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第一章
3話 手放した後悔
しおりを挟むペンダント? これのことか?
胸間で生き生きとした光の粒を纏うそれを指で摘んで眺める。
プラチナの装飾にくるまれるように真紅の宝石がはめ込まれている。
プラチナの放光が中の石に映発され、制圧から抗うように光の洪水を起こす。艶美な細工だった。まるで閉じ込められてるみたいだ。
こんな綺麗なモノをあげるのやだなぁ。まあ夢だしいっか。現実世界なら売り飛ばしてたけど。
「いいぞ」
そう言って首から下げられたペンダントを外し、ほれ、と差し出して渡そうとすると、男も子供も目を点にして硬直する。
「何やってるんだ!」と思わずと言った風に叫ぶ子供に、はっとする。
——そうだ、この男が毛布を持ってくると言う確証がない!
こいつ、この宝石を手に入れたらさっさと去る気だな!
「約束したじゃないか!」「何の話だ? そんな話をしたかなぁぁ~」って感じで!
ネックレスを差し出した手を下げて、男へ向けて口元に嗤笑を浮かべる。
「ほ、ほらな……」
後方から放たれた子供の声に、眼前の男は嘲ら笑った。
「可哀想なガキだ。お前と同じ檻に入れられるなど」
失礼だな。俺と同じの何が悪いんだ。た、確かに数週間風呂に入ってないけど、きっと、ふ、フローラルな香りだ。
性根の腐った顔で小バカにする男へ、子供が癇癪を起こすように叫ぶ。プライドを捨てきれないと言わんばかりの強がりな喚きだった。
「うるせえなっ。それぐらい分かってる! いい人のフリをして落とす作戦だろ。そこの悪魔はそう言うやつだ!!」
そうだ、そうだ! この悪魔め、毛布をちゃんと持って来い。持ってきたらいい人と認めてやるぞ!
俺は依然として嘲ら笑う男を貶めるように、ハハッと笑い、勝ち誇った顔でネックレスを見せ付けた。
「あんたが毛布を渡したらくれてやるよ」と言って、子供に振り返ってぱちんとウインクをする。
ぎょっとする子供と男。
お前らバカにしてるだろう。そ、そりゃ途中までは騙されてたけどさ。
子供に振り向いて「ありがとうな。お前が教えてくれなかったら騙されてたぜ」とによによする。
わがままで傲慢でしかしいつも仏頂面で。しかし気丈に振る舞うことを忘れなかったあのヴァントリアとは思えない顔だったので、子供は絶句していたのだが、そんなことは知る由もなく。
男はペンダントを取り返したとなれば昇格、もしくは褒美がもらえると考え、「待っていろ、すぐに取ってきてやる」と喜んで毛布を取りに行ったが、それも知る由もなく。
男が毛布を持って帰ってきた時、なんだ、ヤケに素直だな。と疑問を持ったが追求することはなかった。受け取ろうと手を伸ばしてつかの間。
パッと後ろへ隠される。
「毛布を渡す前に、そちらが渡せ」
「なっ、お、お前から渡せよ」
「お前が素直に渡す筈がない。渡せ」
「ふざけるな、それはお前も同じだ。こっちのセリフって奴だ!」
どちらも譲る気はないらしい、仕方がない。
「よしわかった。せーのでお前は檻の中に毛布を入れろ、俺は檻の外にこれを投げる」
再び、ギョッとする二人。お前ら仲良いな。
まあ高級品を粗末に扱うのは気がひけるけど。夢だし。
自分がそんなことを考えている間、彼等は全く別のことを考えていたことなんて、結局やっぱり知る由もなかった。
――俺はこの時知らなかったが、ペンダントは王族の証であり、他に代わりのない一級品。国宝と言っても過言ではない。二人は元王族が、そんなぞんざいな扱いをするなんて、と思ったのだ。
この時は、後にこの事で後悔することになるとは考えもつかなかった。
「なんだ、いらないのか?」と引っ込めようとすると、男はブンブンと首を振り了承する。
せーので、躊躇なくペンダントを廊下へ投げれば、その様子をぼけーっと放心した状態で眺めて、男が毛布を投げることを忘れる。
そんなに欲しいか、確かに価値のありそうな宝石だけど。それよりなにより毛布を寄越せ!
「こらっ」と怒ると「あ、どーぞ」と素直に渡してくる男。
本当にやけに素直だな。
その男を訝しんでじっと観察していると相手の背後で白い何かが蠢いた。
それがだんだんと近付いてきて、小さかったシルエットが大きくなっていく。
人?
そいつはある場所へ到達するとしゃがみ、男の身体に姿を隠した。姿を現した時には、その手には、先ほど自分が投げたペンダントが妖しく輝いていた。
目前の男が気配に振り向き、ペンダントを見て奪いに行こうとする。しかし相手の顔を見て、ハッと息を呑んで硬直した。そうしてすぐに身体を固めたまま彫刻の如くピシッと敬礼した。その顔は驚愕に歪んでいるがこちらから特には指摘はしない。
何故ならその相手がただならぬ雰囲気を振りまいていたからだ。
なんだなんだ、一体何者……
――光を浴びる度に星を降らせる美しい白い髪、その髪に似た芯の強そうな、魂を揺さぶられる真っ白の瞳。
白く長い睫毛が瞳を隠すように縁取る。
新雪のように色素のない白すぎる透明の肌が人間のものとは思えなかった。
全ての色の光線を反射する見事なマントを翻し、こちらへ向かってくる。身に付けた銀色の装飾と、汚れ一つない白色の布に浮かぶ模様が幻想的だった。
絢爛豪華な衣装を纏い、この世のものとは思えない整った顔立ちをした美しい男性。
その姿には、見覚えがあった。
脳天をぶち抜かれたような衝撃を受けて、混乱が自分の思考を停止させる。
彼は、まさか。
WoRLD oF SHiSUToのボスキャラ。
あの世界の支配者で現王。
シスト・オルテイル。
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