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冒頭試し読み
SAVE・3 峡谷の砦(2) ~クドラトとナフィーサ
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階段を下りて、二階の廊下をホールの方向へ少し戻る。二階は峡谷側に窓があり、荒野側に扉が並んでいた。
ある扉の前で立ち止まると、ザファル隊長はゴンゴン、と扉をノックした。ややして、カチャ、と鍵の開く音。でも、扉は開かない。
「邪魔するぞー」
ザファル隊長は自分で扉を開けた。
薄暗い部屋の中、ぽつんと点ったランプの灯り。
そして、男性の細面だけが宙に浮いていた。
「みゃっ」
ビビって思わず隊長の頭に爪を立てそうになったけど、よくよく見ると黒いフード付きのローブを着た人だった。部屋が暗いから、ローブが周囲にとけ込んで見えたのか。
「……御用ですか、隊長殿」
静かな声。
「クドラト」
ザファル隊長が、ひょい、と私を自分の前に下ろした。
「このお嬢ちゃん、隊に入る」
「にゃっ」
たたらを踏んだ私は、かろうじて転ばずに踏みとどまって顔を上げた。
部屋の中は本棚だらけで、中央の丸い机には文様の描かれた分厚い紙といくつかの石が載っている。ラタンっぽい素材の肘掛け椅子の前に黒ローブの男性が立っていて、無表情のまま私に視線を向けた。フードの隙間に、耳飾りがキラッと光る。そういうのが似合う、きれいな男性だ。あ、目の縁にも何か模様が描いてある。
彼は自己紹介した。
「呪術師のクドラトです、今後よろしく」
「あ、あの」
私はあわてて、肉球を振った。
「まだっ。仕事する、決めてない、です」
「……隊長」
クドラトと名乗った呪術師はザファル隊長の方に視線を動かすと、静かな割に遠慮のない口調で言った。
「お世辞にも少女向きではない仕事に、無理矢理連れてきたんですか」
「少女ってか、小柄なドストラー向きの仕事をやらせようと思ったんだっ。必要だろ!?」
「恨まれますよ。仕事を選ぶ気概のあるドストラーでしょう、この子は。顔に傷を作るほどの目に遭い、もうごめんだとヤジナに職探しに来たわけですから」
私は思わず、左の頬に手をやった。
頬から耳にかけて、切り裂かれた傷だ。もう治ってはいるけど、頬はたぶん跡が残るだろうし、耳は切り込みが入ってしまっている。この呪術師は、私がドストラーとして虐げられた結果の傷だと思ったのだろう。
しかし、ちょっと違うのだ。私は急いで言った。
「違う、これ……私が、悪い。しかたない、です」
ドストラーだからやられたわけじゃない。この傷は、私の力が足りなかった証。
仕事を果たせなかった証……
「『しかたない』?」
呆れたような声で言う呪い師。それにはおかまいなしに、隊長が軽い口調で言う。
「そうだクドラト、このお嬢の傷はどうにかなるかな」
「隊長、私を便利に使わないで下さい。王家の監視役を兼ねてここにいるのだということをお忘れなく」
クドラトさんは冷たくそう言ったものの、軽くため息をついてつぶやいた。
「……まあ、この娘のような人材も必要か……」
不意に、彼は両手の指を不思議な形に組み合わせた。何度か組み替えてから一歩前に出て、右手を私の顔にかざす。
じわり、と、左の頬が温かくなった。彼はすぐに手を引っ込める。何か術をかけてくれたのか、と触ってみると、ほんのわずか、傷痕が短くなった気がしないでもない。
「あ、ありがと?」
「他の隊員の傷の面倒をみているのに、あからさまに傷を晒してるあなただけ何もしないわけにもいかないでしょう」
……言わなくてもいいことを言うタイプらしい。何なの、私が傷をわざと見せつけてるみたいな言い方。
「見えるとこに傷があると、百戦錬磨っぽいよな」
隊長はすっとぼけたことを言い、そして続ける。
「チヤが傷を目立たないようにしたいなら、何度か術をかけてもらえばいい。クドラトは何しろ王家お抱えの呪術師だからな、腕はいいぞ」
あ、そうだ、と思い出し、私は聞いた。
「どうして、呪術師さん、いる?」
「妖魔が出る場所に、呪術師は必要ないとでも?」
「あ、ちがった、えと、どうして『王家』の人?」
すると、クドラトさんは元の位置に下がりながら、そっけなく答える。
「廃墟となった峡谷には未だに、呪術師たちの研究資料が残っています。それらを、この隊の人々が破損・横流ししないか監視しつつ、できるだけ回収し、王家の呪術師の教育に役立てなくてはなりません」
え、じゃあこの人も普段、ダラに降りてるの?
