猫の手でもよろしければ(冒頭試し読み&2周目)

遊森謡子

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2周目(後日談・番外編・その他)

チヤは看板娘!(書籍化告知用・IFバージョン)

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 店の扉が開いた。
「いらっしゃいませーっ」
 声をかけながら振り向くと、入ってきたお客さんは常連さん。職人通りで武器防具のお店をやっている猫獣人ムシュク・ドストラーのおじさんと、そのお弟子さんだった。
「こんばんはー。チヤ、今日のお勧めは何だい?」
「あんかけそば! とっても美味しい!」
「じゃあ、それもらおうかな。あと、いつもの」
「はーい」
 私はおじさんを席まで案内すると、奥に声をかける。
「ジャン、あんかけそばと水ぎょーざ! クオラ、琥珀酒ふたつ!」
「了解!」
「りょうかーい」
 二つの声が返ってくる。
 そうこうしている間にも他のテーブルの料理ができあがり、私はカウンターからお皿を受け取って忙しく運んでいった。手が小さめなので何皿も一度には運べないけど、そこはドストラーの素早さでカバーだ。
 
 日本でおかしな竜巻に巻き込まれ、抱っこしていた三毛猫と一緒にこの国にやってきて、三年。どういうわけかその時に三毛猫と合体してしまい、現在の私は十歳くらいのムシュク・ドストラーの姿をしている。元々は女子大生だったんだけどね。
 このヤジナという街の近くに現れた私は「獣人狩り」に遭ってしまい、奴隷のように売り飛ばされ――そうになっていたところを、すんでの所でヤジナの軍隊に助けられた。そして、ダイニングレストラン『エミンの輪』の仕事を紹介してもらい、ここで働くことになったのだ。同僚の黒猫獣人クオラも、私と同じようにヤジナ軍に助けられてここで雇われている。
 最初は言葉さえわからなかったけど、どうにか片言で話せるようになったし、身軽さを生かして森の木のうんと上の方にしかできない実を摘んで、お店の名物料理に貢献することもできている。日本の料理の知識もちょっと提供しちゃったりして、成り行きで就いた仕事とはいえなかなか楽しい毎日だ。

「チヤー、ルーボの実を今日中に出しきっちゃいたいから、ちょっと呼び込み頼む!」
 先輩の人間従業員ジャンに言われ、私は「わかったー!」と返事をして店の外に出た。夜の賑やかな路地、行き交う人々に声をかける。
「ルーボサラダ、ありますよ! あと五皿! いかがですかー」
「お、ルーボ!」
 店の前を通り過ぎようとしていた男性が、反応して振り返った。
「旬だね、いいな! ザファル、好きだろ?」
「好きなのはお前だろトゥルガン」
 連れの男性も立ち止まる。三十歳前後に見える彼らは二人とも軍服姿で、片方は愛嬌のある顔、もう一人は苦みばしった顔でニヤリと笑っていてマフィアのボスみたいだ。パッと見は人間に見えるけど、二人とも変身タイプの犬獣人イート・ドストラーらしい。
「お席あいてる、どうぞ!」
 私は二人を、店の入り口に促した。

 さて、さらなるお客さんを……と通りを見渡し、ふと上を見た。向かいの建物、三階の窓が開いていて、小さな顔がこちらを見下ろしている。人間の女の子、アチルだ。まだ四歳なんだけど、お母さんが夜の仕事をしているのでこの時間帯はひとりで寝ている。でも、時々目が覚めてしまうと、ああやって窓を開けて通りを眺めては寂しそうにしているのだ。
 私は軽く助走すると、ジャンプした。向かいの建物のでっぱり、こっちの建物の窓枠、と飛び移り、アチルのいる窓までたどり着く。
「チヤ!」
 窓辺に降り立った私をアチルは嬉しそうに迎え、私のフカフカの手に触り、しっぽに頬をすり寄せた。
「アチル、ねんねのおまじない」
 私はしっぽでポンポンとアチルのおでこをつつき、「じゃあね」とまたあちこち足場を使って飛び降りた。店の前に戻り、見上げると、アチルが私に手を振ってから窓を閉める。ちょっとしたことで満足して眠れるらしいと気づいてからは、こうすることにしている。

