所に心当たりがあるならさっさと教え——」
ジノの言葉に、カッとウォルズの顔が真っ赤に染め上げられた。
「——巫山戯るな……ッ!! 確かに君はヴァントリアに酷いことをされてきただろうけどな、ヴァントリアだって其れ以上に辛い目にあってるんだ。自業自得? 違う、確かに君を傷つけたのはヴァントリアだ。けど、あの子は元々優しい子なんだ。全部彼奴が悪い……彼奴がヴァントリアにあんな事さえしなければ……もし、もしあの子が、同じ目に合ってるなら、なら」
「大丈夫か」
顔を覆ってガタガタと震え出すウォルズにイルエラが心配して近寄ると、ウォルズはすごい剣幕で噛みつかんばかりにイルエラに掴み掛かる。
「何故守らなかったんだ!? また、またあの子がいなくなったら俺は……っ」
ウォルズはそこまで言ってハッとする。イルエラを離し、机の上の酒を手にとって一気にぐいっと煽る。
「すまない……頭に血が上ってた」
「酒飲んだら逆効果に見えるけど……」
「……俺は酒の方が落ち着くんだよ。本当は缶ビールがいいんだけど」
「カンビール? お酒の名前なのか?」
「あー。まあそんな感じかな」
ウォルズはやらかしてしまったと思ったがジノとイルエラの世間離れした知識に安心する。
酒で落ち着いた様子のウォルズにジノとイルエラは顔を見合わせた。
「居場所なら心当たりがある」
ウォルズがそう呟いたとたん、彼等の視線はウォルズに集中した。
「俺も一緒に行く。俺は今度こそあの子を助けてみせる。万……いや、ヴァントリア・オルテイルを」
ジノは複雑に顔を歪めたが、異論はないようだった。イルエラは素直に頷く。
二人の返事を理解したウォルズは、イルエラとジノを連れて店を後にした。
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