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第四章

45話 ウロボス一族

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 ヴァントリアは落ち着く様子がなかった為睡眠薬で眠らせた。

 赤い髪、赤い瞳……血液の色、俺の餌と称した色。だが此の興奮は奴と比べれば、ただの比喩であり意味のない言葉だ。

 もし、ヴァントリアが、彼奴の目に止まったら。

 やめよう。もし見つかっても、俺が助けてやるしかない。

 ……睫毛も赤いのか。

 そう言えば下の——んんッ。

 思い出すな、思い出すと大変なことになる。

「…………」

 長い睫毛を見つめていると、やがて耳や唇を眺めてしまう。嫌がる顔を見ることは好きだが、寝顔をこんなに眺めることなんてあっただろうか。

 どうせなら寝ている間に相手の嫌がることをして泣き喚く姿を見たいと言うのに、奴の寝顔から目が離せない。

 じっとヴァントリアのことを眺めていたら、彼の首筋に走る傷跡を見て、黒い線が集まっていることに気がつく。

 辿るように服を脱がせば、其れは右側へ走るように皮膚の内側で蠢いていた。

 ごくりと喉が上下に揺れる。

 ——乾いた喉が、試してみろと告げている。

 ヴァントリアの肌に口を付けると、ドキンと心臓が音を立てた。何を動揺しているんだ俺は、たかが食事する為の行為だ。今迄散々してきただろ。

 様子のおかしい思考から逃げる勢いで——歯を立てた途端、口の中に広がった異常な味を思わず吐き出した。

 しかし舌の上に残った味が畳み掛けるように全身から力を抜き血液を沸騰させる。

 ぐらりと目の前が歪み、何も出来ぬまま地面に倒れ伏す。

 心臓の鼓動が爆発するように激しく打ち付け、力が溢れるように熱い感覚が全身から湧き出す。

 呼吸が荒くなり、汗が滝のように吹き出る、意識は朦朧としていた。

「成る程、呪われていると言うのは本当か。」

 そう呟いて最後、俺は意識を失った。






.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+





 真っ白な世界であるWoRLD oF SHiSUToに色のある層が三層だけ存在する。

 12層、11層、10層。ウロボス一族の住宅と王宮だった。

 真っ赤な歩道、真っ赤な街灯、真っ赤な花、真っ赤な空、真っ赤な服装。

 ウロボスの支配下には真っ赤な世界が広がっている。

 王宮である10層の真っ赤なベッドから身を起こした男がいた。男は唯一、此の赤い世界で青い髪を見せている男だった。ただ、部屋にも、ウロボスの支配層にも鏡は一切置いていない。自分の目に映る色は、全て統一しないと気が済まない。汚い色などいらない。

 男の名はセル・ウロボス。

 本名セロウボス・メリットス。

 真っ青の髪に銀の瞳。赤い衣装に身を包み、ベッドの上で欠伸をする。そうして物憂げに宙を仰いで呟いた。

「理想……何処かに落ちてないかなぁ」

 其処へ、兵士が二人やってきて彼の前に跪く。

「ご報告致します。この度も、理想のお方は現れず——」
「——分かってたよ。」

 兵士の一人を銀色の瞳が捉える。

 ウロボスの支配層に配属されて日が浅いのだろう、だらしなく、肌の色が見えていた。

「——報告は以上でございます。」
「ありがとう。帰っていいよ」

 二人が頭を下げて場を去ろうとした時だった。

「ちょっと待ちなさい」

 セルは二人を引き留める。とたん、一人の首が飛んだ。

「————ッ!?」

 肌を隠していた男の方だった。

 だらしない兵士には、頭だけになり意識のない筈のそれの瞳がゆっくりと動いて此方を見た気がした。

「彼がなぜ切られたか分かるかな?」

 兵士はいえ。と答える。

「そんなの簡単じゃないか。俺の前に要らない色を持ってきたからさ。だから彼に色を足してもらうことにしたんだ。」

 首のない身体から血液を掬い取り、もう一人の隠せていない肌に塗る。ゾッとして動けなくなる兵士。

 彼の目の前は赤一色に染まっている。唯一、セルの色だけが主張して残っていた。

「うん。いい色だ。やはり美しい。行っていいよ。ああ、その汚いの、片付けておいて。鮮血は美しいけど、古いものは美しくない。ああ、理想の姿をした人がいないものかな。そうだ、俺は今から出かけてくるよ。弟に用があるんだ。」

 そう言って鼻歌を歌いながら去っていくセルの姿を、兵士は眺めながら痛感していた。

 セルの前に理想の者が現れない限り、ウロボス一族は呪われた色から抜け出すことは出来ないと。


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