「たいへん」
「いや。前任者と交代でここに駐留するようになって三年ですが、居心地は悪くない」
軽く肩をすくめるクドラトさん。
「この隊と利害が一致するから、駐留に名乗りを上げたようなものです。前任者ももっといたがっていましたし、私もあと二年はいたいですね。研究に集中できますし、ダラで手に入った呪い石は一部を王家に納めれば、後は隊長と私の判断で自由にできますから、研究にも使えますし」
マジか。
ザファル隊長を見ると、ほらな、という顔。
「何も悪事なんか働いてないぞ。どうだ、ここで働く気になったか?」
私はめまぐるしく思考を働かせた。
ヤジナの近くとはいえ、この砦にだって色々な人がいるんだろうから、いくら隊長がドストラーでもすっかり安心することはできない。
でも正直、強力な呪術師とお近づきになれる今の状況は、チャンスだ。しばらく様子を見て、信頼できそうなら……
「自分の意志で、決めることです」
クドラトさんはあくまでもそっけない。でも一応、「ノー」と言う選択肢を残してくれてはいる。
「もう、答えは出てるんだろ? やるか?」
ザファルさんは余裕の表情だ。もしかして、私の考えてること、顔に出てる?
ちょっと悔しい気もしたけど、私は自分の意志を伝えた。
「はい」
こんな私の、猫の手でもよろしければ、お貸ししましょう。
「よし」
ニッ、とザファル隊長は笑い、私の頭をぐりぐりと撫でた。
「歓迎するぞ! 時間もちょうどいいし、そうと決まったら食事でもどうかな、お嬢ちゃん」
はい? いきなり、ごはん?
ザファル隊長と一緒にクドラトさんの部屋を出る。すると、玄関ホールに通じる扉が開いて、向こうから誰かやってきた。
「あ、隊長やっと見つけた……って、んんっ!?」
私を見て声を上げたのは、おお、すらりとした背の高い美女! 白いシャツのボタンがはじけそうなお胸! って、まずそこに目が行ってしまった。ボブカットの灰色の髪に紫の瞳、膝下丈のスリット入り黒スカートは軍服かな。
そして彼女は、左手に鞘付きのナイフを持っている。美女とナイフ、なんかイイ。
「女の子だ! え、ムシュク・ドストラー? うちの隊に入んの? やだ可愛い、あたしはナフィーサ」
美女は妖艶に微笑んで自己紹介する。私の今の年齢(本当の年の方ね)と同い年くらいっぽいけど、色気は完全に負けております、はい。
「私、チヤ」
「どっから来たの?」
「ウルマン」
私は南西の都市の名前を答えた。本当は、ウルマンからは少し外れた深い森の中のお屋敷にいたんだけど。
主人のバルラスさんは偉い人っぽかったのに、私のいたお屋敷はまるで人目を忍ぶかのような立地だった。そして、バルラスさんは時々しかお屋敷に帰ってこなくて。
いったいどういう場所なのか、私は勝手に予想をつけていた。というのも、アルさんがこんなことを言ったことがあるからだ。
『チャコは、両親はいないの? 私もよ。子どもの頃に亡くなってしまったから、ヤジナの孤児院で育ったの』
孤児院で育ったアルさん。一方、旦那様のバルラスさんは偉い人。
身分違いの恋、ってやつじゃないかと思うんだ。
バルラスさんはアルさんを、密かに囲っていて。だから大っぴらには人を雇えなくて、私みたいなのをこっそり買ってきてアルさんを守らせた。
なんちゅー男だと思わないでもないけど、バルラスさんが帰ってきたときの二人はほんっとに仲が良くて、愛し合ってるのがよくわかったので、素直に「いいなぁ」と思ってた……
「チヤはやっぱり、人間に飼われてたんでしょ」
ナフィーサさんの声に、意識が引き戻される。
当たり前のように言われたので「う、うん、そう」と答えると、彼女は目を細めた。
「珍しい毛皮だし、可愛がられたでしょー。あたしも若い頃は、この美貌で結構稼いだんだけどな」
ナフィーサさんの言葉はどうにも反応には困るけど、獣人を見下してはいない。自分を獣人と同じ位置に置いてるからだ。こういう人、ちょっと珍しいんじゃないかな。
