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冒頭試し読み
SAVE・6 南のゴンドラ発着場
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トゥルガンさんからは、呪い石の記録の仕方を教わった。
石の保管庫の扉には、大人の拳が入るくらいの大きさの四角いスライドドア(?)がついている。ちょうど新聞受けみたいな位置だ。
「妖魔を倒して石を手に入れたら、とりあえずここから入れておいて」
トゥルガンさんが説明してくれた。ここの鍵は隊長とトゥルガンさんが持っているそうで、王家に納める分をのぞいては給料日に隊員に分配してくれるらしい。倒したその場でくれたことがあったけど、その辺は結構アバウトっぽい。
廊下に小さな台が置いてあって、インクペンと紐で綴じたノートが置いてある。紙は何でできているのか、妙に分厚い。つくづく、日本にいた頃に使っていたコピー用紙の白さと丈夫さと、均一な薄さに感心してしまう。
それはとにかくこれに、石を手に入れた日時や石の大きさなどを記入すればいいんだって。私は早速、昨夜手に入れた石について記入し、合計も計算して記入した。よし。
石をたくさんゲットしないと、王家に納める分が足りなくなるとか、そういうノルマ的なアレはあるんだろうか。
階下に降りながら、トゥルガンさんに聞いてみる。
「王家には、たくさん、渡す? ないと怒られる?」
「いや、その辺はあまりうるさくないよ。手に入れた石の、だいたい三割を納めればいいんだ。確認するのはザファルとクドラトだから、二人ともよしと言えばよし。あ、三割、ってわかる?」
わかりますとも。私はうなずく。
「十個手に入れたら、三個」
「そうそう。チヤは賢いね!」
彼は私の頭をぐりぐり撫でてから、軽く首を傾げた。
「チヤはしゃべるのが苦手みたいだから、あまり教育を受けてないのかなと最初は思ったんだけど、計算はできるし挨拶もきちんとしてるし。獣人は気まぐれなところがあるのが普通だけど、あまりそういうのもないし。何だか不思議だな」
どき。
ドストラーだって、私みたいなのはいくらでもいると思って、油断してた。でも、こっちで生まれた時からドストラーだった人とは、文化が全然違うんだ。しゃべりが下手なのに他はできるって、ちぐはぐに見られる……?
まだ、自分の素性を話すには早い。私という人間を信じてもらえるようになってからでないと、逆に軽蔑されてしまう。
何と答えようか迷いながらホールに出た瞬間、
「たっだいまぁー」
いきなり陽気な声がかかったと思ったら、軍服姿のナフィーサさんが荒野側から入ってきた。あれっ、酔ってる!?
トゥルガンさんが笑う。
「お帰り。ヤジナで飲んできたの?」
「そうよぉ、幸せー。このためにお仕事がんばってるんだもーん。あ、チヤも癒しよぉ」
私の頬を両手で挟んでモミモミし(うにゃうにゃ)、額と額をこつんとやり、「じゃーねー」とご機嫌で自室に引き上げるナフィーサさん。
「ナフィーしゃ、幸せ」
ちょっと笑ってしまった。私も初めてのお給料もらったら、三年ぶりに飲みにでも……と思ったら、トゥルガンさんが言う。
「チヤも、もう少し大きくなったらね」
あっ、外見はまだ十代前半なんでした。
夕食の後で眠り、夜中に起きて、再び砦の外で見張りに立った。
