猫の手でもよろしければ(冒頭試し読み&2周目)

遊森謡子

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2周目(後日談・番外編・その他)

峡谷の砦 ~猫が来た日(小話)

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 こちらの世界には、猫獣人ムシュク・ドストラーが存在する。
 でも、ムシュクはいない。大昔はいたらしいし、今ももしかしたらどこかの奥地にはいるのかもしれないけど、少なくとも一般の人は見たことがないようだ。絶滅したか、それに近いと思う。

 私とチャコは、分離してからしばらくの間はヤジナの領主館で暮らしていた。やがて私が軍の試験に合格し、事務官として砦に戻ってきた時に、チャコも同行した。
「可愛いね、チャコ」
 私とチャコが砦で暮らし始めた、翌日の昼食時。
 トゥルガンさんは目を細めて、食事中の三毛猫チャコを眺めた。
「こんな行儀のいい動物、いるんだなぁ」
 私は思わず吹き出しながら、チャコを見た。
 チャコは食堂の椅子に上り、後ろ足で立ち、前足をテーブルについていた。そして首を伸ばし、皿の中の肉を食べている。
 食べ終えると、一度腰を下ろして「にゃん」と鳴いてから、トゥルガンさんに向かってもう一声「にゃー」。それから椅子を降りる。
「今の、ごちそうさま! と、おいしかったよ! とか言ったわけ?」
 ナフィーサさんが聞くので、私は笑いながら答えた。
「たぶん。でも、日本の『猫』、こういう風じゃないです」

 椅子に座って机の上のものを食べる猫って、日本ではなかなかいないと思う。それにチャコって、誰かの部屋に入りたいときは扉を前足でトントンするし(ひっかかない)、眠るときは身体に何か布がかかるようにして寝るんだ。

「もしかして、チャコ、自分をドストラーと思ってるかも」
「え?」
 隊長たちは不思議そうに、窓枠に飛び乗るチャコを見ている。私は説明した。
「チャコと初めて会ったとき、まだちっちゃかった。生まれてから、あまり経ってなかったです。そしてすぐ、私とくっついてドストラーになって、三年……四年? もう、猫だったときより、ドストラーだったときの方が長いです」
「なるほど。そりゃ、『ネコ』としての自我よりドストラーとしての自我の方が強いかもしれないな」
 トゥルガンさんがうなずき、クドラトさんが淡々と言った。
「そうすると、ドストラーとしてできていたことが、チヤと分離して急にできなくなったことになる。不満でしょうね」
 私はうなずいた。
「ちょっと、ええと、おこってました」

 領主館で暮らし始めてすぐの頃、行方不明になったんだよね。今までの自分とあまりに違ってしまったから、イライラしてどこかに引きこもってたんだと思う。食事だけは置いておくとなくなってたけど。
 ……怒り方も何だか、猫らしくないよね……こう、誰かをひっかいたり、カーテンをずたずたにしたり、そういう方向じゃないあたりが……ふふ。

「ふーん。今は折り合いをつけたってことかしら。大変ね、チャコも」
 ナフィーサさんが笑った。チャコは、開いた窓から外を眺めている。何を考えているのやら。

 すると、隊長が腕を組んでうなった。
「そうか……チャコが自分をドストラーだと思っているとしたら……」
「どうした? ザファル」
 トゥルガンさんに聞かれ、隊長は真面目な顔でそちらに視線をやる。
「いや、な。あいつ、昼食の前、俺の部屋に来てたんだよ」
「お前の部屋?」
「うん」
 隊長はわざとらしく、首を横に振る。
「俺の私室の寝台で、寝てた。風紀上、よろしくないかもしれんなぁ」
 
 ……数秒の沈黙。

「す、すみません!」
 私は思わず顔を赤くして謝り、
「そこで何でチヤが謝るんですか」
とクドラトさんが突っ込み、
「うわっいいな、俺の部屋にも来ないかなぁ?」
とトゥルガンさんが羨み、
「チャコ……大胆ね……」
とナフィーサさんが感心する。
 ぶはっ、と隊長が吹き出した。

 チャコは私たちの方をチラリと見て、くぁ、と欠伸をひとつした。

【おしまい】
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