「今もここの仕事でガッポリ稼いでるじゃねぇか。まあ、稼いだら稼いだだけ使っちまうけどな、お前」
ザファル隊長が苦笑すると、「あ、そう、それそれ」とナフィーサさんは思い出したように言った。
「探してたんですよ隊長。明日ヤジナで遊んで来るんで、外出許可下さいな」
「言ったそばからそれか」
「ガッポリ稼いでパーッと使うからいいんじゃないですか、お金なんて。死んだらお金は使えないでしょお?」
あっけらかんと言うナフィーサさんは、右手を腰に当てる。
「だいたい、隊長こそヤジナ行ってたんじゃないですかー? 私が今日ナイフを研ぐって言ったら『俺のも頼む』って言ってたくせに、砦のどこ探してもいないんだからっ」
「おお、いや、まあ、わかったわかった、ナフィーサのヤジナ行きを許可する。あと、これ頼む」
隊長はサッシュベルトからナイフを抜いて、ナフィーサさんに渡した。
「了解。今日はもう遅いから明日ですよっ」
彼女が受け取る。隊長は私を親指で指した。
「ナフィーサ、トゥルガンに言って、こいつにもメシ用意してやってくれ。打ち合わせの時に紹介する」
「はーい」
二本のナイフを手に元来た方へ戻りかけ、ナフィーサさんはこちらに身体をひねってニヤリ。
「あなた、自分からこんなとこ来ないわよね。隊長、さらって来たの?」
はい。さらわれてきましたー。
私が言うより早く、ザファルさんが彼女をにらむ。
「ちげぇよ。いいから早く、メシ」
ちがいませーん。さらわれてきましたー。
そう言いたかったけど、まあ働くことにはなったんだし、ごはんが出そうなので期待しちゃってたりして。
私にウィンクをひとつしたナフィーサさんがホールに降りていった後、ザファル隊長は肩をすくめる。
「あいつは本当に金を稼ぐことにかけては熱心で、いざ妖魔狩りとなるとすげえんだ」
なるほど。こんな僻地だし、妖魔狩りなんていう大変な仕事だけど、お給料プラス呪い石が手に入るなら、お金が欲しい人にとってはおいしい仕事なわけだ。
クドラトさんは研究のため、ナフィーサさんはお金のため、そして私はすごい呪術師とお近づきになりたいからここにいる。
隊長は、何か目的があるのかな。やっぱりお金かねぇ。
ある扉の前で立ち止まると、ザファル隊長はゴンゴン、と扉をノックした。ややして、カチャ、と鍵の開く音。でも、扉は開かない。
「邪魔するぞー」
ザファル隊長は自分で扉を開けた。
薄暗い部屋の中、ぽつんと点ったランプの灯り。
そして、男性の細面だけが宙に浮いていた。
「みゃっ」
ビビって思わず隊長の頭に爪を立てそうになったけど、よくよく見ると黒いフード付きのローブを着た人だった。部屋が暗いから、ローブが周囲にとけ込んで見えたのか。
「……御用ですか、隊長殿」
静かな声。
「クドラト」
ザファル隊長が、ひょい、と私を自分の前に下ろした。
「このお嬢ちゃん、隊に入る」
「にゃっ」
たたらを踏んだ私は、かろうじて転ばずに踏みとどまって顔を上げた。
部屋の中は本棚だらけで、中央の丸い机には文様の描かれた分厚い紙といくつかの石が載っている。ラタンっぽい素材の肘掛け椅子の前に黒ローブの男性が立っていて、無表情のまま私に視線を向けた。フードの隙間に、耳飾りがキラッと光る。そういうのが似合う、きれいな男性だ。あ、目の縁にも何か模様が描いてある。
彼は自己紹介した。
「呪術師のクドラトです、今後よろしく」
「あ、あの」
私はあわてて、肉球を振った。
「まだっ。仕事する、決めてない、です」
「……隊長」
クドラトと名乗った呪術師はザファル隊長の方に視線を動かすと、静かな割に遠慮のない口調で言った。
「お世辞にも少女向きではない仕事に、無理矢理連れてきたんですか」
「少女ってか、小柄なドストラー向きの仕事をやらせようと思ったんだっ。必要だろ!?」
「恨まれますよ。仕事を選ぶ気概のあるドストラーでしょう、この子は。顔に傷を作るほどの目に遭い、もうごめんだとヤジナに職探しに来たわけですから」
