猫の手でもよろしければ(冒頭試し読み&2周目)

遊森謡子

文字の大きさ
上 下
12 / 18
2周目(後日談・番外編・その他)

峡谷の砦 ~隊長室と資料室(クドラト視点)

しおりを挟む
「失礼します」
 私は隊長室の扉を開けた。
 中には先客がいた。大きな机を挟んでザファルとチヤが書類をのぞき込んでいる。二人は同時に振り向いた。
「クドラトさん、おつかれさまです」
「来ていたんですか、チヤ」
「はい。ダラの記録、整理していてわからないところがあった。でも、もうわかったからおわります」
 だいぶスムーズに話せるようになったチヤだが、やはりすぐに異国の者だとわかる話し方だ。が、それは不快なものではない。
「隊長、ありがとうございました!」
「わからなかったら何度でも来い。むしろ、俺が資料室で仕事すりゃいいのか」
 隊長が言うと、チヤはくすくすと笑って、
「隊長は大きいから、資料室、せまい」
と言いながら部屋を出ていく。扉が閉まった。
「隊長、呪い石の保管書類にサインを」
「おう」
 私から書類を受け取った隊長は、ざっと数字を確認してサインする。
 返された書類を受け取りながら、ふと尋ねてみた。
「チヤはどうですか」
「読み書き能力は、記録を整理する程度なら全く問題ないんで助かってる。資料室もだいぶ使い勝手がよく……」
「そうではなくて、女性としてどうかと」
 隊長は、むせた。
「げふごほっ! おま、いきなり何を」
「別に、自然なことでは?」
 なぜそんなに驚くのかと、私は軽く首を傾げる。
「隊長はチヤをずいぶん気に入っているようだったので、それならそれで公開してもらった方が、いちいち気を使わなくていい。独身の大人同士ですし、可能性としてはそういうこともあるかと」
「可能性として、な? おお。そりゃ、誰にでも可能性はあるわな、チヤだって恋ぐらいするだろうし」
 隊長は咳払いをする。
「しかし、チヤから見て俺は『ない』だろ……うん。俺はさんざんチヤを子供扱いして来たからな。俺のことは父親、いや、近所のおっさん程度に思ってるはずだ」
「まあ、そうかもしれませんね」
 私はすぐに引き下がる。すると、逆に隊長の方が少々考え込んだ。
「……やっぱ、そうだよな。もしそんな存在の男に女として見られたら、気持ち悪いだろうな。幼女趣味だと思われるかもしれん。うん」
 私はつい、軽く目を細めて彼を見つめてしまった。
「砦は職場なんですから、こじれないで下さいよ」
「始まりもしないのにこじれるかよ。どっちかっていうと、こじれるのはお前みたいな奴だと思うがな」
 にやりとする隊長。どういう意味です、私の性格に難があるとでも?
 ムッと眉をひそめたものの、まあ、否定もしきれない。
 私はとにかく淡々と「書類、ありがとうございました」と部屋を出た。

 自分の部屋に戻る前に、資料室に立ち寄る。開け放したままの扉から、チヤが脚立に上っているのが見えた。
「よっ、と。……あ、クドラトさん」
 棚の一番上に資料を差し込んだチヤが、私に気づいて降りてくる。
「ムシュク・ドストラーのようにはいかないんですから、気をつけなさい」
「はい。ムシュクだったら、落ちてもスタッってなって、怪我しなさそうですよね」
 笑うチヤに、尋ねてみた。
「隊長はどうですか」
「ちゃんと整理できてる、便利になったって、言ってくれました。後はこっちの」
「そうではなくて。男性としてどうかと」
「えっ!?」
 チヤは目を丸くする。
「な、ナニ?」
「別に、単に聞いてみただけです。隊長と仲がよろしいので」
「あ? ええ、はい」
 一瞬戸惑った風のチヤだったが、にこりとして続ける。
「隊長のこと好き、いい隊長。私、しばらく小さい女の子でお世話になりました。隊長は私を、今もそんな感じだと思ってる。隊長、子供好きでしょう?」
「ああ、そういえばそうですね。ダラの子供たちのためにと、仕事を……」
「はい。孤児院にも行ってました。私のことも大事にしてくれます。ええと、タヨリガイのある隊長と、おもってますよ?」
「そうですか」
「はい。このまま……このままで、しあわせです」
「まあ、チヤが、急に大人になっても精神的に落ち着いていて、人間関係を構築できているなら、良いことです」
「おお!」
 チヤは何やら明るい顔で驚く。
「クドラトさん、私を心配? 『カウンセリング』!」
「何ですかそれは……悩み相談みたいなものですか? 何かあったら、私ではなくナフィーサに言いなさい」
 軽く肩をすくめて、私は資料室を出た。

