猫の手でもよろしければ(冒頭試し読み&2周目)

遊森謡子

文字の大きさ
上 下
1 / 18
冒頭試し読み

Opening Movie 変身

しおりを挟む
 時々、「猫はいいよね、猫になりたいなー」なんて考えるのは、人間には珍しくもないことだ。
 人間だって楽しいこといっぱいあるし、猫は猫で大変だろうってことはわかってるんだけど、やさぐれてる時なんかはつい、ね。

◇   ◇   ◇

 にゃー……という、か細い声が聞こえた。

 私は足を止めて、あたりを見回した。
 すでに陽は落ちて、週末の住宅街の路上を街灯が照らしている。どこからか、カレーの匂いが漂ってくる。

 児童公園の植え込みで、小さな影が動いた。その影は段差からポテッと降りると、アスファルトの路上を私の方に近づいてくる。
 街灯の光の輪に入って来たのは、小さな三毛猫だった。黒と茶色の部分が多い、いわゆる黒三毛で、右の前後の足先は黒、左の前後の足先は茶色。
「お前、野良ちゃん?」
 私は屈み込んだ。
 たぶん「野良くん」じゃなくて「野良ちゃん」、女の子だろうな、三毛猫はほとんどが雌だって言うから。昔、実家で飼ってたのは可愛い黒猫だったけど、三毛猫は三毛猫でいかにも和風という感じがいい。ま、猫は好きだから、どんな子も可愛いと思うんだけど。

 車のエンジン音が近づいてきて、私は片手を猫のお腹に入れてひょい、と持ち上げた。
「ここ、危ないよ」
 そのまま公園に入る。公園の外を、車のヘッドライトが通り過ぎていく。
「お前のお母さん、いないの?」
 屈み込みながら猫を降ろし、あたりを見回した。子猫の場合、母猫が他の子猫をくわえてどこかへ移動している最中ということもあり得るので、一匹でいるからといってはぐれたとは限らない。母猫が戻ってくるかも。

 セミタイトのジーンズスカートから出た私の膝を、子猫はピンク色の鼻でクンクンと嗅いでいる。
「悪いね、うちのアパート、ペット禁止だからさ」
 頭を撫でると、子猫は軽く伸び上がって私の手に頭を押しつけるようにした。もっと撫でて、って言ってるみたい。
 三毛猫はかなりのツンデレだって言うけど、この子は愛想がいい。
「私も、愛想よくしてるつもりなんだけどね。ツンがにじみ出るから、内定出ないのかね」
 猫を相手に愚痴る。一体何社から落とされたことか、もう秋だよ? 就職氷河期も氷河期、永久凍土じゃないのか?
「お前みたいになりたいよ」
 ため息をついていると、子猫は「にゃ」と言ってから向きを変え、さらに公園の中に進んでいった。公園といっても、ちょっとした広場にブランコとジャングルジムと鉄棒しかない。いかにも、法律的にここに作らなきゃいけないから作った、という感じの、仕方なさそうに存在する公園だ。
「どこ行くの?」
 立ち上がって、何となくついていく。公園のあちら側の出口はさらに交通量が多いから、こんなよちよち子猫には危険だ……このまま放って帰ったら危ないよなぁ。どうしよう。

 広場の中央まで来たとき、キーン、と耳鳴りがした。
 やだな、貧血? 最近食欲もないし……就活うつ、とかね。はは。

 そんな風に思いながら立ち止まったとたん、空気が渦を巻いた。
「え?」
 顔を上げた私のすぐそばで、砂や小石が巻き上がった。すぐにそれに公園の木々の葉がちぎれて加わり、風が視覚化する。ブランコがキイキイと鳴り、その音は徐々に激しくなる。
「竜巻!?」
 私はあわてて子猫に駆け寄り、抱き上げた。こんな小さい子、吹っ飛んじゃう! 全く、最近の異常気象ときたら!
 鉄棒につかまるためにそっちへ逃げようとしたけど、風はすぐに目を開けていられないほど強くなった。私は胸に強く子猫を抱き込み、地面にうずくまった。にゃあ、と子猫がもがく。
 うう、怖い、早く通り過ぎて……!
 耳鳴りがひどくなる。気圧のせいか、頭が痛い。子猫の温もりが恐怖を和らげてくれるような気がして、私はその温もりに意識を集中させた。

 だんだん、気が遠くなった。温もりがじわりと身体に染み込んで、とろりと溶けていくみたいに気持ちがいい。

 渦巻く風に、クリームみたいにくるくる混ぜられて朦朧としながら、いくつも夢を見た。
 暗い洞窟の中を、あてもなくさまよったり。
 視界を草が埋め、大嫌いな虫が目の前を横切ったり。
 いくつもの目が、私をのぞきこんできたり。
 ひそひそ声、笑い声、命令する声が幾重にも重なって……
    