私は思わず、左の頬に手をやった。
頬から耳にかけて、切り裂かれた傷だ。もう治ってはいるけど、頬はたぶん跡が残るだろうし、耳は切り込みが入ってしまっている。この呪術師は、私がドストラーとして虐げられた結果の傷だと思ったのだろう。
しかし、ちょっと違うのだ。私は急いで言った。
「違う、これ……私が、悪い。しかたない、です」
ドストラーだからやられたわけじゃない。この傷は、私の力が足りなかった証。
仕事を果たせなかった証……
「『しかたない』?」
呆れたような声で言う呪い師。それにはおかまいなしに、隊長が軽い口調で言う。
「そうだクドラト、このお嬢の傷はどうにかなるかな」
「隊長、私を便利に使わないで下さい。王家の監視役を兼ねてここにいるのだということをお忘れなく」
クドラトさんは冷たくそう言ったものの、軽くため息をついてつぶやいた。
「……まあ、この娘のような人材も必要か……」
不意に、彼は両手の指を不思議な形に組み合わせた。何度か組み替えてから一歩前に出て、右手を私の顔にかざす。
じわり、と、左の頬が温かくなった。彼はすぐに手を引っ込める。何か術をかけてくれたのか、と触ってみると、ほんのわずか、傷痕が短くなった気がしないでもない。
「あ、ありがと?」
「他の隊員の傷の面倒をみているのに、あからさまに傷を晒してるあなただけ何もしないわけにもいかないでしょう」
……言わなくてもいいことを言うタイプらしい。何なの、私が傷をわざと見せつけてるみたいな言い方。
「見えるとこに傷があると、百戦錬磨っぽいよな」
隊長はすっとぼけたことを言い、そして続ける。
「チヤが傷を目立たないようにしたいなら、何度か術をかけてもらえばいい。クドラトは何しろ王家お抱えの呪術師だからな、腕はいいぞ」
あ、そうだ、と思い出し、私は聞いた。
「どうして、呪術師さん、いる?」
「妖魔が出る場所に、呪術師は必要ないとでも?」
「あ、ちがった、えと、どうして『王家』の人?」
すると、クドラトさんは元の位置に下がりながら、そっけなく答える。
「廃墟となった峡谷には未だに、呪術師たちの研究資料が残っています。それらを、この隊の人々が破損・横流ししないか監視しつつ、できるだけ回収し、王家の呪術師の教育に役立てなくてはなりません」
え、じゃあこの人も普段、ダラに降りてるの?
「たいへん」
「いや。前任者と交代でここに駐留するようになって三年ですが、居心地は悪くない」
軽く肩をすくめるクドラトさん。
「この隊と利害が一致するから、駐留に名乗りを上げたようなものです。前任者ももっといたがっていましたし、私もあと二年はいたいですね。研究に集中できますし、ダラで手に入った呪い石は一部を王家に納めれば、後は隊長と私の判断で自由にできますから、研究にも使えますし」
マジか。
ザファル隊長を見ると、ほらな、という顔。
「何も悪事なんか働いてないぞ。どうだ、ここで働く気になったか?」
私はめまぐるしく思考を働かせた。
ヤジナの近くとはいえ、この砦にだって色々な人がいるんだろうから、いくら隊長がドストラーでもすっかり安心することはできない。
でも正直、強力な呪術師とお近づきになれる今の状況は、チャンスだ。しばらく様子を見て、信頼できそうなら……
「自分の意志で、決めることです」
クドラトさんはあくまでもそっけない。でも一応、「ノー」と言う選択肢を残してくれてはいる。
「もう、答えは出てるんだろ? やるか?」
ザファルさんは余裕の表情だ。もしかして、私の考えてること、顔に出てる?
ちょっと悔しい気もしたけど、私は自分の意志を伝えた。
「はい」
こんな私の、猫の手でもよろしければ、お貸ししましょう。
「よし」
ニッ、とザファル隊長は笑い、私の頭をぐりぐりと撫でた。
「歓迎するぞ! 時間もちょうどいいし、そうと決まったら食事でもどうかな、お嬢ちゃん」
はい? いきなり、ごはん?