今度は少し時間を取って、小妖魔がどんな風に行動するのかをしばらく観察する。小妖魔たちは、砦の壁を登って歩廊を越えることはできないらしい。せいぜい、一階の窓より少し上くらいまで壁を駆け上る程度しかできず、諦めてダラに戻っていった個体もいた。
しぶとく中に入れるところを探してうろうろしている小妖魔たちは、小妖魔同士で争いになって、勝った方が負けた方を食べてしまう。妖魔も弱肉強食の世界なんだな……
そして、その勝った方は、どうやら強くなってしまうようなのだ。たぶん、相手の体内にある石を一緒に食べるせいだろう。
岩棚で小競り合って強くなる程度ならいいけど、ダラの中でも同じことが起こってるはず。食物連鎖の上の方の妖魔は、すごく強いんだろう。私がここで少しでも倒しておけば、隊長たちの負担が気持ち減るわけだ。
そこまで見て取った私は、今夜も遠慮なく小妖魔を倒すことにした。
ちゃんと、仕事をしなくちゃ。バルラスさんのお屋敷での私は、ムシュクであることにすっかり甘えていてダメダメだった。今度こそ、ちゃんと。
異世界に来たことに、意味を見つけなくちゃ。日本に戻れても戻れなくても、何かを成し遂げることができたらそれが、私がこっちに来た「理由」になる。「私は異世界に来たことでいい方に変わった、それは意味のあることだったんだ」って、そう思いたかった。
今のままじゃ、また私は「必要のない存在」になってしまう。
翌朝、朝食の席で、ザファル隊長が声をかけてくれた。
「順調みたいだな、お嬢。記録を見たぞ」
「はい」
「今日は、俺とナフィーサとクドラトはダラに降りる」
食事を終えて立ち上がった彼は、私の頭をポンポンして、
「夕方には戻るから、いい子にしてろよ」
と食堂を出て行った。すっかり子ども扱いだなぁ、と思いながらも、私は声をかける。
「はい、『お気をつけて』」
「チヤはカタコトの割に、言葉や仕草が優雅よね」
ナフィーサさんがお茶を飲みながら、私をじーっと見つめる。
「ほんとに、お嬢、って感じ」
「ナフィーしゃ、は、おねえさん、みたい」
たどたどしく言うと、彼女は「うふふ」と色っぽく笑って立ち上がり、
「言いにくかったら、適当に呼んでいいわよ」
と言って食堂を出て行った。
……アルさんの所で、こちらの丁寧な挨拶言葉はかなり覚えたように思う。
『チャコ、バルラス様をお送りする時は、こういう風に言うのよ』
アルさんも他の使用人さんたちも、色々教えてくれたっけ。ご夫妻に関すること――たとえばバルラスさんの地位とか、仕事は何をしているのかとか――は教わらなかったけど、この国の貴族だった……んじゃないかなぁ、と思う。
そんな人のお屋敷でこの国のことを仕込まれたから、日本人らしさと相まって、もしかしたら他の場所では浮いてしまうかもしれない。気をつけた方がいいのかな。
隊長たちがダラに降りる時に、私も訓練のためゴンドラ発着場までついていった。
滑車の側面もゴンドラの箱も、錆が浮いているけれど、手入れをしているからか普段から使っているからか、それほどひどい状態でもない。箱に乗り込んで降りていく彼らを見送る。箱の中にも、自分たちで動かせるハンドルがあるらしい。
長斧を担いだ隊長、相変わらず袖無しの変な軍服姿だ。赤いサッシュベルトが、遠くからでも目立つ。その横に立つローブ姿のクドラトさんは、弓を持っている。そして、かっちりした黒の上着とスカート姿のナフィーサさんは、なんと両方の腰に刀を佩いていた。刀は、曲刀? 円刀? とにかく刃がカーブしてるやつ。まさか二刀流?