◇   ◇   ◇

 ――うっすらと、目を開ける。

 ……薄暗い。頬がざらついたものに当たっている。
 ずいぶん、時間が経ったような。朦朧としながら過ごしてたのが、やっと意識がはっきりしたような感覚。今はいつで、何時だろう。
 身体を起こそうとすると、じゃらっ、という音とともにおかしな重みが喉元にかかった。
「にゃに、これ」
 舌が回らなくて変な言葉遣いになったけど、それどころじゃない。首に、何かはまっている。金属の首輪? 鎖もついているらしい。
 座り込んだ膝に触れているのは、木の床。暗いながらも、あたりの様子が見える。妙に低い天井、そして私の周りにぐるりと……これは、柵?

 私、檻の中に動物みたいに繋がれて、監禁されてる!?

 パニックを起こしかけたとき、ガチャッ、と音がした。
 私がいる檻には布がかけられているようで、布を透かしてわずかに明かりが入ってくるんだけど、その向こうで扉を開け閉めする音がしたのだ。足音が近づいてくる。

 やがて、目の前で布がめくられた。檻の中に、陽光が射し込む。
 二つの顔が見えた。西洋系ともアジア系ともつかない、やや濃いめの顔立ちの男女。
 男性の方は二十代後半くらい? 外国人の年齢って、見た目ではよくわからないんだけど。なぜか鮮やかな藍色をしている長髪、どことなく上に立つ雰囲気の人物だ。
 女性の方は、うわ、すごい美人……たぶん私より少し年下で、少女と大人の間の妖しげな魅力をまとっている。不思議な、ミルクティー色の長い髪。
 そして二人とも、白い裾の長い服をガボッと着ている。陽の光は早朝という感じだし、この二人の格好と雰囲気……もしかして、寝間着? 起きたばっかり、みたいな?

 どうしていいのかわからず、鎖を握りしめたまま固まっていると、美女(美少女?)の方が私の首を見て目を見開いた。そして眉をひそめながら、隣の男性に非難を帯びた響きで何か言い募っている。
 え、ちょっと待って、何語? 全然わからない。
 男性は肩をすくめ、持ち上げた布の端を檻の上にひっかけると、いったん私の死角に姿を消した。
 美女は私に向き直り、微笑みながら何か言っている。優しい、とても柔らかな声の響きだ。私を安心させようとしているのがわかる。

 やがて、男性が戻ってくると、檻の中に手を差し入れて何かを置いた。
 小さな、鍵……
 ハッとして首輪をまさぐると、その鍵が入りそうな鍵穴がある。
 私はおそるおそる、二人のいる方へいざり寄った。鍵に手を伸ばす。きっと、この首輪を外す鍵だ。

 が。
 その時、やっと気づいた。鍵に向かって伸ばしている私の手、何か変だ、ってことに。
 
 肘から先が、毛深い。いや、脱毛してないとかそういうレベルじゃなくてな。
 肌が見えないほど、フッカフカに毛が生えているのだ。肘から手首にかけてが白い毛、手首の少し上から指先までが黒。あわてて左手を見ると、左手も肘から手首にかけて白、手首から先は茶色の毛がふわふわと生えている。左右違う色の手袋をしてるみたい。
 手のひらを見ると、子どもの手のようなそこは、なぜかふっくらしてピンク色。これじゃ、まるで肉球……にくきゅう?

 視界の隅で何かが動いて、私はパッとそちらを見た。
 大きな鏡だ。檻が映っている。そして檻の中にいるのは――

「にゃんだコレ!?」
 まるで漫画でよく見る猫耳少女みたいになった、私の姿だった。

◇   ◇   ◇

 それから、三年の月日が流れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

150年後の敵国に転生した大将軍

mio
ファンタジー
「大将軍は150年後の世界に再び生まれる」から少しタイトルを変更しました。 ツーラルク皇国大将軍『ラルヘ』。 彼は隣国アルフェスラン王国との戦いにおいて、その圧倒的な強さで多くの功績を残した。仲間を失い、部下を失い、家族を失っていくなか、それでも彼は主であり親友である皇帝のために戦い続けた。しかし、最後は皇帝の元を去ったのち、自宅にてその命を落とす。 それから約150年後。彼は何者かの意思により『アラミレーテ』として、自分が攻め入った国の辺境伯次男として新たに生まれ変わった。 『アラミレーテ』として生きていくこととなった彼には『ラルヘ』にあった剣の才は皆無だった。しかし、その代わりに与えられていたのはまた別の才能で……。 他サイトでも公開しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

処理中です...