 自室に入ろうと扉を開けたところで、廊下の向こうから当のナフィーサがやってくる。
「あ、クドラトちょうど良かった。あの薬貸して! ナイフ研いでたらちょっとだけ指切っちゃった。……何よ、ニヤニヤして」
 つい、顎のあたりに手をやってしまった。
「は? 私のどこが」
「わかるわよ、それなりのつきあいですからね。無表情なりにニヤッとしてる」
「……まあ、少々面白かったので」
 自室に入り、机から薬の壷を取りながら私は言う。
「二人とも、互いが互いに、向こうが自分なんか相手にしないと思っている。これから先どう関係が変化していくのか、何がきっかけで変化するのかなと」
「誰のことを言ってるのか、わかるような気はするわね。なんとなーく、だけど、以前とは違う気がするんだ、あの二人」
 ナフィーサは薬を受け取りながら言う。
「でも、私も少しだけ変わった気がする。色々あったもんね」
 謹慎が解けた後のナフィーサは、以前よりもさらに他の隊員たちに話しかけるようになった。隠し事を抱えていた間は、抑えていた部分もあるのだろう。それが解放されたのだ。
「そういえば、トゥルガンも少しだけ変わったかな。時々、岩棚に出てダラを見下ろしているようになりましたね……」
 私は、岩棚にたたずむトゥルガンを思い出しながら言う。
 彼もまた、落ち着いてダラを見つめられるようになったのだろう。
 ナフィーサは横目で私を見た。
「クドラトも、少し変わったんじゃない?」
「別に私は、何も変わりません」
「そうかなー。まあとにかく、ありがと」
 ナフィーサは立ち去っていった。

 ……私も変わったのだろうか、と、少し考えてみる。
 そうか。隊長とチヤのことが気になるのは、仕事以外の部分での人間関係に少しずつ興味を持つようになったからなのか。以前なら、仕事に関係ないことはどうでも良かった。
 でも今は、チヤには幸せになって欲しいと思う。

「……とにかく、隊長とチヤの関係は見ものだな」
 私はつぶやいてから、研究書を開いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転移したよ!

八田若忠
ファンタジー
日々鉄工所で働く中年男が地球の神様が企てた事故であっけなく死亡する。 主人公の死の真相は「軟弱者が嫌いだから」と神様が明かすが、地球の神様はパンチパーマで恐ろしい顔つきだったので、あっさりと了承する主人公。 「軟弱者」と罵られた原因である魔法を自由に行使する事が出来る世界にリストラされた主人公が、ここぞとばかりに魔法を使いまくるかと思えば、そこそこ平和でお人好しばかりが住むエンガルの町に流れ着いたばかりに、温泉を掘る程度でしか活躍出来ないばかりか、腕力に物を言わせる事に長けたドワーフの三姉妹が押しかけ女房になってしまったので、益々活躍の場が無くなりさあ大変。 基本三人の奥さんが荒事を片付けている間、後ろから主人公が応援する御近所大冒険物語。 この度アルファポリス様主催の第8回ファンタジー小説大賞にて特別賞を頂き、アルファポリス様から書籍化しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

処理中です...