うわぁ、まるでRPGみたい。獣人と魔法使いと女戦士がパーティ組んで、廃墟となった地下迷宮に降りていくんだ。宝物を探しに。
岩棚にうつ伏せに寝そべり、ダラに頭を突き出して、何となく尻尾をゆらゆらさせながら下を見る。手すりなんかついてないから落ちたら死んじゃう、気をつけないと……あ、でも、道がジグザグしてるところもあるし突き出している岩棚もあるから、そうそう下までは落ちないか。ゴンドラは、岩を一部えぐって、かなり下まで行けるように作ってあるみたいだけどね。
歩いていくとどのくらいかかるのかな、と道を視線でたどると、少し降りたところに二階建ての建物があった。何に使われてた建物だろう……
まあいいや、あそこは私の守備範囲じゃないし。自分の仕事をきっちりやろう。
私は自分の訓練に頭を切り替え、岩壁に向かい合って、どこに手足をかけて登るか考え始めた。
夕方になって、一行が帰ってきた。
「おかえりにゃさい」
岩棚にいた私は、ゴンドラ発着所まで降りて出迎えた。ナフィーサさんが軽い動作で箱のふちに手をかけて飛び降り、駆け寄ってきて私の頭を撫でる。
「ただいまっ、あたしの癒し! ねぇチヤ、こんなの見たことある?」
後ろに回していた手を、前に出す。
彼女の手のひらには、すごく大きな呪い石がのっていた。子供の拳くらいの大きさがある。持たせてもらうと、ずっしりとした重さ。
「大きい! 重い!」
感嘆の声を上げると、隊長が言った。
「でかい奴を倒して来たんだ。ある程度の時間、谷の深いところで暮らして妖気を吸ったり、後は他の妖魔を食いまくったりすると、こうなる。なかなかの大きさだろ」
「隊長ってば、石を取り出しながら『これだけ大きい石だと、チヤがびっくりするぞ』なんて。うふふ、お父さんみたいよね」
ナフィーサさんが笑うと、隊長が眉を上げる。
「たった今、チヤにいそいそと駆け寄って石を見せたのはどこのどいつだ!? 姪っ子みたいに」
「ちょ、何で娘じゃなくて姪っ子!? あたしがこの年で所帯持ってないからってイヤミかしらっ!?」
「あー、いや……すまん」
「謝らないでよそこで!」
「言っておくが俺も所帯持ってねぇぞ!?」
喧々囂々の隊長とナフィーサさん。それとは対照的に、クドラトさんがクールに、
「この大きさがあれば、ずいぶん役に立ちますね。呪術の研究だけでなく、売ったとしてもかなりの額ですよ」
なんて言ってから砦の方に登って行く。
か、かなりの額?
私は、手にものすごく高価な宝石を持っているかのような気分になった。
「か、返す。大事!」
両手で石を捧げ持って、ナフィーサさんにお返しする。傷でも付けたら大変!
「あら、ふふ、大丈夫よぉ」
私に気を使わせまいとしてか、ナフィーサさんは片手でひょい、と石を受け取った。
その手が、滑った。
「あ」
「あ」
石は、岩の角に当たって、おかしな角度で峡谷の方へ飛び出し――
「あーっ!!」
私とナフィーサさんは同時に大声を上げて身を乗り出した。
「ちょ、お前等なにを、え?」
道を上りかけていた隊長がパッとこちらに駆け寄り、ナフィーサさんの上着と私の尻尾をつかんで落ちないように支える。ぎにゃあ。
石は二、三度跳ねてから、道を降りたところにある二階建ての建物の屋根の上に落ちた。屋根は傾斜はなく真っ平らで、石は蔦の生い茂ったところに載っかって止まる。
「ごごごごめんにゃさい!」
動揺して叫ぶと、ナフィーサさんも動揺しつつ首をぶんぶんと横に振る。
「ちが、あたしがちゃんと受け取らなかったし!」
