継なぐ世界

平成の野衾(ノブ)

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第2話 1片 「夜灯」

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 カザギリは教室に戻ってきていた。

 照明のスイッチは機能せず、部屋は薄暗闇に包まれている。
 冬の寒さとも違う寒気が身体に纏わり付き、一歩を踏み出すことさえためらわせた。
 カザギリのように術に精通する者で無ければその寒気が何から来るものなのか分からなかったことだろう。
 警戒し、脚に力を入れながら、カザギリはポケットをまさぐった。
 中から白結晶を取り出すと、それに軽く司力を送る。

 するとヒュルルという微かな音と共に白結晶が光り出した。
 数メートルを照らすことがやっとな光量の白結晶だが、それは光を放つという以外に面白い性質を持っている。

「そうか……」

 部屋の中を慎重に歩き回ったカザギリは小さく呟いた。

 一歩先、踏み出すと白結晶から出る光が急激に弱くなる場所がある。
 そういった場所は何らかの要因でアクルが集中していて、そう言った場所では白結晶は共振を起こしてしまって制御がブレたりする。

 アクルというのはこの世界中何処にでも充ちている概念の一つある。司力を使って干渉することで、魔法ラスカン変形術ロコンサを扱う。

 カザギリはなるべくアクルの均衡がとれている場所を選んで後ずさりした。
 教室を出ると、鍵を閉め部屋を封鎖し、『現場保全中につき入室禁止』と張り紙を付ける。

 この教室は、今やカザギリですら手に負えなかった。カザギリの頭の中には十数パターンの可能性が浮かんでいたが、そのどれも現実味を帯びていない。

 ――カザギリは、頼れる友人に調査を依頼するつもりだった。
 かつてともに歩いた仲間であり、カザギリが教鞭を執ってからは一度も会っていない男。

(気難しい奴だからな……果たして呼ばれたからといって来るか……)

 そんな男の性格を表したかのような赤毛を思いだし、カザギリは柄にも無く胸の奥が熱くなるのを感じた。





 保健室で、マオはゲンナリとした顔で必死に笑い顔を取り繕っていた。

「もう平気です……はい……自分で帰ります……失礼します」

 保険の先生が家族を呼ぶと言ったのを止め、自分は大丈夫であると言わんばかりに立ちあがる。

 心配そうな先生に「平気です」の一点張りでなんとか言いくるめて廊下へ出るとカザギリと鉢合わせた。

 マオはうつむいて、薄い目でカザギリを見上げる。

「教師を睨むとはどういう了見だ」
「……いいえ、何も」

 マオは視線を逸らして答えた。

 ――どうせ疑われてるのは俺なんだよ。と、そう言いたげな表情を浮かべている。

「……体調はどうだ」

 マオの心根とは裏腹に、カザギリは声音を落ち着けて聞いた。

 視線を逸らしたまま、マオは「平気です」と小さく頷いた。

「送って行こうか」

 そう聞かれても、首を横に振った。

 ……

 少し間を置いて、カザギリは単刀直入に切り出した。
「何で、あんなことをした」
「っ……」

 黙り込んだマオの手が、強く握られる。

「あんなことが出来るのは、学校でもお前くらいなもんだ」

 鼻筋に皺が寄り、それを悟られまいとマオは顔をさらに背けた。

 それを反抗と思ったのか、カザギリは、

「黙ってないで答えろ!」

 そう、怒鳴りながらマオの胸ぐらを掴んだ。

 キツネの細い剛腕が軽々その身体をむき直させる。

 ――憧れていた先生が初めて見せるその力を前に、身体の力が抜けていく。
 だがマオは、その足で地面を感じて立った。

 牙を食いしばり肩を震わせて、マオは青水晶のような瞳で実際を訴えるようにカザギリの心眼を射貫く。

 ……

「……すまない」

 カザギリは小さな謝罪と共に、マオを離した。

 なおさらうつむいたマオにかける言葉を見失う。
 やっと口をついて出た言葉も、「何でも話してくれ」という、余りにも無責任なものだった。

 歩き去るマオの背中にその一言を告げて、カザギリは唇を咬んだ。







 どうやって家の前まで帰り着いたのか、マオは覚えていなかった。
 ドアの前に立ち尽くし、その先へ踏み込むのをためらった。

(一体何と説明しようか)

 背中の階段を照らす蛍光灯はジリジリと鳴り、ただでさえ暗い夜だというのに虚ろな気持ちが増すようだった。

 母の姿を思い浮かべ、きっと聞かれる質問を考える。
 そうやって、脚を止める理由はいくらでも思いついいた。

 マオは歯を食いしばってドアを開けた。

 瞬間、鼻腔を満たすホッケの匂い。あれやこれやと考えていた一切のことが全てかき消え、次いで息苦しさがやってくる。

 気づけば、靴を脱ぎ捨て走り出していた。

「おかえり~?」

 母の声が聞こえるとますます息が詰まった。
 自室のドアを身体を押しつけるようにして開け、真っ暗な部屋のベッドに身を投げ出す。

 枕で顔を覆い、嗚咽に喘ぎ、声も無く叫んだ。



 ……そこへ、『コンコン』とドアをノックする音が聞こえてくる。

 マオは布団にくるまり、収まらない震えを必死に隠した。
 絶対にこんな状態を見せるわけにはいかなかった。

 スーッと部屋に一筋の光が差し込み、向かい側の壁に影を落とす。

「まーくん、ご飯できたよ?」

 カワウソのミナミはその頭だけを部屋に入れて、ベッドで丸まるマオを見た。

 ――カワウソのミナミとイタチのマオの間に血のつながりは無い。
 事故で両親を亡くした幼いマオを引き取ったときには居た旦那も蒸発してしまっていた。
 だから、マオはほとんどミナミ一人に育てられてきたということになる。
 共に過ごした時間は普通の親子よりもよっぽど少なかったかも知れないが、そんな風に時間で語られることをマオは憎むように嫌っていた。



 マオは息を殺して、母が去って行くのを待った。

 ミナミはまだ、学校で起きた事件を知らない。
 正確には、保健室で目を覚ましたマオが必死に頼んで家に連絡が行かないように阻止をしていた。

 いずれは知られることになるだろうが、それでもなるべく、母には心配をかけたくなかった。

「先に、食べてるからね……」

 ――きっと母は気づいている。

 何が起きたのかまでは知らずとも、そっと部屋のドアを閉める母に、マオは、少しだけ心が落ち着くのを感じた。

 そして、深い眠りに落ちる。

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