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第四章
49話 赤の眼帯
しおりを挟む兄であるセル・ウロボスは、王族オルテイル一族と並ぶもう一つの王族ウロボス一族の長だ。地下都市ではウロボス帝と呼ばれている。
ウロボスの支配層は兄が支配しており、全て彼の色に染められている。
彼の美しいと思う色に。
其れを持っているヴァントリアは、長年兄の探してきた理想そのものだ。
もしヴァントリアが奴の目に入ってしまったら……想像も出来ないが大問題であることは間違いない。
ベッドから起き上がり、兄の元へ向かう。
「何をしていたのかな」
とベッドに近付こうとする。どうやら耳打ちしていた姿を見られていたらしい。
それとも何かを感じ取っているのか。
勘が鋭い上、運迄味方にするような男だ。何が起きるか分からない。
「それより兄さん、今日も素敵な色の服だね!」
「ふふ、そうだろ。お前にも用意してあげようか」
「んー、俺はいいや」
「そうか。お前も汚い色なんだから、少しでもマシになれと思ったんだけど。」
自分が弟じゃなかったら今頃俺の視界に汚い色を晒したとかで殺されるんだろう。
「兄さんが来るって分かってたら、昔兄さんが用意してくれた服で出迎えたのに。」
「へぇ、そうだったんだ。今度からは必ず知らせるよ。」
何とか話題は反らせたみたいだが、今度からは必ず知らせる、なんて無理しているのがわかる台詞だ。俺の城はウロボスの支配層ではない為、彼の色に染まっていない。
汚い色に囲まれると分かっていて態々此処に来た意味がまだ分からない。
「ところで——」
何か理由があっても、ヴァントリアが俺の部屋にいる現在に偶然やって来たのなら、やはり運と勘は持ち合わせたままらしい。
「——何を隠してるのかな」
にこりと胡散臭い笑みを浮かべて軽やかに言うものだから、血の気がサッと引いていく。
「兄さんには興味がないものだ」
——思わずそう言って——しまった、と思った時にはもう遅かった。
「そんなこと言わなくても……お前が一番分かってるだろ。」
兄が他のものに興味を示さないなど、俺が一番理解しているのに。
態々口にしてしまった。兄が不審がるのも無理はない。
「何か隠しているね、俺の惹かれる何かを。」
ゆっくりと映像が流れるように、兄の手が兄の右目に近付いていく様を眺めていた。
赤の眼帯が外れ、その下から黄金の瞳をが此方を覗く。
とたん、身体はガタガタと恐怖に身を委ねるように震え出した。
「ほら、早く見せておくれ。」
常人なら隠し通せていた動揺も兄には見抜かれていたのだろう。
「隠し物はやっぱりベッドが一番だよね。」
一瞬の内にベッドの側に立つ兄を制止しようと手を伸ばした。
「ま、待て……っ」
「珍しいね。お前が動揺するなんて。今のは俺じゃなくても分かるよ。」
兄は掛け布団に手を掛けると、一気にそれを剥ぎ取った。
しかし、其処にはしわくちゃになったシーツだけしか残っていなかった。
ヴァントリアの姿がない。何故、と考えた時、報告に来た兵士がにこりと笑う。
——ああ、成る程。
彼は際立って信用のおける兵士だった。黒髪の優男で、真面目で頼り甲斐のある珍しい人種の人物。
「兄さん、もういいだろ? 此処じゃなんだから他の部屋へ行こう。」
「……隠すのが上手くなったねルーハン。でもどうしてお前自身を隠すのはそんなに下手なんだ? 今凄く、安心しきってるだろ。どうしてかなぁ」
「俺だって心はある。家族に見せたくないものくらい持ってるさ」
「……そうか。まあいいや」
兄は怪しんでいたが、諦めたらしい。扉を開けて出るように促せば彼はすんなりと出てくれた。
「そうだ。態々此処に来た用件は何」
俺に会いに来たなんて気味の悪い用件でない事は確かだ。
未だに此方を観察する視線を向ける兄に、笑顔を向けると、兄は朗らかな笑みを浮かべて言った。
「俺今日誕生日なんだよね。」
催促に来たのか、自分で?
恐ろしい男だ……。
◇◇◇
ルーハンと其の兄が去った後、俺は背中の温もりに未だに囚われていた。
胸に回された腕にがっしりとホールドされ、振り返る行為さえ出来ない狭い其の場所でただじっと息を潜めていた。
ルーハンに静かにしてろと言われて静かにしていたら、突然強い力に引っ張られて一瞬天井を見た気がしたが、すぐに視界は真っ暗闇に包まれてしまった。
背後から息遣いだけが聞こえて来て、誰だ、と聞いてしまいそうになるのを彼の手に口を塞がれて聞くこともままならない。ルーハン達が去っていく迄ただ待つことしか出来なかった。
「そろそろかな」
——若い男の声だった。
すぐ其処で声がしてびくりと肩が跳ねる。
口を塞いでいた手と身体を抑え込んでいた腕が解け、後ろがやけに騒がしくなる。其れから静かになった後、突然視界を眩い光が覆った。
多くの光を取り込んで目が慣れて来た頃、此方を見下ろした男と目が合う。
黒髪の優男、特徴的な瞳の色にハッとした。
テイガイア・ゾブド博士の部屋によく現れていた一番弟子の助手、ヒオゥネ・ハイオンだった。
ゲームでは硬派で人の良い性格だった為、博士にも気に入られていた。彼は所謂モブの扱いだった為詳しくは知らないが、ビジュアルが素晴らしかった上声も豪華だった為、女性には人気なキャラクターだった。
しかし公式ではモブ扱いな為、詳しいプロフィールは分からない。
「ヴァントリア様、彼等が戻ってくるかもしれないので移動しましょう。」
手を引かれて彼のいる方へ来てから気付く。どうやらベッドの下に隠れていたらしい。服に埃一つ付いていない処を見ると有望な召使がいると見た。
「何処に行くんだ?」
どうして博士の助手がルーハンの城に……と言うか、ジノやイルエラはどうなったんだろう。無事なんだろうか。ウォルズやヒュウヲウンは?
そんなことを考えていて、ヒオゥネに手を引かれているこの先の状況を全く考えていなかった。
「…………着きましたよ」
「え、あ、うん」
ヒオゥネの足が止まり、彼がそう言ったとき、やっと今の状況を判断することになる。
「……え?」
ルーハンと共にいた牢獄よりもっと頑丈そうで、更には医療器具と見られるものが大量に周りに用意されている。博士とルーハンを足して二で割ったような悍ましい部屋だった。
ヒオゥネは上着を脱ぎ、壁に掛けられた黒衣を羽織る。其のポケットから黒い手袋を取り出して自らの手に付けていく。
手袋の端を伸び切る迄引っ張り、パチンと弾けるような音を鳴らした後、此方に振り返ったヒオゥネに、背筋が凍り付いた。
「ヴァントリア様、楽しみましょう」
先刻迄人の良い笑みを浮かべていた彼が、恐ろしいほど無表情で嬉しそうにそう言った。
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