「こんな場所で石を取り出すのが悪い」
隊長の呆れた声。でも、ナフィーサさんは私に大きな石を見せてくれようとして、だから……
「取ってくる!」
私は一つ下の坂道に飛び降り、そこからさらに葛折りの坂を飛び降りた。あわてて、ナフィーサさんと隊長が追ってくる。
「待てチヤ、俺たちも行くから!」
「あっ、はいっ」
あわてて自分にブレーキをかけた。そうだ、大きな妖魔でも出たらまずい。
私は二人が追いつくのを待って、一緒に坂道を建物まで降りた。
石の保管庫の扉には、大人の拳が入るくらいの大きさの四角いスライドドア(?)がついている。ちょうど新聞受けみたいな位置だ。
「妖魔を倒して石を手に入れたら、とりあえずここから入れておいて」
トゥルガンさんが説明してくれた。ここの鍵は隊長とトゥルガンさんが持っているそうで、王家に納める分をのぞいては給料日に隊員に分配してくれるらしい。倒したその場でくれたことがあったけど、その辺は結構アバウトっぽい。
廊下に小さな台が置いてあって、インクペンと紐で綴じたノートが置いてある。紙は何でできているのか、妙に分厚い。つくづく、日本にいた頃に使っていたコピー用紙の白さと丈夫さと、均一な薄さに感心してしまう。
それはとにかくこれに、石を手に入れた日時や石の大きさなどを記入すればいいんだって。私は早速、昨夜手に入れた石について記入し、合計も計算して記入した。よし。
石をたくさんゲットしないと、王家に納める分が足りなくなるとか、そういうノルマ的なアレはあるんだろうか。
階下に降りながら、トゥルガンさんに聞いてみる。
「王家には、たくさん、渡す? ないと怒られる?」
「いや、その辺はあまりうるさくないよ。手に入れた石の、だいたい三割を納めればいいんだ。確認するのはザファルとクドラトだから、二人ともよしと言えばよし。あ、三割、ってわかる?」
わかりますとも。私はうなずく。
「十個手に入れたら、三個」
「そうそう。チヤは賢いね!」
彼は私の頭をぐりぐり撫でてから、軽く首を傾げた。
「チヤはしゃべるのが苦手みたいだから、あまり教育を受けてないのかなと最初は思ったんだけど、計算はできるし挨拶もきちんとしてるし。獣人は気まぐれなところがあるのが普通だけど、あまりそういうのもないし。何だか不思議だな」
どき。
ドストラーだって、私みたいなのはいくらでもいると思って、油断してた。でも、こっちで生まれた時からドストラーだった人とは、文化が全然違うんだ。しゃべりが下手なのに他はできるって、ちぐはぐに見られる……?
まだ、自分の素性を話すには早い。私という人間を信じてもらえるようになってからでないと、逆に軽蔑されてしまう。
何と答えようか迷いながらホールに出た瞬間、
「たっだいまぁー」
いきなり陽気な声がかかったと思ったら、軍服姿のナフィーサさんが荒野側から入ってきた。あれっ、酔ってる!?
トゥルガンさんが笑う。
「お帰り。ヤジナで飲んできたの?」
「そうよぉ、幸せー。このためにお仕事がんばってるんだもーん。あ、チヤも癒しよぉ」
私の頬を両手で挟んでモミモミし(うにゃうにゃ)、額と額をこつんとやり、「じゃーねー」とご機嫌で自室に引き上げるナフィーサさん。
「ナフィーしゃ、幸せ」
ちょっと笑ってしまった。私も初めてのお給料もらったら、三年ぶりに飲みにでも……と思ったら、トゥルガンさんが言う。
「チヤも、もう少し大きくなったらね」
あっ、外見はまだ十代前半なんでした。
夕食の後で眠り、夜中に起きて、再び砦の外で見張りに立った。