ザファル隊長と一緒にクドラトさんの部屋を出る。すると、玄関ホールに通じる扉が開いて、向こうから誰かやってきた。
「あ、隊長やっと見つけた……って、んんっ!?」
私を見て声を上げたのは、おお、すらりとした背の高い美女! 白いシャツのボタンがはじけそうなお胸! って、まずそこに目が行ってしまった。ボブカットの灰色の髪に紫の瞳、膝下丈のスリット入り黒スカートは軍服かな。
そして彼女は、左手に鞘付きのナイフを持っている。美女とナイフ、なんかイイ。
「女の子だ! え、ムシュク・ドストラー? うちの隊に入んの? やだ可愛い、あたしはナフィーサ」
美女は妖艶に微笑んで自己紹介する。私の今の年齢(本当の年の方ね)と同い年くらいっぽいけど、色気は完全に負けております、はい。
「私、チヤ」
「どっから来たの?」
「ウルマン」
私は南西の都市の名前を答えた。本当は、ウルマンからは少し外れた深い森の中のお屋敷にいたんだけど。
主人のバルラスさんは偉い人っぽかったのに、私のいたお屋敷はまるで人目を忍ぶかのような立地だった。そして、バルラスさんは時々しかお屋敷に帰ってこなくて。
いったいどういう場所なのか、私は勝手に予想をつけていた。というのも、アルさんがこんなことを言ったことがあるからだ。
『チャコは、両親はいないの? 私もよ。子どもの頃に亡くなってしまったから、ヤジナの孤児院で育ったの』
孤児院で育ったアルさん。一方、旦那様のバルラスさんは偉い人。
身分違いの恋、ってやつじゃないかと思うんだ。
バルラスさんはアルさんを、密かに囲っていて。だから大っぴらには人を雇えなくて、私みたいなのをこっそり買ってきてアルさんを守らせた。
なんちゅー男だと思わないでもないけど、バルラスさんが帰ってきたときの二人はほんっとに仲が良くて、愛し合ってるのがよくわかったので、素直に「いいなぁ」と思ってた……
「チヤはやっぱり、人間に飼われてたんでしょ」
ナフィーサさんの声に、意識が引き戻される。
当たり前のように言われたので「う、うん、そう」と答えると、彼女は目を細めた。
「珍しい毛皮だし、可愛がられたでしょー。あたしも若い頃は、この美貌で結構稼いだんだけどな」
ナフィーサさんの言葉はどうにも反応には困るけど、獣人を見下してはいない。自分を獣人と同じ位置に置いてるからだ。こういう人、ちょっと珍しいんじゃないかな。
「今もここの仕事でガッポリ稼いでるじゃねぇか。まあ、稼いだら稼いだだけ使っちまうけどな、お前」
ザファル隊長が苦笑すると、「あ、そう、それそれ」とナフィーサさんは思い出したように言った。
「探してたんですよ隊長。明日ヤジナで遊んで来るんで、外出許可下さいな」
「言ったそばからそれか」
「ガッポリ稼いでパーッと使うからいいんじゃないですか、お金なんて。死んだらお金は使えないでしょお?」
あっけらかんと言うナフィーサさんは、右手を腰に当てる。
「だいたい、隊長こそヤジナ行ってたんじゃないですかー? 私が今日ナイフを研ぐって言ったら『俺のも頼む』って言ってたくせに、砦のどこ探してもいないんだからっ」
「おお、いや、まあ、わかったわかった、ナフィーサのヤジナ行きを許可する。あと、これ頼む」
隊長はサッシュベルトからナイフを抜いて、ナフィーサさんに渡した。
「了解。今日はもう遅いから明日ですよっ」
彼女が受け取る。隊長は私を親指で指した。
「ナフィーサ、トゥルガンに言って、こいつにもメシ用意してやってくれ。打ち合わせの時に紹介する」
「はーい」
二本のナイフを手に元来た方へ戻りかけ、ナフィーサさんはこちらに身体をひねってニヤリ。
「あなた、自分からこんなとこ来ないわよね。隊長、さらって来たの?」
はい。さらわれてきましたー。
私が言うより早く、ザファルさんが彼女をにらむ。
「ちげぇよ。いいから早く、メシ」
ちがいませーん。さらわれてきましたー。
そう言いたかったけど、まあ働くことにはなったんだし、ごはんが出そうなので期待しちゃってたりして。
私にウィンクをひとつしたナフィーサさんがホールに降りていった後、ザファル隊長は肩をすくめる。
「あいつは本当に金を稼ぐことにかけては熱心で、いざ妖魔狩りとなるとすげえんだ」
なるほど。こんな僻地だし、妖魔狩りなんていう大変な仕事だけど、お給料プラス呪い石が手に入るなら、お金が欲しい人にとってはおいしい仕事なわけだ。
クドラトさんは研究のため、ナフィーサさんはお金のため、そして私はすごい呪術師とお近づきになりたいからここにいる。
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