 さて、仕事に戻らねば。
 向き直ったとたん、店の扉がさっきから開きっぱなしで、さっきの軍人たちがこちらを見ているのに気づいた。
「あ、ごめんにゃさい。お席はあちら、あいてる」
 店に飛び込んで扉を閉め、急いで案内する。すると、確かザファルと呼ばれていたマフィアっぽいイート・ドストラーが、私の後ろをついてきながら言った。
「チヤ、って言ったっけ。いい身のこなしをするなぁ」
「おい、ザファル」
 トゥルガン、と呼ばれていたもう一方の人が、何やらザファルさんをたしなめている。でも、ザファルさんは私が案内した席に座りながら、こう言った。
「もしかして、転職する気、ないかな」
「てん……にゃに?」
「いきなりやめろって。お嬢ちゃん、とりあえず琥珀酒ふたつとルーボサラダ頼める?」
 トゥルガンさんの注文を聞き、すぐそこのカウンター越しに厨房に伝えたけど、ザファルさんはさらに続けた。
「仕事を手伝ってくれる奴を探してるんだ。お嬢ちゃんみたいな、小柄ですばしっこいムシュク・ドストラーが理想なんだけど」
「私、ここで働いてるです」
「うちの仕事は、お嬢ちゃんの天職かもしれないぞ? 世の中にはお嬢ちゃんの知らない仕事がたくさんある、人生決めるにはまだ早いだろう?」
「うーん」
 このお店の仕事は割と好きだけど、自分から選んだ訳じゃない。確かに、私はまだ外見十歳だし、他にも色々と道はあるのかもしれないけど……
「琥珀酒、おまちどうさま」
 横からクオラが、金属のカップを二つテーブルに置きながら言う。
「チヤはオレたちのなかま。カンバンムスメ」
「ここの看板娘が軍人になったら、いい宣伝になるかもしれないぞ?」
「えっ、軍人!?」
 軍人好きのクオラが食いついた。ちょっとちょっと。
 ザファルさんがうなずき、私の方に身を乗り出す。
「仕事ってのはただの手伝いじゃなくて、準軍人の立場になる。給料いいし個室の寮は完備だしメシも美味いぞ。休みの日に一度見学に来たらいい、心配なら黒猫くんも付き添いで一緒に。気に入らなかったら断っていいから。あ、勤務地は峡谷ダラの縁の砦で、ダラには降りない仕事な」
「ダラの砦……! み、みたい!」
 まったくもう。クオラってば、目がキラキラしちゃって。
「チヤ、クオラ、料理上がってるぞー!」
 ジャンに呼び戻され、私たちはあわてて仕事に戻った。給仕をしながらちらりとさっきのテーブルを見ると、もう一人の方のトゥルガンさんがザファルさんに何か言い聞かせていて、ザファルさんの方はハイハイという感じで聞いている。

 峡谷の砦、かぁ……噂には聞いたことがある。ヤジナから森を抜けた先の峡谷は、かつて呪術師たちがたくさん暮らす研究都市だったって。今は廃墟になってしまい、妖魔が住んでいるとか。
 降りるのは怖いけど、砦の中の仕事があるってことなら……気に入らなければ断っていいって言ってたし、廃墟の見学に行くのは楽しそう。行っちゃおうか?

 ザファルさんとトゥルガンさんは大いに食べて飲んで、そして帰り際にまた私を捕まえた。ザファルさんが私の頭をポンポンする。
「次の定休日、見学に来いよな?」
 トゥルガンさんが申し訳なさそうに笑った。
「なんか、ごめんね強引で。良かったら一度だけどう? ドストラーの子供だけでヤジナを出るのは危ないから、定休日明けの時間に迎えにくるし、夜までにはヤジナに送るし。食事は心配しないでいいから」
「うん……じゃあ、みるだけ。クオラと」
 私が答えると、ザファルさんが指を鳴らした。
「よっし。はは、看板娘を店からさらうとか、何か背徳感あるなー」
 冗談っぽく言ってるけど、もし私が本当は今年二十五歳だって知ったら、この人どんな態度になるのかな。もうこっちで言えば結婚適齢期とっくに過ぎてる看板ムスメなんですけど?

 こうして次の定休日、ダラの砦を訪ねた私は。
 私を元の姿に戻してくれるかもしれない呪術師に出会い、素敵なおねえさんに可愛がられ、実は凄腕料理人だったトゥルガンさんに胃袋をつかまれ――
 隊長だったザファルさんに守られながら、ダラの底に眠る私の運命と向き合うことになるのだった。

【チヤは看板娘! 完】
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