今度は少し時間を取って、小妖魔がどんな風に行動するのかをしばらく観察する。小妖魔たちは、砦の壁を登って歩廊を越えることはできないらしい。せいぜい、一階の窓より少し上くらいまで壁を駆け上る程度しかできず、諦めてダラに戻っていった個体もいた。
しぶとく中に入れるところを探してうろうろしている小妖魔たちは、小妖魔同士で争いになって、勝った方が負けた方を食べてしまう。妖魔も弱肉強食の世界なんだな……
そして、その勝った方は、どうやら強くなってしまうようなのだ。たぶん、相手の体内にある石を一緒に食べるせいだろう。
岩棚で小競り合って強くなる程度ならいいけど、ダラの中でも同じことが起こってるはず。食物連鎖の上の方の妖魔は、すごく強いんだろう。私がここで少しでも倒しておけば、隊長たちの負担が気持ち減るわけだ。
そこまで見て取った私は、今夜も遠慮なく小妖魔を倒すことにした。
ちゃんと、仕事をしなくちゃ。バルラスさんのお屋敷での私は、ムシュクであることにすっかり甘えていてダメダメだった。今度こそ、ちゃんと。
異世界に来たことに、意味を見つけなくちゃ。日本に戻れても戻れなくても、何かを成し遂げることができたらそれが、私がこっちに来た「理由」になる。「私は異世界に来たことでいい方に変わった、それは意味のあることだったんだ」って、そう思いたかった。
今のままじゃ、また私は「必要のない存在」になってしまう。
翌朝、朝食の席で、ザファル隊長が声をかけてくれた。
「順調みたいだな、お嬢。記録を見たぞ」
「はい」
「今日は、俺とナフィーサとクドラトはダラに降りる」
食事を終えて立ち上がった彼は、私の頭をポンポンして、
「夕方には戻るから、いい子にしてろよ」
と食堂を出て行った。すっかり子ども扱いだなぁ、と思いながらも、私は声をかける。
「はい、『お気をつけて』」
「チヤはカタコトの割に、言葉や仕草が優雅よね」
ナフィーサさんがお茶を飲みながら、私をじーっと見つめる。
「ほんとに、お嬢、って感じ」
「ナフィーしゃ、は、おねえさん、みたい」
たどたどしく言うと、彼女は「うふふ」と色っぽく笑って立ち上がり、
「言いにくかったら、適当に呼んでいいわよ」
と言って食堂を出て行った。
……アルさんの所で、こちらの丁寧な挨拶言葉はかなり覚えたように思う。
『チャコ、バルラス様をお送りする時は、こういう風に言うのよ』
アルさんも他の使用人さんたちも、色々教えてくれたっけ。ご夫妻に関すること――たとえばバルラスさんの地位とか、仕事は何をしているのかとか――は教わらなかったけど、この国の貴族だった……んじゃないかなぁ、と思う。
そんな人のお屋敷でこの国のことを仕込まれたから、日本人らしさと相まって、もしかしたら他の場所では浮いてしまうかもしれない。気をつけた方がいいのかな。
隊長たちがダラに降りる時に、私も訓練のためゴンドラ発着場までついていった。
滑車の側面もゴンドラの箱も、錆が浮いているけれど、手入れをしているからか普段から使っているからか、それほどひどい状態でもない。箱に乗り込んで降りていく彼らを見送る。箱の中にも、自分たちで動かせるハンドルがあるらしい。
長斧を担いだ隊長、相変わらず袖無しの変な軍服姿だ。赤いサッシュベルトが、遠くからでも目立つ。その横に立つローブ姿のクドラトさんは、弓を持っている。そして、かっちりした黒の上着とスカート姿のナフィーサさんは、なんと両方の腰に刀を佩いていた。刀は、曲刀? 円刀? とにかく刃がカーブしてるやつ。まさか二刀流?
