猫の手でもよろしければ(冒頭試し読み&2周目)

遊森謡子

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2周目(後日談・番外編・その他)

峡谷の砦 ~隊長室と資料室(クドラト視点)

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「失礼します」
 私は隊長室の扉を開けた。
 中には先客がいた。大きな机を挟んでザファルとチヤが書類をのぞき込んでいる。二人は同時に振り向いた。
「クドラトさん、おつかれさまです」
「来ていたんですか、チヤ」
「はい。ダラの記録、整理していてわからないところがあった。でも、もうわかったからおわります」
 だいぶスムーズに話せるようになったチヤだが、やはりすぐに異国の者だとわかる話し方だ。が、それは不快なものではない。
「隊長、ありがとうございました!」
「わからなかったら何度でも来い。むしろ、俺が資料室で仕事すりゃいいのか」
 隊長が言うと、チヤはくすくすと笑って、
「隊長は大きいから、資料室、せまい」
と言いながら部屋を出ていく。扉が閉まった。
「隊長、呪い石の保管書類にサインを」
「おう」
 私から書類を受け取った隊長は、ざっと数字を確認してサインする。
 返された書類を受け取りながら、ふと尋ねてみた。
「チヤはどうですか」
「読み書き能力は、記録を整理する程度なら全く問題ないんで助かってる。資料室もだいぶ使い勝手がよく……」
「そうではなくて、女性としてどうかと」
 隊長は、むせた。
「げふごほっ! おま、いきなり何を」
「別に、自然なことでは?」
 なぜそんなに驚くのかと、私は軽く首を傾げる。
「隊長はチヤをずいぶん気に入っているようだったので、それならそれで公開してもらった方が、いちいち気を使わなくていい。独身の大人同士ですし、可能性としてはそういうこともあるかと」
「可能性として、な? おお。そりゃ、誰にでも可能性はあるわな、チヤだって恋ぐらいするだろうし」
 隊長は咳払いをする。
「しかし、チヤから見て俺は『ない』だろ……うん。俺はさんざんチヤを子供扱いして来たからな。俺のことは父親、いや、近所のおっさん程度に思ってるはずだ」
「まあ、そうかもしれませんね」
 私はすぐに引き下がる。すると、逆に隊長の方が少々考え込んだ。
「……やっぱ、そうだよな。もしそんな存在の男に女として見られたら、気持ち悪いだろうな。幼女趣味だと思われるかもしれん。うん」
 私はつい、軽く目を細めて彼を見つめてしまった。
「砦は職場なんですから、こじれないで下さいよ」
「始まりもしないのにこじれるかよ。どっちかっていうと、こじれるのはお前みたいな奴だと思うがな」
 にやりとする隊長。どういう意味です、私の性格に難があるとでも?
 ムッと眉をひそめたものの、まあ、否定もしきれない。
 私はとにかく淡々と「書類、ありがとうございました」と部屋を出た。

 自分の部屋に戻る前に、資料室に立ち寄る。開け放したままの扉から、チヤが脚立に上っているのが見えた。
「よっ、と。……あ、クドラトさん」
 棚の一番上に資料を差し込んだチヤが、私に気づいて降りてくる。
「ムシュク・ドストラーのようにはいかないんですから、気をつけなさい」
「はい。ムシュクだったら、落ちてもスタッってなって、怪我しなさそうですよね」
 笑うチヤに、尋ねてみた。
「隊長はどうですか」
「ちゃんと整理できてる、便利になったって、言ってくれました。後はこっちの」
「そうではなくて。男性としてどうかと」
「えっ!?」
 チヤは目を丸くする。
「な、ナニ?」
「別に、単に聞いてみただけです。隊長と仲がよろしいので」
「あ? ええ、はい」
 一瞬戸惑った風のチヤだったが、にこりとして続ける。
「隊長のこと好き、いい隊長。私、しばらく小さい女の子でお世話になりました。隊長は私を、今もそんな感じだと思ってる。隊長、子供好きでしょう?」
「ああ、そういえばそうですね。ダラの子供たちのためにと、仕事を……」
「はい。孤児院にも行ってました。私のことも大事にしてくれます。ええと、タヨリガイのある隊長と、おもってますよ?」
「そうですか」
「はい。このまま……このままで、しあわせです」
「まあ、チヤが、急に大人になっても精神的に落ち着いていて、人間関係を構築できているなら、良いことです」
「おお!」
 チヤは何やら明るい顔で驚く。
「クドラトさん、私を心配? 『カウンセリング』!」
「何ですかそれは……悩み相談みたいなものですか? 何かあったら、私ではなくナフィーサに言いなさい」
 軽く肩をすくめて、私は資料室を出た。

 自室に入ろうと扉を開けたところで、廊下の向こうから当のナフィーサがやってくる。
「あ、クドラトちょうど良かった。あの薬貸して! ナイフ研いでたらちょっとだけ指切っちゃった。……何よ、ニヤニヤして」
 つい、顎のあたりに手をやってしまった。
「は? 私のどこが」
「わかるわよ、それなりのつきあいですからね。無表情なりにニヤッとしてる」
「……まあ、少々面白かったので」
 自室に入り、机から薬の壷を取りながら私は言う。
「二人とも、互いが互いに、向こうが自分なんか相手にしないと思っている。これから先どう関係が変化していくのか、何がきっかけで変化するのかなと」
「誰のことを言ってるのか、わかるような気はするわね。なんとなーく、だけど、以前とは違う気がするんだ、あの二人」
 ナフィーサは薬を受け取りながら言う。
「でも、私も少しだけ変わった気がする。色々あったもんね」
 謹慎が解けた後のナフィーサは、以前よりもさらに他の隊員たちに話しかけるようになった。隠し事を抱えていた間は、抑えていた部分もあるのだろう。それが解放されたのだ。
「そういえば、トゥルガンも少しだけ変わったかな。時々、岩棚に出てダラを見下ろしているようになりましたね……」
 私は、岩棚にたたずむトゥルガンを思い出しながら言う。
 彼もまた、落ち着いてダラを見つめられるようになったのだろう。
 ナフィーサは横目で私を見た。
「クドラトも、少し変わったんじゃない?」
「別に私は、何も変わりません」
「そうかなー。まあとにかく、ありがと」
 ナフィーサは立ち去っていった。

 ……私も変わったのだろうか、と、少し考えてみる。
 そうか。隊長とチヤのことが気になるのは、仕事以外の部分での人間関係に少しずつ興味を持つようになったからなのか。以前なら、仕事に関係ないことはどうでも良かった。
 でも今は、チヤには幸せになって欲しいと思う。

「……とにかく、隊長とチヤの関係は見ものだな」
 私はつぶやいてから、研究書を開いたのだった。
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