うわぁ、まるでRPGみたい。獣人と魔法使いと女戦士がパーティ組んで、廃墟となった地下迷宮に降りていくんだ。宝物を探しに。
岩棚にうつ伏せに寝そべり、ダラに頭を突き出して、何となく尻尾をゆらゆらさせながら下を見る。手すりなんかついてないから落ちたら死んじゃう、気をつけないと……あ、でも、道がジグザグしてるところもあるし突き出している岩棚もあるから、そうそう下までは落ちないか。ゴンドラは、岩を一部えぐって、かなり下まで行けるように作ってあるみたいだけどね。
歩いていくとどのくらいかかるのかな、と道を視線でたどると、少し降りたところに二階建ての建物があった。何に使われてた建物だろう……
まあいいや、あそこは私の守備範囲じゃないし。自分の仕事をきっちりやろう。
私は自分の訓練に頭を切り替え、岩壁に向かい合って、どこに手足をかけて登るか考え始めた。
夕方になって、一行が帰ってきた。
「おかえりにゃさい」
岩棚にいた私は、ゴンドラ発着所まで降りて出迎えた。ナフィーサさんが軽い動作で箱のふちに手をかけて飛び降り、駆け寄ってきて私の頭を撫でる。
「ただいまっ、あたしの癒し! ねぇチヤ、こんなの見たことある?」
後ろに回していた手を、前に出す。
彼女の手のひらには、すごく大きな呪い石がのっていた。子供の拳くらいの大きさがある。持たせてもらうと、ずっしりとした重さ。
「大きい! 重い!」
感嘆の声を上げると、隊長が言った。
「でかい奴を倒して来たんだ。ある程度の時間、谷の深いところで暮らして妖気を吸ったり、後は他の妖魔を食いまくったりすると、こうなる。なかなかの大きさだろ」
「隊長ってば、石を取り出しながら『これだけ大きい石だと、チヤがびっくりするぞ』なんて。うふふ、お父さんみたいよね」
ナフィーサさんが笑うと、隊長が眉を上げる。
「たった今、チヤにいそいそと駆け寄って石を見せたのはどこのどいつだ!? 姪っ子みたいに」
「ちょ、何で娘じゃなくて姪っ子!? あたしがこの年で所帯持ってないからってイヤミかしらっ!?」
「あー、いや……すまん」
「謝らないでよそこで!」
「言っておくが俺も所帯持ってねぇぞ!?」
喧々囂々の隊長とナフィーサさん。それとは対照的に、クドラトさんがクールに、
「この大きさがあれば、ずいぶん役に立ちますね。呪術の研究だけでなく、売ったとしてもかなりの額ですよ」
なんて言ってから砦の方に登って行く。
か、かなりの額?
私は、手にものすごく高価な宝石を持っているかのような気分になった。
「か、返す。大事!」
両手で石を捧げ持って、ナフィーサさんにお返しする。傷でも付けたら大変!
「あら、ふふ、大丈夫よぉ」
私に気を使わせまいとしてか、ナフィーサさんは片手でひょい、と石を受け取った。
その手が、滑った。
「あ」
「あ」
石は、岩の角に当たって、おかしな角度で峡谷の方へ飛び出し――
「あーっ!!」
私とナフィーサさんは同時に大声を上げて身を乗り出した。
「ちょ、お前等なにを、え?」
道を上りかけていた隊長がパッとこちらに駆け寄り、ナフィーサさんの上着と私の尻尾をつかんで落ちないように支える。ぎにゃあ。
石は二、三度跳ねてから、道を降りたところにある二階建ての建物の屋根の上に落ちた。屋根は傾斜はなく真っ平らで、石は蔦の生い茂ったところに載っかって止まる。
「ごごごごめんにゃさい!」
動揺して叫ぶと、ナフィーサさんも動揺しつつ首をぶんぶんと横に振る。
「ちが、あたしがちゃんと受け取らなかったし!」
「こんな場所で石を取り出すのが悪い」
隊長の呆れた声。でも、ナフィーサさんは私に大きな石を見せてくれようとして、だから……
「取ってくる!」
私は一つ下の坂道に飛び降り、そこからさらに葛折りの坂を飛び降りた。あわてて、ナフィーサさんと隊長が追ってくる。
「待てチヤ、俺たちも行くから!」
「あっ、はいっ」
あわてて自分にブレーキをかけた。そうだ、大きな妖魔でも出たらまずい。
私は二人が追いつくのを待って、一緒に坂道を建物まで降りた。
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